「よく戻ってこられたな、レオン」
ウィルザの顔は、既に優しかったころの面影はどこにもない。凶悪にゆがめられていて、まったくの別人のようであった。
ウィルザ。いや、トールの体。それがこんなに醜悪に歪むのは、そこに寄生している男の精神が醜悪だからだ。
「しかし、我が主の復活はもう間もなくだ」
「我が主だと」
「おっと、喋りすぎたな。これ以上はお前たちには関係のないことだ」
そして、彼は後ろを振り返った。
「リザーラ! そいつらを殺せ!」
「おおせのままに」
感情のこもらない声で、リザーラが前に進んできた。
彼女の目は虚ろで、表情はどこか微笑んでいる。殺戮を快く思う、そんな様子だ。
(これが、リザーラさんだって?)
かつての聖母の慈愛などどこにも感じられない。サマンが姉と思うのをやめたという理由がよく分かる。
これはただの、殺戮者。
キリングマシンに変えられてしまっているのだ。
「待て、リザーラ! 話を聞いてくれ!」
彼女に届くように叫ぶ。だが、それが届かないのは自分の心の中で分かってしまっていた。
「無駄だ。天使リザーラはもはや私の声しか識別しない」
「その通りです、ウィルザ王」
リザーラがその声にのみ反応し、構える。
「天使だって? そんな、やめろリザーラ! やめるんだ! サマンが君のことを心配しているんだぞ!」
「サマン──」
ぴたり、とその体が止まった。
効果があったか、と思った次の瞬間。
「レジスタンスのリーダー。抹殺対象」
その目が、燃え上がる。
「リザーラ……」
「死ね!」
リザーラの拳がレオンを打つ。
(速い──?)
今までに見たリザーラとは全く違う、リミットが完全に取り除かれた状態。
速く、そして重い拳に、たったの一撃でレオンは膝をついていた。
「がはっ」
さらに、リザーラの足がレオンの顎を蹴り上げる。
機械の正確な攻撃が彼の急所を確実に突いていた。
「くっ!」
それを皮切りに、バーキュレアとミケーネが銃を放つ。そしてガイナスターがレオンとリザーラの間に割り込んだ。
「何やってやがる! 最悪の場合は殺す! そう約束したんだろうが!」
「だが! 操られているっていうのが分かってるんだぞ、ガイナスター!」
「死にたくなかったら相手を殺せ! ここは戦場だ!」
迫るリザーラの攻撃をガイナスターが剣で応戦する。だが、素早く動くリザーラの攻撃に防戦一方となる。
「ちっ。これじゃあ、味方に当たる」
バーキュレアが舌打ちする。ガイナスターにあてないようにと考えるのだが、リザーラが素早く動くためにそれができないのだ。
「その武器を使え! でなければ、こいつは倒せねえ!」
ガイナスターが叫ぶ。レオンはその声に導かれて、鬼鈷を握った。
「リザーラ」
そして、レオンはその顔を見た。
瞬間、見えた。
彼女が、泣いている顔が。
(リザーラ)
泣いている。心が。
こんなことはしたくないと、心が叫んでいる。
それくらいなら殺してほしいと、自分に訴えてきている──!
(助けることはできないのか)
サマンが待っているのに。
みんながリザーラを待っているのに!
「リザーラ!」
叫ぶ。
その声に、ぴたりとリザーラの動きが止まる。
「御免!」
鬼鈷が、彼女の胸を貫く。
その瞬間、完全に彼女の動きは停止していた。
「リザーラ、どうして……」
だが、彼女の言葉は冷たく帰ってきた。
「見過ごせなかったのです。私の愛おしい人間たちが、ザ神とゲ神に別れて戦い死んでいくのを。だから、マ神というものがあるなら、その力で平和を作り出したかった」
これは。
呪縛が、解けている──?
「でも私が間違っていました。ケインにもマ神にもその心にあるのは暗い野望と怨念だけ」
「リザーラ」
そして、ゆっくりと彼女の体が自分に倒れこんでくる。
「リザーラ! リザーラ!」
彼女の人間としての体が徐々に変化し、そして機械の体が現れる。
髪も肌も、全てが造られた合成品。
「リザーラ、それが君の本当の体なのか」
石像のようなアルルーナに対し、完全な機械の体のリザーラ。
「レオン。もうお別れです」
「おい! リザーラ! しっかりしろ! そうだ、ヘパイナスのところに行けば! 新王都だな!」
「ありがとう、レオン。でもどちらにせよ、私はもう寿命でした。レオン。サマンを、あの子を頼みます」
「そんな、リザーラ。死んじゃ駄目だ!」
だが、彼女は不器用に機械の表情を歪ませた。笑った、のかもしれない。
「この世界に、生まれて、よかっ……」
そして、完全に活動を停止した──
「死んだか」
その様子を見届けたケインが冷たく言い放つ。
「いや、壊れたというべきかな? き・か・い・だからなぁ! ハハハハハハァ!」
これは挑発だ。
だが、その挑発を流すことができない自分がいる。
命に対する冒涜。
それを、この男に分からせなければならない!
「ケイン、貴様ぁ!」
立ち上がって鬼鈷で切りかかるが、ケインは瞬時に距離を取る。
「遊びはこれまでだ。私は我が主の下へ向かわせてもらう」
「待て!」
ウィルザの姿をしたケインはその場から消えてなくなる。
「追うぞ、レオン!」
ミケーネも全身に怒りをたぎらせていた。よく見ればバーキュレアも、そしてガイナスターもだ。
いずれも戦い、命を奪う職についていた者たちだ。だが、だからこそ倒した相手には常に最大の礼儀をつくしてきた。
あの男は、それを簡単に踏みにじったのだ。
「あそこだ! 穴があるぞ!」
それは以前、アサシネアイブスキが支配していたゲ神と戦った場所だった。
「こんな所に穴などなかったはずだ」
「ならば奴はこの中だな。行くぞ、レオン!」
ガイナスターが先頭を切って飛び込む。そしてレオンが、ミケーネが、バーキュレアが飛び込んでいった。
地下遺跡。
そこが、ラストダンジョンだった。
(これで、ぼくの戦いも終わる)
リザーラを助けることはできなかったけれど、グラン大陸を救うことはできる。
アルルーナとリザーラの願いをかなえる。
そして、この世界の人々を救うのだ。
第四十話
哀しい嘘
機械の中を歩いているはずなのに、どこか、この地下遺跡自体が脈打つかのような感覚がある。
その違和感が、四人の気分を暗くさせていた。
脈打つのは、地下遺跡の中心部に走る、蒼いクリスタル状の柱だ。いや、実際に脈打っているわけではない。ただ、そう感じる。
その柱に沿って徐々に下っていき、そして最下層。
奴が、いた。
「やはり来たか、レオン。貴様に我が主の復活の邪魔はさせない」
ウィルザ=ケイン。
ウィルザを倒して、この戦いに終止符を打つ。
が、その体が徐々に消えてなくなり、そして黒いローブの男へと変化した。
それこそがケイン。ケインの本体。
人の体を脱ぎ捨てたということは、もはやケインも自分たちを倒すのに手段を選んではいられないということだ。
「ケイン。貴様だけは、許さん!」
「鬼鈷を使うつもりだな。しかしそうはさせん。今度こそお別れだ、レオン。消えろ」
そして、戦いが始まった。
「ラニングブレット!」
先制攻撃は、ケイン。そのザ神のエネルギー、光の玉を全員に向けて放ってくる。
だが、それらを全て回避したパーティは、ミケーネとバーキュレアがいつものように後方から銃を放つ。
「ふん!」
ケインはその攻撃を回避すると、右手の輝きを接近するレオンにあてた。
衝撃破がレオンを襲い、五メートルは吹き飛ばされる。だが、その間にガイナスターの剣がケインに一撃をあてていた。
「くっ!」
至近距離からラニングブレットを全弾、ガイナスターに見舞う。ごふっ、と血を吐いたガイナスターがその場に崩れ落ちる。
ケインがとどめをさそうとするが、バーキュレアが突進しながら銃を放ち、その攻撃を止める。
「小賢しい!」
ガイナスターをかばったバーキュレアの胸を、ケインの腕が貫く。
こふっ、と、力なく彼女は血を吐く。
悪夢だ。
ここまで、ずっと共に旅を続けてきた彼女。
いつでも平気な顔をして、自分が化け物でもかまわないと言ってくれた女性。
それが。
「ケイン……!」
三人の心に、同時に火がついた。
ミケーネの銃がケインの胴を打つ。
起き上がったガイナスターが、バーキュレアの胸を貫いたその左手を切り飛ばす。
そして、
「とどめだ!」
レオンが、鬼鈷でケインの胴体を薙ぎ払った。
「ぐっ……ここまで成長していたとはな。しかし、我が主は復活した。グラン大陸は滅亡する! 歴史どおりになあ! ハハハハハァ!」
そうして、ケインは倒れた。
だが、そんなことはどうだってかまわない。
今は。
もっと大事な、ものがある。
「バーキュレア!」
三人が、倒れた女性をそれぞれに抱きかかえる。
レオンが抱き上げ、左手をミケーネが、右手をガイナスターが取る。
「……まいったね」
まだ彼女の息はあった。だが、致命傷なのは誰が見ても明らかだ。そして、それを彼女自身が一番よく分かってしまっていた。
「後金の二万、まだもらってないってのに……」
「喋るな、バーキュレア」
「何。もう、助からないのは分かってるよ」
ふ、とバーキュレアは笑った。そして「行きな」と奥を示す。
「だが、お前を置いては」
「人が死ぬのは、誰だって見たことがあるだろう? あれは嫌なもんだ。あたしは自分が死ぬとこを、絶対に誰にも見られたくないって、そう思っていた。死ぬ時は、一人がいいってね」
自分の願いを叶えさせてくれ、と。
そう言っているのだ、この女性は。
だが、そんな哀しい嘘をこの場でつかなくても。
「……分かった」
レオンは泣きながら承諾した。
「それがお前の望みなら、従う」
嘘だと分かっていながら、それを撤回することができない自分が悔しい。
だが、ここで彼女の傍にいたなら、それこそすぐにでもマ神がこのグランを滅ぼすかもしれない。
それでは、彼女は犬死にだ。そして、誰も救われない。
「バーキュレア。お前の願いはぼくらが必ず」
「ああ。あんたならやれるさ。あたしの最愛の主人だからね」
ふふ、と彼女は笑った。
「行こう。ミケーネ、ガイナスター」
そしてレオンは彼女を寝かせると、柱の中へと駆け込んでいく。
「さらばだ、バーキュレア。お前の想いは受け取った。これを私は未来へ残す」
「ああ。ゼノビアちゃんと仲良くやりなよ」
彼は顔をしかめる。全く、誰にもそんなところを見せたつもりはなかったのに。
「承知した」
そして彼は手を放して駆けていく。
「あんたも、行くんだ」
「女」
ガイナスターは不満が大きかった。
何しろ、この女は。
自分をかばって、倒れたのだから。
「何故かばった」
「何故も何もない。あたしはあんたらを守るのが役目だ。役目を果たしただけさ。この世界で三万あれば一生遊んで暮らせる」
「死んだら意味はあるまい」
「あるさ。あたしが死んだ後に、あんたたちが未来を作ってくれる。三万じゃきかないよ」
そして、血にまみれた顔でバーキュレアはにこりと笑った。
かなわない。
そうガイナスターは敗北を認めた。
「あたしはもうあの子を守れない。だから、あんたが守ってやってくれ」
「分かった。お前の代わりに、俺があいつを命にかえても守る」
「ああ。あんたがそう言ってくれるなら安心だよ。ほら、行きな」
「ああ」
ガイナスターは彼女の手を置くと、懐から布を取り出して傷口が見えないようにかける。
「ありがとう。お前のおかげで助かった」
「どういたしまして」
そして、走り去っていく。
三人の気配がなくなったあと、徐々に彼女の視界は暗く、闇に閉ざされていった。
「一人で死にたくはなかったね、さすがに……」
だが、彼女は大陸の未来を取った。
それが正しいことなのだと分かっていたから。
それに。
恐怖に怯えて泣く顔を見られたくないというのも、また、真実には違いなかった。
(さよなら、レオン、ミケーネ、ガイナスター)
最愛の仲間たち。
そうして、バーキュレアはその生涯を閉じた。
長き戦いに終止符が打たれる。
さまざまな人との出会いと別れ。
赤き星と青き星は、使命を果たし、空へ還る。
後に残された世界には、平和が訪れるのか。
「アタシ、生きてみるよ」
次回、Last Episode。
『グランヒストリア』
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