ガイナスターの屋敷はアジトの中でも最も大きいものであった。頭領なのだから当たり前といえば当たり前だ。だが、この男には広い場所が似合っている。そう思えた。
 こんなところで盗賊の首領をやっているような男ではない。もっと大きなことができる人物だ。
 おそらくは部下たちもそうしたガイナスターという男の器に惹かれてこの盗賊業を行っているのだろう。
(邪道盗賊衆の頭領か。自分から邪道と名乗るあたりが、何か奥の深さを感じるな)
 邪道、と名前がついているのでその組織は悪いように見える。確かにイライの村を理由もなく襲撃するあたり、確かに邪道には違いない。
 ただ感じるのは、このガイナスターという男は単に悪いことをしたいからしているのではないということだ。
「その武器では何もできんな」
 ガイナスターの部屋に入るなり、彼はそう言って壁にかかっている銃を取り、ウィルザへ放ってよこす。
「新型の自動銃だ。その単発より百倍役に立つだろう」
 この部屋には、自分とガイナスターの二人だけだ。その相手に容易く武器を預けるこの度量。誉められるべきではあるが、自分の身の安全というものをもう少し考えた方がいいのではないか。
「ガイナスター」
「なんだ」
「ここでぼくが君をこの銃で撃ち殺すということは考えないのかい?」
 だが、そう尋ねるとガイナスターは人好きのする笑みを浮かべた。
「そうなら俺も人を見る目がなかったということだ。逆にいえば信頼の証だな」
「信頼してくれるのは嬉しいけど、ぼくはもともとイライの人間だ。ガイナスターがこれから襲いかかろうとしていた村の人間で、言うなれば敵同士みたいなものだ。それなのにぼくを信頼するというのか?」
「そうだ。だから、裏切るな」
 まったく。
 この男は底抜けに度量が深い。こんな大人物が盗賊の頭領をやっているのだ。
「期待に応えられるよう、努力するよ」
 ふん、とガイナスターは笑った。そして少し、遠い目をした。
「お前は俺を、ただの盗賊だと思うか」
 核心か。
 いきなりそこまでの話になるとは思わなかった。自分の氏素性を尋ねられるのかと思ったが、どうやら自分は本当に気に入られたらしい。会ったばかりの男に、そうやすやすと自分のことを話すなどということは、普通はしない。
 ただの盗賊ではない。
 それは最初から分かっていることだった。だが、ガイナスターが自分からこうして言ってくる以上、彼の身の上に何か秘密があるのは間違いないことだ。
「ガイ──」
「お頭!」
 答えようとしたとき、部下の一人が報告に入ってくる。
「偵察隊の報告です! ルーベル金山からの獲物が近づいています!」
「よし、行くぞ!」
 今の話がまるでなかったかのように、ガイナスターはもはやウィルザを見向きもせずに出ていく。
(自力でついてこい、ということかな)
 ウィルザは急いでガイナスターの後を追った。
 盗賊たちが向かっていくのは、アジトの北の方角にある山であった。
(すごい速さだ。置いていかれないようにしないと)
 ウィルザが小走りに盗賊たちの後を追いかけていく。
 二十分ほどして、徐々に斜面がきつくなりはじめた。
(くそっ。随分とすぐに体力が切れるな。これは少し鍛えないと駄目だぞ)
 鍛錬はしているように見えたのだが、やはりこうして実戦が続くと正直体力的にきつい。ましてや山登りだ。辛くないはずがない。
「待て」
 だが、その先を行くガイナスターが突如足を止めた。
(なんだ?)
 その向こうに、妙に巨大な植物がそこに存在していた。
 大きさは自分たちの胸くらいまではある。ゆうに一メートルは超えている。雑草のような葉と、茎の先に巨大な赤い花が咲いている。花びらは四枚。淵が真っ赤で、中心に近づくに連れオレンジ色に変化している。
 これが普通の植物であるはずがない。
「クライ神か。やっかいな奴がいる」
 草花に悪霊が取り付いたゲの神の一つ。
「覚えておけ、ウィルザ。あれは相当に性質が悪い。だが、普通こちらから接触しない限り襲ってくることはない」
「分かった」
 そのときだった。
 ガイナスターとウィルザが話している内容に反応するかのように、赤い花がゆれた。
「まずい、散れっ!」
 ガイナスターの指示で盗賊たちが散会する。
 その、クライ神がまっすぐに捕らえた標的は、ウィルザであった。
「馬鹿がっ! よけろっ!」

 アアアアアアアアアアアアアアアッ!

 クライ神の雄叫びがウィルザを直撃する。
 ゲの神の魔法──大地の叫び。その叫びの直撃をくらったものは一撃で命を落とすとまで言われる。無論、ウィルザとて決して例外扱いではない。
「ウィルザ!」
 ガイナスターの声が飛ぶ。
 確かに強烈な攻撃だった。力のないものならば一撃で殺せるのも頷ける。
 だが、少しは鍛錬しているこの体のおかげか、もしくはかすかに直撃を受けるのを防いだのか、大地の叫びを受けながらも、ウィルザはなんとか耐えて持ちこたえる。
「反撃だ!」
 ゲの神の魔法ならば、自分でも使える。
 これが、新たに自分が手に入れた魔法。
「鬼火!」
 そのクライ神が突如、青白い炎に焼かれる。たとえゲの神とはいえ、もとは植物である。焼いてしまえば一瞬で浄化できるのだ。
「もう魔法を使いこなしてるっていうのか」
 ガイナスターが驚いたように、そして満足そうに頷いた。
「お前は俺のいい部下になるぜ」
 それを聞いて、この男の度量の広さをあらためて感じさせられた。
 普通、これだけの力を持つものが傍にいれば何かと不安になるものだ。自分にとってかわるのではないかとか、自分を裏切ったりしないだろうか、と。
 だが、そういうのを一切ぬきに自分のことを信頼してきている。
(なかなか、信頼は裏切れないな)
 盗賊家業が気に入ったというわけではない。
 だが、このガイナスターという男についていくのは悪いことではないと、本気でウィルザは思い始めていた。







第四話

鉄道、襲撃







 獲物はルーベル金山から王都に送られる風水金。当然、莫大な金額になる。盗賊たちは血気盛んに今かとじっと待っている。
 そして、鉄道の音が山の中に徐々に大きくなり始める。
「タンド、お前の力を見せてくれ」
 ガイナスターが言うと、タンドは頷いて答えた。
「お任せあれ、ガイナスター様」
 そのゲ神の魔法使いはゆっくりと前に進むと、谷を進む鉄道に向けて魔法を唱えた。
「この世をつかさどるゲの神よ。この僕の肉体に宿り、力を授けたまえ!」
「よし、行くぞ」
 その魔法が発動したと同時に、ガイナスターが先頭に立って鉄道へと斜面を駆け下る。
 鉄道は完全に停止しており、現場の混乱ぶりが見てとれるようであった。
「よし、突っ込め!」
 ガイナスターの指示で一斉に盗賊たちが踊り出る。
 だが、そこでウィルザは足を止めた。
 随分、簡単すぎる。
 なにしろ金を運んでいる鉄道だ。襲撃されることも多少は予測されるのではないか。
 その疑問が、ウィルザの命を救った。
「邪道盗賊衆! まんまとひっかかったな!」
 何が起こったのか、最初に突進した何人かの盗賊は逆に倒れていく。
 アサシナの兵が鉄道の中から銃を乱射していたのだ。
 そして、気付けば自分たちは、囲まれていた。
「王都の騎士団! しまった、これは罠か?」
 タンドが驚き、憎らしげにウィルザを睨む。
「私の予言通り、ウィルザが招いた混乱か!」
 ざわり、と盗賊たちに動揺が走る。だが、そんなことを言っている場合ではない。
 騎士たちの中心人物が前に出て来ると、手に持った鈴を高らかに鳴らした。
「成敗してくれる! いでよ、天使、眠り駆動よ!」
 すると、岩の影になっているところから、身の丈三メートルはある巨大な機械が現れた。一メートルほどの長さの円錐状の塔の上に砲台がついた攻撃機械、そして塔の下に二メートルもある足が四本ついて器用に歩いている。
 ザの神。モンスターをゲの神とするなら、人間が操る機械はザの神、ザの天使と呼ばれる。
「くそっ、ザの天使までいるとは。ウィルザ! お前の力を見せてみろ」
 このガイナスターという男をこの場で死なせるのは惜しい。
 そう思って飛び出していこうとするウィルザに、世界記が告げた。
『ウィルザよ。騎士団に牙をむけばお前は盗賊となり、盗賊どもと戦えば騎士の味方となる。歴史はお前の選択が作る』
(そんな)
 歴史を作るのは、自分。
 選択するのは、自分。
(くっ、どうする)
 盗賊という仕事は決して誉められるものではない。だからこそこうして騎士団が成敗に来ている。
 だが、このガイナスターという男は自分との約束を守った。イライの襲撃をやめ、自分を引き立ててくれている。
(ガイナスターを見捨てることはできない)
 この世界の歴史を作るのは、理ではない。
 情だ。
 ガイナスターへの恩返しは、この場をもって行うべきなのだ。
「貴様からくるか?」
 中心の騎士が尋ねてくる。ウィルザは自動銃を構えた。
「お前、盗賊にしては優しい顔をしているな」
 この人物。
 ウィルザは確かに、その顔を知っている。それは、世界記の中で見た顔だった。

ミケーネ
アサシナ王都騎士団隊長。実直な性格で騎士の信頼も厚い。


「しかし、容赦はせぬ。やれっ!」
 その指示で、眠り駆動が動き出す。
「ザの神の天使だ。手強いぞ! 騎士団を打ち破るぞ!」
 ウィルザがその命令を聞いて、自動銃を乱射する。
 その間にガイナスターは愛用の剣を手にしたまま眠り駆動の背後に回る。
 盗賊たちも援護をするが、眠り駆動が放つ砲撃に次々と打ち倒されていく。
(ぼくがゲの神の信者だというのなら)
 四人目の仲間が倒れたときに、ウィルザはその場に立ち止まった。
「何をしている、ウィルザ!」
 タンドの声が飛ぶ。だが、これしか手段はない。
(くらえ、天使)
 大きく息を吸い込み、足から大地の力を汲み取る。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 巨大な咆哮がウィルザの口からほとばしった。
 大地の叫び。クライ神が使っていたゲの神の魔法だ。
 その咆哮を受けて、眠り駆動が爆音を上げる。
「くらえっ!」
 ガイナスターがその隙に飛び上がり、頂点の砲台を剣で破壊する。
 すると、眠り駆動は攻撃手段を失ったのか、完全に動きを止めた。
「ふん、ふがいないな、王都の騎士よ!」
 盗賊たちはザの天使が動かなくなったとみるや、一斉に騎士団に襲いかかった。
 騎士団の首領も、最後はウィルザとガイナスターに挟み撃ちにあい、その顔に焦燥を浮かべた。
「このミケーネ・バッハ、盗賊に捕らわれたりなどせぬ。さっさと、首をはねるがいい」
「ふっ、王都の騎士よ、貴様は捕虜として捕らえる。そして俺たちは王都を攻め、ザの神殿を破壊する」
「王都を攻める? 盗賊の分際で」
「ただの盗賊と思うか。王子誕生に浮かれる今が絶好の機会」
(王子誕生?)
 ウィルザは世界記に意識を合わせた。

805年 クノン王子誕生
アサシネア六世に初めての王子誕生。名前はクノンと決まる。

806年 クノン王子死亡
クノン王子、大神官の祝福を受けられずに死亡する。


(王子誕生……クノン王子!)
 この八〇五年という年は、最後の数日に何と激しく事件が起こっているというのか。
「タンドよ、お前は仲間と王都の近くに終結しておけ。それと、ウィルザ! お前は俺と一緒について来い!」
 ウィルザは頷く。そして、捕らわれた騎士、ミケーネを見た。
(この人も、世界記に出てくる人物だ。殺してはならない。なんとか無事に助けないとな)
 その騎士、ミケーネは誰とも目を合わせようとせずに、盗賊たちによって捕らえられていった。
「騎士ミケーネ。アサシナのクノン王子に危機が迫っている」
 連れられていくミケーネの傍に近寄り、囁くように言う。
「クノン王子?」
 一瞬、不思議そうな表情をミケーネは見せる。その表情に、逆にウィルザの方が戸惑った。
「それは──」
 だが、ガイナスターが勝手なことを許すはずもなく、すぐに呼び返される。
「ウィルザ! 何をぶつぶつ言っている! 行くぞ!」
 ガイナスターの指示に従い、すぐに駆け寄る。
 その後姿を、ミケーネは何か不思議なものを見るかのようにじっと見送っていた。
「何を話していた?」
「いや、たいしたことじゃない。この程度の兵力で倒そうと思ったのなら、随分とぼくの力を甘くみていたなって、それだけ」
「お前の力か」
 ふっ、とガイナスターは笑う。
「お前は面白い男だな。お前を連れてきて正解だった」
 だが、借りは返した。
 ガイナスターがいかなる男であれ、自分はこれからグラン大陸を滅亡から救うために活動しなければならない。
 そのためにどうするかをこれから考えなければならないのだ。







鉄道の襲撃に成功したガイナスターは、さらに王都の襲撃を企てる。
空を行く人々の船、王都の中に渦巻く無数の野望。
ウィルザはザの神について調べていくうちに、現在も活動する天使の存在を知る。
彼女の瞳には、いったい何が映っているのだろうか。

「あなたの成すべきことを示しますか?」

次回、第五話。

『人型天使』







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