「ここが王都だ」
ガイナスターが門の前でつまらなさそうに言う。
巨大な塀と堀に囲まれた街。堀は地の底に達するのではないかというほど深い。底が全く見えない。そして塀の高さは軽く二十メートルはあるだろう。巨大な塀がずっと連なっている。
まさに鉄壁の要塞都市。これほどの都市はグラン大陸の中で他に存在しないだろう。
「ザの神に対する信仰が最も盛んなところだ」
ガイナスターが気に入らなさそうな理由はそれか、と目星をつける。いかなる理由か、ガイナスターはザ神を非常に嫌っているのだ。
「中に入ったら別れて情報を集めるのだ。行くぞ!」
既に王都の周りにはタンドが兵を隠しているだろう。
突然起こったようにも見えるが、この動きはかねてから計画していたのだろう。クノン王子の誕生と同時に事を起こす、それがガイナスターの計画だったのだ。
805年 王都襲撃
邪道盗賊衆がアサシナ王都を襲撃するが、騎士団により撃退される。
805年 大神官誘拐事件
王都の大神官ミジュア、王宮神殿にて忽然と姿を消す。
(王都襲撃は失敗する……)
自分が何もしなければ歴史は変わることはない。必ずこの襲撃は失敗に終わるだろう。
だが同時に大神官は誘拐されることになる。いったいそこに、どういう因果関係があるというのか。
ガイナスターに忠告するべきだろうか。もっとも、忠告しようがしまいが、この男ならば自らの運命を自ら切り開いていけるとは思うが。
「ガイナスター」
「どうした」
「王都を襲うのは中止すべきだ。失敗するぞ。そしてこれが世界を滅亡にむかわせる一歩かもしれないんだ」
歴史は変えなければならない。
きたるべき八二五年に向けて、万全の体制を整える。そのためにはガイナスターやミジュアといった必要不可欠な人材を欠くわけにはいかないのだ。
「滅亡? この世界から忌まわしきザの神を追い払うための戦いだ!」
だが、そんなことを言ったところで当然聞き入れられるはずはない。
「おっと、声が大きかったな。さっさと行くぞ」
そうしてガイナスターは門に近づいていく。
(王都襲撃は失敗する。だが、ガイナスターが死ぬわけじゃない。問題は、大神官が誘拐されることだ。それを防がないと、クノン王子は祝福を受けられずに亡くなってしまう)
「待て!」
だが、当然のように門番の兵士たちに行く手をさえぎられる。
「お前達、身分と王都に来た目的を尋ねる」
「ただの見物だ。アサシネア六世に初めての王子が生まれたと聞いてな」
「おお、そうかそうか! 王子の誕生を祝いに来たのだな。通っていいぞ」
ただそれだけのことで門番はたいした身分審査をすることもなく二人を通した。
これが、一国の首都の現状なのだ。
(ぼくが王だったら、こういうところをしっかりと叩きなおすところから始めるけどな)
やれやれと心の中で思っていると、逆にガイナスターの方から兵士に尋ねた。
「出入りに身分を尋ねるとは、何かあったのか?」
(早速情報収集というわけか)
こういうところはさすがに情報第一で動く盗賊である。見習うところは多い。
「実は盗賊征伐に向かった騎士団の連絡が途絶えてね。怪しい奴は王都に入れるなって命令があってさ」
随分と口の軽い兵士である。そういう機密を軽々しく口にする者を雇っているから、騎士団の質も落ちるのだ。
「そうか。ウィルザ、もたもたするな。俺は先に行ってるぞ!」
そうしてガイナスターが後ろにいる自分に声をかけてくる。
(あとで落ち合わせるってわけか。まあ、現状を把握したいのはぼくも同じだ)
せっかく許された自由行動。
これを有効に活用しない手はなかった。
と、その時。ごおおおおおお、と空を飛ぶ巨大なものが王都に影を落とした。
「な、何だ、あの巨大なものは?」
「空を行く人々の船」
ガイナスターがじっとそれを見つめる。
この地上からでも分かるほど、その船は巨大で、神秘的であった。
「珍しい。ここ何年も見なかったが」
騎士がうっとりとした様子でその船を見上げる。
「あれはいったい?」
小声でガイナスターに尋ねる。
「空を行く人々だ。いったい奴らが何者なのか俺たちには分からん。いったいどうやって空を飛ぶのかもな」
そして、しばらく王都に影を落とした船は、やがて空の彼方へと消えていった。
「堂々と人前に現れるとは珍しい」
ガイナスターも感心していたようであったが、いなくなったものにいちいちかまっていられるほど余裕があるわけでもなかった。
「行くぞ! 今はそんなことにかまってられん!」
そうしてガイナスターは王都の中に消えていった。
(空を行く人々か)
それはそれとして、まずは情報収集だ。
王都ならば、この世界のことを調べるのにはうってつけの場所。
(色々なところを見て周らないとな)
第五話
人型天使
そうして、にぎやかな王都に入る。
あちこちに店が出ており、さらには王子誕生のせいか、街全体が誕生のお祝いで盛り上がっている。すさまじいまでの活気だ。
「よう、兄ちゃんも王都見物かい?」
既に出来上がっている男が一人近寄ってきた。
「ええ、まあ」
「だったら、そこにある王都博物館へ行ってみろよ。そりゃこの王都はザ神の恩恵でできてる場所だからな、色んなものが見られるぜ」
それは助かる。正直、ゲの神とかザの神とか言われてもよく分からないというのが実情だ。
言われるままにやってくると、博物館は盛況だった。一人の案内が「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
「ここではザの神、そして天使様たちの歴史を展示しております」
「歴史か」
神々の歴史。それだけでもこの大陸のことが少しは分かるようになるだろうか。
「簡単に説明をしてくれないかな。あまり、歴史は今まで勉強する機会がなくて」
「ええ、かまいませんよ。本当に簡単でよろしければ」
そうして男は本当に簡単に説明を始めた。
この大陸では、人間はそのままで生きることはできない。神々の祝福を受けなければこの大陸で生きることはできない。
この地に神は二柱。ゲの神とザの神。
そして、大陸における覇権をめぐり、ゲの神とザの神との間で戦いがあった。
人間の味方をした機械仕掛けの神々であるザ神。
人間に攻撃をしたモンスターの姿をしたゲ神。
戦いは果てなく続いたかと思われたが、最終的にはザ神の勢いがまさるようになった。
そして、今は人間とザの神がこうしてグラン大陸を統べるようになっている。
「こちらはその時、ゲ神を最も多く滅ぼした双子天使の、浅い目覚め様、暗い目覚め様です」
人の大きさほどの円柱が二体並んでいる。
「ええっと、これが天使様なんですか?」
「そうですよ。今は活動を停止されています。動力さえあれば天使様はまた動き出すのです。双子天使はこの円柱の真ん中くらいに穴がありますよね、ここからレーザー光線を発射してゲ神をなぎ倒すのです」
「ふうん」
随分と高度な技術を使っている。ウィルザは感心してさらに尋ねた。
「天使様っていうのは、自分の考えを持っているものなのかい?」
「ええ。こちらをご覧ください。これが『天使の心』です」
ガラスケースに入れられた人間の二の腕くらいの大きさの機関がそこに置かれている。
「この中に天使様のお心とお考えが封じられています」
「ということは、この天使の心が入っていない天使様はどうなるんだ?」
「もちろん、一切の活動はできません。人間の心臓と同じです」
なるほど、と頷く。機械といっても人間と同じように作られているということだ。
しかもこれが神、天使といっておきながら、それを人間がいいように使役している。
(これは信仰なんだろうか。単に便利な道具のようにしか見えないけれど)
ザ神が存在し、そのザ神の使いが天使=機械。
どうにも、理解が難しい。
「こちらが人型天使、メニクスェア様です」
「へえ」
そこには人の形をとった像がある。だがこれも天使ということは、天使の心を入れれば活動を開始するのだろう。
「今では人型の天使様はアルルーナ様のみとなってしまいました」
「アルルーナ?」
「はい。この王都の奥にあります大きな館があるのですが、そこにアルルーナ様はいらっしゃいます。我々人間に次の行動を明示してくださいます。我々は迷った時、アルルーナ様からその託宣を受けるのです」
「アルルーナ……」
興味が湧いた。
実際に活動している天使。それも、人型で、自分の心を持っている。
(話をしてみたいな)
自分のような人間であって人間でないものを前にして、いったいどのような話をするのだろう。
「その館の場所を教えてくれないかな」
「あ、はい。少々お待ちください。地図を持ってまいります」
そうして案内は小さな地図を持ってきた。
それを確認すると「ありがとう」と言ってウィルザは博物館を出た。
そのままの足でアルルーナの館へと向かう。
「これか」
館といっても、普通の屋敷より少し広い程度であった。
中に入ると、そこは館というよりも、何かの研究室のようであった。いたるところにパイプがはりめぐらされ、一際巨大な機械装置が中央に置かれている。
その装置の下に、一体の像が置かれている。
「君が、アルルーナか」
ウィルザは床の配線に気をつけながらゆっくりと近づく。
アルルーナの姿は小さな少女のものだった。だが、機械仕掛けのせいなのか、全身に色が塗られておらず、石の彫刻さながらにそこに立っている。
『あなたの成すべきことを示しますか?』
近づくと、突然話し掛けてきた。
「はい」
すると、アルルーナはゆっくりとその赤い瞳を見開く。
『不思議な相をお持ちの方。あなたの背にはたくさんの人の命がある。決して自分を粗末にされませぬよう──次なる道を拓くのは、一人の少女です。赤い髪の少女があなたの道を拓くでしょう』
「赤い髪」
全く心当たりはないが、それでも自分のするべきことを教えてくれているのだ。ありがとう、と答える。
すると、アルルーナはまた目を閉じた。
こうして、彼女はただ道を示すのだ。
(これが、天使なのか)
人々は確かに天使を敬い、信仰している。
だが、これはどうみても、単なる小間使い程度のものにすぎないではないか。
天使を使役し、戦わせ、人間のために活動させる。
(どうして、そんなものを敬うことができるんだ?)
この大陸の人間の考えが分からない。
天使様、天使様と口にしながらもその天使を自分の意のままに操る。
(そういう風土なのだ、と言ってしまえばそれまでだけど)
あまり考えすぎない方がいいのかもしれない。
(じゃ、アルルーナの言うとおり、赤い髪の少女とやらを探してみるとするかな)
もっとも、それが託宣というのならば、何もしないでも勝手に現れるだろう。
それまで情報を収集することにした。
ガイナスターのたくらみは騎士団に筒抜けだった。
騎士団に捕まったウィルザは自分が盗賊の一味であることを知られてしまう。
処刑の危地に立つウィルザ。盗賊たちが救出に来る。
だが、彼を待ち構えていたのは、凛々しい騎士の姿であった。
「……あたしの名前、どうして知ってるの?」
次回、第六話。
『赤い髪の少女』
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