さすがにそれを聞いたメンバーは一同に驚愕する。
「なんだと? 出発したときから五年も経っているではないか!」
ガイナスターが憤りの声を上げる。ミケーネが冷静に答えた。
「おそらくは飛び立つ瞬間に自爆した男のせいだろう」
「あの野郎ども」
ガイナスターが怒りを隠そうともしないが、レオンは逆に落ち着いていた。
「そう言うな。空の国もニクラの国も今はもうない。ウィルザ王に、ケインに滅ぼされた」
その事実が三人を打ちのめす。
「長老、オクヤラム。約束を守れなかったよ」
少し自戒をこめてレオンが言う。そして死者たちの冥福を祈った。
「とにかくみんなの事が心配だ。一度、ドルークに戻ろう」
ミケーネの発言に逆らう者はいなかった。現状、これ以上の進展がないのなら、まずは情報が必要だ。
世界記の言葉に間違いはない。だとすれば、ドルークは現状でまだ無事だということだ。
「レジスタンスのリーダーはサマンがやっているらしい」
「あの女性が?」
「ああ」
最初に見た時は、ただの子供にすぎなかったあの子が、今ではレジスタンスのリーダー。
(なるほど。世界記に選ばれているわけだ)
ただの少女が世界記に選ばれたメンバーになるというのは理解できなかったが、こうなってみると分かる。
(きっと、大変な思いをしているだろう。すぐにでも行ってやらないと)
四人は、急いでドルークを目指した。
「あっ」
その家には、レジスタンスのメンバーが何人かそろっていた。とはいえ、有力メンバーは各地に出払っているのだろう。そこにいたのはほとんどがレオンの見知らぬ人物ばかりであった。
ただ一人を除いて。
「レオン! 今までどこに──」
サマンが席を立ってレオンの下に駆けつける。
その目に、光るものがあった。
「あ、あ、あれ?」
自分でも、どうして泣いているのか分からないようだった。
それはおそらく、自分の心の中にいた男性と再び会えた喜び、そしてもしかしたら既にこの世にいないのではないかという考えが取り除かれたことによる安堵、そうしたものがたくさん混ざっているのだろう。
「すまない。今までずっと、会いに来ることができなくて」
レオンは彼女に近づくと、優しく彼女を抱きしめた。
サマンは驚いていたようだったが、やがて、少しずつ声を漏らし始めた。
「うっ、うっ、れ、レオン、馬鹿……」
ふん、とガイナスターが他のレジスタンスのメンバーに出ていけと態度で示す。ぞろぞろ、とメンバーは奥の部屋へ引き上げていった。
美しくなった。
最後に会ってからこちらではもう七年の時間がすぎているのか。既に三十をすぎている歳、それもここ数年はずっと戦い続けて疲れているだろうに、いったいこの生命力はどこから来るのか。
命が、光り輝いているようだ。
そう。最初からこの少女はずっとそうだった。出会った、あの旧王都の最初の時から彼女は輝き続けていた。ドネアやリザーラと違って、その活動力、生命の輝きの強さをいつも大切に思っていた。
彼女もまた、自分がウィルザであろうと、レオンであろうと、変わらずに自分を追いかけてきた。
(サマンに慕われている自分は、とても幸せ者なんだな)
ある程度彼女の気持ちが落ち着いたところで、レオンは彼女に尋ねた。
「みんなは?」
「戦ってるわ。各地でね。でも、負け戦ばかりよ」
もちろんドルークに来る途中、世界記で全員の無事は確認している。ドネア、ゼノビア、クノン、ファル、カーリア、ミジュア、誰一人欠けてはいない。
「あれからもう六、七年も経っているんだものな。苦労をかけたな、サマン」
ミケーネも大きく頭を下げた。仕方がないこととはいえ、自分たちがもっと回りに注意を払っていれば、同じ結果にはならなかったはずなのだ。
「それより」
既に、泣いていた彼女はもういない。立派なリーダーとしての表情に戻っていた。
「どこへ行っていたか教えて」
「ああ」
情報は全員が共有する必要がある。現状を打開するためには、一人でも優秀な味方が必要なのだ。
「今から二十年前のニクラ大地だ。ケインの仲間の妨害で戻ってくる時間がずれたんだ」
二十年前まで行かなければならなくなった理由、その一連の行動を説明すると、サマンはしっかりと頷いた。
「そう、分かったわ。それじゃあ、レオン。一つ、お願いがあるの」
真剣な表情だった。
もちろん、彼女はいつだって真剣だ。だが、彼女がこんな顔を見せるのなら、レオンにとって思い当たる節はただ一つしかない。
(そうか)
サマンの決意を固めた表情を見れば、何をお願いされるのかは分かる。
(もう、決めてしまったんだな、サマン)
引き返せないということに。
決着をつけるということに。
「姉を、リザーラを止めてください」
丁寧な言い回し。それが彼女の限界であるということをレオンは分かっていた。
「リザーラさんを」
「姉はウィルザの片腕となって、人々を苦しめています。姉を止めてください。そして、ウィルザを倒してください」
ウィルザを止められる力があるということは既に先ほど話したとおりだ。
ならば、ウィルザと同時に彼女の最愛の姉であるリザーラも倒してほしい。
そう、彼女は言うのだ。
その言葉に驚いたのはレオンではなく、他のメンバーたちであった。
「リザーラを止めろとは、まさか」
ガイナスターが珍しくサマンに話しかける。
「場合によっては殺してください」
彼女は顔を背けない。
おそらく、ずっと前からどうにかリザーラを殺す方法はないか、探していたのだろう。
自分の責任だと、自分に言い聞かせながら。
家族の過ちを止めるのは、家族である自分しかいないと、そう言い聞かせながら。
「何てこというんだ、君の!……お姉さん、なんだぞ」
ミケーネが言葉にするが、既に決意を固めたサマンには通用しない。
「一年前にリザーラと戦った時に、私は姉と思うのをやめました。あれはもう姉ではありません」
だが、口調がそうやって事務的になっていることが、まだ諦めきれていない証拠なのだろう。
決断はした。だが、そこに感情をはさまないようにしている。
(かわいそうなサマン)
一人でレジスタンスを率いて、最愛の姉とも殺し合いになって。
『お姉ちゃんの命を狙うなんて、許せないもの!』
そう言っていた少女は、大人になって、自らリザーラを殺すというのだ。
「分かったよ、サマン」
レオンは彼女の両肩に手を置く。
「リザーラさんは操られているだけさ。だからそんな事を言うな。リザーラさんは必ず連れ戻す」
もちろん、殺してほしいというのは最悪の場合だ。それを聞いたサマンがまた、涙をにじませる。
「ありがとう、レオン。お姉ちゃんを、お願い」
第三十九話
見えない涙
サマンの命令で、各地のレジスタンスは一斉に蜂起を開始した。
ガラマニアではドネアの名のもと、最後まで生き延びたガラマニア兵が集まり、最後の抵抗運動を続けた。
マナミガルではカーリアが敗残兵を集めて部隊を編成し、王宮に攻め込んで囚われていたエリュース女王の救出に成功。マナミガルに立てこもった。
ジュザリアでも同様に、クノンとファルによってリボルガン王の救出に成功。立て続くレジスタンスの快進撃が大陸全土に広まった。
東部自治区ではイライの村を中心に激しい抵抗運動が起きた。指揮をとったのは大神官ミジュアと、そしてこのイライ出身のガラマニア王妃、ルウ。
そして、一番危険だと思われていた西域、新王都ではゼノビアの率いる反アサシナ軍がゲリラ的にアサシナの帝国兵を倒していた。
レジスタンスを鎮圧するため、アサシナ帝ウィルザは軍隊を各地に派遣。
そのため、グラン大陸の中心部である旧アサシナ王都は、事実上、軍隊の空白地帯と化した。
その隙をついて、四人はアサシナの旧王都にもぐりこむ。
リザーラは必ずここにいる。そしてきっと、ウィルザ=ケインもだ。
旧王都の地下に眠るエネルギー。それを使わないはずがない。
そして。
「ミケーネ」
「分かっている。彼女に会いに行くのだろう」
最後に。
自分に今までずっと尽くしてくれた彼女に、最後のお別れをしに、レオンは再臨の部屋へと向かった。
「一人で行かせてくれるかい」
その部屋にはレオンが一人で入った。
相変わらずの殺風景な部屋。
その中でパイプにつながれたアルルーナが一人で自分を待っていた。
ぴし、と何か音が聞こえた。
「約束は守ったよ、アルルーナ。今度は、世界記も一緒だ」
『ええ。お久しぶりです、レオン。世界記も』
世界記は答えない。それが少し、レオンにはおかしかった。
『まず、レオン。あなたに伝えなければいけないことがあります』
「ああ」
知識の不足。世界記は出来事しか教えてはくれない。何が起こったのか、誰がどうしたのか、それはアルルーナの方が詳しい。
『八二二年。ケインが空飛ぶザ神で黒童子とともに空を行く人々の国を落としました。そして空の国はマナミガルの西の海へ墜落し、グラン大陸に張られた結界はなくなりました』
「ああ。そこまでは聞いている」
『八二三年。ケインは結界の消えたグラン大陸から黒童子と共にニクラに行き、マ神の血を引く男を救出して、アサシナの地に迎え入れました。ニクラもケインと黒童子により全滅させられました』
「そうか。リザーラは?」
また、何か音が聞こえた。
アルルーナは少しためらってから答えた。
『リザーラは今や、ウィルザ王の片腕となって人々を苦しめています。お願いです。リザーラを止めてください』
「アルルーナ?」
まさか、彼女から自分にお願いをしてくるとは。
「泣いているのか?」
『私は泣くことはできません。でも長い間、人々の悩みを聞いているうちに、感情というものが芽生えたのかもしれません。リザーラならばなおのこと』
同じ、人型天使として。
きっとアルルーナにも、マ神に魅せられたリザーラの気持ちは分かるのだろう。だが、それ以上にアルルーナは人間を愛するようになった。
その差が、リザーラを倒してほしいという願いに変わっている。
『あなたの向かうべき場所は王都地下のさらに奥です。行ってください。レオン。この世界を救えるのはもうあなたしかいません。そして──本当によかった。間に合って』
三度目。また音が聞こえる。
「アルルーナ、まさか──!」
慌てて彼女の体に触れた。
自分はいったい今まで、何を見ていたのか。
彼女の体は、目に見えていなかったとしても、もはや──
『はい。私の力はもう既にありません。あなたに会いたいという意識だけが、この地上に残されていました。ですがもう、それもかなった。私はもはや、この地上にとどまることはできません』
「そんな」
『大丈夫です。あなたにはたくさんの仲間たちがいる。私は道を示すことしかできませんが、あなたの仲間はその道を共に歩むことができます。どうか、レオン。幸せに』
「アルルーナ、駄目だ、死ぬな!」
『さようなら。私のたった一人の、親愛なる友』
そして。
彼女は完全に活動を停止した。
「アルルーナァッ!」
だが、もはや彼女は答える力を持たなかった。
その部屋から出てきたレオンの様子がおかしいことには三人とも気がついていた。
そして、何が彼を変えてしまったのかも容易に予想がついた。
この時代だ。
失うことは、たやすいことなのだ。
「行こう、みんな。場所は王都地下のさらに奥。この大陸を滅亡から救うために」
王都地下。
黒童子が山のようにいるかと覚悟していたレオンたちであったが、全く敵の妨害にあわずに地下を降りていく。
こういう場合、考えられることは一つ。
すなわち、もはや雑魚を配置する必要はない。有力な大将が一人そこにいればいい。
「久しぶりだな、レオン」
「その声は」
そして、この場に配置される可能性がある者はたった一人。
「ケイン!」
ウィルザの姿をしたケインと、その後ろに控えるリザーラであった。
あれから二十年。最後の時。
リザーラと、ケインと、決着をつける時が来た。
死力をつくす四人。
そして、別れの時が目前に迫る──
「しかし、我が主は復活した。グラン大陸は滅亡する!」
次回、第四十話。
『哀しい嘘』
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