826年 アサシナ王国再興
アサシナは皇帝ウィルザ、神官リザーラがマ神に操られていたことを発表。追放されていたデニケス王家のクノンが新国王として迎えられる。

826年 ドルーク自治権獲得
アサシナ帝国との戦いでレジスタンスを率いたサマンがドルークの自治領を新アサシナ王国から得る。

826年 東部自治区再興
アサシナ帝国との戦いで自治権を奪われていた東部自治区の自治権が回復する。

827年 クノン結婚
アサシナ王クノンがジュザリアよりファルを妻として迎える。

828年 大神官崩御
大神官ミジュア、病気のため崩御する。ゲ神信者が活動を再開する。

829年 ガラマニア戦争
ガイナスターはアサシナへの侵攻を開始する。アサシナはミケーネが軍を率い、国境付近で小競り合いが続く。

830年 偽りの星封印
長く放置されていた偽りの星を完全に封印する。







 あれから、どれだけの月日が流れたことでしょう。
 あなたという人を失って、私はもう生きる意味すら失ってしまったようです。
 ただ、あなたの傍にいられればよいと思い、添い遂げるつもりでした。
 あなたが異世界の方で、そしていつしかその体を奪われていたということ、すべてミケーネ様より教えていただきました。
 ですが、私はあなたに一言だけ言いたいことがあります。

 どうして、名乗ってくださらなかったのですか?

 私はただ、あなたの傍にいたかっただけなのに。

 覚えていますか。
 あなたがアサシナの騎士として、私の前に初めて現れた日のことを。
 私にかかった呪いを解いてくれた日のことを。
 私の命を助けてくれた日のことを。
 五年後に結婚すると言ってくださった日のことを。
 そして、あのリザーラ様の家で再会したことを。
 覚えていますか。

 私はずっと、覚えています。
 私はずっと、忘れません。
 ただ、あなただけを、ずっと。












「なあ、世界記」
 赤い星が尋ねる。少し遅れて青い星が答えた。
「どうした」
「もしかしたら、っていうレベルのものだけど、ちょっと気になることがあって」
「かまわない。言ってみるがいい」
「ぼくは自分の素性を知らない。どういう経緯でお前と一緒にいるのかも知らないし、これから先、どれくらいの戦いを続けるのかも知らない。でも、お前は──あのグラン大陸のある世界が、お前の生まれ故郷なんじゃないかな、って」
 青い星は答えない。
「いや、本当に、たいしたことじゃなかったんだ。考え違いをしていたらごめん」
「いや。だが、どうしてそう思った?」
 赤い星が少し考え直してから言う。
「空の船で、お前はずっとあの中にいると言っていた。でも、それはおかしな話なんだ。だって、お前がこの世界に来たのはこれが初めてなんだから。だから、この世界の誰とも関わりなんて持っていないはずなんだ。それなのに、お前はあの船にいると、長老が言っていた。だから、お前もマ神たちによって作られた存在なんじゃないかって」
「そう思うか」
「ああ。いや、違っていたらごめん」
「いや、大きくは違わない。久しぶりにあの世界に行くことができて嬉しかった。私はすべての世界で活動するに際して、すべての基盤をあの世界においている。厳密にいえば故郷は異なるが」
 その返事に、赤い星が少し嬉しそうに震える。
「お前の名前は何ていうんだ?」
「そんなことを聞いてどうする」
「いや、今までどれだけの世界を旅してきたのかは知らないけど、お前の名前を呼んだことはないと思うんだ。だから、もし分かるのならと思って」
「知らなくて当然だ。お前の記憶はすべて私に転送されることになっている。どの世界へ行ってもお前はすべてゼロから体感できるようになっている。だが、今回ほど一人の女性に執着したことはなかったな」
「え?」
「ドネア。彼女のことを本気で愛していると、お前の記憶から私に伝わってくる」
 赤い星は照れたように口ごもる。
「実は、お前はこれで解放されるのだ」
「え?」
 突然何を言われたのか赤い星には全く理解できなかった。
「お前は何十万年もの昔に大罪を犯した。いくつもの世界がお前の決断のために滅びた。お前はその罪を贖うために、七つの世界を救わなければならないという罰を科せられることとなった」
「そうだったのか。といっても、なんだか記憶に残ってないけど」
「その記憶も私に転送されている。お前は新しい世界ではどんな意識も残らない」
「なるほど」
「世界に危機が訪れた時、私は自動的に現れる。だからこの何十万年という間、お前はほんの二十年間世界を守るためだけに現れては消え、そしてまた現れては世界を救うということを繰り返してきたのだ」
 覚えてないことはあまり実感のあるものとして考えられない。だが、おそらくこれは世界記の最大級の賛辞なのではないか、と思う。
「じゃあ、ぼくはどうなるんだ?」
「罪を償えば赦される。赦されたあとはお前次第だ」
「ぼく?」
「そうだ。こちらにも事情があってもう少し時間がかかるが、それがすめばお前は自由になれる」
 だが、逆に赤い星はとまどっていた。自由とはいえ、本来の自分の世界がどこなのかも分からず、そしてその記憶すらないのではどうしようもないではないか。
 いや、ただ一つだけ、行きたいところがある。
「それは──どこの世界にでも行ってかまわないっていうことなのか?」
「そうだ」
「なら、グラン大陸にも」
「可能だ。ただし、向こうの世界で暮らすとしても、お前の記憶はすべて私に転送されるから向こうの世界のことは完全に忘れてしまった上でということになる。それはあらゆる世界に行くとしても全く同じ条件だ。それと、ウィルザやレオンの体を使うことはできない。それだけの誓約があってもなお行きたいというのなら、そのように取り計らおう」
「じゃあ、お前と一緒にいることは」
「それはできない。いや、不可能ではないし、方法はある。だが、それはできない」
 世界記は頑として拒否した。
「どうして」
「私と君とではあまりに違う。君はこういう存在の形をしているが、君はあくまで人間だ。それ以上でも以下でもない。人間ではない我々と共にあることは望ましくない。きわめて望ましくない」
「世界記は、ぼくと一緒にいるのは嫌なのか?」
「私に感情などない──いや、この何十万年かを通して少しだけ感情というもの、それに近いものが芽生えている。それは、君に、幸せになってもらいたいという気持ちだ」
「しあわせ?」
「そうだ。君はいつも苦しんでいた。七つの世界のどこでも、自分はこの世界に居続けることはできないからと感情を押し殺し、黙々と世界を救った。それは罪人としてはあるべき姿なのかもしれない。だが、君はどうにも不憫でならなかった。だから、罪が赦されたあとは君は幸せになるべきなのだと、私がそう勝手に思い込んでいる。そして、その可能性があるのなら、君は放棄するべきではない。君は生きるべき『人間』なのだから。人間にはすべからく、幸せになる権利がある。君はそれを放棄してはいけない」
 珍しく饒舌だった。それだけ世界記が自分のことを真剣に思ってくれているという証拠だろう。
「お前のことくらいは覚えていられるのかな」
「世界を救う使命のないものに、そのような記憶を残すことはできない」
「じゃあ、完全に忘れて、グラン大陸に落とされるってことか」
「その通りだ」
 赤い星は少し悩むが、いずれにしても結論は出ている。
「お前に、いつまでも迷惑かけてられないよな」
「ああ。だが、これだけは伝えておかなければならない。たとえ、お前に記憶がなくなったとしても」
「なんだ?」
「私にとって、これから先、幾星霜の未来ですら、私にとってパートナーはお前一人だ」
 ふいに、心が熱くなるのを感じる。
 この姿では何もできないが、もしかしたら体があれば、泣いていたのかもしれない。
「ぼくにとっても、だよ。これから先、二度と思い出すことがなかったとしても、今、この場にいるぼくは間違いなく、お前が唯一のパートナーだと思っている」
「分かっている。お前の気持ちは私に転送される。これから先、パートナーと永遠に同じ想いを抱けるというのは私にとっても喜びだ」
「世界記」
「最後に、私の名を教えておこう」
 青い星が、かすかに揺らめく。
「シン、と呼ぶがいい」
「シン。ありがとう、今まで」
「ああ」












 ──それから。












 男は波の音に気がつく。
 頭がぼんやりとしているが、温かい陽射しが徐々に意識を鮮明にしていく。
 潮の香。
 空の青。
 波の音。
 風の感触。
 そんなものをしばらく感じていたのだが、やがて男はゆっくりと起き上がる。

 行かなければ。
 行って、約束を果たすのだ。

 男はその意識のままに歩みだす。

 ──と。
 ふいに、誰かの声が聞こえたような気がした。

『お前に記憶を残すわけにはいかない。だが、お前がもっとも望む場所へ送った。それから先は、お前の自由にするがいい』

 振り返ったところに、一人の女性の影。
 随分と歳を取っているようだが、とても美しい女性だった。
 何故だろう。
 初めて会うはずなのに、知っている人のような気がする。
「旅人さんですか」
 落ち着いた、清楚な感じのする声が聞こえる。
「え、あ、ぼくは──」
 と、思い出そうとして、名前が出てこないことに気付く。

 自分は?
 自分は、何だ?

 ──と、そこへ目の前の女性がゆっくりと近づいてきて、じっと自分の目を見つめてくる。
「不思議ですね」
「は?」
「私が生まれてきてから、あなたのような瞳をした人を、私は他に、二人しか知りません」
 その微笑に、顔が熱くなる。
「あなたはウィルザ様──いえ、レオン様、ですか?」
 ウィルザ? レオン?
 自分が何者かも分からない。そんなことを言われても困る。
 だが。
 その言葉に、どこか不思議な懐かしさも覚える。
「何も覚えてらっしゃらないのですか?」
 何故か、自分の目の前にいる女性は自分のことをよく理解しているらしい。
「そうですか」
 だが、女性はそこでようやく安心したように息をつく。
「あなたはすべてを終えて、ようやく私のもとに来てくださったのですね」
「ぼくは──何も、覚えて」
「はい。かまいません。あなたが忘れたとしても、私が覚えておりますから」
 そして、女性は名乗った。

「私は、ドネア、といいます」





The End







解説

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