807年 墓場街道開通
天使の墓場に巣食っていた暴走した天使が倒されたため、ドルークへの陸路が開かれる。


 来年、そしてその先。考えなければいけないことはいくらでもある。
 今年の問題はすべて片付けた。そして来年は、ガラマニアのドネア姫と、アサシナのパラドック王子との結婚式だ。
 そしてその結婚式はアサシナ騎士のゼノビアという女性によって暗殺されることになっている。
 もちろん、そんなことをむざむざとやらせるつもりはない。
 ただ、それについてはそこまで早くから動く必要はない。来年になってからでもいい。
 その前に、しなければならないことがある。
「ここがマナミガルか」
 女王、エリュースの治める国。そう、ウィルザはどうしてもこの国に来たかった。
「それにしてもさあ」
 サマンが不満そうに尋ねる。
「どうしてマナミガルなの? 確かにいろいろ見て回りたいっていう気持ちも分かるし、他にもいろいろ行くところだってあるんじゃないの?」
 次の舞台はガラマニアだ。それなのにどうしてわざわざ遠いところまで来るのだろう。サマンとしては不満もあったし、この後のことを考えると不安でもあった。
「いや、できるだけ仲間を増やしておきたかったんだ」
「仲間?」
「ああ」
 ウィルザは自分の右肩を見る。
「ここに僕の仲間になってくれそうな人物がいる。そう信じたからこそ、僕はここに来たんだ」
「マナミガルにねえ」
 そうはいっても、この国のどこにいけばそんな相手がいるのか、ということになる。
 マナミガルは、女王エリュースが治め、宮殿はすべて女性だけで占められているという、他に類を見ない女性国家だ。
「で、相手は誰なのよ。まあ予想はついてるけど」
 一度ガラマニアに行った段階で、ウィルザからさまざまな人物の情報を集めていた。その時の経験から、この国で仲間になりそうな人物のあてなど一人しかいない。
「ああ。騎士隊長になったばかりのカーリアという女性。この人物と面識を持っておきたい」
「やっぱり」
 はあ、とサマンはため息をついた。
「でもさ、ウィルザじゃ宮殿には入れないよ? あそこは女性じゃないと入れてくれないんだから」
「そうだったね。うまく面識を持つことができるといいんだけど。あとはサマンに協力してもらうしかないかな」
 そう。面識を持つ。それだけでも十分なのだ。初めて会う相手と一度会ったことがある相手だったならば、それだけで警戒感が違う。
 ガラマニアはこれから考えることが多い。アサシナもだ。だが、ガラマニアとアサシナが最悪戦争になるといった場合、鍵を握るのはマナミガルの動向だ。
 ガラマニアが単独ではどれだけ兵が精強であったとしても、単純な物量でアサシナにはかなわない。国力が全く違う。それこそアサシナがグラン大陸の覇権をかけて戦争をおこせば、アサシナにかなう国はない。
 だが、ガラマニアが音頭を取ってジュザリア、そしてマナミガルが協力すれば、三カ国連合軍を結成することができれば力関係は逆転する。アサシナは恐らく防ぎきれないだろう。そしてそれは、世界記の記述が真実であることを告げている。
「何か事件でもおきれば一番手っ取り早いのになあ」
「物騒なこと言わないでよね」
 そう言いながら、二人はまず休憩を取ろうと、大通りにある食堂に入っていった。
 そこに入った瞬間だった。
「うあああああああああああっ!」
 中から、悲鳴が響く。
「……言ってる傍から事件だよ」
「嘘から出た真って奴ね」
 二人はその食堂の中の様子を確認する。
 一人の大きな女性を、数人の男たちが囲んでいる。お互い、既に剣は抜き身だ。一人の男が腕を押さえながら倒れている。どうやら既に斬り合いが始まった後らしい。
「助けるぞ」
「どっちを?」
「決まってるだろ!」
 ウィルザも剣に手を置きながらそこに入り込んでいった。
「待て! ここで私闘は禁止だ! それを知ってのことか!」
 聞きかじりの知識でそんなことを言う。全員の視線が一瞬、ウィルザの方を向く。
 その瞬間だった。大女は素早く動く。すぐ近くにいた男を切り裂くと、さらに次の男目掛けて剣を振る。
「てめえっ!」
 他の男たちも動き出す。が、その男をウィルザが刀の峰で打ち倒す。また、サマンがナイフを投げて別の男の腕を刺す。
 残った男は、その女の剣で苦もなく打ち倒されていた。
「助かったよ」
 女が近づいてきて言った。
「いや、どうやらぼくの助けはいらなかったみたいだね。ほれぼれするよ」
「なに、あんたのおかげで楽ができた。助かったよ」
 にぃ、と笑った女には見覚えがあった。

バーキュレア
各地の戦場で名を馳せた女傭兵。主にマナミガル王国軍にその力を貸す。


(そうか。バーキュレアはマナミガルによく協力していたんだったな)
 ここ最近は大きな戦いもなかったことだし、マナミガルに居ついていたとしても何の不思議もない。
「とはいえ、これをどうしたもんかねえ」
 倒れている男達を見ながら平然とした様子で言う。
「事情を聞くつもりはないけど、君は悪くないんだろう?」
 バーキュレアが顔をしかめた。
「どうしてそう思うんだい?」
「君がぼくの知っている傭兵バーキュレアだっていうんだったら、きっと自分から悪いことなんてしない。それに、君の目が悪いことをしていないって言ってる。いや、ちょっと違うな。面倒ごとに巻き込まれて本当に面倒なことになった、って感じだ」
 するとバーキュレアは大きな声で笑った。
「見る目があるね、あんた。それに見ない顔だ。どこのモンだい?」
「ああ、ぼくは──」
 と、その場で話し込もうとしたのがまずかった。
「動くな! 動けば騎士団が容赦せんぞ!」
 そこに都合よく、マナミガル騎士団が到着した。
「まずいな」
 ウィルザが顔をしかめた。どうするのよ、と隣のサマンが呟く。
「大丈夫さ。あたしは顔がきくからね。あんたたちのこともとりなしてやるよ」
 だが、バーキュレアはそう言うとやってきたマナミガル騎士たちに「すまないね」と一言かけた。
「これは、バーキュレア様」
 すぐに兵士たちが姿勢を正した。
「なに、かしこまんなくたっていいさ、ベーチュアリ。あたしらは一緒の戦場を駆ける戦友だろ?」
 にやり、とバーキュレアは笑う。ですが、と兵士の方は困ったように戸惑う。
「ちょっと前の戦いの時の因縁つけられてね。一人残らず叩きのめした。まあ、店主には悪いことしたけどさ、ちょっと目をつむってくれないかい?」
「もちろん、バーキュレア様のこととあれば。ですが、そちらの──」
「ああ、こいつらはあたしを助けてくれたんだ。命の恩人さ」
「そうでしたか。我らがマナミガルの至宝、バーキュレア様をお助けいただきありがとうございます」
 そうしてベーチュアリと呼ばれた女性は深々と頭を下げた。
「いえ、よってたかって一人の女性に襲いかかるなんて、何があっても間違ってますから。でも、ぼくの助力はいらなかったみたいです。多分バーキュレアさん一人でも十分切り抜けられましたから」
「素直にそこまで言う必要はないさ」
 バーキュレアはまた大きな声で笑う。
「ってわけでさ。あたしはこいつらをひどく気にいったんだ。悪いけどこいつらも見逃してもらえると嬉しいんだけどね」
「ええ。バーキュレア様にはお返ししきれないほどの恩を我らは受けています。それに、バーキュレア様は私にとっても命の恩人ですから、最大限便宜を図らせていただきます」
「悪いね」
 そうしてバーキュレアは二人を振り返った。
「ってわけさ」
 豪快な女性がウインクしてくる。ウィルザもサマンも、その力強い彼女のことが既に、心から気に入ってしまっていた。







第十五話

傭兵と騎士







「こんな宿まで用意してくれるなんてね」
 ぽふ、と枕に顔を埋める。サマンがそうやってぬくぬくとベッドに寝転んでいると、部屋の戸がとんとんと叩かれる。
「サマン。バーキュレアさんのところにお礼言いにいくから、そろそろおいで」
「あ、うん」
 マナミガル騎士のベーチュアリは、わざわざ二人に別々の部屋をきちんと用意してくれた。
 今まで何度か一緒の部屋で寝たこともある間柄だ。別にそこまで気にしなくてもいいと思ったのだが、結婚前の女性が一緒の部屋で寝るなど、この国では考えられないほどのふしだらな行為にあたるのだという。
(別にウィルザとはそんなんじゃないんだから)
 姉といい、先ほどの女性といい、やけに自分とウィルザの仲を誤解する。自分とウィルザはそんなのではないのに。
(ウィルザはいつかいなくなっちゃうんだからそんなこと思っても意味がないんだし。それに、あたしは単純に仲間としてウィルザのこと気に入ってるだけなんだから)
 ──本当に、そうなのだろうか。
 確かに、仲間としてこれほど信頼できる相手はいない。
 だが、それ以外に何の感情も、本当に抱いていないのだろうか。
 まあ、割と整った顔。自分よりも他の人や世界のことを真剣に考える精神。そして考え込むときの、保護欲を駆り立てられるような表情。さりげなく自分を気遣ってくれる優しさ。それに一緒にいて疲れない気安さと親しさ。
 どれも、自分にとって好きになる要素だらけで、恋愛の対象じゃないと言い切るのが自分を騙しているような感じすらする。
「……子供だしなあ、あたし」
 まだ胸もないし、背も低い。歳も相手よりいくつ低いのか分からないが、少なくとも恋愛対象として見られる年齢ではないということは分かっている。せいぜい妹といったところだろう。
「だから、そんなことを考えても仕方ないんだってばっ」
 よいしょ、と起き上がる。なんとなく扉を開けてウィルザに会いに行くのが気恥ずかしかった。
『良かったわね、サマン』
 何故か姉の台詞が思い出されて、サマンは顔が赤くなった。






「遅いよ、サマン」
 既に宿屋の待合場にいて彼女を待っていたウィルザが少し不満そうな声を上げる。
「あ、うん。ごめん」
 いつになくしおらしい彼女の様子に、逆にウィルザの方が面食らう。
「具合でも悪いのかい?」
 ──これだ。少しいつもと違うだけで、すぐに心配する。優しいくせに、相手のことを本気で想っていない。これは犯罪だ。
「ん、大丈夫。それより、バーキュレアさん待たせちゃ駄目でしょ。行こっ」
 サマンは手を引いて宿屋を出る。
「おい、ちょっと引っ張るなって」
 二人は、自分たちの口ぞえをしてくれたバーキュレアにお礼がしたいと伝え、一緒に酒を飲むことにしたのだ。
 もちろんサマンは今まで酒など飲んだことがない。だからこれが初めての体験ということで、それも少し楽しみだったようだ。
「おや、ちょうどよかったね」
 その酒場に入る直前で声をかけられた。どうやらバーキュレアも今到着したところだったらしい。
「ええ。ちょうどよかったです──」
 と、ウィルザの言葉が止まる。
 バーキュレアの隣にいた、もう一人の女性。
 その女性は見まごうことなき、ウィルザが会いたがっていた女性に他ならなかった。

カーリア
マナミガルの騎士団長。エリュース女王の信頼が厚い、義理堅い性格である。


「カーリア。この二人がさっき言ったあたしの恩人さ。それからウィルザ、サマン。こっちはあたしの戦友で、マナミガルの騎士隊長を務めているカーリアだ」
 ──こんな、都合のいいことがあるものなのだろうか。
 マナミガルに来て一日目。どうやって会えばいいのかこれから試行錯誤の日々が始まると思っていた矢先だ。
 まさか、初日にして会える機会が持てるとは。
「はじめまして、カーリアさん。ぼくはウィルザです」
「あたしはサマン。よろしくお願いします」
 するとカーリアは、その美しい顔を和やかに微笑ませた。
「はじめまして。マナミガル騎士隊長のカーリアです。でも、今はただのカーリア。バーキュレアの恩人っていうのなら、私にとっても恩人よ。今日は私がおごらせてちょうだい」
「え、いえ。そういうわけにはいかないです。ぼくたちの方で誘ったわけだし、お世話になったのはどちらかというとぼくたちの方なんだから」
「でも、最初に助けてもらったのはこっちよね。だったらそれは当然のことよ。それに私のたった一人の友人を助けてくれたのに何もお礼をさせてもらえないのは辛いわ」
 でも。いや。と、その後も店先で二人が何度か言い合ったが、やがて吹き出して笑ったバーキュレアが提案した。
「じゃあこうすればいい。あたしらの飲み食いした分はあんたらがおごる、逆にあんたらが飲み食いした分はあたしらがおごる。そうすれば問題ないだろう?」
 十分あるような気もするが、それで妥協するほかはなさそうだった。
「でもね、それでも十分おごってもらえるよ。何せ」
 バーキュレアは、その見かけに相応しいことを言った。
「あたしは飲むからね」
 もちろん、ウィルザも最初からそうだと思っていた。







見えないからといって、ないというわけではない。
すべての事件が、世界記に記されているわけではない。
ウィルザの行動が、隠れていた事件を表面化させる。
このマナミガルは、決して何もなかったというわけではない。

「──分かった。なるべく早く、助けるから」

次回、第十六話。

『女王と騎士』







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