【逆に尋ねよう】
太陽の紋章から逆に質問をされた。今度はいったい何を尋ねられるのか。
「けっこういつも聞かれてるような気がしているけど」
【我はすべてを燃やし尽くすことが望み。では、お前はどうだ。すべてを破壊したいとは思わないのか】
「すべてを取り返したいとは思っているけどね」
【人同士のいざこざ、お前に向けられる悪意、すべてをなくすことができるというのにか?】
「目に見える悪意なら、むしろ大歓迎だよ」
【なるほど】
太陽の紋章からの答えは、なぜかどことなく楽しそうだった。
【お前は、歴代の使用者の中で、誰よりも歪んでいるな】
幻想水滸伝V
『They're alike in appearance but different in nature』
ダインをパーティメンバーに加え、一行は山賊のいる乱稜山へと向かった。
「乱稜山は昔からならず者が根城にする場所でしたが、数年前から例の山賊一味が根拠地にし、そこに王子が加わったということで、過去にないほどの勢力となっています」
「王子がこんなところに来るはずないのに、信じるなんて馬鹿だよねー」
リヒャルトがごくもっともなことを言った。国を奪還するために戦っている王子がこんなところで山賊などするはずがない。少し考えれば分かることなのだが。
「目的は、単なる勢力の拡大なんでしょうか」
リオンがぼそりと言う。
「どういう意味でしょうか」
「あ、いえ。それこそ王子がここにいらっしゃるはずがないなんて、考えれば分かることですよね。それどころか時間がたてば真実はおのずと明らかになります。少なくとも長期的に何かをしようと思っているわけじゃないと思うんです」
確かにその通りだ。だからこそ、なぜこんな意味のない方法を山賊たちが取ったのか理解できない。
「王子」
「どうした、ルセリナ」
「私には、この件、単に王子の評判を下げるためだけに仕組まれているような気がします」
「僕の?」
「はい。この件で利益を手にする者が誰かは分かりません。ですが、短期間に不利益を被るのは明らかに王子です」
「僕を恨んでいる人か。それは数えられないほどいるから、見当もつかないね」
「……そうですね」
ルセリナの手が、王子に触れる。
「ルセリナ?」
「たとえ、世界の全てが王子の敵だったとしても、私は最後まで王子の味方です」
「えっと、ルセリナ」
「うわー、ルセリナちゃん大胆だなー。こんなところで愛の告白ですかー?」
「そ、そういうわけではっ」
「いやいや、分かってます分かってますって。王子。俺だってずっと王子の味方ですからね!」
「私だって!」
カイルとリオンも同調してくる。
「僕はミューラーさんさえ味方ならずっと味方だよ」
「金次第で」
もっとも二人は相変わらずであったが。
だが、それを聞いていたダインが驚いた様子だった。
「すごいですね、殿下」
「何が?」
「彼らにあの言動をさせている王子が、です。普通の支配者であれば、あの発言は許容できるものではないでしょう。そして部下もそれをわきまえているから決して口にしていい言葉ではない。逆に言えば、彼らは王子を信頼しているからこそ、今の言葉が言えるのです」
「んー、別に僕は王子に仕えているわけじゃないからね」
「その点は同意」
だが、なんだかんだ言っても彼らも王子が気に入っているからこそ協力することを承諾しているのだ。それが傍から見ているダインにはよく分かった。
「私も、セーブルに仕えていなければ」
「何言ってるんですか。別にセーブルに仕えていても王子に協力できないわけじゃないでしょう」
カイルがのほほんと言う。
「王子の部下は女王騎士以下の数名でいいんですよ。今、王子と共に闘っているのは部下じゃなくて、協力者だ。おっかない軍師さんも、ラフトフリートにレルカー、ロードレイクも、みんな部下じゃない。だからダインさんも部下じゃなくて協力者でいいんですよ」
「なるほど。そういうものか」
ダインが深くうなずく。それが王子の求めている関係性ということか。
「それならば、私は大いに協力できそうですね」
「ダインさんの実力は女王騎士に匹敵するといわれてますからね。心強い限りですよ」
そうして山を登っていき、もうすぐ山頂というところで、少し開けた場所に出た。
そこに十人程度の人間が食事の準備をしていた。
「あ、ロイ!」
その中の一人にいきなり声をかけられた。
(ロイ?)
顔を見合わせる。どうやら──ビンゴだ。
「ばか、違うよ兄貴! ロイは中で寝てんじゃん! そいつ、本物の王子だ!」
「え、え!?」
全く似ていない大柄な少年と小柄な少女が、こちらを見て明らかに動揺している。
「よし、観念しろ、山賊ども! 投降すれば命までは取らん!」
ダインがよく通る声で恫喝する。が、二人をはじめ、山賊たちが一斉に武器を取る。
(おかしいな)
が、その様子を見ていたラグには違和感があった。
(山賊が、自分の根城にしている場所に侵入者を入れておいて、ここに来るまで全く無警戒だなんて、そんなことがありうるのか?)
お粗末すぎる。いくらなんでも、これではまるで──
「やっちまえ!」
山賊たちが動こうとしたが、その前にシグレが動いていた。
投擲した投げナイフは、寸分たがわずその武器に命中し、全ての武器をはじき飛ばしていた。
「今だ!」
一方的だった。武器を持たない山賊たちはあっという間にとらえられ、全員が縄で縛られた。
「あっけなかったですね」
リオンもほとんど出番がなく、拍子抜けした様子だ。
「あっけないどころじゃない。こんなに無警戒なのは、他に理由があるはずだ」
考えられる可能性として一番大きいのは、ここにいる山賊たちは留守番をしているだけで、山賊の本体がセーヴルに攻め込んでいるのではないか、ということだ。
だが、それにしても山賊たちの様子が変だ。彼らは自分を見て「ロイ」と声をかけた。つまり、別働隊がもしあったとしても、そこに王子の偽物はいないということになる。
「『ロイ』は中で寝ている、と言っていたね」
彼らの奥には洞穴がある。中というのは、あの中のことなのだろう。
「やめろ、勝手に入るな!」
「勝手に町村を襲ったのは君たちの方だよね」
「さすがは王子、ぐうの音も出ない反論っすねー」
縛られている山賊たちはシグレとリヒャルトに任せ、洞穴の奥に入る。
「中にまだ大勢いるのでしょうか」
ルセリナが尋ねるが、どうもそんな雰囲気ではない。
「多分、本人しかいないんじゃないかな」
奥にある一つしかない部屋の扉をあけると、こじんまりとした部屋に簡易ベッド、そして──
「おっと、もうお開きか」
その、張本人がいた。
「うわー、似てますねー」
カイルが目を見張った。初めて目にするわけでもないダインも改めてうなずく。
「あ? なんだ、本物のお出ましか」
ベッドから起き上がった少年。確かに王子と瓜二つ、同一人物かと思わせる風貌だった。
が、
「そうですか? 私はそんなに似ているとは思いませんけど」
リオンが言う。
「ルセリナさんにはどう見えますか?」
「輪郭も顔立ちも、王子と瓜二つですが」
「ですが?」
「目つきと、顔つきが違います。とても同じようには見えません」
「まったく同意見です。王子はこんな卑しい顔つきはしていません」
二人が見ているのは外見ではない。その人間の内側から出てくる意思や覚悟。それが表情に表れている。王子とこの少年とは、そこが決定的に違っている。
「言ってくれるじゃねえか。こっちは王宮生まれでもなんでもねえ。貧民街生まれのチンピラだ。生きるために殺し以外の悪いことならなんでもやったぜ。それでもなあ、王子さんよ。俺はあんたらみてえに国を建前に人を殺しまくったりはしてねえよ。部下に戦争させて、何も苦労しないでぬくぬく育ったあんたとは違ってトーゼンなんだよ」
(何の苦労も、ね)
あの王宮での暮らし。確かに生きるだけなら何も苦労はしなくて済んだのだろう。
「でもよ、それって不公平だろ。生まれが違うってだけで、ぬくぬく暮らしてんのか、ドン底はいずりまわるのか決められるなんてよ。ましてや同じ顔だ。俺はあんたに一度も会ったことはなかったけどな、ずっとあんたのことを憎んでたぜ。同じ顔だけにな。だから、あんたの顔に泥を塗ってやることにしたのさ。楽しかったぜ、みんながみんな、王子を憎んでいく姿はよぉ。ふふ、ははははははははっ!」
ラグは困った。
何が困ったかといえば、これだけ純粋に悪意をぶつけられていて、この少年はきっと自分を怒らせようとしているのだろうが。
本当に困ったことに、何の感情も抱かなかった。
(あの王宮で、影でぐちぐち言われながらも面と向かって言われない、あっちの方がずっと腹立つんだよね)
人に憎まれるのには慣れている。だからお前が憎いなんて言われてもさほど何とも思わない。それは経験の蓄積。今回はたまたま顔が似ているから、逆になんだか可哀想に思えてしまうくらいだ。
むしろ、今まで誰も遠慮して言ってくれなかったことを正面から言ってくれて、もやもやしていたものが晴れてありがとうと言いたいくらいだ。かといって、本当に言うのは場の空気にそぐわないので言えないのだが。
「どうだい王子さん、何とか言ってみたらどうだよ!」
「特別何もないかな。君が何を考えていようと、僕には関係ないことだし」
「はあ!?」
「ルセリナとリオンは何かある?」
「王子……」
ルセリナが苦笑する。王子がこう言うのだから、本当に王子にとってこの少年のことは『取るにたらない』ことでしかないのだろう。
「そういうところ、王子は少し冷たいですよね」
リオンがため息をつきながら言う。
「私、怒っていたんですけど、その気力がなくなっちゃいました。王子のせいですよ」
「ごめん」
「分かりました。王子がそう言うのでしたら、もう何も言いません。それで、この少年をどうするんですか」
「きまってる。山賊をして人を傷つけたのだから、全員処刑するしかないよ」
「はっ。ま、それはかまわないぜ。その覚悟でやってきたんだからな。抵抗はしないさ。人を殺すことでなんでも解決するのがあんたらのやり方なんだろ」
「そうだよ」
「オージサマってのはつくづく偉いねぇ」
「僕には君が理解できないけど、君も『王子』というものを理解していないよ」
「あん?」
「君は言ったね。殺し以外は何もしてない、って」
「ああ」
「つまり君は、ちょっと悪ぶって人に迷惑をかけて遊んでいる、そんなつもりでしかないんだろう」
「それがどーしたってんだよ」
「僕は、この国で起こったことに対し、自分で決定し、自分で責任を負う、その覚悟がある。ファレナの民が安んじて暮らしていけるようにしなければいけない責任があるんだ。だから山賊がいるならこれを倒し、捕まえた人間は全員殺す。そうしないとファレナの民が安心できない。だからそうする。君たちがどんなに可哀想で、仕方がなかったことだったとしても、僕は僕の責任でそうすると決めている。君はただ、自分に不満があって、不満を周りにあたり散らしているだけだ。そこには覚悟も何もない。ただの自己満足だ。別に、君のことは何とも思わないけど、勘違いしているのならそこだけは改めさせてもらうよ」
ラグは、見下したように笑う。いや、実際見下していた。
「顔が似ているだけで、僕と同じだなどと思わない方がいい。君と僕とでは、まるで違う」
「なんだと」
「君は僕を怒らせたりしたいのかもしれないけど、それは無理だ。君が何をしたところで、僕の邪魔はできないよ」
「なら、証明してみせろ」
少年は、近くにあった三節棍を取った。
「まるで違うと言ったな。証明してみせろ。勝負を挑まれても戦えない腰ぬけと言われたくないなら、タイマンで勝負しやがれ!」
ラグは、鼻で笑った。
「何がおかしい!」
「いや、ごめんごめん。いいよ、それで君の気がすむなら、少しだけつきあってあげるよ」
「王子ー。それ、悪役側のセリフですよー」
「うん。この子と話していると、ついそんな役回りを演じたくなるんだよね」
「ふざけんな!」
「じゃ、外でやろうか。こんな狭いところじゃ動きにくいだろう?」
と、ラグが後ろを見せて外に出ていこうとする。無防備極まりない。
「お、王子。いけません、挑発に乗っては」
「大丈夫だよ。負けないから」
「はい。王子は負けません。格が違います」
リオンが何も疑っていない表情で同意する。
「王子」
ルセリナが王子の傍らによる。
「あまり、やりすぎないでくださいね」
「うん。手加減はするよ」
このやり取りが決定的だった。
「絶対許さねえ。ほえ面かかせてやるよ!」
外に出た二人はお互いに三節棍を構えた。
「ちょっ、ロイ! 何やってんの!」
「うっせえ! こいつは絶対許さねえ。ここで捕まろうが殺されようが、一発ぶち込んでやらねえと気がすまねえんだよ!」
「どうしよう、カイル。一発ぐらい殴られてあげた方がいいかな」
「うわー、余裕ですね王子」
「まあ、リオンが言ってくれたからね。格が違うって」
「リオンちゃんの言葉を信じてるんですか?」
「いや。確信しているんだよ。リオンは昔から、力量差を推し量って間違えたことがないから。ちなみにカイルとリヒャルトとベルクートとゲオルグ。誰がどういう順番で強いかも解析済み」
「それめちゃくちゃ聞きたいんですけど!」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
少年がこちらの様子にいよいよ耐えられなくなって叫ぶ。
「それじゃ、行くぜ王子さんよ。教えてやるぜ、世間ってやつをよ!」
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