809年

王都移転終わる全ての移動が完了し、新王都が正式にアサシナの中心となる。
アサシネア六世の病アサシネア六世の病が重くなり、弟のパラドックが代理を務める。
ドネア暗殺ガラマニアの姫ドネアが、パラドックとの結婚式を目前にしてゼノビアにより暗殺される。
ゼノビア処刑ドネア姫を暗殺したゼノビアが新王都にて処刑される。



810年

第一次アサシナ戦争ドネア姫暗殺を口実にガラマニアがアサシナに侵攻を開始する。
アサシナ敗戦急激なガラマニアの侵攻の前に、アサシナはあえなく敗れる。
ガランドアサシナ建国ガラマニア支配によるガランドアサシナ国が建国される。新国王はガラマニア王によりアサシナの補佐官カイザーが任命される。



 八〇九年一月。
 今年から来年にかけて、アサシナは未曾有の大事件に襲われることになる。
 これは以前から懸念していたことだ。八二五年までの歴史を見たとき、この二年間が最大の難関になる。
 ここを変化させることができれば、大きな変化が生じる。大陸を救うための。
 まずは──ドネア姫の暗殺を防ぐことからだ。

 ウィルザは、ドネア姫を連れて王都に帰還した。
 だが、この時点で既に王都の移転は始まっており、王都の機能は全く残っていなかった。
 アサシネア六世は病のためまだ旧王都に残ったままだが、王弟パラドックは既に新王都へ移動し、国王のかわりに政治を行っているということだった。
 旧王都に残っていた兵士らは皆、温かくウィルザを迎えてくれた。
 よく姫を守った、と賛辞の声をあげる者も少なくない。
 どうやら、ミケーネに送った手紙が功を奏したようだった。うまくミケーネが取り持ってくれたのだろう。
 二人はさらに、西域へと向かう旅を行うこととなった。
 新しく移転した新王都は今まで未開の地と言われていた西域に存在する。
 北は死の海で航海するもなはなく、東はガラマニア、西はマナミガルと、今までよりも各国に挟まれた様子となる。あまり新王都の場所として相応しい場所には思えない。
 だが、アサシネア六世がどう考えているかはともかくとして、この場所は旧王都から非常に遠い。それはウィルザにとっては好都合だった。
 アサシナの地下にはグラン大陸を滅亡させるエネルギーがある。最終的にはそれを封じるのが自分の役割だ。
 最悪、旧王都は完全に消滅する可能性がある。できるだけ遠くに逃げてくれた方が助かる可能性は高い。
 そして、西域の新王都に到着した。
 王都に入る前、一度ドネアが強く手を握り締めてきた。
 不安なのだろう。
 これから出会う、パラドックという人物。
 そして、自分と離れることが。
「大丈夫です、姫」
 少しでも、姫が安心できるように、可能なかぎり優しい笑顔を浮かべることに務める。
「──はい」
 彼女もようやくそれで落ち着いたのか、毅然とした態度を取り戻して城へと入っていく。
 これで、自分の役目は終わった。
 控えの間に入ると、そこには既にパラドックが出迎えにきていた。
「パラドック様」
「遅かったではないか!」
「申し訳ありません」
 早く着きたくなかった、というのは本音だ。だが、決して故意に旅の速度を落としていたわけではない何しろドネアは女性で旅なれていない。ゆっくりと進まなければ体を壊してしまう。それが一番の理由だった。
「パラドック様、初めまして。ドネアでございます。ウィルザ様に責任はありません。私が嫁ぐ前に色々な場所を見てみたいと無理にお願いしたのです」
 ほう、とパラドックが息をついて膝をついてかしこまるウィルザを見下ろす。
「あなたがドネア姫か。ともかくご無事で何よりだ。別宮でお休みください──お前たち、ドネア姫を別室へ!」
 後ろに控えていた騎士たちがドネアを連れていく。
 これでもう、今までのように話したりすることはできないだろう。
 だが、これでいい。
 これ以上一緒にいれば、別れの時が辛くなるだけだ。
(さようなら、ドネア姫)
 ほんの少しの間だったが。
 自分にとっては、今までの中で誰よりも愛した女性。
(さようなら)
 その時だった。

809年 ドネア暗殺
ガラマニアの姫ドネアが、パラドックとの結婚式を目前にしてゼノビアにより暗殺される。

809年 ゼノビア処刑
ドネア姫を暗殺したゼノビアが新王都にて処刑される。


『このままではドネアは暗殺される』
 ゼノビアが結婚式を目前に暗殺にくる。
 それは、パラドックへの恋心からくる、嫉妬によるものだろうか。
「とにかくドネアに会わなくては」
 別宮に連れて行く、とパラドックは言った。
(暗殺は今日なのか?)
『その可能性もあるし、先になる可能性もある。だが、結婚式が行われる前というのは間違いないことだ』
 婚礼の儀は、今月末。
 だが、ゼノビアがもし本当に自分の意思で、嫉妬によってドネアを暗殺するというのなら。
(おそらく仕掛けるのは今日)
 ウィルザの足は自然と速まる。
 そして、その別宮の前。
『ここでドネア姫は暗殺される』
 その世界記の言葉に思わず足を止めた。
(ここで……)
 待ち伏せできるような隠れる場所はない。だが、通路になっていていざ出会えば逃げる場所もない。
「あら、ウィルザ様」
 ちょうど、ドネアが別宮から出てきていた。
(この場所はまずい)
 できるだけ早くに別宮へ戻したい。
 ゼノビアが、ここに来る前に。
「こんにちは、ドネア姫。どちらへ」
「ちょっと新しい王宮の中を回ってみようと思いまして。許可は得ております。あなたは?」
(まずいな。ここで暗殺されると分かっていても、本人にその意識がないのでは)
 彼の顔によほど困ったような表情が浮かんでいたのか、ドネアが不審な表情を浮かべる。
「私はちょっと……」
 この三ヶ月の旅で、ウィルザがどのような時にどういう表情を見せるのかはドネアにはよく分かっていた。ずっと傍で見つづけてきた顔だ。
 そのとき──光のように素早く動いた赤い疾風。
「ドネア! お前のような奴はパラドック様にはふさわしくないのだ!」
 虚をつかれた。気がつけばゼノビアがドネア姫の後ろに回りこんでいて、剣を既に振り下ろそうとしている!
「ゼノビア! 君にドネアを殺させるわけにはいかない!」
 ウィルザはドネアを突き飛ばすと、ゼノビアの剣を左腕で受け止める。
 手甲はしていたが、それを突き破って肉に食い込むのが分かった。
「ええい! 二人ともまとめて殺してくれる!」
 ゼノビアの剣が、再びウィルザを襲った──







第十六話

ドネア、暗殺







 ゼノビアの攻撃は速く、鋭い。
 男騎士より力がどうしても足りない分、スピードやテクニックに頼るような戦い方になるのは当然のことだ。
 左右に素早くステップを踏んで、鋭く突き込んでくる。
 既に左腕を負傷しているウィルザにとって、その一撃一撃が全て死につながる斬撃だった。
「もらった!」
 最後に間合いをつめて、その剣を振り下ろす。
 だが、これしかないとふんだウィルザは怪我をした左腕を前に差し出した。
「ビーム!」
 ザの神の魔法を唱える。高熱の光がゼノビアの体に照射された。
 できるだけ肌を焼かないように、可能な限り温度を調節して。
「くっ」
 体制を立て直そうとするゼノビア。だが、それより速くウィルザが動いて彼女の剣を弾き、遠くへ蹴り飛ばした。
「無駄な戦いはやめろ、ゼノビア!」
 彼は剣を彼女に突きつけて言う。すると彼女は諦めたようにその場に立ち尽くした。
「くっ、この私が負けるとは。さあ、殺すがいい!」
 だが。
 ウィルザは首を横に振った。
 この女性は確かに直情的で周りが見えなくなることもあるが、仲間となれば信頼できる頼りになる人物だ。
 簡単に失うわけにはいかないのだ。
「ゼノビア。もうドネア姫を襲わないと約束してくれ」
 その言葉に、ゼノビアは目の前の男を見つめた。
 左腕を怪我し、その痛みに耐えている男。
 自分を憎んで当然のはずなのに。
「許すというのか、私を」
 ウィルザはしっかりと頷いた。
「何故だ?」
「これからアサシナは大きな混乱に巻き込まれていく。そんな時こそゼノビア、このアサシナには君の力が必要なんだ」
 ゼノビアは歯を食いしばり、後ろを向いた。
「お得意の予言というわけか。フン!」
 そのまま蹴り飛ばされた剣を拾いにいき、腰の鞘におさめた。
「私も騎士だ。戦いに負けたからにはお前の言葉に従おう。これまでの予言も当たっていることだしな」
「ありがとう、ゼノビア」
 答は返ってこなかった。そのまま彼女は歩み去る。
 全てが終わって、急激に左腕が痛み始めた。
(やれやれ。無理をしすぎたかな)
 苦笑して見ると、だらだらと血が流れていて蒼白になる。
(早く治療しないとな)
 そう思っていると、ドネア姫が駆け寄ってきてその怪我に触れた。
「ウィルザ様」
 彼女の治癒の魔法が、彼の傷を癒していく。
(そうか、ドネア姫はリザーラさんのおかげでザの魔法が使えるようになっていたんだ)
 彼女の清らかさには、そうした魔法の方がよく似合うと思う。
「ドネア姫。これであなたの命を狙う者はもういません」
「驚きました。ありがとう、ウィルザ様。こんな怪我までしてしまって」
「いえ、もう大丈夫です。姫は治癒の魔法がお上手でいらっしゃいます」
 他人行儀な話し方が、ドネアの心に暗い影を落とす。
「……あのように私を憎んでいる人もいるのですね」
「ドネア姫」
「私、部屋に戻ります」
 そして、彼女は完全にウィルザの腕を治癒すると、そのまま歩み去り──そして振り返った。
「ウィルザ様。これからも私を守ってくださいね」
 そして、そのままドネアは別宮へ戻っていった。
(さて、これで歴史も変わったな)
 ウィルザは一息ついて、世界記に意識を合わせる。
 既にドネア暗殺、ゼノビア処刑の箇所は消えていた。
 だが。

810年 第一次アサシナ戦争
アサシナ国内の混乱に乗じてガラマニアがアサシナに戦争を仕掛ける。


(どういうことだ?)
 ガラマニアは戦争を避けるためにドネアを結婚させようとしたのではなかったのか。
 それなのに、いったい何故アサシナに戦争を仕掛けるなどと。
 だいたい、国内の混乱というのはいったい何を意味しているのか。
 そのときだ。
「ウィルザ! パラドック様がお呼びだ! 政庁へ向かえ!」
 指示が来て、ウィルザはやむなく移動する。
(──まだ今年は始まったばかりだ。来年のことはこれからゆっくり考えよう)
 何が原因なのか。
 ガラマニアの目的は何なのか。
 それは、一年の間でゆっくりと考えるべきことなのだ。
 政庁につくと、パラドックが少し紅潮して話し掛けてきた。
「ウィルザ、よいところに来た!」
 ゼノビアの話かと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
「ようやく、この新王都に陛下をお迎えすることになった。旧王都に残る陛下とレムヌ様、クノン様をお守りして新王都にお連れする大切な役目、よろしく頼むぞ!」
(そうか、ついに)
 新王都の移転が終わる。この、最後の重鎮の移動をもって。
(……新王都移転。滅亡につながる歴史の一つ。何か、あるのか?)
 なにやら不穏なものを感じる。このまま無事にすめばいいのだが。
「パラドック様、ドネア姫の事は」
「ああ、ドネアか。お前が助けてくれたそうだな。まったく、ゼノビアにも困ったものだ」
「それだけですか」
「なんだ、まだ何かあるというのか。さっさと国王陛下を迎えに行かんか!」
 この男は。
 ゼノビアをその気にさせておいて、何の呵責もないというのか。
(ゼノビア。この男は駄目だ)
 それに、ドネア。
(どうしてこんな男に、君を渡さなければならないんだ)
 悔しかった。
 身分というものが、こんなにも自分を締め付けることになるとは。
(──あのまま、無事に逃げ出せていたなら)
 だが、その場合は混乱がもっと大きくなっていたに違いない。
(ぼくにはどうすることもできないのか)
 その時であった。
『歴史が書き変わった』
 いつもの、世界記からの指示が届いた。

809年 アサシナ王暗殺
アサシネア六世が、パラドックによって派遣された騎士により暗殺される。









未来は変えることができるのか。
国王暗殺。それはグラン大陸を混乱へ導く一手。
数々の未来を変えてきたウィルザにとって、最大の試練が訪れた。
旧王都で、国王の身をめぐる争いが始まる。

「ウィルザよ、こやつらを始末しろ!」

次回、第十七話。

『国王、暗殺』







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