「ここがルーベル金山か」
 ウィルザはこの金山と全く無関係というわけではない。この世界に来たばかり、まだガイナスターの部下だった頃、このルーベル金山で産出された金を載せた鉄道を襲撃したという過去がある。
 思えば八〇五年はガイナスターやミケーネといった人物に出会った年だ。あのたった二日の間にどれだけ自分はさまざまな経験をしたことか。
「お分かりかとは思いますが、このルーベル金山はアサシナの財布です。ここを取られることがあっては」
「ああ、よく分かっているよ。何しろ今のぼくは王様だからね。どこからお金が入ってきていて、どこにお金が流れているのか、よく知っている」
「そういえば、昨年は税を着服した地方豪族を一網打尽にされましたね」
 そんなこともあったか、と思い返す。だが、そもそも世界記の事件以外のことはそれほど意識してやっているわけでもないので、今ひとつ記憶に残っていない。
「ルーベル金山で反乱を起こすのは豪族たちだ」
 その言葉にゼノビアが体をこわばらせる。
「陛下はそれを分かっていて、粛清されたのですか」
「いいや? どの豪族が反乱を起こすかなんて、全く分からないよ。今回反乱を起こす豪族が、前回粛清した豪族とつながりがあるかどうかすら知らない。ただ、関係はあるとぼくは思っている」
「自分で火をつけて、自分で消火するわけですか」
「失礼だなあ。ぼくはこのアサシナをもっと良くすることしか考えていないよ」
「分かっております。だからこそ私もミケーネも陛下にご協力しているのですから」
 この女性も、初めて会ったときに比べて随分と丸くなった。最初の頃はとげとげしい印象しか持っていなかったが、美人なだけに笑うと綺麗だ。
「今回の事件、複数犯ですか?」
「単独犯じゃないかな、多分」
 もし複数犯だとしたら、世界記の事件名は『豪族たちの反乱』に変わるはずだ。そうでないということは、誰か特定の一人が自分に悪意を向けていると考えていい。
「さて、地下に下りようか」
 ルーベル金山は一輪者で金鉱石を運ぶため、長くなだらかな坂道が延々と続く。もちろんそこをひたすら歩くのは時間の無駄なので、下りるためのタラップが各所に設置されている。
 それにしても、この金山の労働環境は劣悪だった。
 金鉱を掘ることだけを優先に、現場労働者の安全や衛生ということはほとんど考えられなかったのだろう。
「大至急、手を打たないとな」
「この環境条件がですか?」
「ああ。多分このままだと、ここで働いている人たちの平均寿命はそんなに長くないはずだ。現場監督次第ではあるけど、休暇・休憩もそんなに取られているとは思えない。一刻も早い改善が必要だ。賃金も見直しをはからないと」
「ですが、そうなるとアサシナの国庫に負担がかかりませんか」
「光源を半分に抑えるだけで、負担はなくなるよ」
 それを聞いたゼノビアの顔が驚愕に満ちた。
「光源を、半分に、ですか」
「そう。アサシナの一番の金食い虫は深夜の光源だよ。夜になったらライトを消す。それだけで国の出費の二割を抑えることができる。一定の管理職以外の深夜労働は全面禁止にするよ。まあ、すぐにというわけにはいかないけど。今その調整をエルダスにやってもらっている。こういう仕事は誠実な人間じゃないとできないから」
 国王はのほほんとしていて考えるところはきちんと考えている。改めてこの王の強さを知ったゼノビアであった。
「あれかな」
 最奥に人影。おそらく間違いないだろう。
「待て!」
 人数は三人。そこに向かってウィルザが声をあげた。
「これは、アサシナの新しい王か」
 一番豪華な服を着た男が苦渋の表情を見せた。
「無能ぶりは前の王以上だそうだな。ザ神などに頼りおって」
 頼ったつもりは全くなかったが、この発言から察するに、どうやらまたゲ神信者のようだ。
「何を企んでいるか知らないが、今なら忘れてやってもいい」
「これは広いお心の持ち主。さすがこの世界を救おうというだけのことはある。だが、フフフ!」
(世界を救う、だって?)
 どこから話がもれているのかは分からないが、どうやらこの人物は随分と自分のことを研究しているようだ。
「我らには強い味方がいるんだ! 死ね!」
 その指示で、後ろにいた白装束をまとった男二人が一斉に襲い掛かってきた。
「ゼノビア、下がれ!」
 指示を与えて魔法を唱える。
「フレイム!」
 最後に指を鳴らすと、その二人の男が爆炎に包まれて倒れる。
「なっ」
 その間にゼノビアが動いている。後ろに回りこみ、豪族を一刀で切り伏せた。
「そ、そんな、何故……あの男は我々を利用しただけだというのか」
「あの男、だと?」
「我らが宝、召霊石を、根こそぎ持っていきやが……黒い、兵士……」
 そこで事切れた。
「すみません、陛下。手加減をするべきでした」
 あまりにもあっけなく片付いたことにゼノビアが謝る。
「いや、かまわないよ。気になることを言ってはいたけど。まあ、ゼノビアが実は敵の回し者で口を封じた、なんてことはないだろうしね」
「陛下」
 ゼノビアも苦笑する。そして重ねて、すみません、と答えた。
「でも、黒い兵士か。いったいどういう事だ」
 黒という言葉で思い出すのは、あの黒いローブの男、ケインだ。
 去年顔を見せたきり、またしばらく現れていなかったが、何らかの形で関与しているとも考えられる。
「ま、考えていても仕方がないことだな。戻ってから検討することにしよう」
「そうですね。王都に戻れば、陛下とドネア姫のことも決着をつけなければいけませんし」
「ゼノビア」
 頭を抱えるウィルザ。それを見てまたゼノビアは綺麗な笑顔を見せた。







第二十二話

反乱







「陛下、お帰りなさいませ!」
 月があけて六月。ウィルザは王都に帰還した。すぐに声をかけてくるのはもちろん補佐官のカイザーだ。
「陛下がお持ちになった種のおかげで、今年の異常気象を乗り切ることができそうです。来年の分の食糧も充分でしょう」
「そうか。それは何よりだ」

812年 反乱鎮圧
豪族の反乱はアサシナ王により鎮圧される。


「まだ王になったばかりというのに、陛下はよくお働きになります」
「ああ。先王にたくされたこの国を滅ぼすわけにはいかないからね。それに、クノン王子とも約束した。この国を責任もって預かると」
「ふむ。ですが陛下。陛下もそろそろ身を固められる時期に入ったものとカイザーはお見受けしますが」
「お前もか、カイザー」
 あちこちからこの話を持ち出されて、さすがのウィルザも辟易した。
「どうせまた、ドネア姫とと言うのだろう」
「とばかりでもありません」
 カイザーは紐で閉じられた何十枚もの紙束を渡す。
「陛下へ申し込まれてきた求婚者の方々です」
「……は?」
 一枚ごとに一人ずつ、出身地、身分、それに付随するもろもろの情報が記載されている。
 何かしら聞いたことのあるような名前もある。どこそこ王国の王女だの、どこそこ貴族の子女だの。
 だが、全部を見てもドネアの名前はない。
「これでいったいぼくにどうしろっていうんだ」
「どうもありません。ただ、国王となられたからには、国の跡継ぎを残すことも仕事でございますれば」
「跡継ぎね」
 一度も考えなかったといえば嘘になる。
 だが、ドネア以外の女性と結婚などしたくなかったし、そのドネアのことを思うならば結婚しない方がいいと思う。
(どうすればいいんだろうな)
 この限りある命で、誰か一人の女性を愛するなどということが自分には許されていないのならば、いっそ独身を貫く方がいいのではないか。
「お前はどう思っているんだ、カイザー」
「は。私はやはり、この中から一人王妃として相応しい女性を選定し、こちらから返答の使者を出すことが」
「そうじゃなくて──いや、いい。この問題はしばらくぼくが一人で考えたい」
「は」
「少し下がっていてくれ。用があればこちらから呼ぶ。それから、いずれにしてもドネア姫がこのアサシナにいる限り、ぼくは他の誰とも結婚するつもりはない。だから、こちらから使者を送るなどということをするなよ、カイザー」
「承知いたしました」
 カイザーが出ていくのを確認してから、ふう、とウィルザは一息つく。
(世界記、どうすればいい)
 もちろん答えないことを前提に話しかけている。何故なら、あらゆる選択は自分で行えというのが世界記の立場だ。
(それにこのあと、アサシナとガラマニアは戦争になる)
 もちろんそれを止めるのが自分の役割だ。そのときドネアの立場は非常に微妙なものとなる。
 結婚していれば自分の力でドネアを守ることもできるが、逆に結婚することで自分の立場が危うくなることも当然考えられる。
(三年か)
 今のうちからガラマニアとの関係を改善するために何度も使者は送っているが、現状より進展することがない。やはりドネアを正式に妻に迎えた方がいいのだろうか。
『ウィルザ』
 だが、返答がないと考えていた世界記から声がした。
「世界記?」
『ウィルザ。あと五年待つがいい』
「五年?」
『これから先の五年はお前にとって最も辛い時期になる。この五年を乗り越えることができれば、お前の治世は安定するだろう』
「五年か」
 その間、ドネアには待ってもらわなければならない。
 だが。
(五年もの間、ドネア姫を一人でいさせてもいいのだろうか)
 ただ、自分はドネア以外の女性などもう考えられなくなってしまっている。
 それならば。
(当たってくだけろ、か)
 駄目なら駄目で問題ない。どのみち結婚することなど全く考えていなかったのだ。それに比べれば、今は声をかけられる相手がいるだけでも幸せなことではないだろうか。
(よし)
 ウィルザは先にドネアに使者を出しておき、政庁を出る。そしてゆっくりと気持ちを整えながらドネアの部屋に向かう。
 どのように伝えればいいのだろうか。五年待ってほしい、それでいて自分と一緒にいてほしい。
 そんなふざけた求婚があるだろうか。だが自分は本気だ。
 もしあと五年もという気持ちになるのなら、それはドネアが自分に対してそこまでの気持ちを抱いていなかったというだけのことだろう。
 呼吸を整えて、ウィルザはドネアの侍女に取次ぎを願う。短い時間で準備すぐに中に招き入れられた。
「いらっしゃいませ、陛下。お久しぶりです」
 ドネアは相変わらず美しかった。外見や表面上のものではない。その精神が美しい。
 ただ純粋に自分を信じ、自分を愛している。その感情が自分にも伝わる。
 そう。最初から自分たちは惹かれあっていた。それなのに、その感情に歯止めをかける必要はない。
「はい。お久しぶりです、姫。あ、いえ」
 少しウィルザは悩んだ。そして、告げた。
「──ドネア」
「はい?」
 突然、呼び捨てにされたドネアは、顔を少しだけ蒸気させてウィルザを見つめてきた。
「ご存知かもしれませんが、ぼくは予言者としてこのアサシナに招かれました。今でこそ王などと呼ばれていますが、ルーツはただの騎士の子です。それに、これからアサシナは危険な状況になる。あと五年は内政に力を入れなければいけません」
「はい」
「ぼくはあなたに何も約束できない。あなたと長い時を生きることも、あなたに人並みの幸せを差し上げることも、何もできない。ぼくにできるのは、ただ、あなたの傍にいることだけです」
「はい」
「もし、それでもよければ。五年後に平和になったあかつきには、ぼくと結婚してほしい」
 ドネアは微笑み、そして少し涙を目幅に溜めた。
「はい……私でよければ、どうぞお傍に置いてくださいませ」
「ありがとう」
 そして。
 ようやくウィルザは、彼女の手を取った。
「ありがとう、ドネア。そしてお願いがあります。もうぼくに気軽に声をかけてくれる人はいなくなってしまった。ミケーネもゼノビアもぼくを王として扱う。だからあなただけはぼくを、普通の男として扱っていただきたい」
「はい。分かりました、ウィルザ様」
 そしてドネアはその手に自分の手を重ねた。
「嬉しゅうございます。ずっと待っておりました」
「お待たせしてすみませんでした」
「いいえ。ウィルザ様には大切なお役目があるから当然のことです。ですが」
 少し困ったようにドネアは笑った。
「五年は少し、長いですね」
「申し訳ありません」
「いえ。それがウィルザ様のおっしゃることでしたら従います。それも──予言、なのですね?」
 さすがに鋭い。ウィルザは頷いた。
「これから五年が正念場となります。どうか、ドネア。ぼくを助けてください」
「ガラマニアですね。分かりました。私からもお兄様に口ぞえいたします」
「ありがとう」
「いえ。ウィルザ様と結婚するのですから、ガラマニアとアサシナの仲は良いにこしたことはありません。ですが」
 するとドネアは自らウィルザの胸の中に収まってきた。
「もし、お兄様とウィルザ様が戦うとなれば、私はウィルザ様のお味方をします」
「ドネア」
「私はこの世界で、誰よりもウィルザ様を愛しています」






 世界滅亡まで、あと十二年。







八一三年末。いよいよ物語は動き始めた。
現王家の下へとやってきたアサシネア・イブスキ。
言葉でいくら取り繕うと、彼の目的は王座、それ以外にはない。
死の海でおこった疫病と彼の間にどのような関係があるのか。

「今のアサシナには必要なものでしょう。死の海に眠る我がイブスキの財宝です」

次回、第二十三話。

『イブスキ王家の帰還』







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