十二月。
 三国軍が動きを見せ、マナミガル・ジュザリア連合軍が新王都へ進軍。そしてガイナスター率いるガラマニアが国境から西に進軍を開始し、アサシナ軍本隊と交戦を始めた。
 マナミガル・ジュザリア連合軍の旗頭はクノン。若干十歳の国王が喪章をつけて前線で指揮をする姿に、敵味方ともにある種の感動を与えていた。
 新王都は既にミケーネ・ミジュアが押さえている。問題はイブスキに従ってどうすればいいのか分からないでいる兵士たちだ。
 イブスキ軍本隊はイライ・ドルークの神殿を完全に破壊してから引き上げ、旧王都に入った。それを追いかけた各国軍、そしてミケーネの率いるアサシナ軍を加え四カ国軍となった連合軍は、旧王都を完全に包囲した。
 ウィルザとリザーラもその連合軍に加わった。そこでガラマニアからやってきたガイナスターやサマンと再会する。
 再会したサマンは、何も言わずにまずウィルザに平手を打った。
「ごめん」
 だが、何故サマンに叩かれたのかを分かっているウィルザは素直に謝った。サマンはもう一回、反対の頬を打ってから、ウィルザの胸に崩れ落ちた。






 時間を遡る。
 サマンはウィルザからの伝言を謁見の間でガイナスターに連絡すると、すぐにドルークに向かおうとした。だが、サマンからガラマニア硬貨を受け取ったガイナスターが彼女を呼び止めたのだ。
「お前、どこに行くつもりだ」
 一刻も早くドルークに行ってウィルザと共に戦うつもりでいた。その通りに答えると、ガイナスターが兵士に命令した。
「おい。この女を捕まえて監禁しておけ」
 国王の言葉に兵士たちがサマンに槍を向ける。突然そんなことを言い出したのでサマンも何もできなかった。
「どういうことですか」
「話を聞くかぎりじゃ、ウィルザは勝ち目のないドルークで戦ってるってことらしいな」
「そうです。だから、早く行かないと」
「そういうわけにはいかねえ。これは俺とウィルザの約束だからな」
 ピン、とガラマニア硬貨を指で跳ねてキャッチする。
「万が一自分に危険がある場合、お前の身を守ってほしい。それがあいつの言い分だ」
「な、どうして」
「お前に分からないように連絡するために、ガラマニア硬貨を渡す、という暗号を使った。あいつがお前にこれを持ってこさせたってことは、ガラマニアでお前をかくまってほしいって意味だ。ドルークは激戦地。行けばお前の安全は保証できないってことだろ」
「……」
 腹が立った。
 どんな場合でも、自分は必ずウィルザの傍にいると誓い、彼もまたそれを受け入れてくれているものと信じていた。
 だが、裏切られた。
 彼が自分の身を案じてくれているのは分かる。だがそれは、自分の意思を無視した、ウィルザの勝手な思い上がりだ。
 彼の傍にいたいだけなのに。
「……あたしをどうするつもりですか」
「俺の見込みじゃ、この戦いは長くない。だったらガラマニア軍に同行すればいい。あいつと合流できるだろうさ」
「ではそうさせていただきます。ウィルザにはたっっっっぷりと言いたいことがありますから」
 目が据わって、表情がなくなっていた。その顔にガイナスターも怯む。
 兵士に連れて行かれるでもなく、サマンは自分の子供のいるドネアの部屋へと向かった。広間を出ていくとき、大きな音がした。サマンが力の限り扉を殴りつけたのだ。
 それを見送ったガイナスターが首をひねった。
「女は怒らすもんじゃねえな。俺もルウを怒らせないようにしねえと」
 愛妻家で恐妻家のガイナスターは固く心に誓っていた。






 ──というわけで、サマンはドルークに来ることができなかった不満を全部ウィルザにぶちまけたのだ。とはいえ、完全にウィルザを許さないとかではない。相手も自分を裏切っているということは分かっていてやったのだろう。
 だが、こういうことは二度としないでほしい。自分はあくまでもウィルザの傍にいることだけが望みで、たとえ後で無事に再会できたとしても、相手だけに死線を超えさせたのでは全く意味がないのだということを分かってほしい。
「言い訳はないよ。ごめん、サマン」
「だったら、二度としないで。あたしがどれだけ、心配したか分かってるの。ドルークの戦況も分からない。あなたが今生きているのか、死んでいるのかも分からない。あなたは私の安全を勝手に信じていたんでしょうけど、あたしは毎日が恐怖との戦いだった。あなたがあたしのことを思ってくれたのも、その方が二人とも生き延びる可能性が高いことも分かってる。それでも、足手まといでも、一緒にいないと安心できないのよ。あなたの傍でなければ、嫌なの」
「分かってる」
 だが、それでも、自分はサマンを一番に考えるのだ。もし同じことがあったらきっと同じように彼女の命を優先するのだ。
 ドルークでの戦いは本当に命がけだった。多くの死者が出て、自分もリザーラも傷を負った。かつてサマンも新旧アサシナの戦場で命をおとしかけている。そんな危険なことを二度とさせたくはない。
「そこらへんでいいか、お二人さん」
 ガイナスターが声をかけてくる。だが二人から『邪魔』と睨まれたガイナスターは肩をすくめた。
「あの旧王都、落とすことは難しくねえだろうが、問題は敵将を捕らえられるかどうかってことだ」
 そう。アサシネアイブスキとの因縁はここで決着をつける。イブスキを倒し、今後グラン大陸に災いをもたらす種を取り除く。
 そして、イブスキを影で操っているケインを倒す。そのためにはまず、自分がザ神の神殿にリザーラと共に入らなければならない。リザーラが言うには、三つ目の神殿を破壊しない限り、アサシナの神殿の『機能』は停止しないらしい。それを信じれば神殿を破壊されることはないだろうが、問題はたどりつけるかどうかだ。
「篭城するつもりかな」
「だとしたらすぐに水がなくなるぜ。知っての通り、旧王都は城壁の回りが深い穴になってるからな。城外の川まで水を汲みに行かないと中が干上がる」
「短期決戦か。いずれにしても兵士たちはイブスキについていくのをよしとしていないはずだ。だったらこちらも正統の王から城内に呼びかけてみようか」






 というわけで、早速実行に移された。
 白馬にのった若き国王クノンが城の前に進み出る。隣には騎士団長ミケーネバッハがいる。
「城内の兵士たちよ!」
 クノンはよく通る声で城に向かって叫んだ。
「我が名はクノン! このアサシナの国王である! お前たちはアサシナの王として我が名を呼ぶのか、それともゲ神信者たるイブスキの名を呼ぶのか!」
 信仰という観点から攻めたのはリザーラの発案である。こういう場合、自分たちが『忌み嫌っている』ものに協力しているという錯覚を植えつけるのが大事なのだ。
「正統の王に帰属するならば、三日のうちに投降せよ! それまではお前たちの罪は一切問わない! また、改めて以前のままの階級で騎士団に残ることを認めよう!」
 強気の態度で攻めることを進言したのはマナミガル軍のカーリアであった。こういう場合の兵士心理として、既に敗戦しているのだという事実、そして生き残った後にどうすればいいのかという不安を解消するように話せばいいということだった。
 このクノンの演説は、その日の夜に早速効果を発揮する。
 何十人単位の小集団が次々に投降を申し出てきたのだ。既にその人数を合わせると千人近くの人数に達していた。
 この分だとまだ投降者は出るだろうと思っていたところ、投稿者の中からこういうことを言い出す者が現れた。
「自分の仲間が城に残っています。明日の夜、門を開けますので、その機に乗じて攻め込むことが可能です」
 舞台は整った。いよいよ、イブスキ討伐の時だった。







第四十二話

はかなきもの







 夜半。
 門が開き、一斉に四カ国軍が雪崩を打って城内に進撃する。
 ほとんどの兵士は既に投降する様子を見せているが、一部の兵士が抵抗したため、あちこちで流血沙汰となった。
 その間にウィルザは神殿へと向かった。ケインとはどのみち決着をつけるのだ。だとしたら最優先で自分のレベルアップが必要だ。
 ガイナスター、ミケーネ、カーリアはそれぞれ自分たちの軍を率いている。ウィルザに同行したのはサマンとリザーラだ。
 その三人が向かった先にいたのは。
「アサシネアイブスキ」
 イブスキは神殿の前で抜き身の剣を既に構えていた。
「抵抗しても無駄だ。お前はもう引き返すことはできない」
「ならば最後に足掻くまでのこと。貴様を倒すことによってな」
 かつてイブスキはクノンをうまく連れ出して殺し、正統性を唱えてアサシナの王位をいただくつもりだった。だが、全ての企みはウィルザによって潰されていた。事前に全ての状況が分かっていたウィルザはイブスキを武装解除した後に捕らえたのだ。
 それよりも以前には、誕生直後のクノンに祝福を与えないために大神官ミジュアを誘拐したこともある。だがそれもウィルザによって阻止された。
 イブスキにとってウィルザは不倶戴天の敵。そう捉えられていても何の不思議もない。
「こんな奴、ウィルザ一人で相手にすることはないよ」
 サマンが銃を構えた。リザーラもまた格闘戦の準備に入る。
「いや、いいんだ。これはぼくが解決しないといけない問題だから」
 ウィルザはその二人を押し留めて一騎打ちに応じた。
 これで、決着をつける。
 王宮、神殿の前の通路で、二人は同時に動いた。
 剣同士が火花を散らし、実力が互角であることをお互いに悟る。正直、ウィルザは相手が自分と同程度に剣を使うとは思っていなかった。
(復讐のために剣の腕を磨いたのか。余計にあわれだ)
 王家という縛りにとらわれ、そこから逃れることもできずに生き続けた生涯。
 そう考えれば可哀相ではある。だが、その結果としてこの大陸を危険にあわせるというのなら、それは見過ごすことはできない。
「雷神撃!」
 イブスキがゲ神の魔法を唱える。ウィルザは素早く呪文を唱え、対抗した。
「クーロンゼロ!」
 イブスキの雷撃を体に受けつつ、ザ神の魔法でイブスキを凍てつかせる。
 すぐに次の動作に移ることができたのはウィルザの方だった。剣を大きく振りぬくと、イブスキの剣が弾かれる。
「ここまでだな、イブスキ」
 ウィルザが相手に剣を突きつける。
「最後に聞きたいことがある」
「何だ」
「お前、妹のファルのこと、どう思っていたんだ」
 突然予想外のことを尋ねられたせいか、イブスキは喉の奥で笑った。
「ファル? ああ、いたなそんな役立たずが。俺の妹で、イブスキ王家の血を引きながら、この俺に国王になることをやめろと言った。そのファルがどうした」
「……妹を愛してはいないのか?」
 今度こそ、イブスキは大声で笑った。
「妹だろうが何だろうが、俺の役に立たない奴を気にかける必要がどこにある」
「分かった。お前が生きるのに値しないということが」
 ウィルザは大きく剣を振りかぶった。
「さらばだ、イブスキ」
「待ってください!」
 だが、その剣を別の声が止めた。
「……ファル。来てしまったのか」
 そこにいたのは、イブスキの妹のファルだった。
「今のやりとりを聞いていたのか」
「はい」
 ファルはしっかりと頷いた。つまりそれは、イブスキがファルのことを何とも思っていないということを理解しているということだ。
「お兄様」
「やめろ虫唾が走る。貴様などに兄と言われるのは不愉快だ」
「いいえ。たとえお兄様がどうおっしゃっても、私にとってお兄様はお兄様です」
 動けずにいるイブスキの傍まで近づき、憂いを帯びた目で相手をじっと見詰める。
「勝てない戦いをいつまで続けるおつもりですか」
「勝てないだと?」
「はい、勝てません。お兄様は一生を費やしても、ウィルザさんの足元にも及びません」
 兄に向かってはっきりとした物言いだった。相手が激怒するのは当然のことだ。
「ふざけるな!」
「本気です。現に、この状況からいかに挽回をはかるつもりですか。お兄様は敵にしてはいけない相手を敵にしていたのです。もうここでやめにして、投降してください」
「投降だと? この俺が、デニケス王家の奴に尻尾を振れというのか!」
「仕える必要なんてありません。つつましくても生きているだけでも充分に幸せではありませんか。クノン王は私たちさえよければ生活は保障してくださいます。ですから──」
 だが、イブスキはそれでもファルとウィルザを睨む目を止めなかった。
「お前はそれでいいんだろうが、俺は違う。俺こそが玉座にふさわしい、俺こそが正統の王なのだ」
「国を乱す王は正統の王ではありません。お兄様は王としてふさわしくないのです」
 その言葉はイブスキにショックを与えたようだった。ふさわしくない、というはっきりとした言葉に衝撃を受けたのだ。
(しっかりした子だな)
 改めてファルを見直す。自分の子もこうして自分の考えをはっきりと主張できる人間に育ってほしいと思う。
「お前は、そいつのところで暮らしているのか」
 イブスキは半ば強引に話題を変えた。ファルは相手を説得しきれないことが残念だったが、質問には丁寧に答えた。
「はい。ウィルザさんにはよくしてもらっています」
「そうか……」
 かすかに俯く。少し考えるところがあるのだろうか、とファルがさらに一歩近づいたときだった。
 イブスキの体が閃き、その手にナイフを構えてファルの後ろについてナイフを首筋にあてた。
「なら都合がいい。お前は人質だ。俺が逃げ出すまでのな」
 突然のことに、ウィルザも動けなかった。
 まさか、兄が、実の妹を人質に取るなど。
「お、お兄様」
「ふん。俺を裏切ってこの男に協力した罰だ。安心しろ。うまく逃げ切れたら解放してやる」
「お兄様……」
 ファルがついに涙をこぼしていた。
 たとえ兄がどれだけ自分を嫌っていたとしても、どこかに肉親の情があるに違いない。そう信じてここまでやってきたというのに。
 たどりついた結末は、より決定的な決裂だった。
「ウィルザさん」
 泣きながら、彼女はウィルザに笑顔を見せた。
「私、ウィルザさんに出会えて、幸せでした。ウィルザさんと出会えてからの一年間は夢のようでした」
「何を勝手に──」
「でも、それでも私にとって兄は兄なんです。たとえウィルザさんでも兄を殺したなら私は絶対に今までのようにはいられません。だから、兄のことは私が決着をつけます」
 そして。
 首筋のナイフなどないものであるかのように、ファルは振り返ると自分からイブスキに抱きついた。その際に、かすかに首筋が切れていた。
 彼女の手には、いつの間にか──
「ウィルザさん、下がってください!」
 そのファルは手の中の『何か』をイブスキの背中にぴったりと当てている。
「ファル、まさかこれは──!」
「下がって! 爆発します!」
 ウィルザは目を見開いた。
「爆発球根か!? 馬鹿な真似はやめるんだ、ファル!」
 ウィルザが二人に近づこうとしたが、サマンがウィルザに抱きついてそれを止める。
「馬鹿なんかじゃありません。誰も傷つかずにすむ方法は、これしかないんです」
「ふざけるな! 君が死んだらぼくが傷つく!」
 ウィルザの位置からは見えなかったが、ファルは確かにそのとき、微笑んでいた。喜びで。
「だから私は、幸せだったんです。さようなら、ウィルザさん。次に生まれ変わったときは、純粋にあなたに憧れる娘であることを願っています」
 そしてファルの手に持っていた爆発球根が、光を放ち始める。
「や、やめろ、ファル。お前、俺を殺す気か!」
「はい」
 だがもはや、ファルの心から幸せとか喜びはなくなった。その顔にあったのは『イブスキ王家』としての最後の使命を果たす者の決意。
「一緒に死にましょう。お兄様」






 光が、はじけた。







戦いは終わった。だが、その爪あとは大きく残る。
失ったものと、そして新たに手に入れるもの。
ザ神殿の中での戦いを通じて、ウィルザが手に入れるものは。
そして、局面は新たな展開を見せる。

「もちろんです。それがあたしの望みでもありますから」

次回、第四十三話。

『ほろびるもの』







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