ジュザリアは南方の小国である。
 アサシナとの交流は少ないものの、前王妃レムヌはこのジュザリア出身である。そして現王リボルガンはレムヌ妃の兄にあたる。
 そして、レオンにとっては唯一来たことがない国でもある。
「何だ、お前たちは!?」
 王宮の前まで来たとき、門番の二人が槍を構えながら尋ねてくる。
(随分厳戒態勢だな。何かあったのか?)
 アサシナではこんな風に訪れた人たちに対して槍をつきつけるなどという野蛮な行為はしない。
「私は騎士ミケーネ。リボルガン王にお取次ぎ願いたい!」
「ミケーネ! あのアサシナ王都騎士団のミケーネか!? アサシナは我がジュザリアの敵だ! ひっとらえろ!」
 話を聞く間もなくこんな風になるくらい、両国関係はこじれていたというのか。
 正直、レオンには信じられない気持ちだった。
(だいたい、ぼくが国王の頃は自分から戦争を仕掛けたことなんてなかったのにな)
 ガラマニアもマナミガルもジュザリアも、どうしてここまでアサシナのみを敵視するのだろう。
「いや、違う! もはや私はアサシナの騎士ではない!」
「何を馬鹿な! ミケーネといえば王都騎士団の隊長ではないか」
「ともかく、リボルガン王に会わせてくれ!」
「何の騒ぎだ!」
 鋭く、その場を制する声。
(彼か)
 世界記の中で見たことのある人物。
 彼が、リボルガン王。
 既に老人で髪は真っ白に染めあがっているが、眼光鋭く、見るものに畏れを抱かせるような厳君であった。
「陛下!」
「む、ミケーネ殿か」
 リボルガンは入口にいた人物を見て、顔をしかめた。
「リボルガン陛下、お話が。私は既にアサシナの騎士ではありません」
 国王はくるりと振り返り、その場を立ち去ろうとする。
「陛下!」
 その声に何を感じたのか。
 リボルガンは歩みを止め、小さな声で答えた。
「お通ししろ」
 ミケーネの顔が輝く。
「ミケーネ殿。こちらへ」
 そのままリボルガンは王宮の中へ進んでいく。二人はほっと胸をなでおろすと、兵士に連れられてかなり広めの部屋に導かれた。
 そこに既にリボルガン王と、一人の蒼い髪をした姫が座って待っている。
「リボルガン陛下!」
「騎士ミケーネ。久しぶりだな」
 その鋭い眼光が一瞬和らぐ。そういえばリボルガンとは既知であるとミケーネが言っていたが、どうやら真実のようだ。
「確か、ジュザリアにはクノン様がおられると思いましたが」
 ミケーネが再会の挨拶も束の間、かつて自分が仕えた人物の名を出す。
(そうか、クノン──ぼくは、彼の信頼も裏切ってしまったのか)
 別れた時はまだ四歳だった王子。だが、彼の気品はまさに一国の王に相応しいものだった。
 順調ならば今年十一歳になっているだろう。きっと、健やかに成長されているはずだ。
「奥におる。クノン!」
「はい!」
 現れたクノンは、まさに立派に成長していた。
 もともと血が近いこともあり、どことなくリボルガンに似てなくもない。親子でも充分通用するだろう。
 細面で金色の髪、王族の服を纏った彼の姿は立派な王子の姿だった。
「クノン様! 大きくなられて」
「ミケーネ。アサシナは大変そうだな」
 そしてあの優しい微笑み。
 下のものを労わることができる王者の笑みだ。
「はい。ウィルザ様はまるで人が変わったようで」
「そうか」
 少しクノンの顔に翳りが出る。
 彼の知っているウィルザならばそんなことをするような人間ではない。
 だが、今は──ウィルザは、ウィルザではないのだ。
(ケイン)
 怒りがこみあげてくる。
 自分の国を奪った男。
 このアサシナを、そしてグランを、危地に陥れている男。
(何があっても倒してみせる)
「マナミガル峠でクノンの母、そして私の愛する妹レムヌが死んでから既に七年、悲しい事件だったがあの後、クノンの成長は目覚しい」
「あの時、駆けつけてきて私の命を救ってくれたのはウィルザ陛下でした」
 レムヌ妃は助けられなかった。それだけがレオンにとっては悔いの残る事件だった。
「私はアサシナの騎士をやめました。ウィルザ様のやり方には我慢できません」
「私には信じられません。あの優しかったウィルザ陛下が今ではまるで独裁者の様。何かわけがあるとしか」
 理由は、自分ならば知っている。
 だが、それを言ってどうにかなるものでもないし、にわかには信じられない話だ。
(ガイナスターくらいなら信じてくれるかな?)
 それはミケーネやクノンを疑っているというわけではない。人は誰しも、自分の固定概念を砕くことはできないものだ。
 だが、ガイナスターにはその概念がない。もし伝えられる人物がいるとすればガイナスターしかいないだろう。
「アサシナは黒い兵士を主力とした軍でこのジュザリアの領土まで侵し始めている」
「黒童子どもか」
 初めてレオンが言葉を出す。リボルガンがそれをちらりと見る。
「ところでミケーネ、話とは?」
「ああ、そうです。ドルークで誕生の儀式をすませたはずの赤ん坊が死にそうなのです。ジュザリアになら召霊玉があると聞きました。お願いです。ゆずってはいただけないでしょうか」
「ドルークでも!?」
 驚いたのはクノンだ。
「このジュザリアでも同じ様な事が起きているのだ」
「まさか」
「王宮に補完していた召霊玉は全てそれらの子供たちに使ってしまったのだ」
「何てことだ」
 ミケーネは悪夢を見ているかのように首を振った。
「いったいザの神の守護はどうなってしまったのか」
「何とか手に入れることはできないでしょうか」
 レオンが発言すると、リボルガンは少し頭を悩ませるようにして答えた。
「召霊玉を掘り出すサンザカルは当の昔に掘り尽くしてしまった。ルーベルも失われた今となってはな」
「一つだけ可能性があるとすれば」
 クノンが考えながら答える。
「このジュザリアの北にケミヌという村があります。その裏の山の奥で召霊玉が見つかったという噂を聞きましたが」
「ケミヌか」
 ミケーネが力強く頷く。もはや行くことを決めたというような顔だ。
(やれやれ、相変わらずだな、ミケーネは)
 ミケーネがいたから、自分は間違うことなく進んでこられた。
 そう、自分を常に支え、行動させてくれたのはミケーネだ。アサシナを正しい姿たらしめたのは、間違いなく騎士ミケーネバッハの功績なのだ。







第三十二話

二つの再会







「ところで、こちらの姫は?」
 ミケーネが先ほどから何も言わずに座っている女性について尋ねる。
「おお、紹介しよう。こちらはファル。イブスキの姫だよ」
 レオンにはそれが最初から分かっていた。死の海の事件で一度成長したファルには会っている。
 ファルも綺麗になっていた。どこからどう見ても一国の姫として相応しい姿になった。
「ではイブスキ王子の?」
「そう、妹だ。これの兄から預かったものだ」
「イブスキ王子とファル姫の母上も、陛下の一族でしたね」
「そう。あの頃はアサシナとの関係を友好に保つのに必死だった。醜い争いで入れ代わるイブスキ王家にはファルの母を、そしてデニケス王家にはクノンの母を」
 リボルガンにとっても二人とも血のつながりのある人物である。思い返すことは多いのだろう。
「二人とも不幸にしてしまった。クノンとファルも」
「そんな事はありません! だって、こんな素敵なファル姉さんと伯父上がいるのですから!」
 クノンが笑顔で言う。
「ふふ、クノンったら」
 落ち着いた様子のファルが控えめに笑う。
 そのファルに向かって、レオンは軽く頭を下げる。
「ファルさん。イブスキ王子のことは──」
「昔のことです。今は変わってしまったというけど、ウィルザ王もあの頃は優しかった。もう私は誰も恨んではいません。陛下も気になさらないで」
 もしかすると、この二人の孫同然の可愛い子供たちに囲まれたリボルガンという人物は相当に幸せな人物ではないだろうか。
「クノン、ファル……いかんな。年を取ると涙もろくていかん」
(よかった)
 少なくともクノンもファルも、こうして幸せならば何も言うことはない。
 レムヌ妃を助けられなかったことは残念だし、イブスキ王子があのような死に方をしたのもかわいそうではある。
 だが、こうして幸せな生活ができているのなら。
「王位を奪った一族と奪われた王族がこれほどに。時間は恨みも痛みも忘れさせてくれるものなのだな。人は、変われるのだな……」
 ミケーネが感慨深く言った。
 そう、人は変わる。
 あの『ウィルザ』王とても。
「ミケーネ。考えていてもしょうがない。すぐに行こう」
「そうだな」
 そうして、二人はジュザリア北方、ケミヌの村へと急ぎ旅立つこととなった。






 ケミヌの裏山に忍び込み、ひたすら山を上っていく。
 そういえば、以前にもミケーネと山登りをした記憶がある。あれは、疫病の種を探したときだっただろうか。あの時はゲ神のノヅチがいて──
(そういえば、ゲ神がぼくを意識しているというのは、何だったんだろうな)
 ふと、そんなことを思う。
 そして、そういう時に限って、物事というのは起きるものなのだ。
「何者だ?」
「くそ、ゲの神か!」
 そこにいたのは、ゲ神の竜。
 だが、血気にはやるミケーネと違い、竜はいたって冷静で、こちらを見定めようとしているかのようだった。
「ミケーネ、待ってくれ。ぼくが話をしてみる」
「……レオン?」
 言い残したレオンは竜に近づく。やはり、近づいても攻撃はしてこない。
「ゲの神よ」
「何者だ、貴様らは」
「我々はお前と争うつもりはない。召霊玉を取りに来ただけだ」
「貴様も、奴らの仲間か」
 だが、召霊玉という言葉に反応して、竜が突如怒りを見せた。
「待て!」
 だが、ゲ神の竜はその巨体で立ち上がると、大きく息を吸い込む。
「避けろ、レオン!」
 ミケーネからの声が飛ぶ。咄嗟に飛びのく。そこを竜のブレスが通り過ぎていく。
「待て! ぼくらは別に誰の仲間でもない!」
「笑止! 召霊玉を取りに来たのが確たる証拠!」
 続けて鋭く前足を振って攻撃してくる。だが、今のレオンにはそれすら速くはない。
 ウィルザの時よりも、数段早い足さばきと力強さ。
(世界記。お前の残してくれた置き土産は最高だよ)
「ビーム!」
 ミケーネのザの魔法が竜をとらえる。
「ぐ、う」
「竜よ!」
 鋭く踏み込み、剣を竜の喉元にあてた。
「我々は、争う気はない。召霊玉を求めてきただけだ。この山のどこかにあるのなら、教えてほしい!」
「……黒い、人間の仲間か?」
「黒い……黒童子のことか? ケインがここに来たのか?」
 竜も、忌々しそうに答える。
「我らがゲの王を探していた。しかし、奴らに分かるものか」
(そういうことだったのか)
 竜が途中までじっとしていたことも、そして突然攻撃的になったこともそれで分かった。レオンは剣を収めると竜に無防備な背をさらしてミケーネに振り返る。
「れ、レオン!」
 さすがにその行動にミケーネも気が気ではなかったようだ。
「大丈夫だ、ミケーネ。このゲ神は黒童子との戦いで傷ついているらしい」
 堂々としたその態度を見ていた竜が、驚いたような声をあげた。
「お前! お前はかつて、我らが王に会っているな! そして、その力を受けている!」
「うん?」
 竜が少し近づこうとしてきたので、逆にレオンから近づく。傷ついているのだから、自分から近づいた方がいいだろうと考えたのだ。
「召霊玉がほしいと言ったな。くれてやるぞ! そのかわり、あの男を追ってくれ! あやつは黒い人間を引き連れて、緑の海の奥に向かった! あそこには、封印の神殿がある」
「封印の神殿! 緑の海にあったのか!」
「あの神殿を解放してはならぬ。神殿が解放されれば、我らは滅びるだろう。しかし、滅びるのは我らだけではない。お前たちがザ神と呼ぶものどもも滅びることになる。そう、全てが、滅ぶことになるだろう」
(そう、か)
 神殿の解放は、ザ神の力を高めるものではない。
 ザ神、ゲ神の力を共に、弱めるものなのだ。
「よいか、あの男を倒し、我らが、王に会うのだ……」
「竜!」
「我らが、王は……森……石像となって……」
「消えて──」
 徐々に竜の姿が薄れていく。
 そして、そのあとに残ったもの。
「これは! 召霊玉!……そうか、召霊玉とはゲ神の死骸だったのか。皮肉なものだな。ゲ神の死骸でザ神や天使が動くとは」
「とりあえず、ドルークへ戻ろう。あの赤子を助けるのが先だ」
 そう。
 緑の海に行ったケインは気になる。
 だが、助けられる命を助けるのが先だ。
『あなたの前に道はあります』
 アルルーナもそう言った。
 だから、自分は信じた道を行くだけだ。







レオンとミケーネは召霊玉を手にドルークへ戻ってきた。
ただちに行われる儀式。助かる命に、自分の使命を再確認するレオン。
そして、国王ウィルザへの不満はすべて、このリザーラの家に集結する形となる。
現王に不満を持つ戦士たちが、ここに顔をそろえることとなった。

「今の陛下は、本物の陛下ではありません」

次回、第三十三話。

『勇者、集結』







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