「ところで、せっかく会話ができるなら教えてもらいたいことがある」

 会話が成立するのなら、紋章の知識を手に入れることもできるはずだ。

【我は27の真の紋章ぞ。人間の問いになど──】

「だいたい、真の紋章って言っても人間に宿って力を解放しないと何もできないんだから、たかがしれてるよね」

 返事はなかった。感情があるなら怒るところだろうが。

「それで、質問だけど昔このファレナで大規模な破壊があったのって、太陽の紋章の仕業だよね。それ以来ずっと、太陽の紋章はこのファレナにいるわけだけど、なんでこの土地なんだい?」

【破壊の衝動に逆らいながらも、我が深部に入り込むか。今度の所有者はやはり今までとは違う】

「褒めてくれてありがとう」

【だからこそお前が破壊の衝動を振り払えなくなったときが楽しみだ。それは非常に単純なこと。お前が信頼する相手から裏切られた瞬間こそ、自分が最大の力を放出する瞬間】

「そんなことはないと思うけど」

【お前の母ですら、混乱して自分の夫を手にかけた──人間とはそういうものだ。タガがはずれてもなお自分を制御することはできまい】

「それで? なんでこの土地なんだい?」

【決まっていよう。楽しいからだよ。お前たち、ファレナの王族がな】










幻想水滸伝V





『戦う相手』










 セラス湖の城に戻ったラグのところに届いたボズの手紙。それは城を大混乱に陥れた。
「僕の偽物、ねえ」
 さすがにそう言われてもピンとこない。
「ですが、おかげで王子のセーヴルにおける人気は底辺のようですね」
 ルクレティアも「やれやれ」とため息をつく。
 話の大筋はこうだ。セーヴルに来たボズが領主と話していると、山賊たちが襲ってきたとのこと。ボズも山賊と戦うために出撃したのだが、その先頭にいたのが王子そっくりの偽物だったというのだ。問題は、ボズ自身が「王子殿下!?」と言ってしまったこと。それで、今まで王子の偽物だと疑っていたセーヴルの民衆が、ボズまで認めたということで一気に反王子感情が強まったらしい。
「思うにこいつは、ゴドウィンとは違うところでの動きだね」
 ラージャが口をはさむ。
「ゴドウィン以外の勢力? でもそんなのは──」
 バロウズ家が失脚している以上、ゴドウィン家に対抗できる勢力など、フェイタス軍以外のどこにいるというのか。
「私も同意見ですね。これはマルスカール卿のやり方にはあいません」
 かつての上司について判断するルクレティア。ラージャとルクレティアが同じ意見なら、ほぼ間違いないとみていいのか。
「セーヴルは国境の守りについてもらうだけでもいいけど、僕たちと距離を置くのは困るな」
「では、行くしかありませんね!」
 リオンが息を荒げる。
「ずいぶん気合が入っているね、リオン」
「当たり前です! こともあろうに、王子の振りをして悪いことをするなんて、絶対に許せません! この手でズタズタにしてやります!」
 と、この調子で怒り心頭なので、本来もっと怒っていいはずのルセリナまでが気おされている状況だった。
「でも、困ったな。そんなところに僕が行っていいのかな」
「というより、王子が行かないと話になりませんね。王子と偽物が同時に存在すれば、セーヴルの民衆も納得がいくのではないですか?」
 それもそうだ。というより、それが一番手っ取り早い。
(そうか、ルクレティアは)
 その白羽扇に隠れた口元が微笑んでいた。
「あれ、ルクレティア、何か笑ってないかい?」
「いえいえ。王子こそ、なぜか笑顔ですよ」
「おかしいなあ、僕は真剣に悩んでいるのに」
「私だって、この状況をどうすればいいか、真剣ですよ」
 だが二人とも笑顔だ。まったく困っているようには見えない。
「何にやにやしてるんだい、二人とも」
 サイアリーズがいらいらしたように言う。
「あ、俺、少しわかっちゃったなー」
 カイルがにやにやして言う。
「どういうことだい?」
「いやつまり、王子の人気が底辺にまで落ちてるんなら、それが偽物だってバレたら、ついでに偽物事件を王子が解決したら、本物の王子の人気はストップ高でしょ?」
 交易用語でわかりやすく説明したカイルにラグとルクレティアは笑顔で答える。
「やれやれ……この悪だくみ王子と軍師にかかれば、自分たちの苦難も勢力拡大の機会ってことかい」
「でも、ラフトフリートやロードレイクに比べれば、ずっと楽だよ。ゴドウィン軍が来ているわけじゃない。油断しているわけじゃないけど、山賊と軍隊なら山賊の方が楽だよ」
「そんな王子のために、兵士はどれくらい必要でしょうか?」
 ルクレティアが尋ねる。まあ、多いにこしたことはないが、身を守るだけならそれほど多くなくてもかまわない。
「山賊が来ても追い返せる程度なら、そんなに人数はいらないと思うけど」
「油断してはいませんか、王子?」
「正直、山賊よりもこっちの城やレルカー、ロードレイクの方が人手がずっと必要だと思うよ」
「わかりました。では人選を」
「はい!」
 リオンが真っ先に手を上げる。
「私も行きます」
 ルセリナも毅然とした様子で答える。
「アタシも見ておきたいけど、リオンに任せるわ」
 サイアリーズがパスなら当然ゲオルグもパスということになる。
「王子から希望はありませんか?」
 と言われても、普通に頼りになるメンバーなどだいたい固定される。カイル、ベルクート、シグレ、ローレライ、リヒャルトといったところか。
「本物らしさを演出するためにも、女王騎士が来てくれた方がいいかな」
「じゃあカイルさんが決まりで、やっぱりそれなりの雰囲気のある方がいいですね。ベルクートさんにお願いしましょうか」
「ん、いやちょっと待って」
 ベルクートは正統派の剣士だ。だが、相手の隙をついて攻撃してくるような山賊に、ベルクートでは相性が悪いのではないだろうか。
「リヒャルトとシグレにお願いしたいな」
「また僕?」
「超過勤務手当」
「うん。山賊が相手だからね。自分の判断で現場を離れることをいとわない人の方がいいと思う。正直、ベルクートは責任感が強すぎて、引くときに引けないかもしれないから」
「よく見られてますね、王子」
 ルクレティアがほほ笑む。
「ルセリナさんはどういたしますか?」
 正直、太陽の紋章のことがあるので傍にはいてほしい。ただでさえレルカーでは一緒にいられなかったのだ。この太陽の紋章の悪意がどこまで蓄積されるか分からない。
「王子が必要とされるなら、私はどこでもついてまいります」
「うん──いや、でも今回は山道を行く可能性もあるし、旅慣れていない人にはきついと思う。ただ──」
 ラグはルセリナの手をとって、自分の額に手を当てる。
「熱っ……!?」
「大丈夫、すぐに引くよ」
 ラグの言う通り、その熱は黎明の紋章に吸い込まれるように消えていく。やがて平熱へと戻った。
「どう、ルセリナ。何か体調の変化はある?」
「いえ、何も──王子、今のは」
「太陽の紋章の副作用かな。僕自身の体調は問題ないんだけど、とにかく熱くて」
「この間も、同じようなことがありました」
「うん。だから同じようにすれば熱が引くかなと思ったけど、思った通りだったね」
 ルセリナは手の紋章を眺める。
「本当に大丈夫ですか、王子。何か、不吉な予感がします」
「それはそうだろうね。おそらく母上が時折暴走したり、ロードレイクにあんなことをしたのも、この紋章のせいだろうからね」
 全員が、王子の紋章に目をむける。
「ルクレティアは知っていたんだろう?」
「おそらくそうではないかとは思っていました。でも、王子が自覚できるほどとなると、その呪いの影響は相当強いのでしょうね」
 はあ、とルクレティアはため息をつく。
「そういうことでしたら、私は逆にルセリナさんを同行させた方がいいかと思います」
「いや、山賊が相手なら単独行動できないのは致命的になるかもしれない。ルセリナは駄目」
 王子が頑として譲らないので、ルクレティアが少し首をかしげる。そして、ふと表情を変えた。
「なるほど──わかりました。王子の無事をお祈りしています」






 王子とリオン、カイル、リヒャルト、シグレの五人はセーブルの西にある関所までやってきた。
「山賊だ!」
 だが、到着するなり手荒い歓迎を受ける。次々と駆け付ける警備兵に取り囲まれてしまった。
「いやー、すっかり大人気ですねー、王子」
「この状況でのんびりしていられるカイルがすごいと思うよ」
「警備兵の皆さん! こちらは本物の王子です! 偽物が出たと聞いて、調べに来たんです!」
「その手はくわんぞ、偽物ども! かかれーっ!」
 と、一斉に動き出そうとする警備兵。仕方がないよね、とリヒャルトも剣を抜こうとし、「ったく、面倒くせえなあ……」とシグレがぼやく。
 が、
「あいや、またれよ!」
 人一倍大きな声がして、その場にいた人たちの動きが止まった。
「ボズさん!」
 関所から出てきた人物に、リオンは笑顔で呼びかける。
「ですが、ボズ殿!」
「こいつは、あのときの山賊にそっくりではありませんか!」
「むしろこいつが王子だというのなら、王子こそが山賊ではないのですか!?」
 ずいぶんな言われようである。
「確かに王子殿下は瓜二つだが、その隣を見よ! 女王騎士のカイル殿とリオン殿であるぞ!」
「女王騎士見習いです」
「はあっはっはっは! そのやり取りもいつものことですな!」
 そしてボズが近づいてきて、王子に膝をつく。
「申し訳ありません、王子。今のセーヴルはあまりに偽物の被害が大きすぎて、このような状況なのです。それゆえ、慌てて手紙を送った次第でして」
「わかってるよ。それより立って、ボズ。この問題を解決するために僕が来たのだから」
「は。そして、改めて紹介したい男がおります」
 後ろで控えていた優男が頭を下げる。
「お久しぶりです、殿下」
「うん。久しぶりだね、ダイン。君がここにいてくれるから、セーヴルは安心できる」
「もったいないお言葉。そして申し訳ありません」
 ダインが再び頭を下げる。
「僕は謝られるようなことはされたことがないはずだけど?」
「いえ。バロウズ家が失脚した際、私はあなたと共に行動したかったのです、殿下。ですが、私の立場がそれを許さなかった。そしてセーヴルは中央の内乱に巻き込まれないように扉を閉ざした。私がもう少しうまく立ち回ることができていれば──」
「それこそダインではどうにもならなかったことだよ。そして、こうしてまた僕たちは出会った。今度こそ、この絆が切れないことを願うよ」
「殿下」
 ダインは頭を上げるとボズに笑いかけた。
「相変わらず、素晴らしい方でいらっしゃるな、ボズ殿。迷わずに王子にご協力できるあなたがうらやましい」
「なに、これからは同じ立場になるのだから、遠慮はなしでござる、ダイン殿!」
「まことに。殿下、これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
「嬉しいよ。君ほど力も責任感も強い人が仲間になってくれるなんて、とても心強いよ」
「かたじけないお言葉です。私も、あなたのような主君の下で働けるのはとても嬉しいです」
 ダインがそこまで言うのでセーヴルの兵たちもそれ以上不満の声を上げない。だが、不信感が根強いのは間違いのないことだ。
「ダイン。彼らと話してもいいかな」
「兵士たちとですか? いや、ですが」
「対話もしないうちから、溝が埋まることはないよ」
 そう言って王子は兵士たちの傍へ近づいていく。
「お、おい、近づいてくるぞ」
「本当に山賊じゃないんだろうな」
「ダイン隊長があそこまで言うくらいだし……」
 わざわざ聞こえるように言うことで敬遠しようとしているのだろう。だが、もちろん王子がその程度でひるむわけがない。この程度で悩むようなら、今までの旅は何だったのかというくらいだ。
「君たちは、本当に勇敢な兵士だ」
 その兵士たち、一人ひとりの顔を見て王子が言う。
「僕たちと戦おうとしたのは、このセーヴルを守ろうとしてのことだろう。自分の町を守るために命をかけられる。それは素晴らしいことだと、僕は思う」
「あ、いや……」
「その……」
「今は信じてくれなくていい。でも、疑いが晴れて、僕が山賊じゃないと明らかになったときは、ぜひとも君たちの力を貸してほしい。この国をよくするためには君たちのように強い心を持った人が、一人でも多く必要なんだ。この町と、この国が、もっとよくなるために」
 そして、王子は笑顔を見せた。
「すぐに解決するから、そのときはよろしく」
「あ、は、はい!」
「よ、よろしくお願いします!」
 その様子を見たリヒャルトが「さすが王子様だねー」と言い、シグレが「これだからこの王子さんはやりづらいんだよなあ」とぼやく。
「さすがは殿下ですね」
 ダインが敬服して言う。
「本気で話をしないと誰も心を動かさない。それを僕は学んできたから」
「ご立派です。それではラウルベル卿のところへご案内いたします」






 ラウルベル卿は実に穏和な人物で、可能ならセーブルは王子に協力したいのだと申し出てきた。だが問題は民衆で、既に王子が山賊だという認識がされた現状では味方をすることができずにいるというのだ。
 セーブルの東にある乱稜山に山賊の根城があるというので、王子が自ら行って捕まえてくるのが一番手っ取り早いということになった。
「で、ですが王子殿下にそのような……」
「いえ、ラウルベル卿。これは僕が自分で解決したいんです」
 もちろん王子自身の偽物だ。当然に自分で解決したいと思うものだろう。わかりました、とラウルベルもうなずく。
「では私も同行いたします」
「ありがとう、ダイン。地理に明るい人がいてくれると助かるよ」
「それにしても、みんなに疑われるくらい、王子とその偽物は似ているんですね」
 道中ずっと怒っていたリオンが尋ねる。
「ボズ殿ですら見分けがつかなかったことは伝わっていらっしゃるかと思いますが、正直私も口に出かかりました。なぜ殿下が、と」
「そんなに」
「今こうして見ても、あのときの偽物と瓜二つで、まったく見分けがつきません。もしリオン殿でも見分けがつかないとすれば──」
「そんなことはありえません」
 リオンが断言する。
「私が見間違えるなんて、そんなことは誓ってありません」






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