「あ! 目が覚めたのね! よかったわ!」
 突然目が覚めると、まるで見知らぬ家の中だった。
 もちろん王宮などではない。ただの粗末なあばら屋。
 だが、王宮の全てが監視されたような場所と違い、生活感にあふれている。
「あんまり長い間眠ってるから私、あなたが死んじゃったのかと思ったわ」
「ここは?」
 目の前にいる女性も当然見たことはない。とりあえず自分の居場所を確認したかった。
「リザーラ様の家よ」
 だが、返ってきた答にウィルザは驚愕する。
「リザーラの!」
 それはもう、驚く他はない。
 最初に出会ったのはユクモ連絡船。サマンの姉で、非常に美しい女性だったことを覚えている。そして召霊石を使い、船客を全員無事に脱出させたのは彼女の力だった。
 そしてその後も何度か力を貸してもらい、ウィルザにとっても大切な人物の一人となっていた。何より、ドネアがゲ神の呪いを受けたときに助けてもらったのが彼女だったのだ。恩義ある人物である。
 しかしまさか、自分の知っている人物のところにいたとは、どういう偶然だろうか。
 それに。
(この体)
 今までの青色の髪とは違う黒髪。体も以前よりも若干大きい。
 長い間寝込んでいたという割には、筋肉もしっかりとしている。
(前のトールの体より、数段運動機能が優れているぞ)
 よくもまあ、世界記もこれほどの都合のいい体を見つけたものだ。
「リザーラは今どこに?」
「あら、リザーラ様を知ってるの? リザーラ様は今、旅に出てるのよ」
「そうか」
 とりあえず自分の現状を誰かに説明──いや。
(説明して信じてくれるはずもないか)
 自分がウィルザだ、などと説明して信じてくれる人間はいないだろう。
「寝ていたというのは、どれくらい」
『あれからおよそ一年経っている』
 返答は世界記からあった。
(なんだって? そんな! そんなばかな!)
『この体が使えるようになるまで時間がかかった』
(この体は?)
『このドルークの港に流れついていた。痛みがひどかったが再生した』
(そうか……元の体は?)
『ケインに奪われたままだ。今では彼がアサシナの王だ』

816年 三国軍敗れる
新王都を包囲したガラマニア、マナミガル、ジュザリアの三国軍が突如撤退する。

817年 アサシナ帝国建国
三国軍を退けたアサシナ王は、アサシナ王国をアサシナ帝国と改め、グラン大陸各国の帝国への従属を要求する。しかし、ガラマニア、マナミガル、ジュザリアはこれをよしとせず、アサシナ帝国は各国に対して宣戦を布告する。

823年 アサシナ帝国の圧政
アサシナ帝国による圧政は苛烈を極めるが、各国とも既にほぼアサシナ帝国により制圧されていた。


(三国軍が敗れただと? で、状況は? ミケーネたちやガイナスターやエリュース女王は?)
『ガイナスターは行方不明。他の者たちは無事だ。しかし、アサシナ帝国に戦いを仕掛ける力はもうない』
(どうすればいい、これから)
 と、そこへ娘が悲しげな声で話し掛けてきた。
「かわいそうに、記憶が混乱しているのね」
 どうやら、自分が世界記と話し合っていたのを見て、必至にこれまでのことを思い出そうとしていると勘違いしてくれたらしい。
「ねえ、あなた、名前は? 名前なら思い出せるわよね?」
(名前……)
『これからウィルザと名乗ってはいろいろと支障が出るだろう。新しい名前を考えるがいい』
(名前か)
 どうしたものだろうか。
 好きに名乗ればいい。どのみち、もうウィルザの体に戻ることはないだろう。
「名前はレオン」
「レオン。たくましそうな名前ね! ともかく、よかったわ。ちょっと待っててね、今、おかゆを持ってきてあげる」
 言われて気付く。どうやら自分は、相当に腹をすかせていたらしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 娘は嬉しそうに部屋から出ていった。
 その、直後であった。
『歴史が書き換わった』
 これ以上、どれほど悪いことがあるのだろう。そう考えたレオンは、新たな歴史を見て驚愕した。

817年 大神官暗殺
大神官ミジュアが相次ぐ戦争に疲弊するアサシナ各地をザ神殿の視察をかねて歴訪中、ドルークにてゲ神の信者に暗殺される。


「ミジュアが暗殺される? ドルークに来ているのか?」
 ドルークならばまさに今自分がいる場所だ。その歴史は防ぐことができるはず。
『大神官の暗殺は、ザの神を信じる人々に大きな混乱を招くことになる』
「このドルークの神殿が暗殺現場か。防がなければな」






 ミジュアは明日、このドルークに到着するとのことらしい。
 まずレオンは現場を確認することを優先した。もちろん、食事をいただいた後のことだが。
『明日、この神殿の中でミジュアは暗殺される』
「宿屋に泊まって明日を待つか」
 そうして宿屋に入る。チェックインをした後で、何か情報をつかめればと思ってバーに入る。
 同じように大神官が来るということを知った人たちがこの宿屋に泊まっており、何やら大声で話し合っている。
「最近、大神官様はウィルザ様に疎んじられているらしいんだ。今までこんなことはなかった。ウィルザ様は人が変わられた様子で、わけがわからんそうだぜ」
「へえ。まあ、税金も上がる一方だしな。これじゃやってけねえっての。ウィルザ王になってからひどいもんだよな」
「でもまあ、ウィルザ王だろ、あの天使の墓場の壊れた機械を倒してくれたのは」
「あれだって、ユクモでの売上より『街道税』をかけた方が帝国にとって利益が出るからだろ」
(やれやれ。さんざんな言われようだな)
 事実を知らないものは好きなだけ言うことができる。それは仕方がないことだ。
「それより、ドネア姫とは本当に結婚すると思うか?」
(ドネア!?)
 そうだ。
 彼女はいったいどうしているのだろう。無事だろうか。
「さあな。ガラマニアを倒して姫様だってあまり気分がいいとは思えないけどな」
「でも、姫様はウィルザ王に惚れてアサシナに残ったんだろ?」
「それでも自分の国が倒されてんだぞ? おまけにガラマニア王は行方不明。その原因がウィルザ王じゃなあ」
(全くその通りだ)
 ドネア。せめて、彼女に一目だけでも会えれば。
 ──会って、どうしようというのだろう。
 この姿で会って、彼女に何と言えばいいのだろうか。
 愛していると。
 そんな言葉が彼女に伝わるはずがない。彼女はいつだって『ウィルザ』という人物を見ていたのだから。
 レオンはため息をつくと、頼んだ酒を飲み干し、そのまま部屋へ戻った。
 収穫はあった。
 あまり、嬉しくもない収穫だったが。







第三十話

新たな体







 翌日。
 レオンは朝方から神殿で張り込みをしていた。
 ゲ神信者とおぼしき人物はいない。だが、油断はできない。
 かのアサシネア六世が暗殺されたとき、実は傍にひかえていた近衛たちがゲ神信者だったという記憶はまだ新しいものだ。
 ミジュアは殺させない。
「さあ、大陸のためにザの神に祈りを捧げよう」
 ミジュアがアサシナ騎士たちを連れ、神殿に現れる。
 物陰で、その様子をじっと見つめる。騎士たちの中に怪しい素振りをする者はいない。
 ではやはり、どこかに信者がひそんでいるということか。
(殺すならミジュアじゃなくて、ウィルザの方だろ)
 いらいらする。
 自分がこうも思い通りに歴史を動かせないことに。
(国王っていうのは、やっぱり便利な地位だったんだな)
 国王として、自分はどうするべきだったのだろう。
 だが、そんなことを考えている間にも、ミジュアは先へと進んでいく。
「ではみんな、神殿に入ろう」
「ミジュア」
 神殿の物陰から手を上げて声をかけ、近づく。もちろん騎士たちは突然現れた自分に警戒の色を見せる。
「おや? あなたは? どこかでお会いしましたかな?」
「それは──」
 説明をしようとした時である。
 別の方向から現れた一人の男。
「アサシナの大神官! ウィルザにたてつく者よ、死ね!」
「待て!」
 レオンはミジュアとの間に割って入り、剣を構えた。
「邪魔をするな!」
 暗殺者が剣を振ってくる。レオンはその動きを見て冷静に回避する──
(速い!?)
 暗殺者の剣が、ではない。
 自分の体が、だ。
 自分の体はずっと眠っていたはずなのに、どうやら世界記の方で戦える体にまで仕上げてくれたようだ。
(使えるようになるまで時間がかかったって、こういうことか)
 最初に感じた通り、この体は以前のトールの体よりも反応がいい。
 いける。
 レオンは剣を全力で振り下ろした。
「ぐわぁああ!」
 速い。それに、強い。
 一瞬で暗殺者を斬り殺したレオンは自分の強さに感動すら覚えた。
「ふう、何とか暗殺者は倒したな」
「暗殺、だと?」
 突然のことに驚いていたミジュアであったが、険しい顔をして自分に近づいてくる。だが、それを一人の騎士が押し止めた。
「ミジュア様。他にも暗殺者がいるかもしれません。ひとまず神殿の中へ」
「うむ。君もこちらへ来たまえ」
 ミジュアは自分に対する礼を忘れずに付け加える。
(さて、ミジュア大神官にはどこまで話すべきかな)
 レオンは考えながら神殿の中に入っていく。
 前にこの神殿に来たのは、ドネア姫を助ける時だ。リザーラの力でゲ神の呪いを解いてもらった。
 あれからもう、何年が経ったのだろう。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
 御神体の前に自分を招いたミジュアがまず頭を下げた。
「いえ」
 ともかくこれでミジュアの無事は確保された、とレオンが世界記に一度意識をあわせた。

817年 大神官暗殺
大神官ミジュアが相次ぐ戦争に疲弊するアサシナ各地をザ神殿の視察をかねて歴訪中、ドルークにてゲ神の信者に暗殺される。


『まだ危険は去っていない』
 ということは、別の暗殺者がまだいるということだ。
「はて? 君とはどこかで会ったことがあったような」
 むむ、とミジュアが自分の顔を覗き込んでくる。
 確かに身なりは違うが、会ったことはそれこそ数え切れないほどある。だいたい、ミジュアの命を救ったのはこれで二度目だ。
「まったく、よりによって神殿でミジュア様が襲われるなんて!」
「おお、ザの神よ。我らを守りたまえ」
「いや、まだだ。ミジュアを後ろへ」
 レオンは剣を抜いて振り返る。
 神殿に入ってしまえば、ゲ神信者はここまで入ってくることはできない。
 ならば、強硬手段に出るだろう。その程度は予測がつく。
「黒童子か!」
 扉が開いて、二人の黒童子がやってくる。
 この男たちは強敵だ。自分一人で勝てるかどうか。
 そして、その後ろに現れたのは──
「ウィルザ様……!」
 ミジュアが口にする。
 そう。あの忌まわしきトールの体を奪ったケイン。
 その男がそこにいた。
「なぜこちらへ?」
「暗殺者に襲われたそうだな、ミジュア。せいぜい用心することだ」
 国王『ウィルザ』はゆっくりと近づいてくる。
「おそれいります」
「そこのお前」
 ウィルザ=ケインは自分に向かって話し掛ける。そして、にやりと笑った。
「ぼくか」
「そうだ。やっと見つけたぞ」
 見つけた、だと?
 ということはこの一連の動きは、ミジュアではなく自分を狙ってやったものなのか。
「何が狙いだ」
「そんなことは決まりきっているではないか。さあ、世界記を渡してもらおうか!」







世界記は世界の歴史を記録すると共に、世界を守るのが役目。
世界の危機を救うためならば、自らを差し出すことも厭わない。
レオンは抵抗しようとするも、世界記がそれを止める。
そして、世界の命運はついに、彼の手から零れ落ちた。

「そしてウィルザ様……いや、ウィルザを倒す!」

次回、第三十一話。

『失くした未来』







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