結局、ウィルザは奮戦もむなしく捕らえられることとなった。
 たとえ敵とはいえ、彼らはアサシナの騎士。この国と大陸を守る者たちなのだ。殺さないように手加減をしなければならないこと、そして手加減をしてこの状況を切り抜けられるはずもないこと、それは両方とも分かっていたことだった。
 そして、ウィルザはついに剣を弾き飛ばされ、そして騎士たちによって組み伏せられる。手を縛られ、逃げられないようにして連れていかれる。
 どこへ行くのかと思えば、ザ神殿だった。
 ミジュアの姿はない。おそらくミケーネたちと同様、この場から離されていたのだろう。
「ケイン様、連れて来ました!」
 カイザーが意気揚々と告げる。
(ケイン、だと)
 半ば予想はできていたことだった。
 だが、改めて目の当たりにすると、まさか、という気持ちが後から湧き出てくる。
(こいつの仕業だったのか)
 誰かが糸を引いているのは分かっていた。そして、その最有力候補にこの男がいたのは考えればすぐに分かったこと。
 うかつだった。
「ケイン! 貴様!」
 くってかかろうとするが、左右の騎士に剣をつきつけられる。
「残念だよ、ウィルザ」
 黒ローブのケインは、かすかに見える口元をかすかに微笑ませて話しかけてきた」
「君には消えてもらわなくてはならない。君は少々めざわりだからね」
「くっ」
 歴史に逆らうな、と常に警告をしてきた相手。
 そう、歴史に逆らうなとは、歴史通りに大陸を破滅させろ、という意味だ。
 だとすれば、この男の目的は非常に単純。
 アサシナは当然のこと、このグラン大陸全ての崩壊。
(くそっ、どうすることもできないのか)
 と。
 かすかに、自分の縄が緩んでいるのが分かった。
(結び目が、ゆるい……?)
 かすかに目を上げると、右側にいた騎士と視線が合う。
 そう。この騎士は、自分を縛り上げた騎士。
 その騎士が、何も言うなと視線で訴えてきている。そして、騎士たちは何も言わないまま、ザ神殿を出ていった。
(やれやれ。カイザーも、つくづく人望のない)
 まさか敵の中に、自分の味方をしてくれるものがいるとは思わなかった。
 だが、今すぐにでも活動できることを悟られてはならない。
「ではケイン様、私はこれで。それから私をアサシナの王にしていただける件は、よろしく」
 カイザーもまた、ウィルザを引き渡すとザ神殿を出ていこうとする。
 だが、ここまでだ。
 カイザーの反乱は、失敗に終わる。
「何のことかな、ネズミめが」
 ケインが愉快そうに言う。
「なんだと、貴様!」
 カイザーが振り返り、憤りを露にする。が、それも一瞬のこと。
「消えろ!」
 ケインが右手を差し出すと、そこから光が浴びせられ、カイザーの左胸を貫いていた。
「ば、ばかな」
 ごふっ、と血を吐き出す。
 心臓が失われては、脳死に至るまでおよそ十数秒。
 膝から崩れ落ちたカイザーが死ぬまでの時間、神殿の中に何の音もなかった。
「ネズミが欲を持ちすぎるからだ」
 ケインが言う。だが、みじめに亡くなったカイザーを、ウィルザは笑う気にはならなかった。
 彼は浅はかだったとはいえ、自分の願いをかなえるために、命の限り戦った。
 その結果の死となれば、たとえそれが本懐を遂げていなかったのだとしても、本望ともいえるのではないか。
「お前もだ、ウィルザ!」
 ケインの右手がウィルザに伸びる。
「ケイン!」
 だが、その瞬間ウィルザはその拘束を解いた。そして、咄嗟に飛び退く。
「なんだと?」
「ケイン、この場でお前を倒し、この大陸を混乱を静めて見せる!」
「馬鹿め。丸腰でどうやって『我々』に勝つつもりだ! 黒童子!」
 そのケインの周りに突如現れたのは、あの黒装束たちだ。それも、三人。
(やはり、つながっていたのか)
 それもケインが指示を下す側で、黒童子はその実行部隊といったところか。
 一対四。
(だが、負けられない)
 武器がないのなら、術がある。
 劣勢ならば、ひたすら攻撃を繰り返し、守勢に回らないことが肝要だ。
「ビーム!」
 ケインを中心とする場所めがけて魔法を唱える。が、黒童子たちは素早く分散する。
 右、左、正面。三方向から迫ってくる黒童子の攻撃をどう回避するか。
「ラニングブレッド!」
 業火の魔法を唱えてその侵攻を止めようとする。だが、それでも黒童子たちは怯まない。その炎を潜り抜けて、アサシンダガーで切りつけてくる。
「くっ」
 一人目の剣を回避する。だが、
「ぐっ」
 そのダガーで腕を裂かれる。そして──最後の一人のダガーが、自分の喉下につきつけられた。
 勝負にならなかった。
「うっ、く……」
 ここまでか。
 だが、まだケインたちは自分を殺すつもりがないらしい。
 何故?
 その疑問は、すぐに晴れることとなった。
「さて、ウィルザ王よ。俺はあまり目立つことが嫌いでね」
 ケインはローブの下の唇を、にぃっ、と吊り上げた。
「お前の体をいただいて、これからは俺がアサシナの王となろう」







第二十九話

約束の未来







「な、んだ、と……?」
 ケインが、アサシナの王となる。
 それはつまり、この死んだトールの体を、自分ではなく、ケインが操るということだ。
 そして、中身が入れ替わったことなど、他の誰も気づかない。
 気づかないまま、ケインがこの大陸を破滅に導く。
 それだけはさせられない──
「これからは俺が歴史を元通りにしてやるさ。さらばだ、ウィルザ」
「ぐわあああああっ!」
 だが、ケインの衝撃波を受け、ウィルザの意識が、体から徐々に離れていく。
(駄目だ、この体を奴に渡すわけにはいかない!)
 この体には、大陸の未来がかかっている。
 ミケーネやゼノビア、ミジュア、そしてドネア。みんなの期待がかかっている。
 大陸の未来を確かなものにするために。
 渡さない。
 この体だけは、絶対に渡さない。
「見苦しいぞ、ウィルザ!」
 さらに強大なエネルギー波が放たれ、そんなウィルザの願いもむなしく、その体からあの『赤い玉』がはじき出される。
 と同時に、ケインの体が崩れおち、逆にウィルザの体が自分の体を確かめるように、何度か自分の手を開いたり握ったりしていた。
 そして『ウィルザ』は笑い出し、徐々に声を高めていった。
「フフフ、ハハハハ! 俺はウィルザの体を手に入れたぞ!」
(くそっ、ケイン!)
 赤い玉が自分の体を取り戻そうと『ウィルザ』目掛けて突進する。
「なんだ、まだ生きていたのか? 消えろ!」
 その『ウィルザ』の体からビームの魔法が放たれる。その直撃を受けたら、たんなる精神でしかない赤い玉は消滅する──
(っ!)
 が、その魔法が届く直前、世界記の力によって魔法がかき消された。
『逃げるぞ、ウィルザ』
(だが!)
『ここで戦うのは得策ではない。死ぬつもりか』
(くっ)
 赤い玉はやむなく青い玉──世界記と共に、その場から消えた。
「おのれ……しかし、これで我が主を呼びやすくなったわ、ハハハハハ!」
 ザ神殿には、ケインの哄笑だけが、残っていた。






 暗い空間を、赤い玉と青い玉が進んでいく。
 なんとかケインの攻撃を逃れはしたものの、自分たちは敗残者だ。まずは無事に生き残れる場所までたどりつかなければならない。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
 みじめだ。
 自分の体を奪われ、その体をいいように操られる。
 もはや自分は王ではなく、ドネアやミケーネと言葉を交わすことすらできない。
『ウィルザよ、お前の体はケインに奪われた』
(こんなことでは、ケインにアサシナをいいように操られてしまう!)
 だが、そんな赤い玉に対し、世界記は冷たく答えた。
『大陸の未来よりも、王位を奪われたことの方が悔しそうだな』
(……)
 赤い玉は、何も答えることができなかった。
 そうだ。確かに、世界記の言う通りだ。
 自分はこの王という場所の居心地がよくて、ミケーネやドネアから得られる信頼が嬉しくて。
 いつしか、そこを自分の絶対の場所だと考えるようになってしまっていた。
 ドネアの想いに答えるようにしたのもその一つ。
 自分には、そんな願いなど許されているはずがないというのに。
 最初からそれは、分かっていることだったのに。
(世界記)
『どうした』
(ぼくは、間違っていたのか)
『歴史に間違いはない。事実かそうでないかの違いだけだ。お前がドネアと結婚すると決めたのなら、それも一つの選択だっただけのことだ。だが、もう遅い』
(ああ)
 世界記は慰めてくれているのだ。
 人間味などまるでなく、ただ命令だけをくだすこの青い玉は、いつしか自分と同じように、人としての感情をわずかながらに持つようになっていたようだ。
『お前がまだこのグランの世界を救う気があるのなら、別の体を探すしかない』
 当然、答は決まっていた。
「もちろんだ」
 ケインと戦う。そして、大陸を救う。
 それが始めから、自分に課せられていた使命なのだから。
『分かった。別の体を探そう」
 そして、二つの意識は、地平の彼方へと飛び去っていった。






 あれからどれくらいの時が流れたのか、ただ待つだけの自分には分からない。
 一年か、二年か、十年か──いや、十年も経ってしまっていたなら、グランは既に崩壊しているだろう。
 きっと、世界記が今でも新しい体を探しているに違いない。
 そして、今度こそ、この大陸を救うのだ。
 何者にも惑わされることなく。
 自分をしっかりと保ち、ただ大陸を救うことのみを願う。

『目覚めよ、ウィルザ』

 ようやく届いた声に、彼はゆっくりと目を覚ます。
 彼の目に、見慣れない景色が入ってきた──









 世界滅亡まで、あと八年。







王位を奪われた彼は、世界記の力で新たな体を得る。
ドネアやミケーネとはもう話すこともないだろう。
だが、絶望などしている場合ではない。
目覚めた先では、既に大陸の崩壊につながる事件が起こっていた。

「ねえ、あなた、名前は? 名前なら思い出せるわよね?」

次回、第三十話。

『新たな体』







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