王都の地下には、まだ誰も知らないザの神の力があると言われている。
 ウィルザは分かっているが、それはグラン大陸を滅亡させるほどのエネルギー。
 パラドックは、その誰も見たことのない力を求めて地下へ向かっているのだ。
 地上はゼノビアの部下たちが既に制圧している。だからパラドックに逃げ道はない。
 だが、もしもそのエネルギーを手に入れてしまえば。
(最悪だ)
 まず、ガラマニアやマナミガルが標的となる。そして、自分に従わないものはそのエネルギーで殺すと通達が出る。
 そして最後はエネルギーが暴走し、パラドックには制御することもできず、大陸は滅亡する。
 そうはさせない。
 二人は地下へ下る階段を急いで降りていく。
 ゼノビアは地下に降りる前、武器を別のものに取り替えていた。
 暴走した天使を殺すために作られた対天使専用武器『駆動殺し』。扱い方が非常に難しく、騎士の中でもこの武器を使える者は少ないという。
 事実、この地下には制御されていないザの天使が多く存在した。
 強さだけでいうのなら、天使の墓場にいる者たちをはるかに上回る。
 だが、ゼノビアの武器は正確にその天使たちの急所である『天使の心』を貫いていく。おそらく『天使の心』の場所を感知し、自動的に弾道が修正されるシステムになっているのだろう。
 便利な武器であるが、ウィルザもこれを一度使ってみようと思って試してみたことがあるが、全く動かすことができなかった。
 まず、小型の銃の癖に重く、そして引き金も重い。脇を締めて狙いを定めるのだが、それでも腕が振るえてしまうのだ。
 ゼノビアはそれを難なく使いこなしている。力が弱いとかいうのは、きっと嘘だろう。
「ぼうっとしているな、ウィルザ! 急ぐぞ!」
 天使たちのことは、ゼノビアに任せた方がいい。
 今は一刻も早く、パラドックを捕まえるのだ。
 そして、最下層。
「いた!」
 ゼノビアが駆け出す。ウィルザもそれを追った。
 深い地下。
 階段の下に、少し広い祭壇のような場所があり、枠の向こうはさらなる断崖であった。
「目覚めの時は来た!」
 パラドックが二人の騎士を後ろにつけ、両腕を大きく上げ、底なしの闇へ向かって叫んでいる。
「秘められたるザの神よ! 我が前にその姿を現せ! そして──」
「パラドック様!」
 ゼノビアが儀式を中断するかのように大声をあげる。
 すると、パラドックはゆっくりと振り返った。
 その目に、狂気を携えて。
「ゼノビア。これは、何のまねだ」
 既に人としての常軌を逸したパラドックに何を言っても無駄だろう。
 だが、かつてこの人物を真剣に愛したゼノビアにとっては、まだ取り返しのつくことだと考えていた。
「パラドック様! 陛下を殺してまでアサシナの王位がほしかったのですか?」
「何を言う、ゼノビア。お前は言ってくれたではないか。私こそ、アサシナの王にふさわしいと!」
 思わず下を向くゼノビア。
 なるほど。
 確かに、そう言ったのだろう、彼女は。
 だがそれは、劣等感に悩む彼を励まし、勇気づけるためではないのだろうか。
 おそらくゼノビアとて、本気でパラドックが王位につけるとは考えていなかったに違いない。
 その区別もつかないのか、この男は。
「ええい、儀式の邪魔だ! 騎士たちよ、こいつらを始末しろ!」
 その指示で騎士たちが動き出す。
 だが、既にコンビネーションが取れているウィルザとゼノビアにとって、王都の騎士など敵ではなかった。伊達に騎士団の副長をつとめているわけでも、ミケーネに一目置かれているわけでもない。同数同士の戦いで連携も取れているのなら、勝ち目のなかろうはずがない。
 ゼノビアが騎士たちに向けて銃を放つ。その間にウィルザが近づき、次々にその騎士たちを切り倒していく。
 だが、そこへ、
「クーロンゼロ!」
 パラドックが、ザの魔法を唱えた。氷の魔法『フリーザ』の強化版で、全ての生命を凍てつかせるという恐ろしい魔法だ。
 だが、ウィルザはそれを堪える。
 堪えながら、その魔法を頭の中で認識する。
 できないはずはない。
 自分は、ザの神の守護を受けているのだから。
(リザーラ、ぼくに力を!)
 その冷気を取り込み、我が力と成す。
 そして、逆に放った。
「クーロンゼロ!」
 ウィルザから放たれる冷気がパラドックの行動を完全に封じる。
 そして、ゼノビアの放った銃弾が、パラドックの肩を貫通した。
「ぐぐふ、しかし……」
 何か、最後にパラドックは言いかける。
 だが、その表情が、ふっ、と緩み、そして。
 倒れた。
 後味の悪い倒れ方だった。
 まるで何か、もう既に成したかのような。
 この地下で。
 この断崖の奥底に眠る何かを手に入れたかのような。
「いったいパラドックはここで何をしようとしていたんだ」
 ゼノビアは、倒れたパラドックの死体に近づき、そっとその目を臥せた。
「パラドック様は……パラドックはザ神の王の力を狙っていたに違いない」
「ザ神の王?」
「言い伝えがある。この旧王都の地下はザ神の王をおさめた神殿だというな」
「パラドックはその力を手に入れようとしていたのか」
「陛下を殺してまで、パラドック様……」
 亡くなった、かつての愛人のためにゼノビアは涙を流した。
 ふう、と一息ついてウィルザはその肩に手を置く。
「ゼノビア。新王都へ戻ろう。今後のこともあるしな」
「ああ。ところで──」
 立ち上がったゼノビアは、既にいつもの凛々しい顔に戻っていた。
「お前、新王都で私にパラドック様のことを教えなかったな」
「え?」
「つまり、口では信頼しているとか言っておきながら、私を完全に信頼していなかったんだな」
「いや、だってゼノビアは──」
 パンッ、と自分の頬が打たれる。
「私のことなど、もう考えなくていい」
 だが、ゼノビアは笑っていた。
「気をつかってくれるのは助かるが、私はもうパラドック様のことは吹っ切れている。お前が私を信頼しなかったのは、これでチャラにしてやる」
「ゼノビア」
「これからは、私もお前の仲間だ。すきなだけこき使うといい」
「ああ──ありがとう、ゼノビア」
 今度こそ。
 ウィルザにとって、心から信頼できる仲間が一人増えた。

パラドック
王都地下にて死亡する。









第十八話

新王、即位







 新王都に戻ってきたウィルザとゼノビアはすぐにザの神殿へと向かうように指示された。
 国王陛下の死と、パラドックの死。
 それは、これからのアサシナの命運が閉ざされたという証でもある。
 これからどうすればいいのか、旅の間も二人は話し合っていたが、全く名案は出なかった。
 一つの方策として、クノン王子を国王とするという方法があったが、まだクノン王子とて三歳だ。政治のことなどできようはずもない。もっとも、クノンを国王としてたて、誰かがその名代となるという考えもあったが、そんな人材がこのアサシナにいるはずもない。
 神殿では、大神官ミジュアとミケーネが待っていた。
「ミジュア様!」
 ミジュアは振り返り、その達者な口ひげを揺らしながら微笑む。
「おお、ウィルザよ、戻ったか!」
 ミジュアが浮かない顔のウィルザの肩を叩いた。全て承知している、という表情だった。
「ミケーネ」
 ゼノビアが待っていた騎士団長に向かって頭を下げた。
「すまぬ。私は陛下を守ることができなかった」
「ゼノビア。陛下のことは部下に聞いた。あなたのせいではない」
 ミケーネもゼノビアの肩に手を置き、優しく微笑む。
「ミケーネの言う通りだ。そして過ぎたことより今後のことが大切だ」
 ミジュアが重々しく言う。そう、ウィルザとゼノビアでは思い浮かばなかった名案。
 それを、ミジュアは持っているようであった。
「陛下が亡くなられた今、新たな王をいただかなければならない。ウィルザよ」
 そう。クノン王子を王とし、誰かが名代にならなければならない。順当なところでいえばカイザー補佐官だが、あの男はよくない。自分の野心のために他人を切り売りする男だ。
 だとすれば。
「私はそなたをアサシナの新しき王に迎えたいと思うのだが」
 そう。ウィルザだ。彼しかいない。彼が今までこのアサシナに対して積んできた功績を考えれば──……?
「私、が、王に! ですか!?」
 それは、全く考えていなかった事態だった。
「ウィルザを王に! 私は反対しませんが」
 ゼノビアも驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「しかしミジュア様、クノン王子が」
「ゼノビアよ」
 もちろんその事実はわかっているのだろう。だが、大神官はその名前が出てもたじろがなかった。
「ウィルザを王にというのは、そのクノン王子……いや、この場合は王妃レムヌ様のご推薦でもあるのだよ」
「レムヌ妃殿下が」
 ゼノビアは驚いたようだったが、それ以上に驚いているのはウィルザである。
 確かに、誰かが王にならなければならない。そして、クノンではこの後の歴史を支えていくにはまだ若すぎる。
「レムヌ様はおっしゃった。これからアサシナは大きな困難を乗り越えていかなければならない。そんな時に、ウィルザのような指導者が必要だと」
「おそれおおい」
「ウィルザ、引き受けてくれるな?」
 ミジュアが。
 ミケーネが。
 ゼノビアが。
 三人の視線が、自分に集まる。
(どうすればいい)
 世界記は答えない。
 当然だ。
 結論など、一つしかないのだから。
「ミジュア様」
 こんなことを望んでいたわけではない。
 だが、自分の使命は、グラン大陸を救うこと。
 それならば、国王の地位にいる方がはるかに都合がいい。
「私の力が役に立つのなら」
「そうか! そうと決まれば早速明日にでも即位の儀式を行わなければ! ミケーネ、準備を頼んだぞ」
「はい!」
 ミケーネは嬉しそうに全力で頷く。
 そう。彼は望んでいたのだ。いつか、ウィルザを主といただくことを。
 そしてミジュアはウィルザに告げた。
「ウィルザ。今日は疲れたじゃろう。明日までゆっくり休むがよい」





 翌日。
 帰ってきた次の日に戴冠式とは急すぎるきらいもあるが、そんなことはもとより、はじめからミジュアとミケーネはウィルザを国王にするために予め準備しておいたのだろう。あとは本人に頷かせるだけだったのだ。
 そう思うと、自分は随分と貧乏くじを引かされることになったのだな、とも思う。
 だが確かに、大陸を救うために都合のいい地位であることには違いない。
 と、その時。
「ウィルザ様。お客様がお見えです」
「ああ、入ってもらって」
 彼はこの時、完全に混乱していた。混乱していたからこそ、こうして客を迎えるまで、その存在が完全に頭から離れていた。
「ドネア様!」
 入ってきた女性は、美しい、彼の想い人であった。
「王宮の方に聞きました。ウィルザ様。あなたがアサシナの新しい王となられるのですね」
 少し哀しげな顔で彼女は言う。
「ドネア様。パラドックは……」
「パラドック様のことはどうか、もう何もおっしゃらないで」
 ドネアは後ろを向き、顔をウィルザに見られないように隠した。
「……私は、こうなったことにほっとしているんです。こんなことを言っては不謹慎かもしれませんけど」
「ドネア様」
「ウィルザ様、お願いがあるのです」
 ドネアは振り向き、力強く言った。
「私をこのまま、ここに置いてください!」
「ガラマニアには帰らないというのですか?」
「私はガラマニアとアサシナの絆となりたいのです。このままアサシナに、そしてあなたの傍に置いてください!」
 そう。
 それは、彼もまた求めていたこと。
 誰よりも、何よりも。
 ドネアが欲しかった。
 この腕に抱きたかった。
「私もあなたに、ここにいてほしいと思う」
「ウィルザ様、ここにいてもいいのですか?」
「ドネア」
 ウィルザは彼女の名を呼び、ゆっくりと告げた。
「こちらからお願いしたい。私とともに、このアサシナを支えてください」
「はい」





『歴史が書き変わった。新王の誕生と共に、歴史の一部は復活し、一部は消失し、一部は改変された。これからの歴史は、ウィルザ、お前が作るのだ』





 世界滅亡まで、あと十五年。







国王となったウィルザの言動が、歴史に大きな影響を与えるようになる。
だが、年明けのアサシナで一つの変化が起こっていた。
二王並び立たず。ウィルザが即位した以上、デニケス王家の者は不必要となる。
ザ神の選択が、デニケス王家の者の追放を指示した。

「私はアサシナの王妃! お前たちのような者に従ういわれはありません!」

次回、第十九話。

『マナミガル峠事件』







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