何が理由なのかは分からないが、最近どうも太陽の紋章からの圧力が弱くなってきた気がする。
 今までは呪いのように繰り返される言葉だったが、会話をするようになってからはその呪いが薄れてきたかのような。
 いや、それともこれは、ルセリナが同行メンバーになったからだろうか。

【不安か?】

 あざ笑うかのように太陽の紋章が尋ねてくる。

【我も四六時中、お前を支配しようとしているわけではない。アルシュタートと同じでな。すぐに支配できないのなら、精神的に弱ったときに一気にいただく。それだけのこと】

「それを防いでいたのが父上というわけか」

【あの男──フェリド、といったな。歴代の所有者以外で我が名前を記憶するのは珍しい。それだけ、アルシュタートの守護に全力をつくした男だった。あいつがいなければこの大地は焦土と化すことができていたろうに】

 ならばやはり、ルセリナの存在は自分にとって大きい。しかもフェリドと異なり、ルセリナは黎明の紋章まで備えているのだから。

【しばらくは静観しよう。お前がどのようにこの地を治めていくのかも、興味深いのでな】










幻想水滸伝V





『戦う方法』










 三十秒後。世間の厳しさを教えられた少年、ロイが地面にうずくまっていました。

「これは驚きました」
 その一連の攻防を見ていたダインが言葉通りの表情をしていた。レインウォールではよほど頼りなく見えていたのかもしれないが、もともと王子の体力さえ戻ればこれくらいのことは当たり前であった。
「王子はずっとゲオルグ様やカイルさんに鍛えられていましたから」
「鍛えましたー」
「それに、王子はもともと目がいいんです。『二太刀要らず』のゲオルグ様の攻撃を回避できるのはそんなに多くはいません。王子はその一人です」
「相手の攻撃を回避するのが得意だと?」
「それもありますが、おそらくここ最近、ベルクートさんやリヒャルトさんたちのおかげでますます強くなったと思います」
「僕?」
「はい。リヒャルトさんの動きを見て、王子はその動きを取り入れています。今まではゲオルグ様やカイルさんのようにどちらかといえば力重視で攻撃していましたけど、リヒャルトさんの華麗な技術が加わって、今までのスピードに技術が伴った結果、女王騎士に匹敵する強さに昇華しています」
「うわー、王子の方が強かったら俺の出る幕ないなー」
「いえ、それでもまだまだカイルさんには遠く及ばないですよ。でも、あの少年とでは雲泥の差です。子どもでは大人に勝てないのと同じです」
 ロイが震える足でそれでも立ち上がってくる。
「生まれたての小鹿みたい」
 リヒャルトの言葉に思わずカイルもリオンも笑ってしまう。
「まだやるの? 力の差ははっきりわかったと思うけど」
「うるせえ! てめえなんかに……負けられるかよぉぉぉぉっ!!!」
「!」
 リオンがその動きを見て緊張する。
 今までよりも体内に溜められた力が違う。一撃でも受ければそれだけで致命傷になりかねない。踏み込みも鋭さも、何もかも一段階、いや二段階は上だ。
 ──だが。
「攻撃が見えてるよ」
 ラグは半身ひねるだけで縦の一撃を回避すると、少しだけ身をかがめて横の一撃も回避する。
 そして三節棍の先でロイの両手首をついて武器を落とさせる。
「身構えないと命にかかわるよ」
 三節棍を連結させ、おもいきり振りぬく。力任せの攻撃がロイの胴体にめり込む。
「がっ……」
 ロイは膝から大地に崩れ落ちた。
「ロイーっ!」
 少女の声があたりに響く。が、カイルとリヒャルト、それからリオンは今の王子の動きの方に戦慄していた。
「あのスピードの攻撃を、あんな紙一重でかわす? 普通」
「さすがの私も驚きました。王子の目の良さは予想以上です」
「いやー、あれなら俺に匹敵するって言われるのも納得だわー」
 ルセリナは戦いの間、ずっと手を握り締めていたが、ようやく力が抜けた。これでもう少年は立ち上がってこれないだろう。ラグが少しでも傷ついてほしくはなかったが、無事に戦いが終わってよかった。
「お疲れ様でした、王子」
「ありがとう、ルセリナ。ちょっとやりすぎたかな。多分骨は折れてないと思うけど」
 やれやれ、とシグレが近づいてロイを縛り上げる。
「ん? なんだこりゃ」
 シグレがロイの髪を引っ張る。すると、ずるり、とその髪がはずれた。
「カツラ?」
「なるほど。顔はそっくりでも、髪の色まではそうそう似せられないですからね」
 ロイが朦朧とした様子でこちらをにらんでくる。何かを話したそうにしているが、激痛で声も出ないようだ。
「ちょっと、ロイをどうする気!?」
 さっきの少女が叫ぶ。
「山賊の末路は決まっているだろう?」
「やめてよ! ロイは──」
「うるせえ、フェイレン!」
 ロイが声を絞り出す。
「王子さんよ、頼みがある。俺はどうなってもいい。その覚悟でやったんだ。でもな、そいつらは違う。俺をほっとけなくて、俺に勝手についてきちまったんだ。そいつらは何も悪くないんだよ」
「な、何言ってんのよ、ロイ!」
「そ、そうだよロイ! 一緒にやろうって決めたじゃないか!」
「うるせえよ。最初からこれは俺が一人で考えて、一人で実行してやろうと思ってたのに、お前たちが勝手についてきたんだろうが。フェイロンもフェイレンも、最初は反対してただろ」
「そ、それは」
「だから、幕引きは俺一人でいい。これ以上お前らの面倒は見れねえよ」
 さて、この三人の言葉を聞いて、王子はどう考えるのか。
 リオンもルセリナも、王子の表情を盗み見る。だが、王子は無表情のままだ。
「残念だけど、君たちの処分は君たち自身が決めるものじゃない」
「なんだと」
「いろいろと聞きたいことがある。もし答えるならそっちの仲間たちは見逃そう。だが、答えないというのなら君の前に彼らを処刑する」
「なっ……てめえ、それでも人の血が通ってんのかよ!」
「ファレナの王家はもともと人じゃなかったらしいよ」
 それはラグなりの冗談だったが、さすがにこの場にはそぐわなかったらしい。ロイは怒りでもはや何も聞く耳を持っていない。
「シグレ。それ、貸して」
「ん? ああ、これか」
 シグレがカツラを渡す。なるほど、自分の髪と全く同じ色だ。なかなかこの色をこの量集めるのは難しいだろう。
「高かっただろう、これ」
「はあ?」
「一つの街だけで集めきれる量ではないな。特注で作らせたか。そうなるとその作業ができる職人がいるのはハウド村かな」
「そんなの、お前には関係ねーだろ!」
「それに、その服。どうして僕と同じ服が用意できたのかな。君は僕を見たことがないと言っていたね」
「そんなもん、肖像画があちこちにあるだろーが!」
「この服を着た僕の肖像画は、多分ファレナのどこにもないだろうね。王宮から出て初めて着た服だから」
 言われてみれば確かに。
 誰もが、王子が何をしようとしているのかがようやく分かってきた。
 それはこの問題の、根本解決。もっと分かりやすく言うなら、
「このカツラと服を準備したのは誰だい?」
「!」
「図星。黒幕がいるね。誰だい? それとも、答えられない理由があるのかな?」
「さ、さっきも言っただろうが! これは俺が一人で考えて、一人で──」
「も、もうやめなよロイ!」
「やめろ、フェイレン。しゃべるな!」
 うっ、と少女が声を詰まらせる。なるほど、その方が早そうだ。
「彼女の方が話が早そうだね」
「な、何を」
「ねえ君、フェイレンって言ったかな」
「な、なによ」
「ロイを助けたいと思うかい?」
「……」
「もし助けたいなら取引だ。ロイの命を助けよう。だから、君たちに山賊をそそのかしたのが誰か、教えてもらおうか」
「喋るな、フェイレン!」
「嫌だ……私、ロイが死んじゃうのは、イヤだよ」
 涙目で、フェイレンが答える。
「ロイは、頼まれたんだ。あんたに化けて山賊をやって、あんたの評判をどん底まで落とせって!」
「フェイレン!」
「もし、もし断ったら、私たちを殺すって、そんなことは雑作もないことだって、軍隊がやってきて、すごい人数で……」
「やらないと殺す、やれば褒美を与える。それならやるに決まってる」
 もう一人の少年、フェイロンも答える。
「なるほど。黒幕の正体は予想がついている。名前は?」
「あいつは名乗らなかったんだ。とにかく大きな貴族の子供で、王子に恨みがあるって。同じ王子に恨みを持つ者同士、仲良くしようって……」
「まさか……」
 ルセリナが震えた。どうやら気づいたらしい。
「王子はどこで気づいてたんですか?」
「ロイの姿を最初に見たときかな」
「そんなに早く!?」
「さっきも言ったけど、あの服を準備できるのはこの戦いに関係する者だけだ。同時に僕に恨みを持っている者はそんなに多くない。ここに来る前から第一ターゲットではあったけど、あの服で確信した。カツラは決定打だね。あの色であの量を作るには、よほど芸術的にこだわった人がいなければ無理だ。ハウド村は、レインウォール領だったね」
「ユーラム・バロウズ……まさか、そこまでのことをするとは!」
 ダインが歯噛みする。かつて共に協力した仲間だということを恥じているかのように。
「悪いのはそいつなんだ! だから、ロイは助けてやってよ!」
「盗んだものも使ってないんだ! 全部取ってある! だから、ロイだけは助けてくれよ!」
「やめろ、お前ら」
 ロイはため息をついた。
「王子さん。あんたの言うの通りだ。俺はやりたいからやった。不満を当り散らした、ただの自己満足だ。頼まれたからとか関係ねえよ。覚悟は最初から決まってたんだ。王子さんの評判を取り戻すためにも、みんなの前でバッサリやるのが一番だろ」
「それじゃあ」
 ラグは再び三節棍を構えた。
「なんだ、この場でやるのか。ま、死ぬのに怯える時間が短くなっていいぜ」
「ちょ、さっきロイを助けてくれるって言ったのに!」
「ひどい! やめろ、人でなし!」
 ダインもあたふたしている。本当にそれでいいのか、と。
「よ、よいのですか、リオン様」
「王子には考えがあるみたいですよ」
 ルセリナ、リオン、カイルはもとより、ずっと行動を共にしてきたシグレとリヒャルトもすっかりラグの次の行動を疑いもしない。

 ──王子が、本当にロイを殺すはずがない。

 ラグは鋭く三節棍を振り下ろす。それがロイの額すれすれで、ぴたりと止まった。
「な、なん……」
「ロイ。君は死ぬ覚悟があると言ったね」
「ああ。二言はねーぜ」
「だったら君の命は僕のものだ。君はここで死んだ。死んだ後の体は誰がどう使おうと問題ないだろう? だったらその体は僕のものだ」
「な」
「このファレナを救うために、君が必要だ。それこそ選択だ。ここで死ぬか、それとも自分の命をこのファレナのために使うか、どっちがいい?」
「それ、俺に何かメリットはあるのかよ」
「あるさ。君はさっき言ったじゃないか。人を殺したことなんかないって」
「ああ」
「それは、君が誠実な人間であることを表している。そして、ファレナを救うことは君が本当にやりたいことに協力できるっていうことだ。それだけでも十分メリットだと思うけど?」
「……」
「それに、君の仲間ごとまとめて助けてあげることができるよ。君一人じゃない。そこにいる仲間全員協力してもらう。そうすれば僕たちの本拠地にかくまうことができるしね。悪くない取引だと思うけど?」
「きったねえ……そんなの、俺にメリットしかないじゃねーか」
「そうだね。僕は卑怯だ。この取引で君へのデメリットはたった一つ。君のプライドを粉々にすることだ。でもね」
 すう、とラグは息を吸う。
「自分の命をかけて仲間を助ける覚悟があるなら、自分のプライドくらい捨ててみせろ!」
 しばらくロイは震えていたが、やがて、大きく息を吐いた。
「あんた、嫌な奴だな」
「よく言われる。特にここ最近」
 ロードレイクとかレルカーとかで。
「フェイレンとフェイロン、それに他の仲間たち、本当に助けてくれるんだろうな」
「ああ。もちろん盗んだものは全部返してもらうけど」
「そんなのはどうでもいい。だいたい、俺なんか貧民街のゴロツキに何ができるってんだ?」
「決まってるじゃないか」
 ひらひら、とラグがカツラを見せる。
「影武者だよ。君にしかできない、君だけの役割だ」
「なるほどね。でも、もしかしたら俺が乗っ取るかもしれないぜ?」
「だって、リオン」
「それは無理です。私がいる限り」
「やれやれ。おっかないねえ。分かった。みんなを助けてくれるんなら俺も協力する。それに」
 はー、とロイが大きく深呼吸する。
「あの貴族の糞餓鬼の方が、あんたよりずっとイライラしてたんだよ!」
 思わずカイルが笑っていた。そうだよねえ、とリヒャルトもうなずく。
「その貴族、連絡はつくのかい?」
「ああ。緊急時の連絡方法だけはある」
「じゃあ──この問題、片付けてしまおうか」
 にっこりとラグが笑う。
「あーあ、王子の悪巧みがまた始まった」
「でもルクレティアさんがいないから、割と平和に済むと思いますよ」
 カイルとリオンの言葉に、ルセリナが一人ため息をつく。
「すみません、王子。また私の兄が」
「大丈夫。というより、ありがたい限りだよ。そのおかげでロイとセーヴル丸ごと仲間にできる」
「ですが」
「ルセリナは考えすぎ。ルセリナはもうあの親子とは無関係なんだから気にしないで」






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