激しい揺れと轟音とが、旧王都を駆け巡る。
それまで戦いあっていた者たちも、それが終戦の合図であったかのように剣を収めていった。
ファルの死と共に、戦いは終わった。
だが、その終結は決して、ウィルザの望むところではなかった。
「ファル……っ!」
壁にもたれかかる。サマンもウィルザがいかにファルに目をかけていたかを知っているだけに、何も言うことができなかった。
「君が死んで、いったい何になるっていうんだ。イブスキを倒すだけで、それだけで良かったのに」
「いいえ、ウィルザさん。彼女が死を選ばなければいけなかった理由はいくつもあります」
だがウィルザの自問にはっきりとした口調で答えたのはリザーラだった。
「何を!」
「彼女はイブスキ王家の者。たとえ彼女自身が何も思っていなかったとしても、周りの人間が彼女を担ぎ上げて新たな争乱の火種になるかもしれませんでした。また、イブスキ王家の者としてその行動には著しく制限がつくことも容易に予想されます。そして、兄の犯した罪を妹が償う、もちろんそんな行動に意味はありませんが、王家の血を引く者として責任を取ることは必要です」
「だからといって死ぬことは」
「それは彼女の心の問題です。もしウィルザさんがイブスキを殺したとしたら、彼女はたとえそれが正しいことだと分かっていても、ウィルザさんを『兄を殺した人間』としてしか見ることはできなくなるでしょう。彼女は、大好きなあなたをそういう目で見たくなかったのです」
「……ファル」
悔しい。
それは確かに自分にはどうにもならないことだ。
彼女は兄のことがそれでも好きだった。裏切られても、自分のことを何とも思ってくれていなくても、それでもたった一人の血のつながりを持つ兄。いつか兄と暮らせる日が来ることを夢見ていたはずだ。
その実の兄からナイフを突きつけられて、彼女は決心してしまったのだろうか。もうこの地上に生きている意味もないというふうに。
(ぼくが、もっと彼女のよりどころになることができていたら)
こうしていたらもっといい結果になったはずだ、などと言っても後の祭で、そんなことは神ならぬ人間には不可能なことだ。それでも、彼女を死なせたくなかった。死なせない方法はあったはずだ。
「ウィルザ」
サマンが近づいてきて、自分よりも大きな体を優しく抱きしめる。
「辛いけど──でも今は、あたしたちにできることをしよう」
サマンの言葉が胸に刺さる。
ファルを忘れるというわけではない。だが、今はファルのことにこだわる時間がないということも確かだ。ケインは必ずこの近くにいるのだから。
「──分かった」
ウィルザは頭を振ると、神殿の扉を開ける。
巨大な、ザ神像がそこにそびえている。
「……これが、ザ神」
「その意思がこもったものです。真のザ神は像に収まるものではありませんから」
リザーラが言って神殿の中に踏み込んでいく。
「待て、リザーラ!」
その彼女の手を取って引き寄せる。直後、彼女の立っていた場所にクナイが三本、刺さった。
「何者だ!」
ケインの配下であるのは分かっているが、それでも声に出すことで相手の反応を探る。
出てきたのはたった一人の黒装束──黒童子であった。
(ケインじゃない?)
だが、その黒童子は高く跳躍すると、二刀流でウィルザに斬りかかってきた。
(高い! それに、速い!)
双剣に合わせる自信がなかったので素早く身を引いたが、続けざまに黒童子は斬りかかってくる。何とかかわしてはいるが、おそるべきスピードだ。一瞬でも気を抜いたら首を裂かれるだろう。
「くっ、これじゃあ援護射撃もできない」
素早く動く黒童子に、サマンも照準を合わせることができずにいる。
「サマンは下がっていなさい。あなたで戦える相手ではないわ」
リザーラはザ神の魔法を唱える。
「ビーム!」
その指先からほとばしる光の軌跡が正確に黒童子を射抜く。だが、それでも動きは遅くなることをせず、剣が振られる。
ただ、その鋭さはなくなっていた。動きは速いが、剣を振りぬく力が今の魔法で失われている。
「今だ!」
その鋭さのない剣を強く弾き飛ばし、残った一本も剣を合わせて受け流す。
「ケインの手下だな!」
確認の言葉を放つがまるで答えない。黒童子は剣を捨てて今度は飛び掛ってきた。
ウィルザは剣をまっすぐに突き出し、その喉を射抜く。
「が……はっ」
そのまま、床に落ちた黒童子は絶命した。
何も言わず、何も語らなかったケインの手下は、ウィルザたちにただ不気味さだけを感じさせていた。
「何て奴だ。こっちがケインの情報を探ろうとしたら、自分から死にに来た」
殺すつもりはなかった。既にビームで射抜かれていた黒童子は力が既になかった。だから腹部か肩部かを貫いて戦闘不能にするつもりだった。
それなのに黒童子は確実に死ぬためにわざと自分の喉をその剣に合わせてきた。結果として相手から情報を聞き出すことはできなくなった。
「この人はおそらく、留守番だったのですね」
「留守番?」
「ええ。多分ケインはここにはいません。もしいれば確実にウィルザさんを狙ってきているでしょう」
確かに。
ではいったいケインはどこへ。
ケインの狙いは何だ? それはこの世界の破滅だ。
そのために何をする? マ神を復活させ、ザ神やゲ神を滅ぼしてしまうことだ。
どうすれば復活する? それは、ザ神殿を解放ないし、崩壊させてしまうことだ。既にイライとドルークが落ちた。あとは行方不明の一つと、このアサシナを残すのみ──
「最後の神殿だ」
全てがつながった。またしても自分ははめられた。
「ケインはぼくたちをこの旧王都へ呼び寄せておいて、自らは最後の神殿を見つけ出し、それを崩壊させるために移動したんだ」
「では急がなければなりませんね」
リザーラは右手をかざした。
「リザーラさん?」
「勘違いをしてはいけません。私たちはケインに呼び寄せられたのではありません。私たちはこの神殿に来る理由があって来たのです。ウィルザさん。あなたの力をさらに高める、という」
ザ神像が光る。
そして、エメラルドグリーンの光が注ぎ、ウィルザの体に新たなザ神の力が流れ込んできた。
「これが、二つ目の力」
ザ神の神殿に入ったり、魔法を使ったりするだけではない。マ神の力を操るケインと対等に戦うための力。
「はい。今ならケインと五分の戦いもできるでしょう」
リザーラの言葉が重くウィルザに響いた。
第四十三話
ほろびるもの
こうして目的を果たしたとはいえ、問題は山積している。ケインがどこへ向かったのかが分からない。最後の神殿を見つけようとしたところで、あてもなく歩き回って見つかるものでもない。具体的な場所が分からなければ意味がない。
おそらく時間的な差は大きくはないはずだ。この城を取り囲んでから一日半。ケインがこの城を出たのがその時だとすれば、場所によっては急げば間に合う。
(リザーラさんに心当たりがあればとっくに行っている。それこそアサシナの神殿は後でもよかったんだ。問題は心当たりがないから、どうすればいいかが分からない)
それとも大神官ミジュアならば分かるだろうか。だがミジュアは新王都にいてここにはいない。彼に聞きに行っている間にケインによって崩壊させられている可能性が高い。
今すぐに、場所が分かる方法。
「私は、嫌です」
リザーラが何か思いついたのか、すぐに反対する。
「それだけは、嫌です」
彼女は分かっている。たった一つだけ、自分たちが行く場所が分かる方法を。
自分たちの進むべき『道』を示す天使の存在を。
「ぼくも、嫌だ」
彼女に聞くということは、彼女の力を奪い、死に近づけるということだ。
「でも、他に方法がない」
「あなたは、相手の寿命を縮めてまでそうする権利があなたにあると言うのですか」
「そんな権利はありません。でも、ぼくの最優先はこの大陸を守ることなんです」
「そんなことは分かっているわ。でも……」
「ぼくは世界のために戦っている。もちろんその中に自分や、自分の大切な人を守りたいという意思がある」
そして、リザーラを正面から見つめた。
「きっと、アルルーナも同じ想いだと信じます」
「ええ……ええ、そうよ。間違いないわ。あの子は優しいから。でもだからこそ、私たちが頼ってはいけないのよ」
「分かっています」
「分かってないわ……」
リザーラは頭を振る。だがやがて大きくため息をついた。
「これ、一回限りにしてください」
「もちろんです。ぼくだって彼女にはずっと生きていてもらいたいんですから」
そうして三人は再臨の部屋、アルルーナの下へとやってきた。
変わらない機械の音。動力源になっているのはいったいどこなのか。そんなことも気にせず、彼女はただその場所で動かずに彼らを待っていた。
『お久しぶりです、ウィルザ』
「ああ、アルルーナ。元気そうだね」
全身にパイプを接続され、もはや自分の意思では動くことはおろか笑うことすらできない彼女の姿に、初めて見るサマンは衝撃を覚えた。
いったい、この人はどうしてこんなところにいるのか。そして、いったい何者なのか。
ウィルザもリザーラもこの人のことを知っているようだったが、いったいどういうつながりなのか。
「紹介するよ、アルルーナ。こっちはサマン。リザーラの妹で、ぼくの妻」
『存じています。はじめまして、サマン。私はアルルーナ。ウィルザやリザーラの友にあたるものです』
「あ、は、はじめまして。サマン、です」
「別に緊張しなくてもいいのよ」
リザーラが苦笑する。そしてアルルーナにそっと近づいてその頬に触れる。
「久しぶりね、アルルーナ。元気そう──というのも変だけど、ここ数年、あまり変化はないみたいね」
『はい。幸か不幸か、人がこの地からいなくなったがために、私の能力が使われることもなくなりました。おかげで今までこうして生き延びることができました』
「ええ。でも──」
『分かっています。あなたの使命はこの世界の人々を救うこと。そしてウィルザの使命はこの世界を救うこと。友として、あなたたちの想いに応えるのは当然のことです。そして、あなたたちには感謝をしなければなりません』
「感謝?」
『はい。私の体を気づかって能力を使わせないのではなく、たとえ私の体が動かなくなっても友として私の能力を信頼してくれたことに。そして、私自身の使命を果たさせてくれることに』
アルルーナはほとんど動かない体で、それでも薄く目を開ける。
『私は幸せでした。リザーラ。ウィルザ。あなたたちの友となれたことが。この先、道を示すことができなくなったとしても、私は私の使命を果たせたのだと、胸を張ることができます』
「アルルーナ」
ウィルザが思わず歩み寄る。そのウィルザに向かってアルルーナは微笑んだ。
『もし、あなたに妻がなく、私の体が動いたなら、私はあなたのことを好きになっていたのかもしれませんね、ウィルザ。さあ、道を示しましょう』
そして、アルルーナの口から啓示が語られる。
『ケインは緑の海へ向かいました。その最奥に、三つ目の神殿が存在します』
「緑の海。そこにザの神殿が」
『あなたはそこで、大切なものを手に入れ、大切なものを失うでしょう。失ったものが取り戻せるかどうかは、あなた次第です、ウィルザ』
「大切なもの?」
『私が示せるのは道だけです。歩むのはウィルザ、あなたです』
「分かってる。ありがとう、アルルーナ」
『ええ。これで、私の使命も終わる』
ぴし、という音がする。そうして笑顔のまま、アルルーナは目を閉じた。
『サマンさん、そこにいらっしゃいますね』
「はい」
その不思議な空気に、サマンもすっかり萎縮してしまっていた。
『私の友を、リザーラと、ウィルザを、頼みます。もしも二人が思い悩んでいたら、あなたが助けてあげてください。あなたにしかできないことです』
「もちろんです。それがあたしの望みでもありますから」
『ありがとう──ウィルザ、リザーラ。あなたたちは良い妻、良い妹を持ちましたね』
再び音がする。もはや時間は少ない。
「さようなら、アルルーナ」
リザーラは既に涙を流していた。だが、アルルーナはただ微笑んでいる。
「アルルーナ。ぼくは、君に会えたことを誇りに思う。君がいたということを、ぼくは絶対に忘れない。ぼくの永遠の、たった一人の友。君のためにも、ぼくはこの世界を必ず救ってみせる」
そして最後に、アルルーナは笑った。
『ありがとう──大好きです、ウィルザ』
世界滅亡まで、あと十年。
二つの運命が、今、変化のときを迎えていた。
一つは、かつて、敵に奪われた存在。
一つは、かつて、自ら敵となった存在。
彼らは、今度はどのような運命をたどることになるのか。
「ザの神官リザーラよ、お前はそれでもザ神を信仰するのか」
次回、第四十四話。
『緑の海の神殿』
もどる