秋。新旧アサシナの戦いは既に一ヶ月に及んでいた。
 圧倒的な劣勢を旧アサシナがカバーできていたのは、新アサシナ側の兵士の戦意が明らかに少ないことであった。序盤戦でミケーネが獅子奮迅の戦いを見せると、それ以後、かつての上司に対して本気でかかろうとする将兵がいなくなってしまったのだ。
 新アサシナをまとめるゼノビアとしてはどうすることもできない状況だった。いっそ、ミケーネとの直接対決に持ち込めばいいのだろうが、自分ではミケーネにかなわないということも同時に分かっている。
 だとすれば圧倒的兵力で押し包んでしまえばいいのだが、それも上手くいかなかった。なぜなら、あの鬱陶しいドルークの遊撃兵が、こちらの動きを先読みして兵力を展開させないのだ。



「どう、向こうの動きは?」
 このドルークの遊撃兵をまとめていたのは、わずか十七、八歳にしかならない赤毛の少女であった。
「後方に待機している兵を動かすつもりだな。進行ルートは反対側だ」
「どう、動かせる?」
「大丈夫。ミケーネ将軍には連絡してある。こっちは俺たちで抑えよう」
「OK。他には?」
「サマン。連絡だ」
 別の一人が通信を持って幕に灰ってくる。サマンは頷いてそれを受け取る。
「──マナミガルが動いた。新アサシナに対して宣戦布告!」
 サマンの言葉に、全員がおおっ、と声をあげる。
 だが、それを自分で言いながらも、サマンはまだ表情を明るくしなかった。
「どうした、サマン?」
 かつてウィルザと行動を共にしていたサマンにしてみれば、その動き自体は想定の範囲内だ。問題は、ただ一つ。マナミガルやジュザリアは戦場から遠い。影響は出るかもしれないが、到着するころには全てが終わっている可能性が高い。
 問題は──そう、ガラマニアなのだ。
「あたしは、この事実は悪い方に傾くと思う」
 一同がどよめく。
「マナミガルの将軍は賢い。カーリアさんならきっと、直接新アサシナを突く。ゼノビア将軍もそう考えると思う。だったら、ここは撤退が望ましい。でもその前に、目の前の敵を叩かないといけない。本腰を入れて、総力戦で来る」
「じゃあ、後方の兵を動かしたってのは」
「多分、この情報が伝わったからよ。こっちにはタイムラグがあったけど」
 同時に入ってきた報告。何故ゼノビアがこの時期に兵を動かしたのかと考えれば、この報告が入ったからだと考えるのが妥当だ。
「よく気付くな、サマン」
 中年の傭兵が言う。だが彼女は苦笑しながら首を振る。
「あたしなんか、まだまだよ」
 そう。自分などまだまだだ。あの未来を知り、全ての状況を的確に把握するウィルザに比べれば。
「やっぱりリザーラさんの言ったことは間違ってなかったんだな。あんたは俺らのリーダーとしては完璧だよ」
「それはこの戦いに勝ってから聞くわ」
 だが言われてサマンも悪い気はしない。少しほころばせて、そして顔をひきしめた。
「ここが勝敗の分かれ目だよ! みんな、絶対に新アサシナ軍を抑えこもう!」
 おおっ、と兵士たちが声を上げた。



 戦いは苛烈を極めた。
 遊撃兵として参加したドルーク軍、東部自治軍に怪我をしていない者はいないというほどだ。ドルーク軍を率いていたサマンですら怪我をしていた。それでも気丈に軍を指揮して、決して後方部隊を前線には出さなかった。
 新アサシナは兵を割いて、先にそのドルーク軍を挟撃しようとした。だが、それもうまくいかなかった。
 マナミガルの正規兵とは別に、義勇兵が戦場に到着したのだ。リーダーは無論、バーキュレア。カーリアの部下たちもそこに加わっていた。寡兵だとしても今は数が必要だと判断したカーリアが本隊の到着よりも先に送り込んできたのだ。
 ゼノビアは後方部隊が遊兵になることを防ぐために、先にドルーク軍を潰すべきだと判断した。それは確かに遅い判断ではあるが、この時点ではまだ決して手遅れではない。マナミガルの援軍は寡兵だ。それよりも動きのいいドルーク軍さえ潰せば、一気に旧アサシナ軍を倒すことができるのだ。
 ゼノビアは自分の親衛隊を連れ、ドルーク軍を一気に押殺しようとした。挟撃された形となったドルーク軍は、それを防ぐ術をもう持たなかった。完全に分断され、散逸した。
「敵将サマンを討て!」
 その名は既に新アサシナにとって、ミケーネ以上に憎悪の対象となっていた。この戦いの中でサマンが何度ゼノビアのジャマをしたことだろうか。数えればきりがないほどだ。
 サマンも逃げた。もはや戦場にいることに意味はない。撤退の合図も出している。このまま新アサシナに合流して逃れてきた傭兵たちをもう一度立て直す。彼女は東の森に入り、そこから逃れようとした。
 だが。
「見つけたよ」
 冷たい声が、その前に立ちはだかる。
 褐色の戦士──ゼノビア。
(ウィルザ……)
 さすがにこの戦士にかなうとは思っていない。
 先に銃を撃とうとしても、相手に先に撃たれて終わり。
 そして逃げようとしても、相手に回りこまれて終わり。
 自分を助ける術は、もう、どこにもない。
「……全く、お前にはしてやられたよ。ここまで新旧アサシナをひっかきまわしてくれたんだからね」
「ひっかきまわしてるのはパラドックでしょ!」
「アサシネア六世も先王陛下を暗殺したのだ。それに比べれば正々堂々と戦いを申し込んだパラドック様の方が正しい」
「何言ってんのよ! パラドックなんて、ドネア様や六世陛下だって暗殺しようとしてたんだから! それがうまくいかなかったからって、勝手なこと言わないでよっ!」
「証拠もないことで非難を受ける筋合いはない」
 ゼノビアは無表情にゆっくりと銃を構える。
「ここまでだよ。お前を倒せば、撹乱する者はもういない。墓場でゆっくり、たてついたことを悔やむんだな」
 そして、手に力がかかる──
(ウィルザ!)
 目を閉じ、愛しい男性のことを思い浮かべた。
 銃声。
 そして──衝撃が。
(……あれ?)
 衝撃が、こない。
 おそるおそる目を開けると、ゼノビアが背後を振り返っている。
(ウィルザ?)
 だが、そうはうまくいかないのが現実というもの。ただ、ぎりぎりのところで彼女を助けた人物がいたことは間違いない。
「ミケーネ!」
「久しいな、ゼノビア」
 騎士団長ミケーネ・バッハが、そこにいた。







第三十話

死の森







「何故こんなところまで! 貴様、軍を指揮していたのではなかったのか!」
「お前も軍を指揮せず、こちらに向かったのだろう。私もお前の動きは常時探っていた。それに、その女性を殺させるわけにはいかない。私の大切な友人との約束なのだ」
「なに?」
「その女性だけは何があっても守ってほしい──私の大切な友人、ウィルザの頼みだ。友人として託された以上、私の命にかけてもその女性を殺させはしない」
「言っておくけど、ここはもう私らのテリトリーだよ」
「ああ。だが、ここには私とお前だけだ、ゼノビア。一対一なら、どちらが強いかな? そして私ももうこの無意味な戦いに飽きた。いい加減に決着をつけたい」
「無意味だと?」
 ゼノビアが激昂する。
「この戦いが無意味だと貴様は言うのか、ミケーネ!」
「無意味だ。先王陛下が倒されたのはこの国のために必要なことだった。パラドックはその先王を殺したという事実だけを見て、自分も同じことをしようと思っている。だが、六世陛下とパラドックとでは決定的に違う点が一つある。それは、国王を倒すのが国民のためなのか、それとも自分のためなのかということだ」
「パラドック様は、民をないがしろになどせぬ!」
「もし本気でそう思うのなら、善政を行っている六世陛下に協力しないのはどうしてだ? 民衆は六世陛下になってから幸せに過ごしている。それに異を唱える必要がどこにある?」
「それは」
「答えられないはずだ。何故ならパラドックが間違っているということを、お前は分かっているからだ。分かっていてもう戻ることができない。お前は女として、パラドックを愛しているからな」
 その褐色の肌に赤みが刺す。
「騎士を侮辱するのか、ミケーネ」
「騎士ならば騎士としての態度を見せろ!」
 ミケーネの一喝にゼノビアが怯む。ミケーネは銃を下ろして、剣を抜いた。
「剣を持て、ゼノビア。自分が騎士だというのなら、最後は騎士らしく一騎打ちに応じろ」
 だが、銃を下ろした今なら。
 ゼノビアが銃を放てば、ミケーネを倒せる。
 ミケーネを倒せば、パラドックが勝つ。
 だが、その負い目は永遠に自分にまとわりつく。
 葛藤が、ゼノビアの中を走る。
 騎士として戦いに応じるか、パラドックの部下としてどのような卑怯なことにも、悪事にも手を染めるのか。
『愛しているよ、ゼノビア』
 だが。
 最後にパラドックの言葉が、彼女の頭にかえってくると、自然と彼女の体は動いていた。
 無表情に、その銃を構える。
 ミケーネは動かない。
 そして、その銃が放たれる──
 が、その彼女が先に『撃たれた』。
 背後から。
「……騎士らしくない行動だったね、ゼノビア将軍」
 撃ったのはサマンだった。
 予めミケーネは自分に視線を送っていた。もし一騎打ちに応じるようなら自分で倒す。だが銃を使うようなら、それを止めてくれと。
 結果は、ミケーネには残念なことになったが、それも彼女の選んだ道だ。
「ひ、きょうな……ミケーネ」
「先にお前が騎士としての誇りを捨てたからだ。悪党に騎士の誇りをもって戦う必要はないからな」
 ミケーネは腹に穴を空けた彼女を見下ろす。だが、やがてその場に膝をつき、ゆっくりと彼女を抱き上げた。
「何の……マネ、だ」
「私はパラドックを笑えない」
 ミケーネは死にゆく彼女に優しく微笑む。
「私もお前のことが好きだったからな」
「……いま、さら」
 だが、彼女の顔はつき物が落ちたかのように微笑んで。
 そして、目を閉じた。
「ミケーネさん」
 サマンが怪我した腕を押さえながら近づいてくる。
「ああ、すぐに移動しよう。この戦いを終わらせなければな」
「でも、ゼノビアさんは」
「彼女は連れていく。敵の戦意を下げる効果もあるからな」
「でも」
 今の言葉は。
「死んだ相手を想っても仕方がないさ。それよりも今生きている人間を一人でも多く助けるんだ」
「はい」
「それから朗報だ。新都が攻撃を受けたらしい」
「新都? マナミガルが?」
「違う。君の待っていたガラマニアだよ。ウィルザめ、やってくれた」
 そしてミケーネが笑う。
「ウィルザが」
 自然と、涙が零れていた。
 この半年間、ずっとずっと会いたかった。
 彼ならどうするか、彼なら何をするか、そればかり考えてドルーク軍を率いてきた。
 その彼に、会える。
 ウィルザがもう、目の前にいる。
「ウィルザ……!」
 彼女は涙をぬぐって、綺麗な笑顔を見せた。
「私、行きます」
「ああ」
「みんなにはよろしく伝えておいてください。私はウィルザに会わなきゃ」
「ああ。行っておいで。ゼノビアがいなければもうこっちは問題ないから」
「はい」
 そして銃を手に持って移動しようとする。
「おやおや、一人で行こうってのかい? そいつはちょっと待ってほしいね」
 と、そこへ別の声が聞こえた。
「バーキュレア!」
 大柄な女傭兵がそこにいた。いつもの不敵な笑いがサマンを安心させる。
「アタシも行くよ。もちろん、嫌だなんて言わないだろうね。何しろアタシの依頼主はドネア姫。ガラマニアが新都を攻撃中だってんなら、アタシもそこに行かなきゃいけないんだからさ」
「もちろん、もちろんだよバーキュレア。一緒に行こう。一緒にウィルザに会いに行こう!」



 そうして。
 この新旧アサシナの最大の戦い──アサシナ平原の戦いは終わりを迎えた。







八〇九年、冬。
最後の戦いがいよいよ幕を開ける。
だがこれは終わりの始まりか、それとも始まりの終わりか。
歴史のつむぐ糸の先に、何が待っているというのだろうか。

「秘められたるザの神よ! 我が前に姿を現せ!」

次回、第三十一話。

『ザの神』







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