母上が、ロードレイク以外にも魔法を使ったことがあるとすれば、それは極めて初球の魔法に違いない。
 ロードレイクを滅ぼすようなものではなく、対個人。それこそ──

【気づいたようだな。なかなか、今度の所有者は頭が良い】

「そういうお前こそ、最初のうちは『壊せ』『燃やせ』しか言わなかったくせに」

【紋章に対する抵抗がなければ、その程度でも十分操れるのでな。それこそ、あの女王としては最高の力を備えていたアルシュタートですら】

 なるほど。この紋章、一方的に話しかけてくるのではなく、会話が成立するのか。

【次の女王は駄目だな。あれでは自分を身につけることすら不可能だよ】

「リムだってかなりの紋章力があるはずだけど」

【あの娘が所有者ならば、このファレナは一日で焦土にできよう。そして力を放出しすぎて、あの娘自身も死にいたる】

「それは困る」

【だからお前の身に宿るというのは好都合なのだよ。お互いにな】

「僕は疲れる一方なんだけど」

【疲れるのが嫌ならいい方法がある】

「予想はつくけど、何?」

【力を解放すればいい】

「何度も言うけど、断るよ」










幻想水滸伝V





『No one is dead, that's the best』










「王子殿下、お待たせしました!」
 夜になってからワシールの家にやってきたのはレレイと、その護衛としてベルクートとローレライがやってきていた。
「ありがとう、ローレライ。それからベルクートにレレイも」
「伝令の役割を果たしただけだ」
 ローレライは褒められ慣れていないのか、すぐにぷいと顔を背ける。
「レレイ、ラフトフリートは?」
「沖合いに停泊しています。私とお二人だけ、先行してまいりました。それから、ゲオルグ様とサイアリーズ様が別働隊を率いて、陸路を塞ぐように展開中です」
「さすがルクレティア」
 状況が全て飲み込めている。こちらが何を言わなくても分かっている。
「リオン、ここまでの状況をもう一回伝達してもらってもいいかい」
「了解しました」
「レルカーはだいたい三百人くらいしか集めることはできない。あとはラフトフリートの援軍が必要になる」
「もしかして、打って出るおつもりですか?」
「そのつもりだけど」
「それは危険ではないでしょうか。誘い込んで海陸から挟み撃ちにする方がいいのでは」
「でも、ザハークはいざとなったら手段を問わないだろうからね」
 ラグの言葉に、レレイが首をかしげる。
「最悪、町に火を放って逃げるくらいのことはする、ということさ」
「まさか、女王騎士が、ですか!」
 さすがにワシールにヴォリガも驚愕する。だが、オロクだけは「そうだな」と王子に味方した。
「王子の言うとおりだと思う。あいつはレルカーに何の執着もない。町を一つ焼くくらい、何とも思わんだろう」
 ずっと一人で交渉を続けてきたオロクの言葉は重い。ならばどうする。
「だが、打って出るのはやはり死者を出すことになる。町は再興すればいいが、死者は還らん。王子、レルカーの西の中洲はくれてやる。だから、確実にザハークをしとめろ」
「でも」
「町を守るために誰かを犠牲にする作戦は取らないのだろう、王子?」
 ラグはため息をついた。
「分かった。それじゃあ、これからすぐに西の中洲にいる人たちを東に移す。オロク、ワシール、ヴォリガの三人はその誘導を急いで。レルカーの兵士三百人は僕とカイル、ベルクートで率いる。リヒャルトとレレイ、ローレライは僕の傍に」
「承知しました。シグレ殿はどこへ行かれたのですか?」
「ザハーク軍を見張ってもらっている。動きがあればすぐに連絡をくれる手はずだよ」
 敵の動きが一番大事だ。その点は決してぬかりない。
「オロクがいなくなって、ザハークはこれからのことを考えている最中のはずだ。準備ができ次第、オロクを誘拐したのは王子だという話がザハークの耳に届くようにする。ザハークはこちらから流した情報だとは考えないだろう。レルカーを強行制圧するか、それともこっそり近づいてくるか、いずれにしてもそこでザハークを罠にかける」
「王子、悪どいなー」
「もともと僕は、そんなに善良な人間じゃないよ、カイル」
 苦笑した。そう、自分は決して善良なんかじゃない。
「僕はずっと、王家の中で厄介者扱いされてきた。僕の存在が貴族や他の人たちからみても邪魔以外の何物でもなかったのはわかっているんだ。父上や、カイルやリオン、みんなは僕のことを認めてくれていたけれど、僕は決してあの太陽宮での自分の扱いを忘れることはないと思う」
「王子」
「誤解しないで、カイル。あのときの経験は今の僕に確かに受け継がれているんだ。誰が敵で、誰が味方なのか。あのときの経験があったからこそ、人を見る目は育ったと思う。結果、ここにこれだけの信頼できる仲間が得られた」
 誰もが姿勢を正す。ここには一人として見込まれなかった人間はいない。ワシールやヴォリガにしても、もし王子が味方にふさわしくないと思ったならば、決してレルカーを助けようとはしなかったに違いない。
「さあみんな、戦いはきっと深夜になる。ゆっくりと体を休めておいてくれ」





 王子がレルカーにいる、という情報をシグレから流されたとも知らないザハークは、のこのこと罠がしかけられた西レルカーへと侵攻してきた。
 海、陸から侵攻してくるザハーク軍。その大半が中州に入ったところで王子たちの軍が一気に攻め込む。
 海ではラフトフリートが突如姿を現し、ザハーク水軍を完全に殲滅。一名も犠牲が出ない大勝利だった。
 そして陸では落とし穴やロープなどの罠によって行動不能になった騎馬隊をことごとく打ち破る。さらに、カイルとベルクートの率いた別働隊が、右往左往するザハーク軍を次々に倒していく。
「罠が仕掛けられていたか」
 ザハークは自分が誘い込まれたことを悟った。
「やむをえん。撤退だ。町に火を放ち、橋を落とせ」
「で、ですが、まだ味方が残っています。それに──」
「なんだ、聞こえなかったのか? 町に火を放ち、橋を落とせ」
「……了解しました」
 女王騎士ザハークの言葉に逆らう者などいるはずがない。だが、そのとき、ザハークは橋の向こうにありえないものを見た。
「馬鹿な。まさか、最前線にいるというのか」
 ラグシェリード王子殿下が、その橋の先にいた。
「ザハーク!」
 三節坤をザハークに向けて指す。
「なるほど、さすがフェリド殿下の息子というわけか」
 その武力もさりながら、一番おそろしいのはその悪魔のごとき智謀。
 これは、王子自身を餌にして自分をおびき出そうという罠だ。
 その罠があることを知りながら、王子を倒すことさえできればゴドウィン軍は完全勝利が達成される。
 だが、この罠はおそらく、絶対に王子まで届かないようにできている。手段や方法は分からない。それでも王子は絶対の自信を持って、自分を誘い出そうとしている。
 だからこそ、手は出せない。
「撤退だ」
「はっ!」
 やがて、西レルカーから火柱が立ち上る。
 そして、半数以上の兵士を置き去りに、橋が崩される。それを確認して、ラグが命令を下した。
「ザハークが部下を見捨てて逃げたぞ! 死にたくない者は投降しろ!」
 ただちにその命令をレルカー中に広げる。投降すれば殺さない──そう言われて投降しない者は少ない。被害が極力おさえられる。
 そして、同時に。
「追いかけるよ」
 パーティメンバーに王子は呼びかけた。
「もっちろん」
「任せろ」
「お供します!」
「しゃあねえなあ」
 リヒャルト、ローレライ、レレイ、シグレがそれに続く。
「王子さま! 準備はできてるぜ!」
 きっと橋を落としてくると思い、先にスバルに船を準備してもらっていた。軽くて早い船だ。これで対岸まで一気に稼ぐ。
「よし、行くぞ!」
 王子の軍、百名がそれに続く。ザハーク軍は残り三百名。当然、こちらの方が不利だ。
 ──通常ならば。
「ザハーク様! 王子と思しき人物の軍が、対岸から船でやってきました!」
「なんだと!? 人数は!?」
「百名程度かと思われます!」
「この私を相手に、たったの百名だと」
 ザハークはそれでもなお、相手の作戦を疑った。ここで引き返せば何かしらの罠にかかるのではないか。王子が無謀にも、多数にしかけるような人物であるはずがない。
(船があるならいつでもレルカーに引き返すことができる。これは、自分をこの場にとどめようとする罠だ)
 それでもザハークは撤退をやめなかった。だが、どちらにしても、自分たちは既に囲まれていることに気づいていない。
「風の紋章よ!」
 突如、そのザハーク軍の中心で突風が起こる。その突風に巻き込まれて、騎馬隊が何十名か使い物にならなくなった。
「これは、風の魔法──サイアリーズ様か!?」
 その混乱したザハーク軍に、今度は土の魔法が襲い掛かる。こちらはロードレイクを中心とした軍、魔法の使用者はタルゲイユだ。
「くっ、撤退した方が罠だったということか」
「そういうことだ。ザハーク、お前は自分の身の安全を一番に考えるからな」
「な」
 そして既に、敵軍は近くまで迫っていた。その先頭にいたのは。
「ゲオルグ・プライム──」
「さあ、太陽宮での借り、返させてもらうぞ」
 乱戦となった。
 人数は互角か、それでもザハーク軍の方が優勢だっただろう。だが、先頭を務めるのが『二太刀いらずのゲオルグ』である。誰もそんな勇者と正面から戦おうとはしない。自然と逃げ腰になる。
「駄目です、ザハーク様は早くお逃げください」
「くっ……ゲオルグ・プライム。この場は貸しておくぞ!」
 いち早くザハークが戦場を離脱する。だが、それもまた王子の罠。
 その先にいたのは、まさにラグシェリード王子。
「ザハークだ! レルカーに火をつけた張本人を逃がすな!」
 レルカーの民衆によって編成された軍が鬨の声を上げる。その迫力にザハークもひるんだ。ここまでくるともはや逃げ道すらない。
「ああ、良かった」
 そのザハークの元に最初にやってきたのは、暗闇にも映える笑顔の少年だった。
「はじめまして、女王騎士さん。せっかくだから、一騎打ち、したかったんだ」
「……何物だ、貴様」
「僕はリヒャルト。でも、名前なんてどうでもいいよね。お互い、強いか弱いか、それだけの問題なんだから。それとも、僕に勝てないから逃げ出すの?」
「──なるほど、ここまでだな」
 ザハークが剣を取った。この少年が王子にとって最後の切り札ならば、せめて自分が捕まることになったとしても、この少年くらいは倒してみせよう。
「剣同士の戦いはいいね。そして、智謀、武力ともに強くないとなれない女王騎士と戦えるなんて、わくわくするよ」
「貴様ごとき若造が、勝てる相手と思うな!」
 二人は一瞬で距離を詰め、火花を散らす。
 三回打ち合って、互いに相手が強敵であるということを改めて理解する。
(これほどの使い手が王子の軍にいるとは誤算だった。ゲオルグ・プライムだけが王子の懐刀というわけではないということか!)
 そんなことを聞いたら、少なくともカイルやベルクートも何かしら思うところがあるかもしれない。だが、おそらくはこの四人がまさにフェイタス軍の四強に違いなかった。
「さすが女王騎士だなあ、三回打ち合って倒せなかったのなんて、久しぶりだ」
 きょとんとした顔と声。だが、まだリヒャルトには余裕がある。一方で追い詰められているのはザハークの方だ。何しろ、この戦いに勝てば終わりのリヒャルトに対し、ザハークはリヒャルトを倒してからさらに逃げ延びなければならないのだ。
「小僧が」
 ザハークの顔が歪んだ。
「鮮血を大地に撒き散らせ!」
「それは痛いから嫌だな。勘弁しておくよ」
 剣が合う。そのまま、リヒャルトはひらりと身をひねる。その勢いでザハークの体が流れ、そのままリヒャルトは相手に足をかけた。
 武力は互角だったかもしれない。だが、追い詰められていたザハークには冷静に見るだけの余裕がなかった。
 正面から倒れたザハークに「もらったよ!」と剣を突きつけようとしたとき──
「!」
 リヒャルトは、危険を感じて飛び退いた。その自分のいた場所に、ナイフが三本刺さっている。
(──女王騎士より、強そうな人がきたな)
 リヒャルトの顔から笑みが消えた。
「誰?」
 夜の闇から現れたのは、こちらもリヒャルトよりも張り付いた笑顔を浮かべた人物だった。
「僕はドルフ。悪いけど、その人はこちらでもらいうけるよ」
「この人を倒したのは僕だよ」
「そうだね。でも、もしその人を倒したいというのなら、僕が相手になるけど?」
 リヒャルトは、相手の強さを冷静に判断した。
 自分ひとりでは勝てない。いや、勝てないまでも時間稼ぎはできるかもしれない。だが、そうしたらザハークはどうする。今、立ち上がり、こちらを睨みつけてくる男と二対一か。
「借りておくぞ、ドルフ」
「必要ありませんよ。あなたがいてくれないと、ギゼル様がお困りになりますので」
 そして、二人は夜の闇に消えた。
「逃がしちゃったかあ」
 だが、あれほどに強い相手が出てきたのだ。王子はザハークと一対一にしてあげるから必ず倒して欲しいとお願いした。だからその通りにした。
「これは王子に文句を言わないとなあ。あ、でもさすがの王子でも全部が分かるようなことはないから仕方がないのか」
 とはいえ、女王騎士を倒したのは間違いない。詳細は後で報告するとして、まずはミューラーさんに褒めてもらうことにしよう、とリヒャルトは決めた。





 一夜明け、戦火に見舞われたレルカーから勝鬨が響く。
 ザハーク軍を完全撤退させ、なおかつまたもや『死者ゼロ』という快挙。
 ラグ王子の不死の神話ができつつあった。
「いつかは出る死者だけど、出ないなら出ないにこしたことはないね」
 と、駆け付けたリオンに言う。
「王子が願えば、ずっと誰も死ななくてすみますよ」
「そうだといいけど」
 そしてルクレティアとも合流する。
「お手柄ですね、王子。レルカーの被害もほとんどありませんでした。とはいえ、全焼した家がなかった、という程度ですけどね」
「ルクレティアならもっとうまくやる方法があったかい?」
「それはわかりません。与えられた情報と人数で、どこまでできるかはその場にいなければなりませんから。ですが、町の人に誰ひとり被害者を出さなかった。それは王子の功績です。ご立派です」
「ルクレティア。お世辞はいらない。君の思ったところで、僕の失点を教えてくれないか」
「そうですね……」
 白羽扇を口元にあてながら考える。
「戦えない人がいるのは仕方がないとして、消火班は別に作っておいてもよかったかもしれません。特に水の紋章を使える人がたくさんいれば、消火活動はもっとはかどったでしょう」
「なるほど、そこまで気が回らなかった」
 できる限り火を出す前に止める、という方針で編成したのだ。消火専門チームを作っておくことは確かに有意義なことだ。
「まあ、今回は防火・消火を同じチームでかねていましたから被害は大きくなりませんでしたが、もう少し食い止めることはできたかもしれませんね」
「被害を出さない方法は?」
「それこそ、その場にいなければわかりませんよ。あったかもしれないし、なかったかもしれません。それを議論するのは今じゃなくてもいいでしょう」
 不要なことだ、とルクレティアは断じる。
「レルカーが味方になった。これでセーヴルやエストライズももっと動きやすくなるはずです。王子には花丸をあげましょう」
 思わずラグも笑ってしまった。
「でも、ザハークは逃がしてしまった」
「リヒャルトさん以上の腕前の人物ですか……こちらも兵力をそろえてきたつもりですが、ゴドウィンもまだまだ隠し玉が多そうですね」
「バハラムといい、ザハークといい、なかなか敵将を捕まえられないな」
「捕まる将は愚かな証拠ですからね。こちらがこれだけ罠をかけても捕まえられなかったザハークさんを褒めるところでしょう」
 だが、あと一歩だった。バハラム戦よりもずっと、ザハークに手が届いていた。
「今後のレルカーについてはどうする?」
「復興支援チームを作りましょう。シウスさんをここに置いていきます。また、ここの復興に協力してくれる人を立候補で募ります」
「あと、捕まえたザハーク軍はどうする?」
「難しいですね。投降してくれたとしても、心からの投降というわけでもないでしょうし、ザハークさんの息がかかっている人もいるでしょう。かといってずっと捕まえておくのも余計な食費がかかります」
「もともとレルカーの民衆だったり、身元がわかる人だけは残ってもらって、それ以外の人たちはお帰り願った方がいいんじゃないかな」
「おっしゃる通りです。下着姿で帰っていただきましょう」
 それはひどい。だが、一番自分たちにとっても問題のない処置だ。
「数日事後処理を行ったら城へ戻りましょう。きっとボズさんからも連絡が届いているはずですよ」
「それは楽しみだ。向こうはどんなことになっているかな」






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