静観する、と太陽の紋章は言った。それ以後、太陽の紋章は本当に何も語らなくなった。
とはいえ、何かのタイミングで必ずまた自分に語りかけてくるに決まっている。
今はその静観が本当にありがたい。あの頭痛に悩まされるのは本当に勘弁してほしい。
だからこそ、今のうちにやれるだけのことをやってしまいたい。
何しろ自分の相手は、母上の意識すら操るほどなのだ。いつまでも自分が御しえるとは限らない。
(太陽の紋章を暴発させないためにも)
少しでも、今できることを。
幻想水滸伝V
『If you betray him, I never permit you.』
「山賊王子だ!」
「山賊がやってきたぞ!」
セーブルに山賊がまたしてもやってきた。
だが、その声が響くや否や、
「待てぇー!」
その後ろから颯爽と現れたのは、
「ユーラム・バロウズ、見参!」
そして持っている剣を王子の方に向けて──
「まったく、見下げ果てたやつだな、ラグシェリードおう……じっ!?」
だが、王子はそのまま全力で駆け抜けると、三節棍を振りぬく。
「へぶっ!?」
いきなり叩きのめされたユーラム。湧き上がる悲鳴。
「ちょ、な、何を──」
「貴族の坊ちゃんか。ちょうどいい、あんたは人質にするぜ!」
「や、やめろロイ! 台本と違うじゃないか!」
その声は、おそろしく綺麗に響いた。
「台本とは、どういうことですか」
素早く反応したのはダインだ。
「え、え?」
「それにロイとは、誰のことですかな」
続いてボズ。
「え、そ、それは──」
「ロイは、俺のことだ!」
隠れていたロイが影から現れる。
「ええ!?」
「お、王子が二人──?」
町の人々がもう一人の王子に驚きを見せる。
「じゃ、じゃあ、こ、こいつは──本物のラグ王子!?」
「気づくのが遅いよ、ユーラム。お前の企みはとっくに分かっている」
三節棍を突き付けたままラグが言う。
「ロイ。君が山賊王子の正体なんだね」
「そうだ──そうです、王子。俺は、この貴族に命令されて、王子の振りをして山賊をして、王子の評判を落とせって言われて。従わないと、俺の仲間ごと殺すって、脅迫されて……」
「な、なんだよそれ」
「それじゃあ、悪いのは全部……」
「「「「ユーラム・バロウズかっ!」」」」
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
ユーラムが一目散に逃げ出す。それを追いかける兵士や町の人たち。
「これで全部解決かな」
面白くなさそうにラグが呟く。
「あっけなかった、とお考えですか」
リオンが近づいてくる。
「面倒なことよりはあっけない方がいいさ。それより、うまく逃げてくれるといいけど」
ユーラム・バロウズは最初から逃がす予定だった。彼を捕まえると当然待っているのは『処刑』ということになるだろう。それはルセリナのことを思うとできない選択だ。
「王子殿下」
そこに、数名の兵士たちがやってきた。
「我々は、何とお詫び申し上げればよいのか──」
「ああ、気にしないでいいよ、グレン。この間も言った通り、君たちは自分の街を守ることに精励しただけだ。誤解が解ければそれでいい」
兵士は驚いたようにラグを見る。
「な、なぜ自分の名を」
「この前、ダインに聞いておいたんだ。後で君とは話すことになるだろうと思ったからね」
「そんな、自分なんか、おそれおおい」
「前も言った通り、このファレナを救うためには君たちのような志ある者が必要だ。これからもセーブルの守りに全力を注いでほしい」
「は、はいっ!」
兵士たちからのまなざしが明らかに変わっている。
「さすがですね、王子」
「彼らの協力なくして僕らは何もできないからね」
「これでセーブルは大丈夫でしょうか」
「セーブルは大丈夫なんだけど」
「けど?」
「ルセリナが心配、かな」
ルセリナはこの作戦を決行する前にラウルベル卿のところに置いてきた。さすがにユーラムと直接対峙する場につれてきたくはなかった。
そして彼女のことだ。またきっと自分のことを責めているに違いない。
「ラウルベル卿のところに戻ったら、すぐに本拠地に戻りましょう」
「そうだね。余計な時間をかけてしまった。ゴドウィンが何かをしかけてくる前に戻っておきたいしね」
ラウルベル卿の下に戻った一行は、ラウルベルとルセリナに出迎えられる。
「ダインくん、よくやってくれたね」
「いえ、私は何も」
「王子……」
ルセリナが表情を曇らせている。
「申し訳ありません。愚兄がまたこのようなことを」
「もう何回も聞いたよ。ルセリナは気にしなくて大丈夫」
「それならせめて、何か私にできることはありませんか」
「それじゃあ笑ってくれるかな」
「は?」
しばらく固まっていたルセリナが、なんとか必死に笑顔を浮かべようとする。
「こ、こうですか」
「固い」
「固いですよ、ルセリナさん」
ラグが苦笑し、リオンがくすくす笑う。
「王子は、ルセリナさんに悲しい顔をしてほしくないんですよ。王子の一番大切な人なんですから」
「リオンさん」
ルセリナが顔を真っ赤に染める。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。王子をよろしくお願いします」
リオンは我が事のように喜ぶ。
「王子。このたびは本当に、ありがとうございました」
「いや、自分で来てよかったよ。おかげで大切なものが手に入った」
「大切なもの、ですか」
「ああ。そこにいる少年たちだよ」
ロイとフェイレン、フェイロンが後ろに控えている。
「王子の偽物ですか」
「こっちがロイで、そっちの二人はフェイレンとフェイロン。盗んだものには全く手をつけてないから、きちんと返すって」
「なんと」
ロイが前に出てきて頭を下げる。
「このたびは、本当にすまなかった。俺はどうなってもかまわないから、他の連中は助けてやってほしい」
「な、ロイ!」
「だから、ロイだけが悪いわけじゃないって言ってるだろ!」
また三人のやり取りが始まる。最近は何かといえばこのやり取りだ。
「申し訳ないけど、ラウルベル卿、この三人も含めて彼らの身柄はこちらで引き受けたいんだけど、いいかな」
「彼らをどうなさるおつもりですか」
「僕たちに協力してもらうよ。そういう契約だ」
「ですが信用できるのですか。いくら脅迫されていたとはいえ、山賊だったものを」
「ラウルベル卿は、彼らを処刑したいかい?」
「しめしがつかないのでは、とは思いますが」
「なるほどね」
王子は笑顔を浮かべる。
「僕は彼らを信じるよ、ラウルベル卿。もし彼らのことをどうしても許せないというのなら、僕もそれなりに考えがある」
ラウルベルはその表情を見てうなずく。
「いえ、そこまでのお覚悟でしたら、私ごときが何かを申し上げるものではありません」
「分かってくれてありがとう」
リオンにカイル、ルセリナ、さらにはシグレやリヒャルトは少しだけ緊張していた。
ラウルベルの性格から譲ってくれるとは思っていたものの、もしどうしてもラウルベルが処刑すると言ってきかないのなら、王子は間違いなく。
「ロイさん」
リオンがロイに近づいてささやく。
「な、なんだよ」
「本当に王子に感謝してくださいね」
「何が」
「王子は今、セーブルとあなたを天秤にかけて、あなたを取ったのです」
「は?」
「セーブルの協力が得られなくなったとしても、あなたとその仲間を助ける方を選ばれたのです。もし、王子のその気持ちに報いる気を無くしたとしたら、そのときは私があなたを許しません」
ロイの表情が強張る。
「セーブルと俺、って、何の冗談だ?」
「王子と一緒にいれば、そのうち冗談ではないことが分かるようになります。最近仲間になったばかりのリヒャルトさんやシグレさんも分かっているようですし」
そう。ラグシェリードはこの点では頑固といって間違いない。自分の信じるもののためには絶対に自分を曲げない。たとえ自分がそのことで不利になったとしてもだ。
「なんだよそれ。絶対に裏切れねえじゃねえか」
ったく、と愚痴る。
「裏切ってもいいですよ。そのときは地の果てまでも私が殺しに行きます」
「おっかねえ」
「私は王子の敵の敵ですから」
「肝に銘じておくよ」
ところで、とラウルベル卿が話題を変える。
「セーブルとしてはファレナ女王家に仕えるのが筋だと考えていますが、現状の女王家はもはや何が正しいのか、判断ができない状態です」
「そうだね。何しろ妹が女王候補で、僕がその最大の反逆者扱いだ」
「ですが、ゴドウィン家が女王家を恣意的にしているのはほぼ間違いないことですし、仲間のために自分が危地に陥ってもかまわないという王子の態度は感服するところでもあります。遅くなりましたが、セーブルもその末席にくわえさせていただいてもよろしいでしょうか」
「大歓迎だよ。ありがとう、ラウルベル卿」
「ダイン君は王子の協力者として、同行させようと思います」
「ラウルベル卿!」
「ありがたいお言葉ですが、国境の守りはどうですか」
「アーメス軍ならしばらくは動かないと思います。実は、アーメスの捕虜を一名、確保しておりまして、そこから情報を手に入れております」
「アーメスの捕虜?」
「はい。その捕虜が、王子との面会を求めておりまして……」
「僕と? なぜ?」
予想外の展開だった。だが、アーメス人と直接話すことができるというのは悪いことではないのかもしれない。
「それが、本人が言うには自分は捕虜になったのではなく、目的があって意図的にファレナに残ったのだと言い張っておりまして。武装解除はしておりますので、王子に危害は加えさせません」
「もしそんなことがあっても俺がなんとかするよー」
「私がそんな真似をさせません」
二人の女王騎士が自信満々に言う。
「じゃあ、シグレとリヒャルトも一緒に来てくれるかな」
「へいへい」
「いいよー」
二人は乗りかかった船という感じで承諾する。
「じゃあラウルベル卿、案内してもらえるかな」
「承知いたしました。どうぞこちらへ」
ラウルベルに連れていかれたのは邸内の客間だった。
中にいた男は武器は持っていなかったものの、両手両足を拘束しているわけでもなく、自由に行動ができる状態だった。
「あんたが王子さんか」
「ああ。で、君の名前は?」
「ナクラだ。アーメスから来た。どうしても知りたいことがある」
「僕でなければいけなかったのかい?」
「女王家の人間でなければ分からない話だ」
確かに女王家の人間でなければ知らないことは多いだろう。だが、おいそれと話すことができないから秘密になっているわけだが。
「俺の父親は幽世の門っていう暗殺者集団にやられた」
その言葉が、一行に与えた衝撃は大きかった。
「幽世の門……!」
「そうだ。お前なら知ってるんだろう。幽世の門、親の仇を討つために俺はここまで来たんだ。頼む、知っていることがあれば教えてくれ!」
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