そして、柱の内部にたどりついた三人は、そこにいたエネルギー体と出会った。
 それこそがマ神。かのニクラに封印されていた存在。
「久しぶりだな、レオン」
 そのマ神が語りかけてきた。
 エネルギー体は黒い霞に覆われており、その姿がはっきりしない。だが、そこに禍々しいモノが存在していることは確かだ。
 このグランを滅ぼそうとする意思。
「君にはついこの間のことだが、私にとっては二十年ぶり、というわけか」
 ニクラで出会ったときのことを言っているのだろう。
「貴様、これが貴様の正体か!」
 ガイナスターが叫ぶ。全てを破壊する暗黒のエネルギー。それがマ神。
「はるかな昔、我々の先祖は星からやってきた。この船でな。そして、その力は今、我がものとなった。マ神の血を引く、私のものにな」
「マ神……」
 ミケーネが震えながら呟く。さすがに、この巨大なエネルギーを見れば誰でもそうなる。
「ミケーネ・バッハよ」
 マ神が突如、彼を指名した。
「お前の横に立ちたる者は、この世界の人間ではない」
 ミケーネとガイナスターが同時にレオンを見る。だが、レオンの表情は変わらない。
「どういうことだ」
 ガイナスターが逆に尋ねる。
「ガイナスター・バウム・ガラマニアス四世よ。この男は我が先祖すら知らぬ、はるか遠い世界からやって来た。もっとも、そこが世界と呼べればだが。ともかく、その者はお前たちとは全く別の存在なのだ」
 レオンは否定しない。それは最初からわかりきっていたこと。
 そして、もはや自分に与えられた二十年という時間は終わろうとしている。



(自分の正体か)
 そんなことを考えていたのはいつの頃だろう。
 もう考えることもしなくなった。何故なら──
(自分でも知らないことを考えても、仕方がないことだ)
 そう。
 ずっと、世界記と共に行動してきた。
 もうこれが何個目の世界なのかすら覚えていない。
 自分がどうしてこの使命を帯びているのか。
 そして、いつまでこれが続くのか。
 もう、そんなことはどうでもいい。

 ただ。
 自分がいつか、かつて、できなかったことを、守れなかったものを。今度こそ。

 その想いだけが、ただ心の中にある。



「そんな者と一緒に、お前たちは戦えるのか?」
 揺さぶりをかけるためにマ神が笑いながら言う。だが、そんな言葉はガイナスターやミケーネにはたいした問題ではなかった。
「戦えるさ」
 ガイナスターは即答だった。そしてミケーネも頷く。
「なに?」
「レオンが何者であれ、この世界を救うためにやってきてくれたんだ。レオンは俺たちの仲間だ!」
 ミケーネが高らかに宣言する。そしてガイナスターがレオンの肩をぽんと叩いた。
(だいたい、そんな程度のことでこいつを見捨てたりしたら、俺をかばったあの女に何を言われるか)
 だいたいにして、レオンが怖いなどとはガイナスターには思えない。これで大陸を滅ぼすことができるエネルギー、それこそマ神のような力を持つというのなら話も変わってくるだろうが、ただの人間と同じ力しか持たないものを、どうして異分子と排除することができるだろう。
「みんな」
 それを知られた時、どうなるだろうと思っていた。
 だが、何のことはない。
 とっくの昔に、自分たちは一つの目的に向かう同志になっていた。
「しかし、お前たちがどうあがこうと、もはや我は復活した。そして我の決定は誰にも変えることはできない。それが運命と言うものだ」
「変えられるさ」
 そして、初めてレオンは口にした。
「今までそうしてきたように、これからも、そして、今もそうするさ」
 そう。この想いは譲れない。
「歴史は人がつくる。運命は変えられるんだ! いくぞ、みんな! これが最後だ!」
 エネルギー体が一点に収縮する。
 そして、それは心臓の形をとり、どくん、と脈打つ。
 ずっとこの柱の中で脈打っていたのは。
 マ神の、心臓だったのだ。
「回避しろ!」
 レオンの指示で全員が咄嗟に飛び退く。
 直後、マ神のエネルギー波がミケーネのいた場所をなぎ払った。
「破壊のエネルギーか。こいつはやっかいだな」
「厄介も何もないさ。ここまで来たら力押しだ。それ以外ない。ぼくたちが勝つか、マ神が勝つかだ」
「ふん」
 その潔さにガイナスターは嬉しそうに鼻を鳴らす。
「いいだろう。ミケーネ、援護しろ!」
「言われずとも!」
 後方援護射撃が一人になってしまった分、ミケーネの負担は大きい。だが、ミケーネはこれまでの戦いの中で、自分の役割、どこを狙い、相手の攻撃を防ぎ、こちらの攻撃を最大限効果を持たせることができるか、それを身につけていた。
 エネルギー波が発せられる場所を重点的に狙い、簡単には発射させない。
 その間に、ガイナスターとレオンは併走して接近した。
「くらえ!」
 その攻撃がマ神の心臓に届く。
 だが、次の瞬間、マ神の心臓は奇妙な雄叫びを上げた。
 直後、彼らの周りに、三体の機械が現れる。
「まさか」
 三、という数字。そしてこの場面でマ神が呼び出した機械。
 それはまさに、かの神殿に封印されていた『偽りの星』。
「先に『偽りの星』を倒すぞ! そうしなければマ神に効果的なダメージを与えられない!」
「そう簡単にいくと思うか」
 だが、マ神の心臓も続けざまにエネルギー波を放つ。ガイナスターがそれを浴びたが、なんとか防ぐ。
「ちっ、容赦ないぜこの攻撃は」
 エネルギーを浴びたところが完全に溶けて、もはや鎧はその機能を失ってしまった。
「来るぞ!」
 偽りの星からビームが放たれる。全てが一撃必殺。さすがにこの段階にいたって、攻撃がゆるいはずもない。
「鬼鈷! お前の力を示せ!」
 その剣で偽りの星の一体を切り崩す。直後、ガイナスターから指示が出た。
「下がれ!」
 ミケーネとレオンはその指示でガイナスターの傍まで戻る。
「雷神撃!」
 そして、ゲ神最大奥義が放たれた。
 巨大な雷が『偽りの星』に降り注ぐ。そこをねらい目と見たレオンもまた、ゲ神の奥義を追加発動させる。
「虚空の嘆き!」
『偽りの星』たちに隕石を降らせる。その攻撃でほとんど『偽りの星』は崩れ落ちた。まだ残っていた一体をミケーネが銃で完全破壊する。
「ラニングブレット!」
 直後、マ神の魔法が三人を襲う。
 エネルギー波が三人の体を焼くが、その力に負けず、レオンはその場に踏みとどまった。
「お前は、強くなど、ない」
「なに?」
 レオンはそのエネルギー波を受けながら言った。
「お前の強さは、ただ無闇に攻撃するだけの力だ。全然、強くない。ぼくたちの力は仲間を守るための強さだ。お前なんか、全然、強くない」
 そして、鬼鈷を構える。
「この攻撃を受けてみろ、マ神!」
 そして突進した。
 ゲ神、ザ神の力を受け、さらには世界の運命を変える力を持つ鬼鈷の力が、そしてこの世界の人々の想いが、亡くなった人々の想いが、リザーラの、サマンの、カーリアの、バーキュレアの、クノンの、ファルの、ミジュアの、ゼノビアの、ドネアの、ガイナスターの、ミケーネの想いが、この世ならざるレオンの手によって一つにまとまり、マ神へと向かう──
「ぼくたちは強い!」
 鬼鈷の一撃が、マ神の心臓を砕いた。
「ばっ、ばかな──!」



 そして、鬼鈷が心臓を完全に貫いた。







Last Episode

グランヒストリア







「やったのか」
 静寂が戻る地下遺跡。
 だが、これではあまりにあっけなさすぎる。
 もちろん、ミケーネもガイナスターも、まだ緊張を解いてはいない。
 そして予想どおり、マ神の声が再び響いた。
「レオンよ。我が終焉のための余興にしてはなかなかであったぞ」
 直後、地下遺跡が揺れだした。
「なんだ、この揺れは」
 ガイナスターが焦りを顔に出す。誰しも、自分のいる『場』の変化には強くない。
「運命の時は来た。地下に眠るエネルギーを、今こそ、解放する」
「貴様、エネルギーを暴走させたというのか」
 レオンが焦りを顔に出す。
「歴史は変えてはならない。アサシナは、グラン世界は、滅亡するのだ」
 徐々にかすれていくマ神の声。
 どうやら、これが本当に最後の力だったらしい。
 全てを無に帰す、マ神のエネルギー。
 この大陸の全てを失うほどの。
「くっ、だめなのか!?」
 ミケーネが顔をゆがませる。
 ここまできたのに、マ神までをも倒したというのに。
「この上に部屋がある」
 レオンは落ち着き払って言った。
『そこが最終制御室だ』
 世界記からの言葉が響いた。
「そうか。まだ鬼鈷があった」
 おそろしいほどに、レオンは冷静だった。
 大陸は救える。未来は必ず自分たちの手で作ることができると信じているからこそ、この場面においても必ず打開策は残されていると理解しているのだ。






「この部屋か」
 最終制御室。既に揺れは立ってもいられないほどに大きくなっている。おそらくはグラン全土が揺れているだろう。
『この選択が全てを決める』
 世界記からの言葉が届いた。
『マ神が暴走させたエネルギーはグラン世界を滅ぼすには充分すぎる。急ぐのだ、レオン』
「しかし、鬼鈷を挿すところが二つあるぞ」
『この船はグラン世界のすべての天使にエネルギーを送り続けてきた。左はそのエネルギーを完全に停止させる。この世界の天使はすべて動かなくなる』
「右は?」
『エネルギーの流れを通常に戻す。これまでと同様に世界の混乱は続くだろう』
「混乱……」
『お前の選択がこの世界の運命を決める』





(ぼくの選択か)
 どちらにしても、混乱は避けられない。
 今までどおり、人間同士が争っていくのか。
 それとも、争いがなくなるかわりに、力の弱い人間たちがほそぼそと生きていくのか。
 どちらも、苦しい未来だ。
 だが、それなら。
 せめて、未来は。
(ぼくは、この世界を守りたい)
 守るというはどういうことだろう。みんなが幸せで、平和に暮らしていくことなのだろうか。
 いや、そうではない。
 人間というものがどういう時に一番輝くかを、自分はよく知っている。
 今までに見てきたはずの、どの世界の人間たちも、自分で自分の運命を切り開くために生きていた。

 生きるということは。
 誰かに決めてもらうことではない。
 自分で、自分の未来を決めるのだ。
 すべての人間がそうあってほしい。
 すべての存在がそうあってほしい。
 だから、自分の存在は、不要なのだ。
 ただ少しだけ世界に危機が訪れているのなら、少しだけ手を貸す。

 それが、自分の『生きる』意味。





「右だ」
 たとえ混乱が続いたのだとしても。
 そこに、人間の『生きる』意味があるのなら。
『この世界の混乱はさらに続くのだぞ。よいのだな?』

「ああ。ぼくはこの世界の『神』なんかじゃない」

 そしてレオンは、力強く鬼鈷を差し込んだ。

「止まった」
 地震は徐々に小さくなり、止まった。ミケーネがほっとしたように息を吐き出す。ガイナスターも安堵の表情を浮かべていた。

825年 星からの船、発見される
ガラマニア王ガイナスターと騎士ミケーネ・バッハによりアサシナ地下から、星からやって来た船が発見される。エネルギーは暴走寸前であったが、彼らの活躍により平常に戻される。


「助かったのか」
 ガイナスターが言う。もちろん、この場は問題ない。だが、全てはこれからだ。
『これで一応の決着はついた。グラン大陸の滅亡は歴史から消え去った』
「よかった」
 これで、役目は果たした。
「みんな、グラン大陸の滅亡はなくなったぞ。ぼくたちは運命を変えられたんだ!」
「そうか! 助かったのか! やったな! ガイナスター」
 ミケーネも喜色満面にする。
「おお、これもみんなレオン、お前のおかげだ!」
 もはや長年の旧友であるかのように、ガイナスターも笑顔だった。
 だが。
『レオン。そろそろ時間だお前に与えられたのは二十年間だけだ。これ以上この世界にとどまることはできない』
(そうか)
 せめて、戻ってみんなと顔を合わせてからにしたかった。
 会いたい人がいた。
 クノンとファルに、これからの大陸を託したかった。
 ゼノビアと、最後に一度ゆっくりと話し合いたかった。
 サマンに、リザーラのことを伝えたかった。
 そして、ドネアに会いたかった。
 せめて、別れだけでも告げたかった。
(でも、これでいいのかもしれない)
 この姿で出会ったのはたったの一度。
 そして、彼女が心の中で想う相手は自分ではない。あの優しかったころのウィルザなのだから。
「誰だ!」
 世界記の声が聞こえたのか、ガイナスターが叫ぶ。
「いや、知っているぞ。レオン、君に時々語りかけていた声だな」
 まさか。
 世界記の声が、二人にも届くとは──
「そうだ」
 レオンがそれを認めて頷く。
「そいつは一体誰なんだ。そしてレオン、お前はいったい何者なんだ!」
 最後くらい教えろ、というようなガイナスターの表情だった。
「そうだレオン、説明してくれ。俺たちは仲間じゃないか!」
 仲間だからこそ、全てを分かち合いたいと、ミケーネは言った。
 だが。
「ぼくは」
『君たちに説明する必要はない』
 世界記は、今度こそはっきりとした『音』で二人に答えた。
「なんだと!」
「そうなのか、レオン」
「すまない、みんな」
 言うことはできない。
 何故なら。
 自分すら、自分の正体を知らないのだから。
 その表情に何を読み取ったのか。ミケーネは諦め、和やかな表情に戻って言った。
「まあいいさ。それよりも早く帰ろう。ケインやマ神にめちゃくちゃにされたこの世界を一緒に立て直してくれ」
「そうだレオン。俺たちと共に生きよう」
 二人とも、気づいていた。
 自分は、この世界を守るために現れたもの。
 だからこそ。
 世界を守った以上は、もう、この世界にはいられない──
「できればぼくもそうしたい。けれど、ぼくは、ぼくのいたところに戻らなければならないんだ」
「ドネアのことはどうするつもりだ。ドネアは、妹はお前のことしか考えていないんだぞ」
 それを聞いたレオンは一度だけ、寂しそうに笑った。
「ごめん。ただ、ぼくはずっとこんなことを続けてきて、前のこととかは覚えていないけれど、それでも思ったことがある。ぼくは──」
 そう。
 自分は、かつてないほどに。
「ドネアを愛していた。結ばれないと分かっていたけれど、それでも彼女の傍にいたかった。だから、彼女をここまで縛り付けたぼくの責任が重いのは分かっている。でも、どうにしたってぼくには時間がない」
「レオン!」
「だってこれは、最初から決まっていたことで、ぼくの意思では変えることができないことだから」
 二人が顔をしかめる。だが、半ばそれは諦めていたことなのか、二人ともそれ以上は何も言わなかった。
「お別れの時が来たようだ。ぼくの旅はここで終わりだ」
 そして、その体から赤い玉が外に飛び出していく。
 最初から『死体』だった名前も知らない男の体は力なく崩れ落ちた。
「おお」
 ガイナスターがそれを見て呻く。
「レオン」
 ミケーネも、それが自分の本体だと気づいてくれたらしい。
 だが。
「さようなら、みんな。これからの歴史は君たちの手で作り上げてくれ」
 そして赤い玉と青い玉が回転して、宇宙へと飛び去っていく。
「レオン」
 ガイナスターが呼びかけても、もうその体も、玉も、こたえてはくれなかった。












 それから。












「そうか、黒童子どもは全員かたづいたか」
 大神官ミジュアが、ザの神殿の中でミケーネの報告を受けていた。いまや実質的にアサシナを動かしているのはこの二人だ。
 ミケーネには国を救った英雄ということで、あちこちから国王となってこの国を率いてほしいという声が上がっている。だが、彼はそれを一向に受けようとしない。
「はい。ケインがいなければ、奴らは人形も同然でした」
「そうか」
 したがって、今は国を動かす指示を出しているのは、その権限を持つ大神官ミジュアのみなのだ。
 ミケーネは自分からは行動しようとしない。
 あの戦いで、何か自分の中に決めたことがあるようだった。
「レオン殿の決断がどんな意味を持つかは、これからの我々のやり方によって変わっていくのだろう」
 ミケーネは頷いて答える。
「これからの歴史は、我々の手で作れというのはレオン様の言葉でした。そのことをいつも心の中にとどめておきたいと思います」
 そう。
 歴史は自分たちで作る。
 混乱も、発展も、滅亡も、栄耀も。
 全ては、人が作るものなのだから。






「そうか、アサシナは落ち着きを取り戻したか」
 国王の座に戻ってきたガイナスターはその報告を受けて微笑む。
 アサシナには盟友であるミケーネがいる。その人物がここまで国を復興させたのだ。盟友としては──
 その国を奪ってこそ、だろう。
「ええ。陛下、またアサシナを攻めるおつもり?」
「いや、今はやめておこう。しかし、このグラン世界の王となるのはこのガイナスターだ」
 そう。
 この世界の歴史は自分たちで作れとレオンは言った。
 ならば。
 この世界の歴史に名を残すのは、このガイナスターだ。
 レオンを守ることができなかった。
 ならば、レオンの意思は自分が引き継ぐ。
 この世界の歴史を作るという、その行為によって。
「ふふ。あなたは昔から少しも変わっていないわね。初めて会ったころから」
「そうだな」
 ガイナスターもその昔を思い出す。
 森の中で負傷した自分を介抱したのがこのルウだ。それ以来、自分にとってもっとも大切な存在となった。
 かつてレオンの──ウィルザの、というべきだろうか、その婚約者だった女性。
 女の趣味まで同じだったとは、恐れ入る。
「たまには我々自身の歴史を振り返ってみるのも、悪いことではないかもしれん」
 そして、彼は自分の妻の顎を片手であげた。
「そうね」
 彼女は優しく、自分の夫に微笑んだ。






 ジュザリアの荒廃は最も激しかった。
 リボルガン王をなんとか救出することはできたが、その後の攻撃を一番に浴びたのはもっとも弱小国家であるジュザリアだったのだ。
 クノンとファルがなんとかレジスタンスの力を総動員して防いだものの、被害は甚大だ。
 ミケーネのおかげで物資はぎりぎり保っているが、ほんの少しの綻びでこの国は滅んでしまうほどだ。
「そうか、復興はなかなか進まぬか」
 リボルガン王はファルからの報告を受けて顔をしかめる。
「ええ。アサシナ帝国による被害は予想をはるかに上回っています」
「こんなときこそレオン殿の力が必要なんだが、運命とは皮肉なものだ」
 リボルガンもまた、レオンの活躍は何度も耳にしている。そしてこの世界を救った人物であることも分かっている。
 だが。
「そうかもしれません。でも、あの人は言っていました。運命は変えられる、と」
 それも人づてだ。だが、ファルにはその言葉で充分だった。
「そしてもしかしたら、ザ神など消えてしまえばよかったと思うことがあるかもしれません。でも今は、あの人の選択が正しかったと思うのです」
 生きることがぎりぎりの世界よりも、混乱と繁栄を繰り返す方が人の歴史として相応しいと。
 自分もその王家の混乱に巻き込まれた者であるが。
 幼子が力もなく息絶えていく世界などよりはずっといいと。
 そう、思うのだ。






「ねえ、サマンちゃん。隣村のヘイデスなんかどう?」
 ドルークでは、世話焼きおばさんが今日もお見合い相手の話をしていく。
「おばさん、アタシ、結婚なんてね」
 そう断ろうとしても、おばさんは全く話を聞こうとしない。
「なーに言ってんだい。いつまでもレジスタンスなんて埃っぽいことしてないで、早く結婚しちまいな。それが幸せってもんだよ」
 結婚して、その人の子供を産んで、次の世代を作る。
 確かにそれは、人として必要なこと。
 レオンもそれを望んでいる。
 でも。
「それともリザーラさんのことを気にしているのかい」
 驚くほどに、それは彼女の中には全くなかった。
 確かにリザーラは自分の姉であり、この世界に災厄をもたらした魔女として認識されている。
 だが、
「そんなことないです。お姉ちゃんは悪くなかったってことは、ミケーネさんがみんなに言ってくれたから」
 問題はそんなことではない。
 違うのだ。
「そうかい。じゃあ、また寄らせてもらうよ」
 そう言って世話焼きおばさんは、よっこいしょと立ち上がって玄関へ向かった。その途中、何かに気がついて戻ってくる。
「あ、道具屋のマッセンなんか──」
「また今度にしましょう」
 二言目を言わせぬ気迫で彼女が断ると、おばさんもそれ以上は何も言えなかった。
「そうかい、じゃあね」
 そして出ていく。
 この家の中に一人、サマンは残った。
 かつて、リザーラと暮らした家。
 まだ騎士だったウィルザが泊まった家。
 そしてレオンが来て、自分を慰めてくれた家。
 そう。
 自分が気にしているのは姉のことではない。
 もう二度と会えなくなった、自分の想い人のことだ。
 レオンがウィルザだったというのは、後でミケーネから聞いた。
 人生でたった二回しか、自分は恋したことがない。だが、その二回はいずれも同一人物だったというわけだ。
 これでは、なかなか他の男性など気にできるはずもない。
「結婚か」
 でも彼は望むのだ。
 自分のことなどおかまいなしに。
 この世界で、幸せになれと。
 彼はこの世界にいないのに。
「お姉ちゃん」
 かつて、姉がよく座って笑っていた場所を見つめる。
 ウィルザのことで、何度か相談に乗ってもらったこともある。
 だが、自分は彼に何も言えなかった。
 言えばよかったのだ。
 言えなかった後悔だけが、今は胸に残る。
「アタシ、生きてみるよ。一生懸命」
 だが、この世界に生きる以上、進まなければならない。
「今日より明日が、明日より明後日が、もっといい一日になるようだから。せっかく、レオンが守ってくれた世界だから」
 そして、もうどこにもいない、二人の面影が脳裏をよぎった。
 彼女の目から、涙が落ちた。



「アタシ、生きてみるよ」







Special Episode

『終曲。そして……』







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