太陽の紋章を宿したことにより、自分は三つのデメリットを負うこととなった。
 一つはこうした休眠期を除き、四六時中紋章からの精神攻撃を受けること。きっと母上もこれが相当辛かったに違いない。
 二つ目にこの太陽の紋章が常に発する熱。これのおかげで体全体が常に熱い。ルセリナが──黎明の紋章が、それを和らげてくれているものの、やはりこの熱さは堪える。
 そして三つ目に、紋章に自分の体をコントロールされかかること。とはいえ、これは精神的に弱っているときに限る。母上がコントロールされかかっていたのは、いつも精神が弱っているときに、太陽の紋章がその体を侵略してきていたのだろう。

 もし、自分が何らかの衝撃を受けた場合、抗うことが果たしてできるのだろうか。










幻想水滸伝V





『It's necessry to beleive』










 そして、全員でナクラの病室へと向かった。
 ナクラはほぼ全快しており、近日中に出発する予定とのことだったが、ラグがつれてきた人物を見て、目の色を変えた。
「て、て、てめえは!」
 ナクラが掴みかかろうとするが、その間にシグレが割って入る。
「話を聞いてくれ」
「ふざけるな! その顔、忘れるはずがねえ! あのとき、笑いながら俺の親父を殺しやがった、その女……ずっとてめえに復讐するために生きてきたんだ!」
「いいの、シグレ。避けて」
 サギリはナクラの目の前に歩み出る。
「私は、たくさんの人を殺しました。何人殺したかも分からないくらいに」
「てめえ……!」
「だから、あなたには私を殺す権利がある。でも、お願いがあります」
「なにぃ!?」
「私を殺すのは、少しだけ待ってほしい。私は、幽世の門の生き残りをすべて排除し、私のことを信じてくれるラグシェリード王子の願いをかなえてあげたい。それが終わったら、私を殺してかまわない」
「な、な、何を言って……」
 そこから、オボロとシグレがもろもろの事情を説明した。ナクラは何度も首を振り、信じられない、とばかり繰り返す。
「王子さんよ、お前は自分の父母を殺した連中が一緒にいて、何とも思わねえのかよ!」
「僕が三人に対して思うことはたった一つ、同じ目的のために信頼できる仲間だということだよ」
 断言する。これに関しては譲るつもりはない。
「僕は三人を信じると決めた。もし裏切られたなら、それは僕の見る目がなかっただけのこと。三人を恨む筋合いのものでもない。それに、オボロの話を聞いてよく分かった。問題は幽世の門じゃない。幽世の門は、思考することすら封じられた、権力者のただの道具にすぎない。ナクラ、君は自分の父親を殺したときに使われた道具を憎むのかい?」
「それは」
「憎むべきは、それを指示した人間だ。僕は、僕の父と母を死においやり、僕の妹を連れ去ったマルスカールとギゼルを絶対に許さない。二人に自ら協力する者も同様に許さない。でも、その部下としてい否応なしに戦わされている兵士たちまでも憎む必要はないと思っている。それがたとえ、自分の親を直接手にかけた者だとしても」
 フェリドの父親、フェリドを殺したのは母親のアルシュタートだ。
 そしてアルシュタートを殺したのはゲオルグだ。
 だからといってゲオルグを憎むことができるか? そんなことができるはずがない。
 憎むべきは、その状況をもたらした黒幕であるべきだ。
「ちくしょう」
 ナクラが体を震わせるほどに憤っている。
 この気もちをどこにぶつければいいのか。
 目の前の女を殺すことで自分は満足するのか。
 いいや、それはもう無理だ。
 全ての状況を理解した以上、感情でこの女を殺しても後で絶対に後悔する。
「ふぅ……」
 大きく息をつく。
「てめえのことは保留だ。このお人よしの王子さんを助けたいならそうすりゃいい。俺は俺でやることができた」
「なんだい?」
「今の幽世の門を仕切ってんのはマルスカールとギゼルなんだろ? なら、そいつらをぶっ殺す。俺が本当にやるべきことをやらねえとな」
「どうやって?」
「さあな。とりあえずあいつらの居城に行って、どうするかを考えるさ」
「無駄死には駄目だ」
「無駄かどうかは自分が決める」
「そもそも死ぬな。死んでも誰も喜ばない。いや、面倒な人間が消えてくれて、マルスカールとギゼルだけが喜ぶ。君は自分の命を、敵を喜ばすために使ってはいけない」
「王子さん」
「僕らの利害は一致している。マルスカールを倒したいなら、一緒に行動すればいい」
「気は確かか、王子さん」
 ナクラは首を振った。
「俺はアーメス人だぞ? あんたらが目の敵にしているアーメス人を仲間にしようってやつがどこにいるんだよ!?」
「それが王子なんですよねえ」
 カイルがのほほんと答える。リオンもルセリナも微笑んでうなずく。
「ナクラ。君は立派だ。目の前に親の仇がいて、復讐したいという気もちがあるにも関わらず、理性でそれを押さえ込み、本当にしなければいけないことを考えている。君のような人が協力してくれたなら、僕もとても安心できる」
「おい」
「そして将来、君がアーメスに戻ってそれなりの地位についたときには、僕は君との間でなら平和な関係を築けるんじゃないかと思うよ」
「……」
 そこまで言われると、さすがにナクラも毒気を抜かれたようだった。
「変わった王子さんだ」
「よく言われる」
「だが、悪くない。少なくとも、アーメスで俺が今までつかえてきた連中よりは、ずっと血の通った、協力しがいのある相手だと思う」
 ナクラはにぃっと笑った。
「王子さんの口車にのってやる。必ず俺をマルスカールのところまで連れて行けよ」
「いいけど、マルスカールを倒すのは僕だ。これを譲るつもりはないからね」
 ナクラは苦笑した。
「面白い王子さんだ」






 セーブルでラグが手に入れたものはとても多かった。
 ロイ、フェイレン、フェイロンをはじめとする山賊たちは単純に戦力アップにつながったし、何よりロイは自分の影武者としていろいろなことを任せることができるようになる。
 セーブルそのものが仲間になったこともあり、剣豪のダインを味方にできたのも大きい。ゲオルグやリヒャルトなどの精鋭がいないわけではないが、一軍を率いることができるメリットは大変に大きい。
 ナクラはアーメス人なので周りの反応がどうでるかが怖いところではあるが、槍を使わせたらアーメス軍でも指折りの使い手と聞く。これも大きな戦力アップだ。
 それに加えてサギリもこれからは仲間として行動してくれるとのこと。シグレがあれだけ有能なのだから、能力ではシグレを上回るというサギリがいてくれるとどれだけ心強いか。
 さらにはラウルベル卿の人脈で仲間となったメンバー。
 医者のムラードはロードレイクやレルカーで尽力する王子を見ており、これ以上傷つく者を増やさないためにということで仲間となった。
 鑑定士のバシュタンは、もともとラウルベル卿が本物のイワノフの絵を持っていたということで、ラウルベル卿のお抱え鑑定士となっていた。ラウルベル卿が認めた方ならば、ということで仲間となった。
 装飾士でドワーフのズンダは、ラウルベル卿の屋敷のありとあらゆる窓を飾り付けていた。だが、最近はやりがいのある建物がなくて困っていたので、新しいセラス湖の城の装飾であればやりがいがある、と二つ返事で仲間になってくれた。
 同じくドワーフで鍛冶屋のドンゴは、とにかく武器を鍛えたいということで、本拠地に専用の場所を提供できると言ったら快く引き受けてくれた。
 防具屋のモンセンとは実はレルカー防衛戦の際、ラグのおかげで命が助かっていたという縁があり、ご恩返しができるということでこちらも二つ返事。
 エストライズでカラクリ装置の発明を行っていたバベッジと、その弟子のソレンセンも協力してくれることになった。本拠地にあれこれ便利な装置を作ってくれるということで、大変楽しみである。
 そして古書扱いのアズラッド。なんでもこのファレナの地に、持っているものに災いをもたらす書があるので遠方から来たとのこと。ただし、現在は所在不明なので、しばらく同行して探したいということで仲間となった。






 こうして本拠地には新たに多くのメンバーがやってくることとなったが、それはルクレティアとしてはありがたい限り。何か一つでもタレントを持っている人物は、何かの役に立つことができるのだから。
「ただいま、ルクレティア」
 ラグとルセリナ、リオンの三人が軍議の間へとやってきた。既にそこにはサイアリーズとラージャ、タルゲイユらも集まっている。
「はい、お帰りなさいませ、王子」
「セーブルの問題は無事に解決、そのまま協力を得ることができた」
「はい、伺っております。お手柄ですね、王子」
 ルクレティアは笑顔で言ったあと「さて」と話した。
「王子。セーブルは当然ですが、もう一つの方はどうなりましたか?」
 ルセリナとリオンが視線を交わす。何を言われているのかが分からない様子だ。そして王子を見る。
「何のことだい、ルクレティア」
「大丈夫ですよ。この場にいるのは信頼のできるものだけです。遠慮はいりません」
「ルクレティア。僕は今回、偽王子事件を解決して、セーブルと協力関係を築いてくることが目的だった。それ以外のことは何もなかったはずだけど?」
「王子。私は確かにお伝えしたはずですよ。セーブル以上に、こちらを優先しなければいけないと」
 ルクレティアの視線が厳しくなる。だが、ラグは小さく息をついた。
「ルクレティアの思い違いじゃないかな」
 知らないものは知らない。そうはっきりと答える。そして、まるでおびえるところがない。堂々としている。
(これほどとは……たいしたものですね)

 そう、ルクレティアは最初からわかっていた。目の前にいるのが王子ではなく、王子の真似をしたロイであるということが。
 だからこそどの程度、その強がりが続くのかを見てみたかったのだ。
 そこで、まったく王子と話したことがない『でっちあげ』をあえてぶつけてみた。
 しかし、ロイはそれを表面に出すどころか、ラグの普段から備えている風格までよく似せていた。

「想定外のことがあっても動じず、最善の方法で切り抜ける。たいしたものですね。正直、驚きを隠せません」
「どういうことなんだい、ルクレティア。さっきから、何を言っているんだ?」
 サイアリーズが尋ねる。
「こちらは王子ではありません。例の、王子の偽者です」
「は?」
「なんと」
 タルゲイユとラージャが驚いてラグを見るが、ラグは少し困ったように肩をすくめる。
「サイアリーズ様はどう感じられましたか?」
「いや、確かに何か変な感じはしたんだが、なるほどね、偽者か」
「ええ。これだけ見事に変装できるのですからたいしたものです。私はともかく、サイアリーズ様まで騙せるとは」
「ルクレティア。ちょっと待って」
 そのラグ?が割って入る。
「ルクレティアの言っているのは山賊をしていたロイのことだろう。残念だけど、彼は一度仲間になると言っておきながら逃げてしまったんだ」
「逃げた?」
「うん。僕の影武者をさせようと思ったんだけど、リオンがあまりにスパルタで、見ているこっちまでかわいそうだった」
「ちょっ……!」
 リオンが何か言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまう。
「だから、誤解されてしまったみたいだけど、僕がラグだよ」
(自分の正体を言い当てられたのに、この余裕)
 むしろ余裕がないのはリオンとルセリナだ。リオンは明らかにラグに対する態度ではない。ルセリナも大丈夫なのかとおろおろするばかりだ。
「確かに言われてみると、何か違う感じがするんだけどさ」
「ですが、私にはラグ王子にしか見えませぬ」
 タルゲイユが細い目を見開いてラグを見つめる。
「うーん、言われてみれば何か違和感があるかな、っていうくらいかね」
 ラージャも分からないという様子だ。
「ロイくん、でしたか。王子から言われているんですね。たとえ何があっても自分から口を割るなと。もういいですよ、ロイくんが本当に王子とそっくりなのはよく分かりましたから」
「ルクレティア」
 ラグ?は少し困った様子だ。
「ルクレティアは僕を信じてくれないのかい?」
「それでは一つ尋ねます。私と王子しか分からないようなことです。よろしいですか?」
「僕を疑うというのかい」
「疑うというのではありません。何しろ、私には王子が分かりますから。だいたいにして、その太陽の紋章のレプリカは、どうやって作ったのですか」
 ルクレティアはひょいとその頭の紋章を取ってしまった。
「あ!」
「これで、王子でないことがわかってしまいましたね」
 ラグ?は顔をしかめた。
「もういいよ、ロイ。ルクレティアの方が一枚上手だった」
 すると、本物のラグがその扉の向こうから登場した。
「ラグが二人!?」
「なんと」
「こりゃまた……本当に見分けがつかないねえ」
 サイアリーズもタルゲイユもラージャも、並んだ二人を見比べるが、差異などほとんどないに等しかった。
「それにしても、ルクレティアにはどうして分かったんだい?」
「どれだけ似ていても、完璧に同じ人間など存在しません。私と王子が全く違うように、王子とロイくんも全く違います」
「いやいや」
「そっくりじゃよ」
 タルゲイユもラージャも、いまだに区別がつきにくい様子だ。
「ただ、王子を拝見したことがない人にとっては完全に騙されるでしょうね。それにこちらの追及にも全く根を上げなかった。大変立派な影武者です。よい人を見つけられましたね、王子」
「本当に。ロイは僕の些細な癖も真似しようとしてるから、もう少ししたら本当に見分けがつかなくなるかも」
「雰囲気を完全に似せることができても、外見を完璧に同じにすることはできません。ルセリナさんもリオンさんも、二人のことは見分けられるのでは?」
「当然です」
「はい。ただ、私はこの黎明の紋章が、太陽の紋章の持ち主をはっきりと教えてくれますので」
 そのせいで、ルセリナは王子を見誤ることもなければ、その気配が途切れることもない。完全に区別できる状態から二人を見比べてみると、確かに細部が異なるのだ。おかげでいくつかの部分で完全に見極めることもできるようになっている。
 ただ、それはあくまでも細部の確認をしているからであって、もし見比べていなかったとしたら、見た目だけで区別することは難しかっただろう。
「じゃあ、改めて紹介するよ、ルクレティア。彼が僕の影武者を引き受けてくれたロイだ」
「よろしくな」
「はい。よろしくお願いします。こき使ってよろしいのですね?」
「うん。そういう約束だから」
「……お手柔らかに」
 既にリオンにみっちりと鍛えられたので、これ以上のことはないだろうと思っているロイ。
 だが、ルクレティアはこのフェイタス軍で王子以上の権限を持つ軍師だ。そのことをロイはまだわかっていない。
「さて、我々もレルカーにセーヴルが味方してくれたおかげで随分と規模が大きくなりました。王子。これからはゴドウィンも本気で手を打ってくることでしょう」
「ルクレティアには次に何をしてくるか、分かるのかい?」
「いくつかある中で、近い未来、確実に打ってくる手は分かります」
「それは?」
「リムスレーア様の戴冠」
 その言葉に、場が凍りつく。
「リムが」
「遅かれ早かれ、そうなることは避けられないでしょう。内外に女王リムスレーアを喧伝し、私達を反乱軍扱いする。そう遠くない未来に必ずそうなります。ただ──」
「ただ?」
「他にも、何かやりそうなんですけどね、あの人たちは」
 それが何かということまではさすがのルクレティアにも想像がつかない、ということか。
 そのときだ。
「王子殿下」
 音もなく、場に入ってきたのはサギリだ。
「どうした?」
「ビーバーロッジの方角に、火の手が」
「ビーバーロッジ!?」
 ラグとルクレティアが視線を交わす。
「驚きましたね。まさかビーバーロッジとは」
「僕が先に行く。ルクレティアはロイと一緒に行動してくれ」
「分かりました。一刻を争います。動けるだけの人数で行動を」
「分かった。リオン、サギリ、一緒に来てくれ」
「はい」
「分かりました!」
「ルセリナに、ラージャ様と叔母上はロイとルクレティアと一緒に」
「大丈夫かい?」
「はい。ビッキーに転送してもらいますけど、ビッキーのテレポートには人数制限があるので、とにかく近くにいる人を連れていけるだけ連れていきます」
「無茶するんじゃないよ!」
「誰も死なない程度には!」
 とはいえ、少ない人数で行くのだから、無茶をしないわけにはいかないのだが。






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