西域。
この地域までやってくるとゲ神信仰もさかんになってくる。ザ神の力は弱まり、ゲ神のモンスターが辺りを跋扈する。
よくもまあ、こんなところに王都を移転するなど考えついたものだとウィルザは感心した。実際、王都アサシナから直線距離で一番遠い土地を選んだわけだから、そこがどれだけ未開の地であったとしてもおかしくはないのだ。
だが、アサシネア六世が即位した年から新王都の建設に着手していただけのことはあって、既に街道と、そして新王都の近辺はきちんと整備されていた。
西域はやせた土地が広がる広大な平原だ。もしもここで農業を行うとすれば、良質の土をこちらに運んでくるとかしなければならないだろう。
これからどのようにこの国を発展させていくのか。だが、アサシネア六世はそれよりもまず国民を避難させることを最優先したのだ。国力のあるアサシナだからこそできる荒業だ。
「随分人が集まってるみたいだね」
単純に旧王都から移転してくる者だけでなく、集まる者には扉を閉ざさずという様子だ。集まったものには土地と家が与えられるのだから、この機会に新王都を目指す者が後を絶たないというのも当然といえる。
そして、新王都はそれだけの人口を抱えても十分なほど広かった。アサシネア六世の試算で三倍に人口が膨れ上がっても大丈夫なように都市計画を行わせた。それで少し余裕が出るほどだったので、その目算は間違っていなかったということなのだろう。
「おかげでアタシらみたいなイレギュラーな存在も全く問題視されない」
もちろん都市に入る際には名前と武器の登録が行われる。奇妙な三人組──ウィルザとサマン、それにバーキュレアの三人はそれだけで新王都に入ることができた。
ドネアは旧王都に残してきた。何が起こるかわからない状態で、足手まといになる可能性があると彼女を説き伏せたのはウィルザだった。どうあってもついていくという様子の彼女を押しとどめるのは時間がかかったが、それでも最終的にドネアは同意した。
時は三月。
旧王都と新王都の間には片道で二ヶ月の時間が必要だ。
そしてアサシネア六世の暗殺は、五月。時間的にはぎりぎりのラインとなる。
その短い時間の中で、ウィルザたちはパラドックの暗殺を行わなければならないのだ。
「で、具体的な方策はあるのかい」
「あったら何も困ることはないよ。まずは実地調査からだな」
「あたしの出番、だよね?」
サマンが自信をもって立候補する。そう、盗賊のスキルを発動させるのはまさにこの場しかない。だが、ここは新王都。セキュリティは当然厳重だろう。
「でも、サマンにできるのはスリとかそういうことだろう?」
「鍵開けだって忍び足だってできるもん。こう見えても一通りの技能は身につけてるんだから」
だが、やはり不安は残る。もちろんパラドックの暗殺などを考えるわけだから、危険がないことなどない。
(協力者とかがいればいいんだけど、なかなかうまくいかないよなあ)
たとえばミジュアとかは自分に協力してくれるかもしれない。だが、それがパラドックの暗殺となれば話は別だろう。それがたとえ国王暗殺を企んでいるとしても証拠もなしにそれを容認することはできないはずだ。
「おや、あれは」
その時だった。
見覚えのある騎士団が新王都に入ってくる。どうやら移転祝賀の使節か何かのようだった。
そう、三人にとってその一段は見覚えがあった。統一された緑色の鎧。そして、その中央に控えている凛々しい女騎士。
「カーリア」
そうだ、カーリアは何故旧王都へ向かったのか。
考えてみれば当然のことで、新王都に向かってパラドックに挨拶をし、そして旧王都に向かってアサシネア六世と言葉をかわす。その使節の代表としてマナミガルがカーリアを選んだとしてどこにおかしいことがあろう。
そのカーリアは馬上から確かにこちらを見た。その顔が一瞬、驚いたような反応を見せる。その口がかすかに動いた。
そしてまた彼女は前を向いて城内に入っていった。
「ぼくたちに気付いたみたいだったけど」
「なんだ、見えなかったのかい」
バーキュレアはつまらなさそうに言う。
「見えない?」
「言ってただろ。夜に門の前で、って」
「え、さっきの」
「ああ。読唇術だよ。リアはアタシのこともアンタのこともよく分かってるからね。何かがあると思って連絡を取ろうとしたんだろ」
だがさすがに部下やアサシナ市民の前で自分達と接触するわけにはいかない。自分たちは目立つわけにはいかないのだ。それをカーリアもよく分かった上で、夜にセッティングしてくれた。
本当にありがたい。自分はたくさんの人に守られている。
「さて、それならそうとまずは城の見物をしようか。一般市民が入るのはご法度みたいだけど、外から眺めるくらいなら問題ないだろうしね」
夜になると完全に街から人の気配が消える。
街を守る門の向こう側はゲ神たちの跋扈する平原。門の向こう側からゲ神の吠える声が時折聞こえる。
門は完全に閉じられて、見張りが二人だけいる。もちろんその見張りに近づくようなことはしない。下手に疑われても困る。
そしてしばらく待っていると、夜半過ぎに目当ての人物が現れた。
「レア」
騎士団長の鎧姿ではなく、彼女の私服だった。すらりと伸びた手足をぴったりと覆う長袖の服とズボン。かざりけはないが、彼女の美しさがなぜか際立っている。
「リア。まさかこんなところでアンタに出会えるとはね。元気そうで嬉しいよ」
「こっちこそ。まったく、一年以上も便りがないと思ったこんなところにいたのね。でも、あなたが無事でよかった」
「アタシが戦いで倒れるところなんて想像がつくかい? それは杞憂ってもんだよ」
確かにバーキュレアが一対一の戦いで倒されるところなど想像がつかない。
「いつも言ってるでしょ、過信は禁物だって」
「はいはい。またリアの心配性が始まった」
本当にこの二人は仲がいい。おおらかな姉と心配性の妹といった様子だ。
「元気そうね、ウィルザ」
そしてカーリアが親しげに話しかけてくる。
「ああ。カーリアも元気そうで安心したよ。ここにはエリュース女王の指示で?」
「早速、そういう話になるわけね。でも、ここは少し場所が悪いわ。どこか別のところにしない?」
その意見には全面的に賛成だった。三人が泊まっている宿まで、移動することになった。
第二十五話
戦の前
部屋の中とはいえ何があるかは分からない。四人はなるべく大きな声を立てないようにしてそれぞれの立場を確認しあった。
予想通り、カーリアは新王都でパラドックに祝辞を述べた後に旧王都へ向かってアサシネア六世と面会するという予定だった。ここにはあと数日滞在してから出発するとのことだ。マナミガルの使者をもてなす宴会は明日行われるらしい。
一方で、アサシネア六世の暗殺計画についてはカーリアを驚かせた。しかも、
「私が、首謀者?」
とんでもない、という様子だった。
「どこのどなたか知らないけれど、面白いシナリオを立ててくれるじゃない」
「どこのどなたかはカーリアも知っている。王弟パラドックだ。邪魔な兄王と、隣国のマナミガルとを両方とも倒してしまおうと画策している」
「許せないわね」
剣気がともる。こう見えてもカーリアはマナミガルの騎士団長、筆頭騎士だ。その剣の腕前は国随一。バーキュレアに力でこそ劣れど、スピードやテクニックでは負けてはいない。もっともそのバーキュレアも剣より銃を使う攻撃の方が多いが。
「そういうことなら私も協力は惜しまないけど、でも暗殺というのは」
暗殺によって歴史を動かすのは邪道だという意識は誰にでもある。そうした最終手段をとるべきではないことも分かっている。暗殺は同じく暗殺で自分もいつか倒れるということを意味するからだ。その手段をとるべきではない。
「パラドック殿下と話し合うことはできないのかしら」
カーリアは平和的解決を申し出る。
「できると思う。ただパラドックは、アサシネア六世に従うことはできても、クノン王子とレムヌ妃に従うことはできないんじゃないかな」
それに話し合いに失敗したとなれば、ただちに自分たちの命の危険につながる。また、国王と王弟の間に決定的な溝が生じ、ますますパラドックを倒す可能性が少なくなる。
もちろんパラドックが心を入れ替えることほどベストな解決策はないのだが、そもそも国王にして自分の兄を暗殺しようとしている段階で、既に手遅れと考えた方がいいのだろう。
そして自分は何があってもアサシネア六世を殺させない。この大陸の未来のために、六世は必要不可欠な存在なのだから。
「ただ──ごめんなさい。マナミガルの人間の立場からすると、怒らないで聞いてね、アサシナが混乱するのは、助かるのよ」
ウィルザの顔がくもる。が、言いたいことは分かる。ドネアが旧王都で言っていたことと全く同じだ。つまり、栄える隣国ほど邪魔なものはない、ということだろう。
「じゃあ、パラドックの率いるアサシナがあちこちに戦争を仕掛けるのとどっちがいい?」
「もちろん今のアサシネア六世陛下に決まっているわ。ただ、あなたは大陸のことを考えて常に動いている。でも、国というしがらみの中で生きている人間には、できないこともあるということ」
カーリアの言いたいことはおそらく、寸分違わずウィルザに伝わった。
今の話の逆をつくなら、では一つの国を守るために大陸が滅んだら意味がない、という切り返しができるだろう。だが、それなら大陸を守るために一つの国を滅ぼすのは仕方がないというのか、そこに住む国民が納得できるのか、と言われたらその時点で話が平行線になる。
それがカーリアの言う『国というしがらみ』というものなのだ。
「お互い、相手の立場を尊重しろってことだね」
「ええ。分かってくれてありがとう。そして、そういう冷静な判断ができるということは、十分信頼に値するわ。今回の件については協力する。マナミガルとしても、私個人としても」
「ありがとう。ぼくでできることがあったら何でも言ってほしい」
「考えておくわ。それより、そうと決まったら」
四人が頷く。そう、やると決まったら、あとはどのようにするかの問題だ。
「マナミガル騎士団にまぎれて、ぼくたちが王宮に入ることはできないかな」
「できるわ。明日、昼のうちに私が部下を三人連れて出る。厳重に鎧兜をして、顔が分からないようにしてね。あとは外であなたたちと入れ替わって、城に戻る。万一のために、部下たちにはそこで脱出の準備を整えさせる」
てきぱきと話が決まる。やはり内部からの手引きがあるというのは助かる。
あとは、パラドックの下に近づいて暗殺するだけだ。
「なんとかうまくいきそうだね」
カーリアが戻り、バーキュレアも早々に別室で眠りにつく。
ふと、ウィルザは久しぶりに二人きりになっているということに気付いた。考えてみると、あの告白の後、こうして二人きりになるということがほとんどなくなっていたのではないか。
それはバーキュレアやドネアが近くにいたからとか、そういう理由ではない。二人とも、なんとなく気恥ずかしくて、二人きりになろうとしなかったということがあるのではないか。
「そうだな。このまま何事もなく終わるといいけど」
そこで会話が止まる。なんとなく気まずいような空気が流れる。
(まいったな)
何を言えばいいのか分からない。多分お互い、考えていることは同じなのだろう。
久しぶりに二人きりになれた。それが嬉しいはずなのに、以前と同じように話せなくなっている。
「あ、あたし、もう寝るね」
サマンが部屋を出ようとする。が、そのサマンの手をウィルザが掴んだ。
「え、ウィル──?」
ザ、といい終わる前に。
自然と、ウィルザはサマンを引き寄せて抱きしめていた。
「え、あ、ちょ?」
戸惑って声を上げたサマンだったが、やがておずおずとその腕をウィルザの体に回した。
「……あったかい」
サマンが少しずつ体重を預けてくる。ウィルザはゆっくりと彼女を抱きしめる力を強めた。
「サマンが一緒にいてくれて、よかった」
「どうしたの、急に?」
尋ねながらも、サマンの声には嬉しそうな響きが宿る。
「素直にそう思っただけだよ。サマンがいたからいろいろやってこれたし、助かってる。でも」
サマンを逃がさないように抱きしめたまま伝える。
「今回の件、サマンは外で脱出の準備に回ってくれないか」
途端、その体が緊張するのが分かる。
「どうして」
「決まってる。今回の作戦はかなり出たとこまかせになる。失敗の確率も高い」
「あたしがいると、失敗する確率が増えるっていうこと?」
「違うよ。失敗する確率が高いということは、急いで脱出しなければいけなくなる可能性が高いっていうこと。だから、この脱出経路の確保は誰よりも信頼できる人がやってくれないと、安心して行動ができない。そりゃ、カーリアが信頼できない人を寄越すはずはないけど、その能力がサマンより高いなんていう保証はないんだ」
だからこそ、サマンにはその力をいかんなく発揮できるところで、確実に戦力として活躍してほしい。それが今回、脱出路の確保という地味な役回りでも、それはサマンにとっては適任のはずだ。
あのアサシナの牢獄から自分を脱出させてくれたのだから。
「分かった」
サマンが少し残念そうに言う。
「とにかく、無事で」
「当たり前だよ。サマンを一人にはさせない」
「……今日のウィルザ、かっこつけすぎ」
くす、とサマンが笑う。
「でも、かっこいいよ」
「サマンも、綺麗になった。初めて会ったときはまだ女の子だったのにな」
たった三年ちょっとでこんなに美人になった。当時から美少女ではあったが、正直驚かされる。
「ウィルザは昔からかっこよかったよね」
「頼りないと思ってたんじゃないのかい?」
「少しだけ。でも、いつも未来を見ている横顔を、私は見てた」
もっと近くにいたいというように、サマンが腕に力を込める。
「今はこんなに、近くにいることが嬉しい」
「ぼくもさ」
ついに、その時が訪れる。
幾人もの思いが入り混じり、複雑な模様を描く。
その先に、ウィルザが見る未来があるのか。
パラドックの暗殺が、今宵、結構される。
「遅かったではないか。どこで何をしていた」
次回、第二十六話。
『闇の中』
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