「召霊玉は!?」
 ドルークの赤子の家に入るなり、リザーラがその所在を尋ねる。
「手に入れた。これだ」
「これで助かるわ」
 召霊玉を手にしたリザーラは心から嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「大いなるザの神よ。この嬰児の生命に新たなる力を与えたまえ。ザの神よ、この嬰児に宿りたまえ」
 そして、召霊玉が光り、砕ける。
「どう、お姉ちゃん?」
 隣に座っていたサマンが尋ねた。
「これで一安心」
「そう、よかったわ!」
 サマンがこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべる。
 それを見たレオンが一息つき、反対を向いた。
「レオン、どうした?」
 そのレオンにミケーネが声をかける。
「いや、何故ぼくがここにいるのか、それを思い出しただけさ」
「そうか」
 そうだ。
 やはり自分は間違っていない。
 大陸を救いたいのなら、一人の命も犠牲にすることはできない。
(ぼくは、絶対にお前を倒してみせるぞ、ケイン)
「で、これからどうする?」
 ミケーネが尋ねてくる。一段落して、これからの指針は何もない。
「ウィルザが緑の海の奥にある最後の封印を見つけて、その解放に向かった」
 レオンがそう言うと、リザーラが顔をほころばせる。
「まあ、最後の封印が? 素晴らしい! それが解放されれば、ザの神の本当の力が現れる時が来たのですね」
 喜ぶリザーラとは対照的に、レオンは顔をしかめる。
「リザーラ、ぼくは……封印の解放がすべての解決につながるとは思えなくなっているんだ」
「レオン?」
 おそらく、自分の考えに間違いはない。
 あのゲ神の竜が言ったとおり、封印とは、ザの神の力が封印されているのではない。
 もっと禍禍しい。
 そう。*神。
 ザの神ともゲの神とも違う、もっと別なものがそこにあるのだ。
「あなた、一体」
「ケイン──いや、ウィルザの行動も気になる。だからその最後の神殿に行って確かめたいんだ」
「私も一緒に連れて行ってください」
 リザーラが小さな右手を握り締めて言う。
「私も、ザの神の本当の姿を確かめたいんです」
 彼女も、今回のこの問題についていろいろと思うことがあるのだろう。真剣な表情だ。
「分かった。一緒に行こう」
「それから、私の家に立ち寄ってください。何故だかいろんな人たちが集まっているのよ。あなたの力になってくれるかもしれない」
「いろんな?」
「そう、いろんな」
 言っている意味は分からないが、とにかく行かなければならないようだ。
 それに、仲間が多いことにこしたことはない。
 サマンをその赤子の元に残し、三人はリザーラの家に行く。

 そこは──まさに、豪華キャストの揃い踏みだった。

「なんだ?」
 これは、夢でも見ているのか。
 手前に腰かけているのはマナミガルの騎士団長カーリアで、その隣に立っているのが傭兵のバーキュレア。反対側にはクノン王子とファル姫、それに大神官ミジュアがいて、そして通路側にはゼノビア。そして、その隣。
(ドネア!)
 この一年で、すっかりと暗い影がついてしまったドネア姫の姿があった。
 そのドネアと目が合う。にっこりと笑った彼女は、深くお辞儀をした。
「初めまして。ドネアと申します」
「ぼくは、レオンと言います」
「新王都から抜け出してきました。リザーラ様しか頼る方がなかったので」
(そうか。ドネアとリザーラは)
 あのゲ神の呪いを受けた時に、ドネアはリザーラと面識を持っていた。だから頼ってきたということか。
「そうでしたか。遠路、お疲れ様です」
「私には分かります」
 疲れてはいるようだったが、彼女の瞳は生き生きとしていた。
「今の陛下は、本物の陛下ではありません」
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
 そうだ。
 本物は、ここにいる──
「そう、ですか……」
 隣に立つゼノビアに視線を向ける。ミケーネも、やれやれ、という顔をしていた。
「ドネア様をお連れしてここまで来てしまった」
「まあ、それがお前の役目だからな」
 ミケーネも軽く答える。それに、今の王宮にいたのではいつ寝首をかかれるか分からないという心配もあるのだ。
「ああ。しかし、私もドネア様の言うとおりだと思う。確かに今の陛下はおかしい」
「はい。私も噂に聞く陛下と今の陛下とは違っていて驚いています」
 その会話に入ってきたのはカーリアであった。
「ルウ様の勧めでアサシナ王を助けるためにマナミガルを離れてみたのですが、確かに今のアサシナ王が本物とは思えません。ドネア様についてここまで来てしまいました」
 カーリアがちらりとバーキュレアを見る。
「あたしは傭兵さ。アサシナにはちょっとした関わりがあってね。何でもここのリザーラ様はアサシナ王の知り合いらしいというので訪ねてきたが、どうも今のアサシナは気にくわないね」
 ちょっとした関わり、というのは少し控えめな言い方だろう。何しろ、自分は彼女の体をほんの少しの間、使わせてもらったことがあるのだ。
「ウィルザ様は絶対に偽者です!」
 クノンが大きな声で主張する。
「本当のことが知りたくていてもたってもいられなくてジュザリアから来てしまいました」
「私もです」
 ファルが悲しげな目で答えた。
「私もウィルザ王に会って真実を知りたいのです」
「つまり、みんなが同じ考えだということだ」
 ミジュアが締めくくった。
「私は、みなさんのように戦うことはできません」
 ドネアがその後を続ける。
「でも私は知りたいのです。ウィルザ様の本当のお心を」







第三十三話

勇者、集結







「やれやれ、とんでもないことになったな、レオン」
「全くだ」
 ミケーネが声をかけてきて、少し諦めたようにため息をつく。
「とにかく、ドネア姫にクノン王子、ファル姫、ミジュア様はこのリザーラの家にかくまってもらってください。ゼノビアとカーリアはみんなの警護を」
「はい」
「おい、あたしが抜けてるんだが、レオンとやら」
 バーキュレアが殺伐とした様子でこちらを見る。
「君は傭兵だろう?」
「ああ」
「だったら、ぼくが雇う。ぼくと一緒に戦ってくれないか」
「あんたと一緒に?」
 バーキュレアの強さはよく知っている。これでも一度、その体を使わせてもらったことがあるのだ。おそらく、このレオンの体と互角に戦えるのはミケーネですら不可能だろう。それはおそらくバーキュレアだけだ。
「ま、いいだろ。そういうことなら働かせてもらうさ。そのかわり、あたしは高いよ?」
「前金で一万。終わったら二万」
 それほどの高額を示されて、バーキュレアはさすがに驚く。
「驚いたね。本当に金は持っているのかい?」
「ああ。ほら」
 旧王都に立ち寄った際、国王だった時に隠してあった金を持ってきている。それも千硬貨ばかりで、持ち運びに大変便利なものだった。
 万が一、というのはいつでも考えておくものだ。
「千硬貨が十枚。異存は?」
「ないよ。これほど羽振りのいい雇い主は初めてさ」
 その千硬貨を十枚、しっかり受け取るとバーキュレアはそれをカーリアに渡した。
「あんたたちに預けておく。あたしは充分この男から稼げそうだし、必要があったら使いな」
「だが、バーキュレア」
「いいんだよ。そんなもん持って歩くわけにはいかないさ。これからこっちも色々と入り要になるだろ?」
「すまない」
「いいって」
 その件が一段落すると、レオンはドネア姫に近づく。
 多少かげりは出たが、変わらない、あの時のまま。
(姫に出会ったのは、今から九年前)
 その間、ずっと一人で寂しい想いをさせた。
 自分は八二五年にはここからいなくなる。それなら結婚しない方がいいと思っていた。
 だが、自分の未練でずっと傍に置くことになってしまった。
 彼女が欲しい。だが、彼女を不幸にすることになる。
 ずっとその気持ちで揺れ動いていた。
 だが、結果論だが、こうなってよかったと思う。今のケインに彼女を渡すわけにはいかない。ガラマニアとの戦いのためにどのような使われ方をするか分かったものではない。
 それこそ国王暗殺未遂の疑いを強引にかけ、処刑し、さらにはガラマニア侵攻。そんなシナリオさえ今のケインならば容易く行うだろう。
「不思議ですね」
 ドネアがくすりと笑った。
「何がですか?」
「あなたは、ウィルザ陛下……いえ、昔のウィルザ陛下と同じ目をしていらっしゃいます」
「同じ?」
「はい。ウィルザ陛下も私を見つめるときは、そうして優しく、それでいていつも悩んでいるような様子で見つめられました。私はずっと陛下からお言葉をいただけるのを待っていたのですが……」
「すみません」
「あなたが謝ることではありません」
「そうですね」
 ふふ、とドネアが笑う。
「レオン様。陛下と同じ目をされたお方。どうか、ウィルザ陛下をよろしくお願いします」
 その言葉にどれほどの重みがあるのか。
「分かりました。ドネア姫のために全力を尽くします」
 レオンは騎士が姫に誓いを行う時のように跪く。
(ドネア姫)
 だが、いずれにしても自分は彼女の傍にいることはできない。
 あとこの世界にいられるのはあと八年。
 たった八年間のために、彼女の長い人生を捨てさせるわけにはいかない。
「クノン王子」
 立ち上がったレオンは威厳のある声で彼を見つめる。
「はい」
「ぼくはもしかしたら、ウィルザ王を倒さなければならなくなるかもしれない。その場合は、アサシナを統治するのはあなたの役割だ、王子」
「ですが、僕はもう」
「かつて王子はおっしゃられた。責任を負うのは嫌か、と。今度はあなたの番です。責任を負うのは嫌ですか」
「そんなことは」
「では、この疲弊したグラン大陸をまとめ、導くのはあなたの役割だ、王子」
 その会話を聞いていたゼノビアが目を細める。
「それに、ファル。君もだ。イブスキ王家の者として、クノンを補佐してほしい」
「はい」
「ゼノビアは必ずドネア姫を守ってくれ。君のことは信頼している。君ならきっとドネア姫を守ってくれる」
「……一つ、聞きたい」
「ここでは駄目だ、ゼノビア」
 ゼノビアの質問をとどめてレオンが言う。
「でも、君の疑問には答えておくよ。時が来た。アサシナは大きな混乱に巻き込まれた。今こそ君の力が必要だ。ここにいる王族たちを守りきれるのは君だけなんだ」
「レオン、お前!」
 ゼノビアは食ってかかる。だが、レオンは首を振った。
 信頼、している。
 おそらく、彼女にはもう分かっているはず。
「……分かった。『ウィルザ』陛下を頼む」
 ゼノビアは信じられない、という様子で首を振る。
 そう。
 ここでの会話は、全てゼノビアには分かるように話した。
 ミケーネとも付き合いは長いが、ゼノビアとは当初対立していただけに、色々と思い出も深い。
 そしてゼノビアがドネア姫のために行動している理由。
 それは『ウィルザ』の一言から始まったのだ。

『これからアサシナは大きな混乱に巻き込まれていく。そんな時こそゼノビア、このアサシナには君の力が必要なんだ』

 ドネア暗殺に失敗したときに、彼女に伝えた言葉。
 それを覚えていれば、彼女には自分の正体がもう見えたはずだ。
 そして、それを誰にも──ミケーネにすら伝えていないことから、何か大きな陰謀が裏にあるということを察してくれるはずだ。
「無事で還って来い。お前もこのアサシナ──いや、グラン大陸に必要な人間だ。『お前の言葉には従おう』。それに、つけなければいけない決着もあるのだしな」
 その返答に、レオンは満足した。
「分かった、ゼノビア」
 今の会話は、他の人間には決して分からない。
 自分と、ゼノビアだけの秘密なのだ。
「よし、行こう。ミケーネ、リザーラ、バーキュレア」
 四人となったメンバーは、リザーラの家を出た。
 目指すは緑の海。
 最後の神殿である。






 世界滅亡まで、あと七年。







緑の海。そこにある三つ目の神殿で、レオンとケインは再び出会う。
神殿の解放。そして大いなる神、ザ神、ゲ神の上に立つ存在。
すべての謎を前に、一人の女性が自らの信じる道を求めて歩き出す。
それは、レオンとの永遠の別離を意味していた。

「ひどいよ、お姉ちゃんは、お姉ちゃんなんだよ!」

次回、第三十四話。

『緑の海の神殿』







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