最果ての国、ニクラ。
 壁という壁、床という床の全てが大理石によって整然とならんでいる計画都市。
「これは、こんな国が存在していたなんて」
 ミケーネが愕然としてその都市を見渡す。
 全ての建物が定規で測ったかのように同じ大きさで、一分の無駄もなく作られている。
 大通りには柱が林立し、機能だけではなく景観的にも工夫がこらされている。
 自分たちのはるか上をいく、マ神の末裔たちの国。
 その存在にしばらく声もなかった一行であったが、やがてレオンがその街の中へ足を踏み入れていった。
 ニクラの民、あの空中庭園で見た者たちと同じような蒼い肌の人たちがところどころに見かけられる。だが、誰もどことなく暗い表情であった。
 レオンたちは街の最奥にある一際大きな建物へと向かった。そこが、この街の長が住んでいるところだろうと見当がついたからだ。
 建物に入ると、中も外と同じように大理石で全ての壁が覆われている。
 そして、建物の一番広いホールに、長が何人かと一緒に仕事をしている様子だった。
 レオンたちがそこに入っていくと、長は少し顔をしかめて「外の世界の人間か」と呟いた。レオンが代表して頷いてから尋ねる。
「我々はグランの地よりアサシナ旧王都の地下に眠る力を制御する方法を求めてやって来ました」
「鬼鈷(おにこ)を求めるか」
「鬼鈷?」
 聞きなれない言葉を聞かされ、レオンが顔をしかめる。
「鬼鈷は世界の運命を変える力を持つ鍵。もう私たちには重荷なのだ」
「それが、エネルギーの暴走をおさえる制御キーということか」
 ニクラの長老はどこまで自分たちのことを分かっていたのか、それはレオンには分からない。だが、今の言葉はその制御キーとなる『鬼鈷』を譲ってくれるという解釈で問題ないはずだ。
「鬼鈷はいったいどこに」
「この奥の祭壇の地下に眠っている。お前たちの前にもウィルザという男が鬼鈷を取りに地下へ向かったが」
「なんだって!」
 ミケーネが叫ぶ。ということは、既に制御キーはウィルザの手に──
「だが、あの男は鬼鈷に手さえ触れることができなかったらしい」
 ほっ、と一同が一安心する。制御キーが敵の手に落ちてないのならそれでいい。
「で? その男はいったいどこに?」
 ガイナスターが尋ねる。
「分からない。しかし、腹いせに黒童子どもをこのニクラ周辺にばらまいていったのだ」
「黒童子を? ですが、黒童子はあなた方が作り出した兵士では?」
 ミケーネが驚いて尋ねる。
「奴らを抑える力が我らにはもうない」
「ちっ! 空の奴らと一緒か」
 ガイナスターが舌打ちする。
 そう。結局のところこの末裔たち自身には何の力もない。ただ昔の技術をそのまま持っているだけにすぎない存在なのだ。
「ウィルザというあの男を倒してくれ。命令した者がいなくなれば、黒童子は活動をやめる」
「言われなくてもそうするさ!」
 ガイナスターが吐き捨てるように言った。誰もが同じ考えだが、いずれにしても彼らはこのマ神の末裔たちを気に入ってはいなかった。
 彼らは自分では動こうとはせず、はるか昔の技術、それも自分たちが使いこなすことができない技術をただ誇っているだけなのだ。そのくせ他人に面倒を押し付ける。
「そうか。では鬼鈷の地下洞窟へ入る事を許そう」
 おそらく、ウィルザ=ケインは、黒童子で彼らを恐喝して強引に地下へ入ったのだろう。考えてみると、どことなく街の人たちの表情が暗かったのも、黒童子の脅威を感じていたからなのだろう。
「もう一つだけ約束してくれ」
 だが、レオンはさらに付け加えた。
「なんだ?」
「我々が元の時代に帰るための手助けをしてほしい」
 このまま八〇五年からずっと動かないわけにもいかない。元の時代に戻って、ウィルザと決着をつけなければいけないからだ。
「そんなことなど鬼鈷を使えば造作もない。鬼鈷を取ったらもう一度我々の所へくるがよい」
 その言質を取り、レオンは頷く。
 そして、四人は祭壇へと向かった。
 その途中だった。
 かすかな声が、レオンを呼び止めていた。
『──そこの、お前』
 それが自分を指しているのだということは分かった。
「なんだ」
 その声がする方へとレオンが近づいていく。
 そこは、牢屋だった。
 二人の門番と、厳重に封印された扉。
 その向こうから声は聞こえていた。
「近づくな! ここにいるのは、マ神の血を引くもの、むやみに近づいてはならん!」
 だが、それにかまわずレオンはその封印された扉の前まで近づく。
『お前か。お前には礼を言わねばならんな』
「なんだと?」
『グラン大陸に結界が張ってあるのは知っているな。空を飛んでいる連中が張っている奴だよ』
 確かに知っている。そして『もう二度と』結界を破ることはできない、ということも。
「ああ」
『では、それがたった一度だけ破れかけたことがあるのは知っているかな?』
 二度と結界を破らせるわけにはいかぬ。そう、長老は言った。
「まさか」
 レオンの顔色が変わった。
『そうだ。そのまさかだ。この国の歴史で八〇五年の終わりのことだ。お前が空からやってきた時のことだよ』
 自分がこの世界に来たことで、結界が破られたというのか。
『実にいいタイミングだった。おかげで我が下僕をグラン大陸に送り込むことができたというわけだよ』
「そんなばかな」
 が、その瞬間、復活した世界記からの声が届いた。
『その男の言葉に惑わされるな』
 しかし、それでもレオンの頭には既に血が上っていた。
 大陸のことを考えつづけてきた時間。それが全て、自分が原因でおこったことだ、などと。
『まったくおめでたい奴だ。この世界を救うつもりが、逆に滅亡の原因となっていたとはな。はっはっは!』
「きさまぁっ! 今ここで殺してやる!」
 その封印の扉に向かって剣を抜きかける。が、それはミケーネやニクラの門番たちによって強引にさえぎられた。
「何をするつもりだ、お前! この男は不死身だ!」
「くっ」
 そのレオンに、さらなる言葉はそのニクラの民から来た。
「お前のような、我らの平和を乱す者がいるから結界を張っているんだ! 我々が力を使えばお前らを滅ぼすことなどどうという事もないのだからな! 帰れ、地べたの民よ!」
「──分かったよ」
 逆に、レオンは頭から血の気が引いていった。
「レオン」
 ガイナスターが珍しく、意気消沈したレオンに何と言っていいのか分からないような、戸惑った顔を見せた。
 レオンはガイナスターと視線を合わせたあと、ふと何かに気付いたかのようにニクラの民を見た。
「お前、名前を教えてくれないか?」
「俺か? 俺の名はオクヤラムだ」
「そうか」
 その名前を聞いたレオンは、少し笑みを浮かべた。
 ──彼が言っていたのは、このことだったのだ。
「オクヤラムか。また会おうな」
「なんだ? いったい」
 彼はこの後、この言葉を後悔することになる。
 そして、空中庭園で自分を待つことになる。
(厳しい言葉は、かけられた方よりかけた方が苦しむものなのかもしれないな)
 それを考えると、レオンは自然と気分が元に戻ってきた。
『あの男の言葉を気にする必要はない』
 世界記からも落ち着かせようとする言葉が届く。
『いずれにしてもあの男はケインをグラン大陸に送り込んでいただろう』
「ああ」
 その通りだ。確かに起こったことは起こったことだ。自分がこの大陸に来た間隙をついたことも間違いではないだろう。
 だが、それだけあの男が常に隙をうかがい続けていたことは間違いのないことなのだ。
 そして、自分がこなければ間違いなくグラン大陸は八二五年で滅びることも間違いのないことなのだ。







第三十八話

マ神の血を惹く者







 レオンたちは気を取り直すと鬼鈷の祭壇から地下へと下りた。
 そこは今までの大理石の壁や床と異なり、天然の岩石をそのままくりぬいた洞窟になっていた。
「随分と広い洞窟だね」
 バーキュレアが素直な感想を述べる。
 ニクラの地下洞窟ということになるが、あの計画的な都市の下にこれほど無秩序な洞窟があるとは到底信じることができない。
「無秩序なのは、ここの作りだけじゃねえってことか」
 ガイナスターが謙を抜いて言う。そう、ここには『奴ら』がいるのだ。
「黒童子か!」
 四人の黒童子が四方から一斉に襲いかかってきた。
 これらは作られたかりそめの命。人の命ではないということが分かっているのなら、倒すことに何のためらいもない。
 バーキュレアとミケーネの銃で迎撃している間にレオンとガイナスターが一気に間合いを詰める。相手に攻撃らしい攻撃をさせる間もなく、二人の黒童子が地に伏す。
「?」
 そのあざやかな手並みに残りの二人も戸惑ったのか、一瞬行動が鈍る。その隙にバーキュレアとミケーネの集中砲火を受けた一人がまた倒れ、最後の一人もレオンの動きに戸惑っている間に背後からガイナスターによって切り倒された。
 この程度の相手だったのか。
 いや、違う。何度も戦いを交えている間に、自分たちの力も上がり、そして四人での行動に連携が見られるようになってきたのだ。
 だが、その倒した直後、レオンは背後に何者かの気配を感じた。
「ケイン、お前か!?」
 ウィルザの姿ではない。昔の黒いローブの姿をしたケインが既に戦闘体勢だった。
「よくぞここまできた、ほめてやろう。消えろ!」
 ケインの剣がレオンの鎧を切り裂く。その下の肌までぱっくりと傷が開いた。
「くっ」
 単なる魔術師というわけではない。この男は普通に戦っても強い。
「一人で来るなんて、たいした度胸じゃないか!」
 バーキュレアが銃を乱射する。それにケインが怯んで下がったところを、さらにミケーネの銃が襲った。
 完全にダメージを与えた。そして、とどめとばかりにガイナスターが剣を振り下ろし、致命傷を与える。
(あっけない)
 ウィルザは自らの傷を手当てしながらそのケインのもろさに疑問を抱いた。
「貴様、ケインではないな!?」
 そう言うとその男は、ククク、と笑った。
「私はケインの影。お前を足止めするのが役目! 未来では既にマ神が蘇っているだろう! フハハハッハハッ!」
 そうして、その影は消えていった。
 それを見たウィルザはかすかに顔をしかめる。
(マ神。あいつのことか)
 ニクラで封印されていたマ神。それを蘇らせるというのか。
「レオン。奥だ」
 ガイナスターが奥を示す。すると、そこに──
「これが、鬼鈷」
 そう。
 それは単なる制御キーではない。
 彼の、レオンの手になじむかのような『剣』の姿をしていた。
「まるで剣じゃないか」
 そっと手を伸ばして、剣に触れる。
 瞬間、スパークが洞窟にあふれた。
「くっ! なんていう力だ!」
 だが、その力は制御できないというものではない。
 必死にそのパワーの逆流を防ぎ、その手に鬼鈷を収める。
(なんて強い武器だ)
 そのエネルギーだけで黒童子など吹き飛ばしてしまいそうだった。
「レオン。早く、あのニクラ人たちの所へ戻ろう。早く未来に戻らなければ」
「分かった」






 戻ってきたレオンたち、そしてその手に持つ武器を見て、ニクラの長老は叫んでいた。
「おお、まさしくそれは鬼鈷だ!」
 神聖なものであるかのように、長老はその神々しい武器を見つめる。
「約束どおり、我々をもといた時代に戻してもらおう」
 ガイナスターがそんな長老の感慨などかまっていられないという様子で言う。
「いいだろう。行くぞ!」
 そして、四人がまさに転移されようとした時だった。
 一人のニクラ人が近づいてきて、叫ぶ。
「お前をここから帰すわけにはいかん!」
「なに!」
 レオンは突如、自分の体に異変が起きたのを感じた。
「いかん!」
 長老の叫び。そして、ニクラの全てに破壊の炎が上がった──






「くっ」
 目が覚めた時、彼らは自分たちがどこにいるのか分からなかった。
 だが、どうやら時間を超えたことだけは分かる。
 無事に元の世界に戻ってこられたのだろうか。
「世界記」
 レオンは世界記に意識をあわせた。

819年 マナミガル制圧
アサシナはマナミガル王国に侵攻。マナミガル峠付近で激しい戦いが繰り広げられるが圧倒的なアサシナ軍の力によりマナミガルは制圧される。

821年 東部自治区制圧
アサシナ帝国は帝国に従わない東部自治区に侵攻する。天使使いザーニャは封印していた天使を再び起動して抵抗するが、帝国軍の前に敗れる。天使使いザーニャは人々の前で処刑される。

822年 ガラマニア制圧
アサシナ帝国がガラマニアに侵攻する。国王不在で統一を欠いたため、ガラマニア軍は壊滅し、ガラマニアもついに制圧される。

822年 空の国墜落
空を行く人々の国がグラン大陸の西の海に墜落する。これによってグラン大陸全土を覆っていた結界が解ける。

823年 ニクラ壊滅
アサシナ帝と黒童子によってニクラに囚われていたマ神はアサシナ旧王都に迎えられる。ニクラは彼らによって滅ぼされる。

823年 偽りの星起動
アサシナ帝によって解放された三つの偽りの星がアサシナ地下に向けてエネルギーを送り始める。しかし、アサシナ旧王都の神殿にあった偽りの星が空の国の長老により破壊されたため、エネルギーの充填に時間がかかる。

823年 ドルークの抵抗
アサシナ帝国はドルークに侵攻するが、サマンに率いられたレジスタンスに敗れ撤退させられる。


 それを知ったレオンは、最終的な結論にたどりつく。
 そう。今は。

「……今年は、八二五年だ」






 世界滅亡まで、あとわずか。







八二五年。最後の戦いの時が来た。
マ神を要するケインと、それを補佐するリザーラ。
姉と戦う決意を固めたサマンに、レオンはリザーラ殺害を要求される。
そして、政治上の空白地帯となった旧王都に、レオンたちは乗り込むこととなった。

「さようなら。私のたった一人の、親愛なる友」

次回、第三十九話。

『見えない涙』







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