十月。ついに、動きがあった。
 世界記からの連絡。ついに『あれ』が実現に向けて動き出したのだ。

815年 三国会談
ガラマニア、マナミガル、ジュザリアの三国会談がマナミガルで行われる。

815年 反アサシナ同盟
ガラマニア、マナミガル、ジュザリアの三国が反アサシナ同盟を成立させる。


「秘密会議か」
 今年の問題は全てその一点につきる。ガラマニア、マナミガル、ジュザリア。もし三国に攻め込まれたらさしものアサシナも持ちこたえることはできない。
 何故アサシナが狙われるのか。それは単純だ。他の国よりも豊かな穀倉地帯がある。全てはアサシナの豊かさ。それが狙われる原因なのだ。
『マナミガルへ行くのだ。マナミガル、ガラマニア、ジュザリアによる三国同盟の成立でアサシナは危機に陥る』
「今度はマナミガルか。アサシナ軍を動かせないか?」
『それこそ宣戦のいい口実にされる。それに誰がお前の話を信じる?』
「そうだな」
 たとえいつもの予言だとはいえ、ここまで質の悪い予言もないだろう。良い予言を行う者は重宝されるが、悪い予言をする者は弾圧されるのが常だ。
 せめてゼノビアだけでも連れていけないだろうかと考えたが、ミケーネもゼノビアも出払っていて新王都にいないという状態だ。
(やれやれ。これは一人で行くしかないのか)
 時折、国王が一人で国内を出歩くことは寵臣たちの誰もが分かっていることだ。
 エルダスに『しばらく出る』の一言で、すべてが通るあたり、この国のシステムはもはや国王に依存しない、官僚中心のものとして出来上がっている。
 だが、不正は許さない。好きにやらせている分、報告と連絡と相談、そして確認は充分すぎるくらいに取っている。その意味では、官僚たちにとっては厳しい上司であった。
(この国は大丈夫。ぼくがいなくなっても、誰も困りはしない)
 残り十年。この国自体はもう何も心配ない。
 心配するのは、この大陸だ。
「しばらく出る」
 エルダスが頷き、国王は出陣した。






 そうして、国王は一ヶ月の道のりの先に、マナミガルに到着した。
 その瞬間だった。
『地震が来る』
「地震?」
 何の予告もなく世界記から告げられた内容に、ウィルザはショックに備える。
 一年以上前に起きたあの時と同じ地震が、また大陸を襲った。
「この地震は、まさか」
 そう。記憶にある。
 局地的なものではなく、グラン大陸のすべてが震えるような地震。
「馬鹿な。必ず、ぼくに報告しろと言ったのに」
 ぎり、とウィルザは歯をかみしめた。

815年 ドルーク神殿解放
ドルークの神殿に封印が発見され、ただちに解放される。しかし残りの神殿はいまだに発見されない。


『ドルークの神官が勝手に封印を解放したようだ』
「ドルーク? リザーラさんが?」
『いや。彼女は国王に逆らうような存在ではない。たとえ封印を解除したいとは思っていても、必ず国王へ報告があるだろう。おそらくは、もっと下の神官たちだ』
「やれやれ。官僚たちはいくらでも律することはできても、神官たちまでは無理ということか」
『仕方がないな。ミジュアに人望があったとしても、それはザ神の恩恵を背後に見るからだ。そのザ神の命令で封印を解放しろと宣託がくだっているのなら、国王への報告義務などあってないようなものだ』
「くそっ!」
 ウィルザは毒づくが、とはいえ封印が解かれたからといってすぐに何かが変わるわけでもない。
 この二つの封印が解かれたことで、どのような影響があるのかをこれからじっくりと調査すればいいだけのことだ。
「なら、早速マナミガルの王宮に行こう。今はできることをしないと」
 だが、ここで一つ問題がある。
 女王のエリュースは自分の王宮を女だけとし、男の出入りを完全に厳禁としている。
 その情報は前から知っていた。そこで、何かいい方法がないかと情報集めに街中をいろいろ歩き、人々の話を聞く。
 こういう場合、一番情報を手っ取り早く集めるなら酒場と相場は決まっている。
 少し薄暗い酒場でカウンター席につき、軽くカクテルを頼む。
『王宮に入れるのは女のみ。誰か女の体を借りるのだ』
「借りる?」
『一時的に借りるのだ。短い間なら可能だ。あの女傭兵なら何とか入れそうだ』
 カウンター席の一番奥についている、金髪に赤い鎧を着込んだ傭兵。
 他にもマナミガルの女騎士たちがそこらに座っていたが、彼女だけは何かが違った。
 それは傭兵だとかそういう問題ではない。彼女の持つオーラ。強く、たくましい圧倒的な存在感。
 それを強く感じたのだ。

バーキュレア
各地の戦場で名を馳せた女傭兵。主にマナミガル王国軍にその力を貸す。


 ウィルザはその女性の隣の席につく。
 やってきた男を、その女傭兵がなまめかしく見つめてきた。
「何か用かい?」
「ああ。君に頼みがあるんだけれど」
「あたしは傭兵だ。頼みがあるんなら一万。用意できるかい?」
「まあ、それくらいなら」
 それどころかその程度ですむなら安いくらいだ。
「ちょっと、一緒に来てもらえるかな」
「ああ、いいだろう」
 そうして酒場の個室を示す。このような酒場でもきちんと仕切りのある個室は用意されている。
 重要な話だと察したのだろう。バーキュレアはウィルザに誘われるままにその個室へと入る。
 扉が閉まった瞬間、世界記からまばゆい光が発せられ、彼女の意識は闇に吸い込まれた。
 そして、ウィルザの体から赤い光が飛び出し、バーキュレアの体に吸い込まれていく。
 完全に同化して、バーキュレアの目が開いた。
「よし、急ごう」
 バーキュレアとなったウィルザはそのまま真っ直ぐに王宮を目指した。
 彼女は王宮にも顔が知られているらしく、門番たちも「どうぞお入りください」と顔パス状態だった。
「どうぞ若い騎士たちに稽古をつけてやってください!」
「ああ、また今度ね」
 さすがにそんな時間はない。酒場ではウィルザの体が待っているのだ。







第二十七話

反アサシナ同盟







「あら、バーキュレア」
 それは、バーキュレアがよく知っている顔だった。とはいえ、もちろんその体を操っているだけのウィルザには知る者は一人もいない。だが、名前だけはアサシナにも伝わっている。騎士団長カーリアの部下四天王、アムニアム、グナンテ、エルメール、ベーチュアリ。この四人がいるからこそ、マナミガル騎士団は機能していると言っても過言ではない。
「急用だ。ここにガラマニアの使者はいないか?」
 ウィルザは不敵な笑みで尋ねる。おそらく、女傭兵の立場からすれば、それくらいの方がちょうどいいと考えたためだ。
「いるにはいるが、急用なんだな」
「ああ」
「お通りください」
「ありがとう」
 そうしてウィルザは王の間に通される。そこにいたのは。
(ルウ!)
 ガラマニアの使者が顔見知りであったことに驚く。
「あなたは?」
 突然入ってきた人物にも動じず、ルウは静かに尋ねてきた。
「ルウ、そうか。ガラマニア代表は君か」
「なぜ、私を知っているの?」
 ルウの質問には答えてやりたい。だが、それよりも今は急を要する。
「ルウ! 反アサシナ同盟の会談はもう終わったのか!」
 厳しい口調で話し掛けると、彼女の目が細まる。
「どうやらあなたはアサシナの間者らしいわね。ウィルザの命令で来たというわけね」
 まずい。
 あまりにも質問が急すぎた。というより、ルウがあまりにもアサシナに対して敵意を持っている。
 いや、ウィルザに、と言うべきか。
 だが、ルウは冷たい表情にはなっても、情報は伝えてくれた。
「もう遅いわ。マナミガルでの会談は目くらましよ。本当の会談はガラマニアで行われているわ」
「ガラマニアで!?」
 それは予想外の出来事だ。
 何しろ、世界記の中では反アサシナ同盟はマナミガルで結ばれることになっているのだから。
「直前になってエリュース女王から申し出があったの。それに、あの黒い服の予言者が」
「黒い服の予言者だと」
 ケインだ。間違いない。
 どうやら彼も自分と戦うため、本格的に動き出したようだ。
(神殿を解放したとたんにこれか。どうやら、ずっとぼくに神殿解放を行わせたかったようだな)
 つまり、準備が整ったということなのだろう。だが、もしも彼が──このグラン大陸にとって害となるのなら、倒す。
「あなたを見逃してあげる。早くアサシナに帰って、このことをあなたの王に伝えることね」
 まだ。
 彼女は、ウィルザを──いや、トールを。
「ルウ」
 この体でなければ。
 トールの体のままなら、話したいことがある。
 だが。
「まさかアサシナのスパイだったとはな」
 そこへ五人の騎士が入り込んできた。
 四人は先ほどの四天王。そして、その後ろに控えている女性騎士。
 それが、この国の騎士団長だ。

カーリア
マナミガルの騎士団長。エリュース女王の信頼が厚い、義理堅い性格である。


 五人の騎士が一斉に銃を構える。
「フレイム!」
 だが、ウィルザは素早くザの魔法を唱えると、マナミガル騎士団を打ち倒す。
「くっ、やるな。さすがバーキュレア。ザの魔法まで使えたとは」
 カーリアが剣を抜いてかまえる。部下たちがやられた以上、自分が責任をもって止めるしかない。
 そのとき、
「カーリア騎士団長! 待ってください!」
 ルウが声を挙げて制する。
「ルウ様」
「今、アサシナと戦争をおこしてはいけません!」
「しかし!」
「お願いです! 私はアサシナ王を知っていますが、決して自らの野望で戦いをする人ではありません! あなた! 早くアサシナに帰ってあなたの王に伝えなさい。三国軍はもう動き出します」
 やはり、ルウは。
 トールという、今は亡き青年を追いかけていたのか。
 ガイナスターと出会ったのは、きっと彼女にとっては幸福。
 だが、彼女の中では永遠に失われた存在である、トール、という青年を忘れることはできないのだ。
「何とか止めなければ。今大きな戦争を起こせば、この世界は大変なことになる」
「お前に聞く。アサシナの王は戦争を望んではいないのか?」
 カーリアが不審そうに見る。
「そうだ。今この世界は国同士の戦争などよりもっと大きな危険が迫っているのだ。全ての滅亡、というな」
「アサシナ王の狙いは、ザ神の力を使ってすべての力を手に入れることだ!」
「そんなことはない! 何とかこの世界を救いたい! そのためには見極めなくてはいけないんだ。ザの神のことを。そしてゲの神のことを!」
「……」
 カーリアは悩んでいたが、やがて道を譲った。
 傭兵バーキュレアの名、そしてルウという賓客の要求に答えた形なのだろう。
「急ぐのよ! アサシナの王に、このことを伝えて!」
 ウィルザは頷き、そして王宮を出た。






「いったい私は」
 酒場で目を覚ましたバーキュレアは、何だか頭の中がもやもやするのに苛立ちを隠せなかった。
「お前いったい? 仕事の話ってのは?」
「いや、もうすんだよ。ありがとう、それと、ごめん」
「?」
 バーキュレアに『約束』の一万を渡し、酒場を出る。
 一応、王宮から出る際に「この格好はこの王宮に力を貸している傭兵の姿を借りた。自分は本物のバーキュレアではない」ということだけ言い残してきた。
 それでも、カーリアからアサシナのスパイとして疑われるだろう。だから謝ったのだ。
(さて、どうすればいい? 今からガラマニアに向かっても間に合わないし)
『とりあえずアサシナに帰るしかあるまい』
 後手を踏んだ、とウィルザは後悔する。もっともケインの行動を読むことはできない。何しろ世界記の裏をかいてくる男なのだ。
「そうだな」
 と、マナミガルから出ようとしたときだ。
「何だ?」
 ケインとは違う、アサシン。黒装束の男たちがウィルザを取り囲んだ。
「いつわりのアサシナ王よ、いつまで無駄なことを繰り返すつもりだ? 世界の滅亡は既に定まりしこと、おとなしく運命を受け入れることだ!」
 黒装束たちは、全部で三人。
「お前たちは何者だ」
「我らは『破滅記』に従う者である。警告する。これ以上、歴史の流れに逆らうな。いいな」
「待て!」
 黒装束たちはそのまま立ち去っていった。どうやら、まだ、戦うというつもりはないらしい。
 直後、
『歴史が書き換わった』
 何の前触れもなく、世界記からの予言があった。

815年 ガラマニア大地震
突如ガラマニア東部地方に大規模な地震が襲う。

815年 ガラマニア軍撤退
アサシナに侵攻するためにガラマニア国境付近に集結していたガラマニア軍は地震による混乱により撤退する。


『地震が起きた』
「え? 地震?」
 きょろきょろとウィルザは辺りを見回す。
「地震なんて起きてないぞ」
『ガラマニアに地震発生。かなり大きい』
「ガラマニアに!」






 ──その地震が何故起こったのか。
 そして、その地震が今後、何をもたらすのか。

 歴史は、不確定なまま、何も見えない。

 世界滅亡まであと九年。







ガラマニアの大地震は、集結していたガラマニア軍を壊滅させる。
グラン大陸を守るために、ウィルザはガラマニアへの援助を決定する。
だが、世界の歴史は急に加速を始める。
歴史の流れは、ウィルザに何を見せるのか。

「我が国はガラマニアを援助する」

次回、第二十八話。

『約束の五年目』







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