「でも、いったいどうしてこんなところに」
「説明は後よ。それより今は脱出が先でしょ。こっち。こう見えてもこのグラン大陸の全ての宮殿で入ったことがないとこなんてないんだから」
 暗闇の牢屋をサマンはひたすら進む。真っ暗なので注意していなければすぐに見失ってしまいそうだった。
「こっちの地下道から街の外までつながってる。騎士に見つからずに抜けられるわ」
「何から何まで、ありがとう」
「かまわないわよ。ま、スリの現場を見逃してもらってるから、これでチョンチョン」
「チョンチョン?」
「貸し借りなしってこと」
 もともと警備兵に引き渡すつもりなどなかったし、これでは自分の方が借り分が多い。
「この恩はきちんと返すよ」
「気にしなくていいわよ。それに、あたしにもちょっと考えてることあるし。あ、そこ滑るから気をつけてね」
「ああ、ありがとう──うわっ」
 言ってる傍から足をすべらせて倒れる。何やってるの、とサマンが後ろを振り返る。
「ほら、捕まって」
「ありがとう。よっ、と」
 サマンの手を取って立ち上がる。ぱんぱん、と埃を払う自分を、気付けばサマンがじっと見上げていた。
「どうかした?」
 だが、サマンは首をかしげて「気のせいかなあ」と呟く。
「だから何が?」
「うん。さっき喫茶店で、あなたのことを考えてたんだけど、どうして大神官様が誘拐されるのを知っていたり、人型天使と普通に会話してるのか、気になって」
 それを追及されると弱い。できるだけその会話は避けなければならない。
「こんなどこにでもいるような普通の人なのになあ、って思っただけ」
「ぼくはそんなに普通っぽいかい?」
「それなりに。でも自由戦士で邪道盗賊衆、それにあまりにも色々なことを知りすぎてるっていう点で、十分普通じゃないわよ」
 それは褒め言葉なのか違うのか、それもよく分からないところだった。
「邪道盗賊衆の一味って、本当?」
「半分本当で半分嘘」
「関係はあるってことか」
「そんなところ。説明すると長くなるけど」
「簡単に説明してくれると嬉しいんだけど」
 とはいっても、これをどう説明すればいいのだろう。
 結婚式の襲撃を止めるために単身盗賊のアジトに乗り込み、半ばガイナスターの気まぐれで中止になった、その際に自分が仲間になることが決定した。
(そんな、なんの脈絡もない展開、誰も信じないぞ)
 だが、人間というのはその脈絡のないことをするものなのだということを自分はよく知っている。
「あたしさ、あの後喫茶店を出た時に、警備兵があんたのこと探しているのを知ったの。ウィルザっていう邪道盗賊衆を捕まえろって。なんか紙を手にしてたから、多分人相書きが回ってるんだと思う」
「それはすごい」
 素直に答える。まるで自分のこととは思えない。
「あたしと一緒にいたあなたは、そんな悪い盗賊のようには見えなかった。濡れ衣だと思った。だから……」
「助けに来てくれたんだ」
 ウィルザは微笑む。この暗闇の中だったが、それは確かにサマンに伝わっていた。
「だ、だって! 悪いことしてないのに捕まるなんて間違ってるじゃない!」
「確かにね。でもぼくはそういう意味では確かに捕まるようなことをしている。もちろん人殺しや誘拐なんてことはしないよ。でも間違いなく邪道盗賊衆に協力して、王都の騎士と戦った。見つかったら処刑は間違いない」
「……」
 サマンはじっと相手を見つめていたが、はあ、とため息をついた。
「こいつ助けたの間違っちゃったかも」
「そうかな。君が来てくれなかったらこの世界は混乱に陥っているところだった。君のおかげで世界は救われるんだよ」
 相手を別に励ますというわけではなかったが、そのことははっきりとさせておきたかった。
「どういうこと?」
「大神官が誘拐されて殺されてしまったら、クノン王子に祝福を与える人がいなくなる。そうなったらこの世界は一つの混乱を迎える。それは絶対に避けなければいけないことだ」
「そこよ。最初からずっとあなたのことが気になってたのは」
 サマンは、ずい、と身を乗り出してきた。
「グラン大陸が危ないとか、世界が混乱するとか、あなたはいったい、どういう素性の人? 少なくともどこかの国の王子様、なんてことはないわよね」
「もちろん違うよ。でも、ぼくは」
 一度、しっかりと区切って答える。
「この世界を、グラン大陸を守りたい。これから長い時間の中で、グラン大陸は破滅へと向かうことになる。それを防ぐために、ぼくはここにいる」
 どうして。
 どうして、初めて出会ったばかりの少女に、自分はこんなことまで話しているのだろう。
 だが、この少女もまた、何かしらの真実を求めているのだということを理解した。だから、話す気になったのかもしれない。
 それに、この少女はアルルーナの言う『導きの少女』だ。この少女と行動を共にすることで、グランの未来が開けるのかもしれない。
「冗談で言っているわけでは……なさそうね」
 相手をじっと見詰めて言う。もちろん冗談などではない。今までもいくつかの世界をそうして守ってきたのだから。
「邪道盗賊衆に協力したのも、世界を救うため?」
「そんなところ。ぼくが邪道盗賊衆に入るかわりに、イライの村を襲撃するのをやめてもらうように取り引きした」
「イライ──神殿のある村ね」
「そう。世界を救うためには神殿は必要だから」
 最後の滅亡にいたるまでに、これからグランではたくさんの人が亡くなる。
 だが、亡くならなくてもいいのなら、それに越したことはない。
 もしザ神殿が崩れようものなら、その影響で混乱が広まる。意味のないゲ神、ザ神の争いが起こるかもしれない。
 一人でも多くの命を救う。それが、この大陸を守るということなのだ。
「やっぱり、気のせいなんかじゃない」
 真剣に、サマンが見つめてくる。
「何が?」
「ううん、最初に出会った時から、この人は何かをするような、そんな直感が働いてたの。だからあなたのお茶にも誘われたし、あなたが捕まったと聞いて助けに来たのよ」
「ありがとう」
「お礼はいいわ。そのかわり」
 ふふん、とサマンは笑う。
「あたしも連れていって。あなたが守る未来を、あたしも見たい」







第七話

アサシナの黒い影







 二人は無事にアサシナの郊外に出た。
 まだ夕陽は沈んでおらず、今から急いで出発すれば、新年の朝にはベカノ村に到着できそうだった。
 そうして出発しようとした時だった。
 気配もなく、二人のすぐ後ろに現れた黒い影。
「あんた、面白いものを持っているね。その肩に止まっている奴だよ」
 すぐ背後で突然生じた声に、ウィルザは飛び退いて剣に手をかける。
 そこにいたのは、黒いローブに身を包んだ奇妙な男であった。
『誰だ?』
 こんな尋常な相手が、それも世界記に気付いている男など、普通であるはずがない。
『私の情報の中にもあの男については何も記されてはいない』
(世界記に記されてないだって?)
 これほど怪しい人物が記載すらされていないなど、ありえることなのだろうか。
 だが、この男が決して味方ではない、ということだけは最初から分かっていることだった。
「何者だ?」
「私はケイン。あんたと同じ、普通の人間でないことは確かだよ」
 サマンがちらちらと、自分とケインを見比べる。
(くっ、他の人間がいるところで、そんな)
 せっかくサマンが自分に協力してくれると言った矢先なだけに、厄介なセリフだった。
「ケイン、お前は──この世界を守るものなのか?」
 自分と同じだというのなら、この世界そのものに関わる相手ということだ。だからこそ、世界記にも記されていないのだろう。
 この世界の人間ではない、というのならば。
「想像にお任せするよ。私は歴史がありのままであることを願う存在。グランが滅びようと栄えようと、そんなことは私には関係ない。サンザカルなど放っておくがいい。歴史に逆らうな」
 すると、二人の目の前で、男は風に溶けるようにして、消えた。
「……な、なに、いまの」
 サマンは完全に混乱して、声が震えてしまっている。こんな人間技とは思えないものを見せられては仕方のないことだろう。
「分からない。だが、ぼくに警告をしに来たみたいだな。どうやらこのグラン大陸には、ぼくと敵対する勢力がいるらしい」
「敵対って」
「ぼくが世界を守るためにここにいるのなら、世界に滅びをもたらすためにいる連中、ってことかな」
「なによそれっ!」
 サマンが一瞬で激昂する。
「今のケインっていう男、多分、相当の実力者だ。ぼくの力ではかなわないかもしれない」
 ウィルザは隣にいるサマンを見た。
「危険な目にあうくらいなら、サマン──」
「いやよ! ついて来るなって言うんでしょ。そんなことを知って引き下がれるもんですか! この世界は絶対にあたしたちで守るんだから!」

 あたし──たち。

 その言葉に、思わずウィルザは顔をほころばせていた。
「そうだね。ごめん、その通りだ」
「そうよ。それに、ウィルザ。問いただすことがあるわ」
 サマンの目は、絶対に回答拒否を認めないという凄みをきかしていた。
「普通の人間じゃない、ってどういうこと?」
「それをぼくに聞かれても。ケインがそう言っただけのことであって、ぼくには何を言いたいのかも分からなかったんだから」
 まあ、確かに普通の人間ではない。もともとこの体は『トール』のもの。その死体に新たに命を吹き込んだかりそめの命だ。それを言っているというのなら、確かに自分は普通ではない。
「ま、あなたがそう言うんならそれでもいいけど。でも」
 サマンは少し考えたが、その先を言うのはやめた。
「なんだい?」
「なんでもない。とにかく、急ぎましょ。もう大神官様は最悪、サンザカルに連れて行かれているかもしれないんだから」
 気持ちを切り替えたかのようにサマンが言うと、ウィルザも頷いて「そうだな」と答えた。
「ごめんな、サマン」
 歩き出したサマンに、そっと囁く。
「何が?」
「ぼくは色々と、君に迷惑をかけているし、心配もさせている。それに、君が望んでいる答をあげることもできない。だから、ごめん」
 知らないから、ではなく、伝えられないから。
 その言葉を濁しつつウィルザは謝罪する。もしそれを言葉にしたら、全てを話さなければならなくなるから。
 それを直感で悟ったのか、サマンは首を振った。
「いいわよ、もう。もしウィルザが話せるようなことがあれば、そのときはゆっくり話してくれればいいし」
「ああ、ありがとう」
「不思議ね」
 小さなサマンが満面の笑みで言った。
「何が?」
「あたしたち、今日出会ったばかりなのに、どうしてこんなに相手のことを心配したり、思い悩んだりしてるのかしら」
「分からない。でも──なんだかサマンはしっかりしてるし、まるで家族みたいな感じがする」
「家族かあ」
 少し憧れたかのようにサマンは口にする。こんな若い身空で盗賊を生業にしているのだ。いろいろとあるのだろう。あえてウィルザは追及しないことにした。
「さて、今度こそ急ごう。大神官様がお待ちかねだ」
「うん」






 グラン崩壊まで、あと十九年。







一つの選択の変化が、歴史を大きく変化させる。
ベカノへとやってきたウィルザとサマンは、そこで脱出してきた神官ローディと出会う。
神官の言動に不審を抱くサマン。
そして、世界記の記述に変化が現れた──

「だって、あなたが守ってくれるもの。そうでしょ?」

次回、第八話。

『サンザカルの悲劇』







もどる