(少し疲れたな。どこかで何か飲んでいこうか)
 ちょうど近くに食堂を見つける。かなり大きな食堂で、酒場も同時に経営しているようだ。
 中に入ってみると、たくさんの人が自由に歩き回っている。セルフサービスになっているようで、先に料金を支払ってその料金分の食事や飲み物を勝手に取っていくというシステムのようだ。
 変わったやり方だと思ったが、郷に入りては郷に従え、料金を支払ってチケットを受け取る。
 と、その時。
(あれは)
 少し目の前に、鋭い視線をした少女を見つける。
 彼女の視線の先には、少し裕福そうな中年男性がいた。
(赤い髪の少女?)
 年の頃はまだ十三、四といったところか。ルウよりも若い。
 その彼女が立ったかと思うとチケットを持って食事を取りに行く振りをする──と、その中年男性にぶつかった。
「あら失礼。お怪我はありません?」
「こちらこそ失礼、美しいお嬢さん」
(今のは)

少女のスリ行為を止めるこちらへ進んでください。
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(初回はこのまま読み進めてください)

 少しも、そんな素振りは見えなかった。
 だが、間違いない。
 そのまま少女は料理など取らず、そのまま食堂を出ていく。
「おや?」
 先ほどの男性が自分の体を確認している。
(──スリか)
 だが、彼女をじっと観察していたのに、それでもその手口が全く分からなかった。よほど鍛錬を積んでいるのだろう。
(彼女がアルルーナの言う『道を拓く者』だとすれば、彼女を見つけた方がいいな)
 と、食堂を出ていこうとすると、先ほどの男性が勢いよく外へ飛び出していく。
 彼も気付いたのだろう。先ほどの少女がスリだったということに。
(待てよ)
 赤い髪の少女。
(世界記に何か書いてないだろうか)
 そう考えて、意識を世界記に合わせた。

サマン
盗賊を生業にしている少女。各地を転々としている。


(盗賊、サマン)
 まだ小さい女の子だというのに。
 やれやれと考えながら王都の中を探していると、その目的の少女は自分から現れてきた。
 どうやら、先ほどの男性に見つかってしまったようだった。
「助けてください!」
 その少女はけなげそうな振りをして自分に近づいてくる。
「おかしな奴らに追われてるんです!」
 それを聞いて、大きくため息をついた。
(やれやれ。アルルーナ、君の助言がなかったら見捨てるところだったよ)
 このあとの騒乱を半ば覚悟して、頷いた。
「まあ、いいけれど」
「それじゃあ──」
 と、ちょうどそこへ二人組の男が駆けつけてくる。
「待て、このスリ女め!」
「待ってください!」
 少女は突然自分を指さしてきた。
「私はこの男におどかされて仕方なくやったんです!」
 思わず苦笑してしまった。
 やれやれ。どこまでも度胸のある少女だ。
「君は怪しい奴らに追われていたんじゃないのか?」
 まあ、この少女に関わると決めた時点で多少の問題は覚悟の上だ。
「そこの男も仲間か?」
「違う。ぼくは無関係だ」
「そうです! ていうか、そいつが主犯です!」
「あのねえ、サマン」
 頭を掻いて疲れたように言うが、それに少女は驚いたような顔を見せた。
「……あたしの名前、どうして知ってるの?」
 しまった。
 世界記から情報を見つけていたので、ついうっかりと口にしてしまった。
「まあいい! とにかく、二人とも捕らえる! 騎士団へ連れていく!」
「えー! そんなあ!」
 サマンは悔しそうに唇をかんでいたが、自業自得というものだろう。
(とはいえ、まだ邪道盗賊衆として活動する前に捕らえられるとは思わなかったな)
 だが、これがアルルーナの示す道だとするなら、きっとこの次の展開があるということだろう。それに、もしも危険なら世界記が何か忠告してくるはずだ。
 割と気楽な気持ちで、ウィルザは捕まっていた。






「全く、あなた、役に立たないのね」
 牢屋の中に入れられて最初に言った言葉がこれだから、もう笑うしかない。
 というわけで、ウィルザはサマンと共にアサシナの牢屋に閉じ込められた。もちろん自分は全くの無関係なのだし、今は王都も王子誕生で瑣末な事件にいつまでも関わってはいられないだろう。すぐに釈放されるはずだとふんでいた。
 格子の外には自分たちを連れてきた二人の騎士がまだそこにいて打ち合わせをしていた。
「では、私はこのことをミケーネ様に報告しにいく」
 突然、思いもよらない言葉が耳に届いた。
「ミケーネ? 王都に戻ってるのか?」
 つい口をついた言葉に騎士が反応した。
「何故ミケーネ様のことを知っている……さては」
 騎士が表情を変えた。まずい。ミケーネのことを知っている者がいるとすれば、それは──
「お前も邪道盗賊衆の一味というわけか!」
 バレた。
(まずいな。これじゃあ簡単に許してもらうわけにはいかないぞ)
 ガイナスターが助けに来るだろうか。いや、それはないだろう。彼は使えないもののために命をかけるほど情が深いわけではない。理で動く人間だ。
「ミケーネ様はとっくに我ら王都騎士団がお救いした! 王都を襲うなどというおろかな計画も既に我らの知るところだ! 貴様もすぐ処刑してくれる!」
(手が早い)
 王都襲撃は失敗する。それは予見できていたことだが、まさか実行するより早く騎士団が手を打ってくることになるとは思ってもみなかった。
「こいつから目を離すなよ」
「は!」
 離れていく騎士が残ったもう一人の騎士の方に言い残していく。
(やれやれ、まいったな)
 さすがに処刑ということだけは勘弁してもらいたい。グラン大陸を救う前に自分が死んでは全く意味がないのだ。







第六話

赤い髪の少女







「ねえ、あんた」
 と、そこへ少女が話し掛けてきた。
「あんた、名前は?」
「ウィルザ」
「そうよね」
 名乗って納得されても、それでは自分が納得できない。
「どうしたんだ、突然」
「あたし、あんたに名乗ってないわよね」
 ──まずいことがもう一つ残っていた。
「そうだったかな。サマンだろ。聞いたから覚えてるんだと思うけど」
「……」
 だが、かなり疑わしげな視線を向けてくる。ここで動揺を外に見せてはいけない。
 と、その時。
「ぐはっ!」
 突然、見張っていた騎士が倒れた。
 どうしたのかと思ってそちらを見ると、そこには邪道盗賊衆のメンバーがいた。
「全く! 世話の焼ける野郎だ、お頭の命令で助けに来たぜ!」
 ガイナスターが。
 どうやら、全部分かっていて自分を助ける命令を出してくれたらしい。
 だが、そんなことはどうでもいい。
「それよりガイナスターの計画が騎士団にばれてるぞ!」
「何だって? そいつはやべえじゃねえか!」
 すぐにガイナスターに知らせに行かなければならない。そう思ってすぐに脱出しようとした時──
「ね、ウィルザ。あたしも逃げていいんでしょ?」
 と、サマンが突然尋ねてきた。
「ま、この際ここにいても仕方がないんじゃないかな」
「らっきー」
 にやっ、と笑うと素早く少女は牢屋から逃げていった。
「ありがとね、ウィルザ。またどこかで会ったら、その時はもう少しあたしの役に立ってよね!」
 そう言い残して少女は消えていった。
(サマン、か)
 おそらくアルルーナは『今後』のために会っておけということだったのだろう。彼女と今出会っておいたことが、後々自分にとってきっと都合がよくなるのだ。
(また会おう、サマン)
 彼も心の中でそう答えた。
「さ、ずらかるぞ!」
 残った盗賊が言い、ウィルザも頷いて脱出する。
 通路を抜けて、日の当たる場所へ出る。だが、
「待て!」
 ウィルザが前を進んでいた男を制止した。
 外には既に騎士団が取り囲んでいた。何人か、仲間の盗賊たちも倒されているようだった。
「ちくしょう、よくも仲間を!」
「盗賊の生き残りか?」
 そこにいたのは。
(ミケーネ・バッハか)
 最悪のタイミングで、最悪の人物に出会ってしまった。
 さすがにガイナスターの支援もなく、一人でこの難物を相手に戦って勝てる自信はない。前回はガイナスターがいて挟み撃ちにできたからこそ倒すことができたのだ。
「悪あがきはやめろ! 成敗してくれる!」
 ミケーネが剣を振り下ろす。
 盗賊は裂傷を帯びて、その場に倒れた。
「──む」
 そしてミケーネが自分に目を向けてきた
「お前の名前は確か、ウィルザだったな。まさかこんなところで会えるとは思わなかった」
 まさか覚えられているとは思わなかった。もはやここまでか、と覚悟を決める。
 だが、ミケーネはじっと自分を見つめ、いっこうに攻撃してこようとしない。
 何を考えている?
 ウィルザが先に動こうかと考えた時であった。
「何故王子の名前を知っていた?」
「名前?」
 突然尋ねられても、いったい何を言いたいのかが分からない。
「お前は私に『クノン王子に危機が迫っている』と言ったな。だが、その名前は、つい先ほど正式に決められたのだ。私はそれを確認してきた」
(──そうか、しまった)
 ミケーネが何を言いたいのか、ようやく理解ができた。案外自分は、そういうところが抜けているらしい。
 自分はクノンという名前を知っていた。だが、本来その名前は盗賊が知っているはずのない知識だ。何故なら、まだ正式に王子の名前はあの時点で決定していなかった。彼が名前を知るはずがないのだ。何しろ、当のミケーネですら知らなかった知識なのだから。
 未来の歴史を知っている。だがそれは、本来知りえない知識なのだ。
「王子の名前を予言したお前は、予言者なのか? 何故盗賊などをしている?」
「ぼくは予言者なんかじゃない」
 当たり前のことだからそう答えたが、ミケーネは信じようとしない。
「しかし、お前は我らが王子の危機を予見し、そしてその予言は的中した」
 的中──ということは。
(大神官ミジュアが、誘拐されたのか)
 確かに予見できていたことだった。だが、どうしてそれが起こったのか、ミジュアを誘拐したものが何者かということは全く分かっていないのだ。
「予言者ウィルザよ! お前が盗賊であろうともいい! 我が王が君のその力を必要としている。是非王に会ってくれ!」
(──なん、だって?)
 突然頭を下げられたウィルザは、ただ頭の中が混乱するだけであった。







予言者と誤解されたウィルザは国王と謁見する。
王子を死なせるわけにもいかず、ウィルザは国王の願いを承諾する。
王宮の中に渦巻く数多の陰謀。
そして、彼の目の前に正体不明の男が現れた。

「面白いものを持ってるね。その肩に止まっている奴だよ」

次回、第七話。

『アサシナの黒い影』







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