「ここは?」
気が付くと、どこか見知らぬ山道に倒れていた。
まわりは木々がうっそうと生い茂っている。それほどイライから離れている場所ではないだろうが、居所がわからないことには動きようがない。
『盗賊の森だ』
世界記は事も無げに答える。
「これでイライの村は救われたのか?」
彼は世界記の年代に意識をあわせた。
805年 襲われた結婚式
邪道盗賊衆がイライのザ神殿を襲う
『お前が殺されることはなくなった。だが、邪道盗賊衆によるイライ襲撃はなくなっていない。歴史的にはまだ何も変更されていない』
「村を救わなければ」
だが、どうすればいい。
方法は一つだ。
邪道盗賊衆がイライのザ神殿を襲わないようにするのだから、直接敵の本拠地に行き、倒すか説得するかなりしなければならない。
『この森をぬけた所に盗賊たちのアジトがある』
いずれにせよ、そこに行かなければ何も始まりはしないということだ。
(待て)
そうして一歩を踏み出そうとしたときのことである。
(……何か、いる!)
ウィルザがじっと、何もないところを睨みつける。
そこには、木しかない。
だが、その木。
(危険だ)
ウィルザは自分の体を調べる。何か武器になるようなものはないかどうか。
(これは)
驚いたことに、手に触れたものは『単発銃』であった。
この世界では剣のほかに、こうした銃器類も存在するのだ。
(ないより随分ましだな)
その単発銃を取り、その木に向けて、放つ。
直後、その木は本性をあらわした。
ジュ神。木々に悪霊が取り付いたゲの神の一つだ。
「キシャアアアアアアアアアッ!」
ジュ神は奇声を上げると、その長い枝の腕を伸ばして攻撃してくる。回避しきれずに腕に裂傷を受ける。が、耐えられないほどではない。
「このっ!」
間合いを詰めて、至近距離からジュ神の顔面に単発銃を放つ。
そこで生命活動が停止したのか、動かなくなったジュ神はゆっくりと崩れ落ちた。
「これが、ゲの神か」
こうしてゲの神は力のない植物や動物に寄生して活動を続ける。
言うなれば寄生虫に近い。そうした知的生命体。それがゲの神だ。
「ん! 誰か来る!」
そのとき、人間の気配を感じたウィルザは素早く木陰に隠れた。
他にもどこにジュ神がいるか分からない。だが、見えない危険を恐れて目の前の危険に直面するのは馬鹿のやることだ。
彼は隠れると、じっとやってくる男たちを見た。
「この先にイライの村があるはずだ。せいぜい大暴れしてやるぜ」
「たかが辺境の村一つ。お頭がザ神嫌いだからって、大した仕事じゃねえな」
あれは、イライの村を襲った連中と全く同じ格好をしている。間違いない。
「奴ら、邪道盗賊衆だ」
『不思議はない。イライに向かう途中だ。殺されるぞ』
「ここで奴らを止めれば、村を助けることができる!」
人数は三人。
この程度なら、今の自分でも充分に倒せる。
「いくぞ!」
ウィルザは単発銃を構えて木陰から飛び出した。
「何だ、お前は!」
だが、それに答えるより早くウィルザが単発銃を二度放ち、一人を戦闘不能にする。
「今の話を聞いてたな!」
別の盗賊が刀で斬りかかってきたが、たいした速さでもない。ガイナスターが怒って剣を振り下ろしたときに比べれば止まって見える。
回避すると至近距離から相手の右肩を打ち抜く。
さらに残った一人が逃げ出そうとしたところを背後から打ち抜く。
これで三人を倒した。
ふう、と一息つく。
「なかなかやりおる! しかしここまでだ!」
が、突然別の方向から声がした。
「なにっ!」
「見るがいい! 我がゲの神の力を!」
──あれは、タンド! しまった!
不思議な呪文をタンドが唱えると、ウィルザの体がまたも金縛りにあう。
「これは、体が動かない!」
このままでは、この命はまたしても風前の灯火だ。
どうにかこの状況を回避しなければ。
「ムムッ、この男。ガイナスター、御覧なさい。我が予言の通り、昨日私が殺したはずの男ではありませんか!」
ガイナスター?
ウィルザは視線だけでその男の方向を見る。
あのときと同じ、威厳のある若い男がタンドを従えて近づいてきた。
「俺にはよく分からんが。で、タンドよ。お前の予言には何と?」
「この男が我らにもたらすのは繁栄と混乱」
「繁栄と混乱?」
その相反する二つの言葉を聞いて、ガイナスターは大声で笑った。
「ハハハハハッ! 面白い! こいつを助けてやれ」
「しかし! ガイナスター!」
「こいつの始末はいつでもできる。こいつ、たった一人で俺たちに歯向かいやがった。なかなか面白い男だと思わないか?」
──助かるのか?
とにかく、無事であればそれでかまわない。自分がどうなるにせよ、生きていれば世界記の指示どおりに動くことは充分可能だ。
「そこまで言うのなら」
次の瞬間、ウィルザを縛り付けていた見えない力が解かれた。
「体が? 動くようになった」
「よし、アジトに戻るぞ!」
すぐさまガイナスターは部下たちに指示を出す。
(アジトに戻るだって?)
当然、その言葉に反応したのはウィルザばかりではない。部下たちの混乱は一気に広まった。
「お頭! イライを襲うんじゃ?」
「祭が終わるまでには時間がある。それより、その男に興味がある。アジトで色々と調べてやる。ついてこい」
そう言ってガイナスターはさっさと引き上げていく。
そして、残ったウィルザを盗賊たちが後ろ手に縛り上げていく。
あえて彼は抵抗しなかった。
イライの襲撃がなくなるのなら、抵抗する意味はなかったからだ。
『イライの襲撃はこれでなくなった』
(そうか、よかった)
手を後ろに縛られたまま、ウィルザはアジトへと連れていかれた。
第三話
ゲの神の儀式
その盗賊たちのアジトはその場所からすぐ近くで、入口さえ確かに分かりづらかったものの、中に入るとかなりの広さがあった。小さな村くらいはあるだろう。建物も十は下らない。
そのアジトの中心にウィルザは連れていかれる。そこに──
(何だ、あれは)
まるで、蝿をかたどったかのような神像が安置されている。その前にはかがり火が焚かれている。
ガイナスターもタンドも、そこで彼が連れてこられるのを待っていた。
中心に立たされた彼に、ガイナスターが質問を始めた。
「まず、名前を聞こうか」
もちろん、答える名前は決まっていた。
「ウィルザ」
ここから。
トールという名前は歴史上消え去り、ウィルザという新しい男が生まれたのだ。
「我が名はガイナスター。邪道盗賊衆の頭目だ。お前、俺たちの仲間になれ!」
何も調べず、突然ガイナスターは興味津々といった様子で自分に話し掛けてくる。
(仲間? 盗賊の?)
まあ、あまり好ましいこととは思えない。
だが、実際のところは自分はどんな組織に所属していようが一切かまわないのだ。何しろ、世界記の言う通りに動けるかどうかだけが一番の問題なのだから。
そう。つまり、イライの村襲撃を完全に阻止する。それができるのなら。
(倒すか、説得するか。それしかなかったのだから、この機会を逃すべきではない)
ウィルザは決断した。
「一つ条件がある。イライの村を襲わないと約束してくれ」
するとガイナスターは、ほう、と面白そうに頷く。
「どうして俺たちがイライを襲うと知っているのだ?」
どうしてと言われても、世界記のことを説明するわけにもいかない。
どう言えばいいか悩んでいると、ガイナスターは笑って首を横に振った。
「まあいい。大した獲物ではないからな」
では、襲撃は回避されるということか。
そういえば先ほども盗賊たちが言っていた。イライのザ神殿を襲う理由。それは、お頭=ガイナスターがザ神を嫌っているからだ、と。
単なる感情でイライを襲うより、自分を仲間にする方をこの男は選んだということだ。
(光栄だが、不思議な気持ちだな)
自分ひとりでイライの村の襲撃が止められるのなら、いくらでもそうする。
「だが、イライの者ならザ神の信者だな。そのままでは俺たちの仲間にはなれん」
確かに。
ザ神嫌いなのだから、ザ神信者を仲間にしない理由はよく分かる。
「タンド! 仲間の儀式を始めよう!」
タンドが頷き、盗賊たちが何故だかにやけたような顔を見せる。そしてウィルザの手はようやく解かれた。
当然、その様子にいいものを感じるほどウィルザは間抜けではない。
「儀式?」
「そうだ。俺たちの仲間になるための儀式。ゲの神の洗礼を受けるのだ!」
つまり、正式にザ神信者からゲ神信者になるということだ。
(洗礼とはどういうことだ?)
『この世界は不思議な力に満ちている。人間はこの大気の中では自分ひとりで生きることはかなわない。必ず神の加護を必要とするのだ。ザ神であれ、ゲ神であれ、神の祝福を受けぬ者はこの世界で生きていくことはかなわぬ』
世界記から説明が入る。なるほど。では、子供が生まれたときなどはすぐに神の祝福を授けないと死んでしまうということか。
そうやって納得していると、タンドが儀式の準備を終え、洗礼を始めようとしていた。
「大いなる我らがゲの神よ! この者にその偉大なる力を授けたまえ!」
その瞬間。
目の前が暗くなった。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、闇の空間がそこに存在していた。
「何だ? 何が起こるんだ?」
その闇の向こうに、蝿の神像が浮き上がって見えた。
『旅人よ。はるかなる時を超える者よ。今の汝、我とまみえるは初めてなり。汝に力を与えよう』
(し、神像が喋った?)
次の瞬間、光が戻る。
そこは、先ほどまでのアジトそのままだった。
(今のは、いったい)
さすがに戸惑ってばかりもいられない。何が起こったのか、何が起きているのかを正確に理解しなければならない。
「驚いたな! ゲの神はたった一度の儀式でお前を認めたようだ!」
「いきなりの儀式でしたからな。大抵の人間は正気を失うか死んでしまうはず」
その言葉は、自分に対する警戒の心が読み取れた。ガイナスターもそれは感じたようだったが、とにかく自分が協力するという意思を見せている以上、問題なしと判断したようだった。
「とにかく儀式は終わった。これでお前は邪道盗賊衆だ!」
おお、と盗賊たちから声があがる。同じように一度でゲの神の洗礼に成功したものはほとんどいないようであった。気がつけば自分を見る目が、ただの囚人から仲間、それも力のある者を見る目に変わっている。
「お頭!」
と、そこへ別の盗賊が話し掛けてきた。
「イライを襲わないとすれば、もう一つの方を」
「そうだな。偵察隊を出せ! 他の者は待機!」
「へい!」
一斉に全員が散っていく。
自分はどうすればいいのかと考えていると、すぐにガイナスターが話し掛けてきた。
「ウィルザ。お前はこっちへ来い。話がある」
どうやら自分はよほどこのガイナスターという男に興味を持たれているらしい。
いったい何を話すつもりなのか。
(このガイナスターという男、ただの盗賊じゃないな)
そんなことをウィルザは感じとっていた。
805年 鉄道襲撃
ルーベル金山から王都に向かう鉄道が邪道盗賊衆に襲撃される。
805年 盗賊追討令
鉄道襲撃により盗賊追討令が出される。
邪道盗賊衆は、ルーベル金山から運ばれる鉄道を狙う。
ウィルザを信頼するガイナスター。彼らの前に現れるアサシナの騎士。
歴史を変える、最初の選択をしなければならない時が来た。
ウィルザが選ぶのは、盗賊か、騎士か。
「お前、盗賊にしては優しい顔をしているな」
次回、第四話。
『鉄道、襲撃』
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