ウィルザとバーキュレアの二人がマナミガル騎士に扮して城内に入る。
 今日はマナミガル騎士団を招いてのパーティがあるが、女性しかいない騎士団でウィルザが出席するわけにもいかない。バーキュレアには参加してもらい、ウィルザはその間に城内の探索を行うこととした。
 カーリアに一着、アサシナの文官服を用意してもらいそれに着替える。これで城内を歩いていても怪しまれることはないだろう。
 護身用の短銃だけを装備する。もしもパラドックと出くわしても、これで頭を打ち抜けば十分に目的は達成される。
 その時だった。
「おい、お前」
 誰かに呼び止められる。内心で冷や汗をかきながらも、堂々とした態度で振り返る。
 そこにいたのは、色黒の女騎士だった。
(この女性、確か)
 世界記の中に見た記憶があった。
(ゼノビア)

ゼノビア
女ながらにアサシナ王都騎士団の副隊長として隊を束ねる。感情の起伏が激しい。


 女騎士はうろんげにこちらを見つめて近づいてくる。
「何かございましたか、ゼノビア様」
 会釈してから尋ね返す。
「いや。見たことのない顔だと思って呼び止めただけだ。お前、名前は? どこに行くつもりだ?」
(まずいな)
 こういう状況を想定していなかったわけではないが、相手が悪い。ゼノビアといえばパラドックの懐刀。余計なことを言えば正体がばれる。
「私はレオンといいます。大神官様のお部屋に向かう途中でした」
 用意していた答を言うと、ゼノビアは顔をしかめて来た通路を振り返る。
「ミジュア様の部屋ならば、一つ前の通路を左だ」
「そうでしたか。すみません」
 今気付いた、というようにして引き返す。ゼノビアとすれ違う瞬間「ふむ」と相手が頷いたのが聞こえた。
「──何か、ございましたか」
「いや、私の考えすぎだ。この王宮に堂々と忍び込んで歩き回る奴がいるとも思えないしな」
 やはり、疑われていたらしい。ということは、この通路の先がパラドックの自室ということだ。
「送ろう。ミジュア様の部屋だな」
「あ、いえ。ゼノビア様のお手を煩わせるには」
「気にするな。こう見えてもそんなに忙しいわけではない」
(まずい)
 冷や汗をかく。もしミジュアの部屋に行って正体がばれたなら、その時点で投獄確定だ。
「どうした、早くしろ」
 だが、先に歩いていってしまうゼノビアに着いていくしか方法がない。ここで逃げ出せば警戒体制を作られてしまう。
(ミジュア大神官か)
 こうなったら、彼の機転にかけるしかない。王妃に対して自分を推挙してくれたほどの人物だ。自分の立場を理解してくれたならばきっと庇護してくれるだろう。
「ミジュア大神官、入ります」
 扉をノックし、答が返ってきてからゼノビアは中に入る。ウィルザも覚悟を決めて中に入った。
「どうかなされたか、ゼノビア殿」
 ミジュアの声が聞こえた。元気そうな声だった。
「いえ。レオンと申す者を連れてきただけです」
「レオン」
 ミジュアは表情を変えずに、ゼノビアの後ろから現れたウィルザを見る。そして苦笑した。
「遅かったではないか。どこで何をしていた」
 ああ。
 さすがは大神官だ。自分の立場を一瞬でよく理解してくれた。
「すみません。迷っていたところを、ゼノビア様にここまでお連れいただいたのです」
「そうでしたか。すみませんでしたな、ゼノビア殿」
「いえ。これも仕事のうちですので。それでは」
 自分とミジュアが間違いなく知り合いだということを確認すると、ゼノビアは部屋を出ていった。それを見届けてから、小さく息をついた。そして、我慢しきれなくなったようにミジュアが笑い出した。
「どういう風の吹き回しだね、ウィルザ殿」
「いえ、機転をきかせていただきまして助かりました」
「機転などきかせていない。先ほどのは本心だよ。まさか三年以上も待たせるとは思わなかった。もっと早く来てくれるものかと思っていたぞ」
「恐悦です」
 大陸のザ神殿を統べるミジュアからこれほどまでに言われるのだから、ウィルザとしても心から恐悦だと言う他はない。
 何しろ、祝福を行うことができる神官は少ない。その数少ない神官をできるだけ各地に派遣しなければいけないから、大神官ミジュアは一人でアサシナで祝福を与える仕事を請け負っていた。
 だが、その結果があのクノン王子の事件につながった。そこで、余裕のある地方から神官を一人呼び戻し、急に応じられるようにザ神殿の体制も整えられるようになった。一人ではいざというときにどうにもならないということが危機意識として現れたのだ。
「さて、色々と話を聞きたいところだが、何から聞けばいいものやら。それほど時間の余裕があるわけでもないのだろう?」
 さすがにミジュアは理解が早くて助かる。頷いてウィルザは答えた。
「国王陛下が、暗殺されます」
 ミジュアは表情を変えなかった。そして尋ねた。
「犯人は」
「ミジュア様には心当たりがあるようですが」
「あるといえばあるし、ないといえばない。だが……そうか。そこまでこじれてしまったか」
 沈鬱な表情を浮かべる。
 結局、このデニケス王家の兄弟仲は来るべきところまで来てしまったということだ。もはや修復の道がお互いになくなってしまったほどに。
「止める手立ては」
「国王陛下より、直接のご指示を頂いてまいりました」
「直接と申したか。では既に陛下にお会いしていると」
「はい。陛下から承りました。パラドックを倒すということを」
 むう、と唸る。予期していたものがついに訪れた、ということだろう。
「実は私がここに来ているのは祝福の問題もあるのだが、それよりもパラドック殿下の監視という役目の方が強くてな」
「お察しします」
「うむ。国王陛下にパラドック謀反のおそれありということは陛下もご存知だが、その情報のほとんどは私から陛下に流しているものだ」
 なるほど、と今度はウィルザが頷く。確かにアサシネア六世はパラドック側の情報を持っているように思えたのは、こちらに諜報員がいたということか。
「グランの騎士よ。グラン大陸のために、それが一番と考えるか」
「はい」
 迷いはない。それを決めてここに来たのだから。
「ならば、私からは何も止めることも言うこともない。思うままにやるといい。私から協力できることがあれば、協力しよう」
「ありがとうございます。まずは、しばらくかくまっていただければ。そして、この宮殿の中の説明をしていただきたいのと、パラドックを倒すために一番効果的な場所とタイミングがもし分かるのであれば」
 ミジュアは頷いて見取り図を広げた。







第二十六話

闇の中







 夜。
 マナミガル騎士団を歓迎するパーティが開かれる。そのパーティの最中が狙い目だ、とのミジュアの言葉により、ウィルザは王宮中庭でパラドックを待ち伏せた。
『パラドックはそうした祝宴をあまり好まぬ。それよりも自室で女性と戯れる方が好きなようだ』
 つまり、途中でパーティを辞して単身部屋に戻るというのだ。そこを襲えばいい、とミジュアは言う。
「本当にうまくいくのかね」
 共に隠れているバーキュレアが小声で尋ねる。それにしても、木陰に二人いても気付かれないほど、ここの警備は緩んでいるのはどうだろうか。おそらく高い城壁に囲まれていることと、上の油断が下にも伝わっていることから、警備の仕事が形骸化しているのだろう。
「──来た」
 だが、宴もまだ中盤に差し掛かろうとしたところ、ホールから男が一人歩いてくるのが見えた。
(間違いない。パラドックだ)
 世界記と重ねてみても、姿形は全く間違いない。
「行くぞ」
「ああ」
 ウィルザの呼びかけにバーキュレアが頷く。
 そして、最も近づいたところを目掛けて、一人のパラドックにウィルザが襲い掛かる。
「なに!?」
 パラドックが驚いている間にバーキュレアから援護射撃が放たれ、パラドックに命中する。
「ぐはっ」
 そのパラドックがよろめいたところに、ウィルザが勢いよく剣をたたきつけた。
 パラドックの首が落ちる。
(やったか)
 あっけなかったな、と思った。その直後だった。
『引け、ウィルザ』
 世界記からの指示が下った。
「え、どうして」
 もちろんこの場に長く留まっているつもりはなかったが、それにしては世界記の声に緊迫感があった。
『失敗だ』
「なに?」
『こいつは、パラドックではない』
 瞬間、ウィルザの目の前に倒れた男の姿が変化していく。
(変化の術?)
 それが徐々に、黒装束を着た全く別の人間に変わっていくのを見て、ウィルザは気付いた。
「罠か!?」
 だが、次の瞬間、兵士達が一斉に躍り出てくる。
「そこまでだ! 薄汚いアサシネア六世のネズミたちめ!」
 その兵士達を率いていたのは予想通り、浅黒の肌の女性だった。
 ゼノビア。
「貴様、先ほどミジュア殿のところに来た男?」
 彼女は自分の顔を確認して訝しげな顔をする。そして横にいる兵士に告げた。
「おい、お前。ミジュア殿を拘束しろ。パラドック様に対し謀反のおそれがある」
「はっ」
(くっ、ミジュアを拘束されたらこっちは打つ手がない)
 だが、それにしては妙だ。
 何故、ゼノビアは自分たちがパラドックを襲うと知っていたのか。ミジュアと自分との関係を今、この場で疑ったというのなら、自分たちがパラドックを襲撃することなど知っている者は他にいないはず。
(カーリア? いや、彼女が裏切ることはありえない。だとしたら──)
 全く予想がつかない──と考えていると、そのゼノビアの後ろから声が聞こえた。
「どうでしたか。私の言った通りでしたでしょう、ゼノビア殿」
(この声)
 聞き覚えがある。この冷たい、凍てつくような声。
 この声の主は、そう。
(ケイン。お前か)
 ウィルザは現れた黒いローブの男をにらみつけた。
「占いでパラドック様が暗殺されることを知ったなどと、まさかとは思ったが……それにしても本当にそんなことがあるとはな。よく分かったものだ」
「誰も星の動きに逆らうことができる者はおりません。それができるのは、星の動きを詠み、その意味を知ることができる者のみ」
「まあいい。お前がパラドック様に仕えたいというのなら推挙しよう。こうしてパラドック様の命を救ってもらったわけだからな」
 ゼノビアとケインとの会話が続く。その会話の内容から、自分たちのことを密告したのがケインだということがよく分かる。
(歴史に逆らうな、と言ったな、ケイン)
 そのローブの下で、口元をニヤリと笑わせたケインを睨みつける。
(これがお前の考えか? 大陸を戦争に導くことが、お前の望みか?)
 じりじりと包囲網が縮まる。
「捕らえろ!」
 そう、ゼノビアが命じた途端──通路にあったかがり火が全て、一瞬のうちに消えた。
「なに?」
 兵士たちが突然の事態に動揺する。ゼノビアの命令ではない。これは──
「二人を助けろ!」
 誰か男の声が聞こえた。瞬く間にその場が戦場となる。剣と剣がぶつかり、誰が味方で、誰が敵かの区別がつかなくなる。
「その声、お前、ミケーネか!」
 暗闇の中、ゼノビアが叫ぶ。
「ゼノビア。お前はやりすぎた。パラドック様は国王陛下への謀反を企てた。これを許すことはできない」
「ふざけるな! 国王陛下のやり方では大陸の平和はない、そう考えられてのことだ!」
「戦争を起こして手に入る平和など真の平和ではない! 平和とは各国が手をたずさえ、協調を保っていくことを言うのだ!」
 騎士団長ミケーネ、騎士団副長ゼノビア。
 二人の舌戦が繰り広げられる中、自分達を呼ぶ声があった。
「お二人とも、こちらです。逃げ道があります」
「すまない」
 バーキュレアは急いでその兵士についていく。だが、ウィルザは立ち止まったままだった。
「何ぼうっとしてるんだい。行くよ」
「バーキュレア」
「失敗して悔しいのは分かる。でも、ここは戦場だ。気を抜いたらやられるよ。今回失敗したことを生かして、次につなげればいいのさ。まずはここを生きて逃れることだ」
 次につなげる。
 その言葉は確かにウィルザへの励ましに違いなかった。だが、今まで一度も失敗したことがない彼にとっては、失敗したという事実があまりに衝撃的すぎた。
「ああ、すまない、バーキュレア」
 口では何とか答えたものの、ショックから立ち直るのには随分と時間がかかるだろう。ウィルザは自らそう判断して、逃亡を始めた。







暗殺失敗。それは、この大陸を激動の渦に陥れることになる。
兄弟の亀裂が表面化し、アサシナが二分する。
アサシナの分裂は、この大陸の全ての国々を巻き込んでいく。
世界はこのまま、崩壊の道を歩むことになるのか。

「じゃ、行ってくるね」

次回、第二十七話。

『獣の宴』







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