オクヤラム、と名乗った空の民は「まず長にお会いください」と先へ進むように指示してきた。いろいろと説明をしてほしかったのだが、最終的には長から説明を聞いた方が早い、と言うのだ。
「おかしなことになったな。奴を捕まえるつもりが、変なところに来ちまいやがった」
 ガイナスターの言葉は、正しく全員の気持ちを代弁していたが、それでも現状の確認は最優先だ。四人はひとまず長のところへと向かった。
「ようやく来たか」
 長老の間には、玉座のような豪華な椅子に座る長老と、その左右に補佐の人が一人ずついた。どの顔も全くそっくりで、空の国の人々というのは、全く見分けがつかなかった。
「レオン。そなたらを呼んだのは私だ」
「ここはいったい」
「お前たちが空を行く人々と呼んでいる、我々の国。そして、お前たちがザ神とあがめるものを作った、マ神の末裔だ」
 マ神の末裔!
 さすがに普段、まるで動揺することを見せないバーキュレアですら息を呑んだ。もちろん、ミケーネやガイナスターが驚かないはずがない。当のレオンですら驚いている。
 だが、さらに驚くべきことは、その言葉が聞こえたあと、彼の耳にはあらゆる雑音が届かなくなっていたことだった。
「レオン。お前だけに聞こえるように話そう」
 長老の声が続いた。
「お前に渡すものがある」
 長老が自分だけに、特別に話しかけてきた内容。
 相手がどうして自分のことを知っているのかとか、何を渡そうとしているのかとか、何を考えているのかとか、いろいろなことが気にはなったのだが、そんなものはどうでもよくなった。
 何故なら。
 その長老の肩口に光が見えたからだ。
 蒼い、蒼い光。
 それは、今までに何度も、何度も助けられてきた光。
 忘れるはずがない。
 自分と、長い時をずっとすごしてきた、たったひとりのパートナー。

「世界記!」

 長き時を経て、思いもよらずに訪れた再会であった。

817年 アサシナ帝国建国
三国軍を退けたアサシナ王は、アサシナ王国をアサシナ帝国と改め、グラン大陸各国の帝国への従属を要求する。しかし、ガラマニア、マナミガル、ジュザリアはこれをよしとせず、アサシナ帝国は各国に対して宣戦を布告する。

817年 大神官歴訪
大神官ミジュアが相次ぐ戦争に疲弊するアサシナ各地をザ神殿の視察をかねて歴訪し、民衆を励ます。

818年 ゲ信仰の復活
国同士の戦争からくる情勢不安により、アサシナ西域でのゲの神の信仰が盛んになる。

818年 緑の海の神殿解放
緑の海で三つ目の封印が発見され、アサシナ王の手により解放される。

818年 空を行く船墜落
緑の海の神殿が解放された直後、空を行く船が旧王都神殿に墜落する。これによりアサシナの神殿は完全に破壊される。

819年 請願事件
ザの神官がアサシナ帝国に対してゲ神追放を要求する。

820年 マ神の来訪
マ神がアサシナを訪れる。

820年 マ神復活宣言
アサシナ帝国はマ神の復活を宣言する。


『久しぶりだな、レオン』
 この声。間違いない。いつもの世界記だ。
「ということは、ケイン……いや、ウィルザ王がここに来て世界記を置いていったのか?」
 違う、と長老が答えた。
「あの者はここへは来ていない。世界記は元からここにあったもの。あの者の持つ世界記はこの後、破滅記と呼ばれる事となる」
 なるほど。つまり、この蒼い光というのはいわば『端末』であって、その知識の使い方によって『世界記』にも『破滅記』にもなる、ということだろうか。
(でも、待てよ。元から、ここにあった……?)
 何か、ひっかかるところがあった。だが、その何かを考えようとしたところで、再び雑音が返ってきた。
「待ってくれ」
 直後に発言したのはミケーネだった。
「あなた方がマ神の末裔なら、力を貸してほしい。地上は今、マ神の力を持つ者によって滅ぼされようとしているんだ」
 だが、長老は首を振るだけで肯定しなかった。
「我らはもはや野望は持たぬ。地上にも干渉しない。我々には、そんな力は既にないのだ。あの男を、お前たちがウィルザと呼ぶ男を止めたければ、自らの手で止めるがよい」
「勝手な奴らめ」
 ガイナスターが吐き捨てる。わざわざ呼びつけておいて、その言い草はなんだ、と言いたいのだろう。
「あの男が操る黒童子は、はるか昔、我らの祖先が作り出した兵士。しかし、我々は今、その黒童子にさえ対抗する力も持たぬのだ」
 確かに、黒童子の力は桁が違う。だが、それが彼らの本音なのかと言われれば、そうでもないのだろう。でなければ、世界記を渡してくれたりなどしないはずだ。
「しかし、あの男の目的は他にある。グラン世界最古の国、アサシナの地下深くに眠る力を蘇らせること」
 かつてパラドックが目指した力だ。それはマ神の力に直結する。
「それも我らの祖先がかつて作り出したものだが、もはや我らに阻止する力はない。我らに出来ることといえば、このグラン大陸に結界をはり、奴をアサシナに近づけないことだけだ」
「奴? ケインのことか?」
 どうも話がそこで見えなくなった。もしケインを近づけないというのなら、とっくにケインはアサシナ入りしているではないか。
「ケインは奴の手下にすぎん。奴こそがただ一人残った純粋なるマ神の血を引く者」
 言うなれば、マ神そのものが存在する、ということだ。
 さすがにその情報にはレオンも言葉を失う。
「では、その親玉とやらはどこにいるのだ」
 ガイナスターが尊大に聞く。この男は相手が空の国の住人だろうが、全く容赦がない。
「炎の海の果てにある国、ニクラへ行くがよい。奴はそこにいる。そしてニクラにならば、アサシナ地下に眠る我らの祖先の力を制御する鍵があるやもしれぬ」
「ニクラ、最果ての王国」
 ミケーネが記憶をたどり、その言葉を反芻する。
「実在するとしても、まさしく空でも飛ばなければ行けやしない!」
 何しろ、炎の海だ。灼熱の砂漠がニクラへの道を閉ざしている。あそこを超えていくのは人間の足では絶対に不可能だ。
「あなた方が連れていってくれるのか?」
「我らはここで結界を張り続けなければならん。そして空を飛ぶだけでなく、我らの張った結界を潜り抜けねばならん」
「ではせめて、結界だけでも解いてくれないのか」
 ガイナスターが苛々したように言う。
「それはできん」
「何故だ」
 レオンが追及する。だが、それを聞いた長老はただ首を振った。
「お前、分かってないようだな。とにかく、二度と結界を破らせるわけにはいかぬ」
(二度と?)
 ということは、一度は結界を解いたということだろうか。何かまだ、話が見えてこない。
「そのかわり、お前たちがゲ神と呼ぶものの王が力となってくれよう」
「ゲの王は既に死んでしまったぞ」
「問題ない。我らが力で、お前たちを過去に戻す」
「過去へ!」
「そして再び、ゲの王の力を得て、時渡りとなるのだ」
 過去に戻ってゲの王に会い、炎の海をこえてニクラへ行く。そしてアサシナ地下に眠る力を制御する方法を手にする。
 やることは決まった。
「あなた方が到着した部屋に行ってください。準備をしておきます」
 長老の補佐がそのように言った。
「よし、行こう」
 ウィルザの言葉に、三人が頷いた。







第三十七話

最果ての地







「それでは、過去に転送する」
 最初の部屋に戻ってきたとき、既に空の民たちが何人かでシステムを調整している最中だった。その中の一人が近づいてきて微笑みかけてくる。
「ああ、レオンさん、お久しぶりです」
 先ほど話し掛けてきた人物だった。確か、オクヤラム、とかいった。
「あなたはまだ、私に会ったことがありませんでしたね。もともと私は、ニクラの民だったのですよ。あの時は色々と失礼なことを言ってしまい、すみませんでした」
「と、言われても」
 どうやら、これから過去に行ったところでこの人物に会うらしい。いったい何を言われたのやら。
「それからもう一つ。空の船を旧王都の神殿に落とすことを命じたのは長老です」
「どういう事だ?」
「神殿に封印されていたのは偽りの星といって、アサシナ地下のマ神の力を起動させるためのユニットなのです」
「なるほど、そうだったのか」
 つまり、アサシナ神殿を破壊したのは、マ神の力を起動させないため、ということだ。緑の海の神殿まで起動させられたため、長老が焦ってアサシナ神殿だけでも破壊しようとしたのだろう。
「そうとも知らずに、ぼくは」
 むざむざとカイザーに国政を壟断され、神殿を解放させてしまった。あれは王としての失政に他ならない。
「なに、あの男が動き出す前に過去から戻ってくればいいだけです。制御の鍵を持ってね」
「ああ、そうするよ」
 オクヤラムが微笑む。いったい、この先この人物とどのような話をするのだろう。
「用意はいいですか」
 空の民の一人が話し掛けてきた。
「やってくれ」
 次の瞬間、体が引き裂かれるような激痛に襲われ──そして、意識が飛んだ。






 目が覚めた時、やけに生暖かい風を感じた。
 湿気が強い。今まで空の上にいたはずなのに、ここは──
「盗賊の森?」
 自分が目覚めてすぐに、ミケーネたちも順次目覚めはじめる。
『八〇五年。イライの結婚式前夜、盗賊たちは皆偵察に出て、アジトは無人だ』
 世界記からの説明が入る。ならば都合がいい。ゲ神の王に会う。
「みんな、行こう」
 体調が戻ったと判断したところで、レオンたちは行動に移った。
「ここが本当に過去なら、神像のゲの王はまだ生きているはずだ」
 ガイナスターが言いながらアジト入りする。世界記の言う通り、ここには誰もいなかった。
「レオン」
 アジトに入る前になって、ミケーネが一度レオンに向かって膝をついた。
「いえ、陛下」
「ミケーネ」
「私はあなたが、あの陛下だと信じます! もう一度、ゲの力を!」
 レオンは頷いてアジトに入る。
 神像の前には相変わらずかがり火がたかれている。その前まで進み、レオンはその神像に向かって話し掛けた。
「ゲの王よ! 我に応えよ!」
 そして、いつもの暗闇が襲ってくる。
 ゲの王の言葉が、直接頭の中に響く。
『時を遡りたる旅人よ。三度、合い見えん。まだ我が力を欲するか』
「ニクラの地に行くための力が欲しいのだ」
『汝に与える力はこれで三度目。もはや汝、人でなくなるかもしれぬ。完全な我らがゲの族となるやもしれぬ』
「人間でいられなくなるってことか?」
 その言葉を発したのはガイナスターであった。ミケーネとバーキュレアも驚いた様子を見せている。どうやら今回はガイナスターたちにも声が聞こえているらしかった。
『いざ、汝。覚悟はありや?』
「とうに覚悟はできている!」
 瞬間、光が体内に満ちた。
 そして、暗闇が払われる。
 だが、レオンの姿は今までの通り、全く変化がなかった。
「な、何だ。人間のままではないか」
 ガイナスターが少し焦ったような様子を見せた。
「陛下」
 ミケーネも何か変わりはないのかと、おそるおそる尋ねてくる。
 その、瞬間──彼の姿が変貌した。
 時渡りのミヅチ。あの姿と酷似した竜へと。
『三人とも、ぼくの背に』
 さすがに、三人とも絶句していた。だが、一番にバーキュレアが近づいてくる。
「ふうん、結構あんた、カッコイイじゃないか」
 そしてひょいと飛び乗る。ぽんぽん、とその首筋をなでる。
「こっちの方がアタシの好みかもね」
『勘弁してほしいな。人間の姿の方がずっといい』
「精神は元通りかい。なら、問題はないね」
 そのやり取りを見たガイナスターがため息をつく。
「まったく、本当に女か、こいつは」
 呆れた様子でレオンの背に乗る。
「陛下、失礼します」
 ミケーネも恭しく、ゆっくりと背に乗った。
『みんな、しっかり捕まってろよ』
 そして、ミヅチは空へと舞い上がる。
 徐々にスピードを上げて、炎の海を一気に飛び越える。
 やってきた場所は、最果ての王国、ニクラ。
 その町の近くに降り立ったミヅチは、徐々に小さくなり、元の姿に戻った。
「陛下!」
 ミケーネがその傍で膝をつく。
「ご無事で」
「ああ、大丈夫だよミケーネ。あまり何度も変身はできないみたいだけど」
 何度か首をひねってからだが元に戻ったことを確かめる。
「さて、そうしたらニクラに行ってみよう」
 レオンの言葉で、四人の目が町へと注がれた。







アサシナの地下に眠るエネルギー。その制御キーを求めてニクラへ来た四人。
だが、制御キーまでの道のりはケインが配備した黒童子たちに遮られていた。
戦いと、そして真実がレオンの心を削る。
そして、戻ってきた彼らが手にした現実とは──

「この世界を救うつもりが、逆に滅亡の原因となっていたとはな」

次回、第三十八話。

『マ神の血を惹く者』







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