パラドックの派遣した騎士により、国王が暗殺される。
 パラドックの派遣した騎士。
(どういうことだ。ぼくが国王を暗殺?)
 ありえない。少なくとも自分にはそんな指示は来ていないし、そのつもりもない。
『この事件にはパラドックが関係している可能性が大きい』
(なるほど、パラドックが国王陛下を暗殺し、自ら国王になろうという算段か。ついでに邪魔なぼくを実行犯に仕立て上げて処刑し、一石二鳥を狙うつもりだな)
 それがよめるのは問題ない。
 問題ないが、回避する方法が分からない。
 と、そこへ現れたのは。
「ウィルザ」
 懐かしい友人の顔であった。
「ミケーネ!」
 彼にはいろいろと話したいことがあった。
 ドネア姫のことといい、自分のために便宜をはかってくれたことといい。
 本当にいつも世話になりっぱなしだ。
「色々とありがとう、ミケーネ」
「何。お前のためなら、何だってするさ。だが──」
 政庁から出て、周りにパラドックの近衛がいないか確認してから小声で言った。
「ドネア姫のことは、残念だったな」
 自分がドネア姫に惹かれていることは、先日の手紙で伝えている。仕方がないさ、という感じで肩をすくめた。
「それよりウィルザ、旧王都に陛下をお迎えにいく役目をいただくそうだな」
「たった今、パラドック様からそれを言い渡された」
「うむ。陛下のことをよろしく頼む!」
 ウィルザは頷き、彼に近づくとさらに声をひそめて言った。
「ミケーネ。君に頼みがあるんだ」
 それがよほど大事なことだということが分かる。ミケーネも小声で尋ね返した。
「何だ?」
「パラドック……様の行動を、監視してほしいんだ」
 さすがにその言葉にはミケーネも表情を変えた。
「パラドック様を? 何故?」
「頼む、ミケーネ。陛下のお命に関わることなんだ」
「陛下の? 君の予言なのか?」
 頷くことすらウィルザには出来なかった。
 だが、その様子からかなり重要な問題を抱えていることがミケーネにも分かる。
 主君を疑うは騎士として不忠。
 だが、ミケーネは。
「わかった、任せてくれ」
 ウィルザに出会った時、あの盗賊との戦いの時から、何かウィルザに惹かれるものを感じていた。
 もしもこの人物が自分の主君だったなら、と思ったことは何度もある。もちろん、現王アサシネア六世への忠義の気持ちが変わるわけではない。
 だが、この人物はそれを上回るほど、尊敬に値する人物なのだ。
「頼む」
「ああ」
 と、その時、思い出したことがあった。
「それから、シュワンクの件はどうなった?」
 ミケーネは顔をしかめて辛そうに答えた。
「家族には見舞金を出した。姫を助けるために命をかけたことになっている。事実、そうなのだろう?」
「ああ。邪道盗賊衆のタンドに体を乗っ取られて死んだんだ」
「かわいそうなことをしたな。あいつは騎士より、学者になっていた方がはるかに成功しただろう」
 それは本人も言っていることだった。だが、こうなってしまっては何もかもが遅い。
「では、陛下のことを頼む」
「ああ」
 そうして二人は別れた。



 そして、ウィルザには旧王都に行く前にもう一人会っておかなければならない人物がいた。
 ゼノビアだ。
 彼女にはこれから、しっかりと働いてもらわなければならない。彼女の宣言どおりに。
「私に何をしろと?」
 ウィルザの依頼を聞いたゼノビアは「お前は馬鹿か」と言わんばかりに相手を見つめた。
「ああ。ドネア姫を守ってほしい。君にしか頼めない」
「それは普通、私以外の誰かに頼むものだと思うがな」
 ゼノビアはさすがに困ったように腕を組む。
「本気か?」
「本気だ。これ以上ないくらい本気だ。ゼノビアにしか頼めない。ドネア姫は女性だから男の騎士に頼むわけにはいかないというのが一つ。それから」
「それから?」
「ミケーネを除けば、君以上に信頼できる人が僕にはいない。君は僕に言ってくれた。僕に従うと。もちろん口約束にすぎない。でも、君はその信頼に応えてくれる人だと思っている」
「嫉妬にかられてドネア姫を殺すかもしれないぞ」
「信頼しているよ」
「全くお前は、本当に人の度肝をぬくのが好きなんだな」
 やれやれ、とゼノビアはため息をついた。
「仕方がない。騎士に二言はない。お前の言うとおりにしよう。ドネア姫を守ればいいのだな?」
「ああ。まあ、一番の危険人物がこうして味方になってくれるわけだからある意味安心なんだけど」
「決闘の申し込みならいつでも受けて立つぞ」
「冗談だよ。それに──」
 パラドックの件もある。最悪の場合、アサシネア六世の命に関わるのなら、パラドックを斬ることも考えなければならない。
(いや、その方が歴史には都合がいいのかもしれない。それに、ドネア姫にとっても)
 だが、そこには欺瞞が混じっている。
 パラドックを誰よりもこの地上から消滅させたいと願っている人物。
 それは、ウィルザ本人に他ならなかった。
 パラドックさえ婚礼前にいなくなれば、ドネアといつか結ばれる日だって訪れるかもしれない。
 そんなドロドロとした感情があること自体、ウィルザには驚きだった。
「それに?」
「ああ。このアサシナだけじゃない。グラン大陸を救うためには、君にも、ドネア姫にも生きていてもらわないと困るんだ」
 そう。八二五年の大陸の救済の日まで。





 旧王都、アサシナ。
 到着するなり、ウィルザは騎士によって陛下のもとへと連れていかれることとなった。
「おお、やっと来たか! パラドック様より聞いている。早く陛下の所へ!」
 問題は、どうやって自分を罠にはめるか、だ。
 この時点で既に国王が殺害されているという可能性。その場合、容赦なく自分を処刑する方向に話が進むのだろう。
 もう一つは、一度自分と国王が会った後に国王を殺害するという方法。この場合は隙を見てということになるが、その方がいい。自分が国王陛下からつかずはなれず、ずっとお守りし続ければいいのだから。
「陛下はどちらに」
「政庁だ」
「ご無事でいらっしゃるのですか」
「うん? ああ、病気のことなら最近は何も問題はないようだ」
 どうやらまだ無事のようだ。それならこちらにも打つ手はある。
 ウィルザは急ぎ、政庁に入る。
 玉座にはアサシネア六世。そして、左右に騎士が一人ずつついている。
「陛下、お久しぶりです。パラドック様のご命令で新王都へのお迎えに参りました」
 ほっと一息つく。
「おお、やっと来たか。待ちかねたぞ。新王都にはドネア姫も到着したそうだな。様子はどうだ?」
 今ごろ、もしかしたらパラドックに──勝手に頭の中でそんな想像が駆り立てられるが、すぐに雑念を払った。
「はい。後は陛下をお迎えして婚礼の儀式を挙げるだけです」
「そうか、そうか!」
 弟の婚礼に、国王はいたく喜んでいる。
 何も知らずに。
 その弟に、命を狙われていることなど全く知らずに。
「これでガラマニアとの関係は安泰だな」
「はい」
 だがもしここで国王陛下がなくなれば、その隙をついてガラマニアは侵攻してくる。
 全ては、国王陛下の無事。それにつきるのだ。
 そのときだった。
 政庁の扉が開き、多数の騎士が入ってくる。
 その意図は明らかだった。
 まさか。
 こんな乱暴な手を使うとは。
「アサシネア六世! 貴様には死んでもらう!」







第十七話

国王、暗殺







 だが、アサシネア六世は立ち上がると眼光するどくその騎士たちを睨みつけた。
 ウィルザが国王を背にして剣を構える。
「何だ、お前たちは。無礼であろう!」
 アサシネア六世が喝を入れる。それだけで、騎士たちの多くがひるんだ。
「陛下の御前だ。アサシナの騎士なら礼儀をわきまえろ!」
 既に戦闘態勢に入っているウィルザが忠告を飛ばす。このまま戦うつもりなら、許すつもりはない。国王陛下は必ず守ってみせる。
 だが、先頭に立つ騎士が叫んだ。
「我らはパラドック様のご命令に従うのだ!」
 まさか。
 堂々と、こんな手段を使ってくるとは思わなかった。
 パラドックが派遣した騎士。
 それは、自分のことではなかったのだ。
 国王とウィルザとが揃ったところで、まとめて皆殺しにする。
 そういう企てだったのだ。
(くそっ、もっと深く考えておけば)
 宮廷闘争でここまで単純な方法を使う者は少ない。だからこそウィルザの裏をかくことができたともいえる。
「ウィルザよ、こやつらを始末しろ!」
「はい!」
 襲い掛かる騎士たちを次々にウィルザは打ち倒していく。
 だが。
「ウギャー!」
 陛下の、悲鳴が聞こえた。
「陛下!」
 振り返ると。
 国王の左右に立っていた騎士たちが、国王陛下を剣で刺し殺していた。
(しまった。あの二人も、グルだったのか)

アサシネア六世
旧王宮にて暗殺される。


809年 グラン滅亡
アサシナ王の暗殺により、グラン大陸全土に戦乱が広がり、グラン大陸は滅亡する。


 世界記からの情報だと、このアサシネア六世の死をもって、グラン大陸が滅亡するという歴史に変わった。
 だが、まだだ。
 この混乱を鎮めさえすれば、まだグラン大陸は歴史をつむいでいける。
 だが。
「貴様もだ!」
 ウィルザは多数の兵士により取り押さえられる。そして、両腕、両足を完全に縛り付けられた。
「よし、牢屋へ連れて行け!」
(自分を殺すのではなく、罪を着せる方に使うか)
 だが、その方がいい。自分が死ねばグラン大陸は滅亡だが、生きている限りいくらでも手段はある。
(絶対、絶対に許さないぞ、パラドック!)
 自分の兄を。
 このグラン大陸を。
 自分の利己心のためだけに滅びに導くなど、絶対に許さない!
 だが、その時だった。
 政庁の中に入ってきた女騎士。
「……ゼノビア」
「ゼノビア様! な、何故ここへ。お、おお、ちょうど、国王陛下を暗殺した男を取り押さえたところです!」
「そうか」
 ゼノビアは剣を抜くと、近づいてきた。
 冷たい目で見下ろしてくる。
(ゼノビア)
 信じている。
 彼女はきっと、自分を信じてくれている。
 だから、今は何も言わない。
 その方が、彼女は動きやすいはずだ。
「ということは、お前たちもパラドック様の一味ということか!」
 ゼノビアの鋭い剣撃が近くの騎士たちを斬殺していく。
 あっという間に。
 パラドックの部下たちは床に切り伏せられていた。
「ウィルザ。お前がミケーネに言った通りだ」
 ゼノビアはウィルザの拘束を解きながら話した。
「まさか、パラドック様が陛下を……」
 全て事情はミケーネにもゼノビアにも伝わっていた。
「信じていたよ、ゼノビア」
 このあまりにも大きな悲劇の中で、信じられるものを見つけた。
 心からの笑顔をゼノビアに向ける。
「ふん。この程度の騎士にやられるとは、お前もなさけない」
「本当だね。鍛えなおすよ」
 だが。
 大切な、何よりも大切な国王陛下は亡くなってしまった。
「ゼノビア。ぼくがついていながら国王陛下を……すまない」
「この失敗は、我らが命であがなうのみだ」
「ゼノビア」
「ともかくパラドック様を追うぞ、ウィルザ。私の部下が地下に入って行ったのを見ているのだ」
 地下。
 そこには、グラン大陸を滅亡させるエネルギーが詰まっている。
「よし、急ごう」
「ああ。お前の武器だ」
 ゼノビアから手渡された。







国王の暗殺は、グラン全土を混乱に陥れる。
早急にこの混乱を取り除かなければならない。さもなくば、グラン大陸は滅亡する。
パラドックを倒し、幼少のクノン王子を王とする。
グラン大陸の未来を守るための最善の方法を取らねばならない。

「陛下が亡くなられた今、新たな王をいただかなければならない」

次回、第十八話。

『新王、即位』







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