新年明けて一月一日。国王は西域の王都へ帰ってきた。
 その直後だった。
 巨大な地震がグラン大陸を襲う。それは、単なる地震ではない。大陸自体が揺れたのだ。従って、大陸上の全ての場所が、同時に、同じ揺れを観測した。もちろん、通常の地震ではありえないことである。

814年 イライ神殿解放
イライの神殿に封印が発見される。神殿解放令に従い、ただちに解放される。


『神殿の解放が行われたようだ』
「カイザーか! 勝手なことを!」
 ウィルザはまっすぐに政庁に入る。
 途中、見張りの兵が声をかけようとしたが、国王の怒気にその口を開くことすらできなかった。
 国王の怒りはただごとではない。
 そして、その元凶となるものがこの政庁の中にいるなどとは思いも寄らないことであった。
 政庁にいたカイザーが、国王の姿を見るなり声をあげた。
「おお! ウィルザ陛下! お喜びください! ザの神殿を解放することに成功しました!」
「そうか」
 ウィルザはずかずかと近づき、カイザーの目の前まで行って見下ろす。
 カイザーが一瞬怯む。何故自分が怒っているのか、見当もつかないという様子だ。
「勝手なことをするな──そう言ったことを忘れたようだな、カイザー」
「は、ですがウィルザ様。お分かりかと思いますが、この国の最高権威は陛下ではなくザの神です。そして神殿の解放はザの神が決めたこと。まさか、異存ありますまい」
「ああ、異存はない」
 そしてウィルザは拳を振り上げて、状況が理解できていないカイザーに対して振り下ろす。
 度重なる戦闘でたくましい体つきをしているウィルザに、単なる文民のカイザー。本気で殴ったらどうなるかくらい子供でも分かる。歯が折れ、口から血をダラダラと流し、何故、と自分を見つめてくる。
「だからといって、誰がぼくのいない間の勝手を許した。この国の王はぼくか、お前か。答えろ!」
「……ウィルザ様です」
「ではお前の行為は越権だ。兵士! こいつを牢へ入れておけ! これ以上、国政を壟断されるのはかなわん!」
「なっ」
 カイザーはさすがに驚いて抗弁する。
「お待ちください。国王陛下も同じく神殿の解放を行うのでしたら、私がやったところで何も問題ないではありませんか」
「次に同じことをしたらどうなるか──お前には前もって教えておいたはずだな、カイザー。異存はなかろう」
「ですが!」
「兵士! めざわりだ、この反逆者を牢へ入れろ!」
 兵士たちがカイザーの体を捕らえ、連行する。
 その顔が怒りと屈辱でたぎっていた。
(カイザーを投獄してもこの国は大丈夫。この時のために下の人材は育っている)
 連れていかれるカイザーを見送りながらウィルザは思案をめぐらせる。
(だが、どうして神殿解放なんていうことを思いついた? ザ神の決定だと? ザ神がいったい何を考えているのかも分からないが、それより)
 このカイザー投獄は大きな波紋を呼ぶことになるだろう。まずは自分の周りの人間を掌握することが必要だ。
「ミケーネとゼノビア、それにミジュア大神官を呼んでくれ。エルダスもだ」
 カイザーが余計なことをしたために、考えなければいけないことが山ほど増えた。






 そして、御前会議が開かれた。
 四人の腹心たちは、今ではウィルザが最も信頼するメンバーばかり。いずれも経験豊富な優秀な人材だった。
 カイザーが投獄されたということは既に伝わっていたのか、四人ともがウィルザの顔色をうかがうような様子だった。
「みんなを呼んだのは他でもない。カイザーの処分と、それに関していくつか共有しておきたいことがあるからだ」
「最初にうかがいたいのですが」
 ミケーネが言葉を選びながら尋ねる。
「その、カイザー宰相の処分の理由は何だったのでしょうか」
「神殿解放令だ。ぼくはそれを自分の判断で出すのを止めていた。カイザーはそれを勝手に発令した。それが理由だ」
「ですが、陛下」
 それに対してミジュアが反論する。
「神殿の解放は、ザ神の決定ではなかったのですか」
「あなたがそれを言うのですか、ミジュア。では誰がザ神の声を聞いたのです。あなたですか? そうだとすれば、どうしてぼくに報告してくれないんですか?」
 ウィルザはミジュア大神官にはきちんと礼を払う。政治と宗教、両方が強く結びついているアサシナでは、互いが互いを尊重するようなシステムになっているのだ。
「いえ、私はカイザー殿から聞かされ、改めてザ神におうかがいたてたところ間違いないと」
「そう、これは大神官を介さず、直接カイザーのところに神の啓示が来た。だが、そんなことはありえない。ザ神の声はミジュアが一番に聞く立場のはず。それを介さないというのなら、政教のすみわけが問題になる。カイザーはまず、ミジュアに対する越権行為を行い、次にぼくに対して越権行為を行った。投獄するには充分な理由だ」
 つまり、今回のことはカイザーの独断だった、ということに落ち着く。彼一人が余計なことをしたせいで、本当にいろいろと面倒なことになる。
「カイザーを投獄することは問題ありません。彼は陛下の知らないところでいろいろなことをしているようでしたから」
 ゼノビアが言う。そして、いくつかカイザーにまつわる話をした。税の着服、賄賂、任免権を利用した派閥づくり、だが、どれも証拠が出てこず、立件できなかったという。
「報告だけでもくれるとありがたかったな、ゼノビア」
「申し訳ありません」
「いや、いい。相手が宰相じゃ、ゼノビアもやりづらかっただろうしね」
 そして話を区切ると、ウィルザは全員を見回して言う。
「ぼくの予測になるけど、この神殿解放は大陸のためにならない」
 ミジュアが大きく顔をしかめる。
「何故ですか」
「いや、これはぼくの勘だよ。ただ、ザ神が間違いなく神殿解放を命令しているのなら、今から解放令を撤回するわけにはいかないな。それをやればぼくは間違いなく王の座を剥奪される」
 だが、その危険を覚悟でやるべきなのかもしれない、と思う。
 そしてこの状況に陥れたのは何者か、ウィルザには既に予測がついていた。

 ケイン。

 あの男が必ず、今回の件に絡んでいるはずだ。
「神殿の解放がどのような影響をもたらすことになるか、それは分からない。だが、何事も慎重に行うにこしたことはない。今後、神殿が発見されたならまずぼくに報告。勝手に神殿を解放したりしないこと」
 そうしてその御前会議は終わった。
 だが、それでも『神殿の解放』は止まらないだろうとウィルザは考えていた。
 神殿解放令を受ければ、ザ神の神官は解放を行うだろう。
 各地の神官に対して、解放は必ず王の立会いのもとで、などの条件を送り付けなければならない。
(まったく、カイザーめ)
 余計なことをしてくれたおかげで、仕事ばかりが増える。
 今年はさらに、大きな問題が起こるというのに──







第二十五話

ガラマニア戦争







 年も暮れに近づいた十一月。ついに、その報は来た。
 寒波来る。ガラマニアに襲来した寒波は食糧難に陥れることになる。
 そして、ガラマニアの中で内乱が起こる。はずだった。
『歴史が変更された』
 その世界記の言葉に、意を決して世界記を読む。

814年 ガラマニア戦争
寒波による食糧難にみまわれたガラマニア王ガイナスターは、突如アサシナに侵攻を開始する。


「なんだって!? ガイナスターがガラマニアの王だって!?」
 うかつだった。
 考えてみれば、隣国の王くらい調べていてしかるべきだったのに。
 とはいえ、まさかあの男が。
『邪道盗賊衆もガイナスターの配下の兵だったのだろう』
「相手がガイナスターとなると……」
『お前が直接ガラマニアに行くしかあるまい』
 下手な相手を送り込めばその場で戦争を申し付けられて終わりだ。
「確かにあいつのことだ。俺が行くしかないか……」
 だが、そうなると今回の旅はドネアに告げていくわけにはいかない。それに因縁があるミケーネも連れていくわけにはいかないだろう。
(ゼノビアを連れていくか。さすがに一人でガラマニアに行くのは危険がある)
 そして、急遽ガラマニアへの旅が決定した。
 国政はエルダスと、その下に若い者たちが育ってきている。カイザーに隠れて活躍する場所がなかった者の中にも充分に使える人材はそろっていた。というよりも、このときを見越してウィルザが育ててきたのだ。
 今のアサシナであれば自分がいなくても大丈夫だ。
 そう見越して、ウィルザはゼノビアを伴い、ガラマニアへと向かった。






 冬のガラマニアは寒い。そういえば、ドネアを迎えに来たときも冬の前だった。
 どうにもこの気候だけは馴れることができない。
 アサシナの王が来る。それは本来、大騒ぎになる事件である。それこそこの王宮では、アサシナに宣戦布告する準備が整えられているのだ。
 そもそも、何の前触れもなく相手国の王が来るなど、常識的にありえない。
 が、常識のなさではその数段上をいくガイナスターである。あっさりと政庁へ通された。あっけないほどだった。
「ガイナスター」
 国王の装束をまとった男がそこで一人、自分を待っていた。
 相手も自分のことは当然分かっていただろう。聡い男だ。
 彼の格好も、自分の格好も、あの時から随分と変わってしまった。お互いに王として、それぞれの国を守っている。
 だが、彼に出会ったのはもはや八年以上も前だ。
 もしかしたら自分のことなど覚えていないかもしれない。
「ほう、驚かんのか?」
 だが彼は、自分のことを覚えていた。
 彼と行動を共にしたのはたったの数日だというのに。
 思えば、不思議とこの男には人望があった。
 そして自分も、この男を非常に好んでいた。
 一度は殺された相手だ。
 だが、それでも。
(ぼくは、ガイナスターを信頼していた)
 あのサンザカル坑道でも、無事に逃げ延びてほしいと願った。
 そして今、こうして自分の前に、敵として、燦然としながら立ちはだかる。
「私がガラマニアの王だと知っていた。お前の予言の力というわけか」
 その通りだ。世界記によってそのことは知っていた。調査の結果というわけではない。
 それよりもドネアの件に触れてこないというのはどういうことだろう。
 もはやいないものとして、ガイナスターの中では処理されているのかもしれない。
 そしてもちろん、ウィルザもドネアを交渉の道具になど使うつもりはなかった。
「ガイナスター。君に話があって来た。アサシナを襲うことをやめてくれないか?」
「俺の行動もお見通しというわけか。まったくやりにくいな」
 不敵に笑う。こんなところも昔と変わらない。
 ただ、お互いに年だけが変わっていた。それに、歩んできた道のりもだ。
「ガイナスター。今、ぼくらは戦争をすべきではない!」
「俺の知ったことではない。とっとと帰って戦争の準備でもするんだな」
 敵国の王が目の前にいる。それでもガイナスターは『帰っていい』と言っている。
「ガイナスター!」
「ガイナスターは今、アサシナを滅ぼすことで頭が一杯なのです」
 と、その時。女性の声が背後から聞こえてきた。
「王妃様のおなり!」
 その時、部屋に入ってきた女性。
 ガイナスターの妻となった人物。
 その蒼い髪を見た瞬間。
 ウィルザの動きは固まった。
「お久しぶりね」
 彼女は、少しだけ悲しそうに笑った。












「ル、ルウ! 王妃? 君が!?」







ガラマニアがアサシナを侵攻するのには理由があった。
それさえなくなれば、ひとまず戦争は先送りにすることができる。
ウィルザはその原因を取り除くため、イライへと向かった。
そう、そこは神殿解放の地であった。

「このイライはルウ様がお生まれになった村だそうですね」

次回、第二十六話。

『イライ神殿』







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