『アサシナ王となったお前の影響が今後大きくなる』
(歴史を変えやすくなるわけだな)
 新しい年を迎え、今年もグランの滅亡に関する事件が始まろうとしている。
 落ち着いていられるのも、そろそろ終了だろう。
 国内の治安は悪くなっていない。むしろ、ウィルザ政権に変わってからというもの、民衆が暮らしやすくなったと日々評判は高まっているのだ。
「陛下、報告があります」
 今日もカイザーがやってきて報告を行う。
 この男は非常な野心家だが、だがそれだけの力量があるということを国王になってから知った。もし現状でこの男がいなくなるとすれば、それだけでアサシナは混乱に陥るだろう。簡単にやめさせるわけにはいかないが、いつまでも抱えていればそれは爆弾となる。
 どう扱えばいいか、と日々悩んでいるところだった。
「デニケス王家の生き残り、レムヌとクノンを追放いたしました。今ごろ南のマナミガルにでも向かっていることでしょう。これで王宮内もスッキリします」
「なんだって……」
 そんな事件はなかったはず──と思ったところで、世界記から歴史の変更が告げられた。

810年 マナミガル峠事件
補佐官カイザーによりレムヌ王妃とクノン王子がアサシナを追放。マナミガル峠で盗賊に襲われ死亡する。

810年 ジュザリア国交断絶
ジュザリア王リボルガンがマナミガル峠の事件についてアサシナ王を非難する。


「この馬鹿がっ!」
 思わずウィルザは叫んでいた。その迫力にカイザーは思わずたじろぐ。
「追放だと? 勝手な事をするな! カイザー!」
「は、はっ」
「このアサシナの王は誰だ!?」
「王は」
「王は誰だと聞いている!!!」
 政庁に彼の怒鳴り声が響くなど、この一年間なかったことだ。
 確かに彼はこの国のためを思ってやったのだろう。前王家の生き残りなど、新王家にとっては百害あっても一利もない。
「な、何を慌てなさりますか。旧王家を追放するのはザの神が定められたことではないですか。それとも、陛下はザの神に従えないとでもいうのですか?」
「最後だ。もう一度聞く。こ、の、く、に、の、お、う、は、だ、れ、だ?」
 怒りが全身にみなぎっていた。
 ザの神が何を決めようが知ったことではない。
 自分は、このグラン大陸を救うために活動しているのだ。
 カイザーの独断でジュザリアとの関係を悪化させられたのではたまったものではない。
「ウィルザ陛下です」
「そうだな。そのぼくに黙って勝手に事を運んだわけだな、カイザー」
「で、ですがザ神の──」
「黙れ!」
 相手に弁解の余地など与えない。
 この国で誰が国王で、従うべきなのか、この男に分からせなければならない。
 そうしなければ、今後、この大陸を救うための活動を阻害されることになる。
「お前がぼくの臣下だというのなら、ぼくの命令もなく勝手なことをするな。いいか、これは最後通告だ。次に同じことをしたら二度助かることはないと思え!」
「は、はっ!」
 カイザーは思わずその場に跪く。そしてその場でウィルザは部下達に命令した。
「緊急だ! ミケーネとゼノビアをここに連れて来るんだ!」
 部下達が一斉に動き出す。逆鱗に触れた国王から一刻も早く逃げ出したいという気持ちだったのだろう。
『レムヌ妃とクノン王子はレムヌ妃の生まれたジュザリアに向かう途中、マナミガル峠にて盗賊に殺害される。この出来事がアサシナとマナミガル、ジュザリアとの関係を悪化させることになる』
(二人を助けなければ!)
『今出発すれば間に合う。しかし、旧王家の追放がザ神の決定なら、アサシナ軍の力を使うことはできない』
(その通りだ。だから、後事をミケーネとゼノビアに託す。マナミガル峠へはぼく一人で行く!)
 せっかく国王となったのに。
 せっかく歴史をよりよい方向へ向かわせることができるようになったのに。
 その出だしから躓いてたまるか。
(くそっ。国のことばかりに目がいって、肝心の足元がおろそかになっていた)
 カイザーは危ない。そんなことは分かりきっていたはずなのに。
(監視のシステムが必要だ。あのカイザーだけはどうにかして自分勝手に動くことを防がなければならない)
「お呼びですか、陛下!」
 ミケーネとゼノビアが全力で駆けて来る。政庁で逆鱗が落ちたということがよほど大げさに伝わったのだろう。
「ぼくはこれから、しばらく王都を離れる」
「なんですと?」
「追放したレムヌ妃とクノン王子が盗賊に襲われる。このままだと外交関係に発展してしまう。ザ神の決定だから軍の力は使えない。だからぼくが一人でマナミガル峠に向かう! 今行けば間に合う!」
「陛下のお得意の予言ですな」
 ミケーネは顔をしかめた。
「ああ。だからこの国についてはぼくがいない間、二人で──」
「ゼノビア」
 ミケーネが彼女を見る。
「国王陛下に同行しろ」
「はい」
 二人の間で、勝手に話が進む。
「おい、ミケーネ」
「陛下。そういうことなら、確かに軍を動かすことはできません。ですが、何人か陛下のお供が必要でしょう。これはレムヌ妃とクノン王子を助けるためではありません。陛下の安全を守るためとお考えください」
 ウィルザは目を見開いた。そして笑う。
「ミケーネ。君、少し考えがいじきたなくなったね」
「陛下の受け売りです」
 苦笑する。相変わらず、ミケーネとゼノビアだけは心を許せる仲間だ。
「恩に着る、ミケーネ」
「はい。ではお急ぎください。そして無事、本懐を達せられるよう」
「ああ。行くぞ、ゼノビア!」
「はっ!」
 そして。
 慌ただしく、次の冒険は始まった。







第十九話

マナミガル峠事件







 マナミガル峠。
 アサシナ西域とマナミガル王国をつなぐ要所である。
 これまでアサシナとマナミガル両国の間に不和はなかった。
 だが、この事件を契機に、いっきに戦争の機運が高まることになる。
「間に合え!」
 マナミガル峠を馬で失踪するウィルザとゼノビア。
 そして、峠の中腹にさしかかったところだった。
「お前達は何者です!」
 あれは、レムヌ妃の声。
 間に合ったか。
 それとも、間に合わないか。
「命が惜しくば、金目の物を置いていけ!」
 山賊だ。
 だが、口調から察するに、どうやらどこかの国の陰謀というわけではないようだ。
「私はアサシナの王妃! お前たちのような者に従ういわれはありません! そうそうに立ち去りなさい!」
(レムヌ妃!)
 その気丈さは尊敬に値するが、このような場所ではいかに自分の命を大事にするかを考えなければ駄目だ。
「母上!」
 若干四歳のクノンをかばうように、レムヌはその前に立つ。
「王妃様だと? 笑わせるな! 護衛の騎士もいない王妃など、どこにいるものか!」
「何もないなら死ぬんだな! そっちのガキからだ!」
「クノン!」
 間に合え!
 必死に馬を走らせる。
「レムヌ妃ーっ!」
 だが。
 盗賊の剣は、クノンをかばったレムヌの腹に突き刺さった。
「母上っ!」
 幼いながらも、気品を持った声が響く。
「おのれ! 貴様ら!」
 まだだ。
 まだ間に合う。
 盗賊を蹴散らし、回復魔法をかければ──
「あ……」
 だが。
 手遅れであることが。
 分かった。
 大量の失血。
 致死量。
「くそ……くそっ、くそっ、くそおおおおおっ!!」
 ウィルザの目に怒りの炎がともる。
 一瞬でそのレムヌを刺した山賊の首を刎ねる。
 ゼノビアの援護射撃が山賊たちを怯ませ、その隙に次々のウィルザの剣が敵を沈めていく。
 そして。
 たった一分で、四人の山賊は完全に壊滅した。
「クノン様」
 目の前で母親を亡くした少年の前に、ウィルザは両膝と両手をついた。
「申し訳ありません! 私のせいで、レムヌ様が!」
「いいえ、ウィルザ様」
 だが、四歳の王子は首を横に振った。
「あなたが王となられた以上、私たちは新王都にいてはいけないのです」
 だが。
 王子は泣きながら、正論を述べた。
 辛いだろうに。
 哀しいだろうに。
 自分が──憎いだろうに。
「クノン様」
「カイザーより追放されましたが、新王都を出たのは、母上と私の考えです」
 聡明に。
 どこまでも、この四歳の王子は聡明に話す。
(本当に、四歳の子供なのだろうか)
 そう、ウィルザとゼノビアに思わせるほどに。
「だから、だからあなたのせいではありません」
 泣きながら。
 聡明に話す。
「クノン様」
 ウィルザもまた泣いていた。
 自分が王都に来て、初めての任務。まだ騎士となる前のこと。
 クノンの命を救い、その後も成長を日々見つづけてきた。
 元気一杯に遊ぶ姿も。
 なれない勉強に悩む姿も。
 自分がこの地上に降りた日は、ちょうどクノン王子が生まれた日。
 そんな気持ちが、余計にこの小さな王子に対して同情を重ねていた。
「本当に、レムヌ様もあなたも、王家にふさわしい方だ。新王都に戻り、あなたが──」
「それはいけません!」
 その先の言葉を察したのか、クノンは大きな声でウィルザを止めた。
「これからのアサシナにはあなたの力が必要です! それとも、あなたはそんな責任を負うのは嫌ですか?」
 この王子は。
 自分に対して、さらなる苦難を負え、というのだ。
(本当に、四歳の子供らしからぬ)
 ウィルザは首を横に振った。
 既に、自分はこのグランと命運を共にすることを決めている。
「新王都を、いえ、アサシナを頼みます」
 クノンはそう言った。
「クノン王子」
「私はジュザリアへ参ります。ここの山賊が壊滅した以上、私一人でもジュザリアへいけると思います。同行は不要です。どうぞ、王都へ戻ってアサシナのためにお働きください。では」

810年 マナミガル峠事件
補佐官カイザーによりレムヌ王妃とクノン王子がアサシナを追放。レムヌ王妃はマナミガル峠で盗賊に襲われ死亡する。

810年 クノン失踪
旧王家レムヌ王妃とクノン王子が王都を追放される。クノン王子は以後、行方不明になる。


(クノン王子が行方不明だって……?)
 だが、もう少年の姿は見えない。
 どこへ行くのか。
 それはもう、誰にも分からない。
 彼は、四歳にして、自分の道を選んだのだ。
『マナミガル、ジュザリアとの対立は当面回避された』
「クノン王子……」
 だが。
 いつか、またきっと出会う。
 彼の力は、このグランにとって必要不可欠な存在となる。
 その日が来ることを信じている。
 どのみち、自分は二十年の命なのだから。
(あなたが留守の間、アサシナをお預かりします)





 世界滅亡まで、あと十四年。







新たな歴史の中で、八一一年は何も起こらない稀有な年である。
ウィルザの治世がアサシナを繁栄に導く。それは喜ばしいことだった。
だが、歴史は常に動き続ける。国王となったウィルザの下に現れた男。
彼が求めるものは、いったい何なのか。

「封印を解放しないかぎり、ザの神は真の力を発揮できないんだ」

次回、第二十話。

『ターニングポイント』







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