三人はただちに行動を開始した。
とはいえ、まだ村は結婚式前夜で盛り上がっている。それほど大きな村というわけではない。結婚式を挙げるなど、そうそうあるわけではない。他人の幸福は我が身の幸福とばかり、夜が更けてからも騒ぎが続いている。
もっとも、当事者であるトールとルウ、この二人に限ってはその輪の中に入ることはない。ルウは既に明日の準備に入っているし、トール=ウィルザにいたってはこの村にすらいない。
少しずつ騒ぎが静まって、三人は村人に気付かれないようにイライの神殿に入った。
神殿はまだ開放されていない。明日になれば開放されるものの、それは朝になってからの話なのだ。
かがり火が一つしかない神殿内部は不気味に暗かった。
「どなたかな、こんな夜更けに」
その神殿の礼拝所で祈りを捧げていた神父が尋ねてくる。もちろんこの場所は単なる礼拝所であって、ザ神像の本体がある場所とは違う。
「トールです、神父様」
「おお、トール。どうしたのだ、こんな夜更けに。さては明日のことが気になって──」
「お願いがあるのです、神父様。ぼくを今すぐ、ザ神殿に連れていってください」
切羽詰った様子で言うウィルザに、さすがに神父もおかしいと感じたのか「どうしたのだ」と冷静になって尋ねてくる。
「実は──」
ウィルザが何か言うより早く、後ろからリザーラがさっと進み出た。
「お久しぶりです、神父様。ドルークのリザーラです」
「おお」
どうやら顔見知りだったのか、リザーラが名乗り出ると神父が驚いて彼女の顔を見つめる。
「まさかリザーラ殿が来られるとは。明日の神殿開放に合わせてこられたのか」
「はい。ですが、急がなければならなくなりました。実は今、このイライ神殿を邪道盗賊衆が狙っているのです」
「じゃ……」
神父の顔が強張る。それもそのはず、この時期、邪道盗賊衆といえば、ザ神に連なる者は誰一人許さず皆殺しにしているという噂が流れている。その噂はイライのように大きな神殿を持つ村には当たり前のように伝わっている。
「これから私と、こちらのトールとで邪道盗賊衆を引き止めるつもりです」
「なんと! だが、明日は結婚式──」
「分かっています。もし私たちがそこで死ぬことになったとしたら、トールさんの婚約者は悲しむでしょう。ですから、神父様には何も知らなかったことにされてほしいのです」
なるほど、とウィルザは納得する。歴史に齟齬をきたさないために、リザーラは神父を抱き込もうとしているのだ。
「もちろんぼくは帰ってくるつもりです。ルウのもとに」
ウィルザはリザーラの話にのって、自分の胸に手を置く。
「だからその前に一度、ザ神の加護がいただければと思ったのです」
「む、むう。だが、開放は……」
「明日になっては手遅れです。今夜のうちに全てのことを終わらせなければなりません。大丈夫、ぼくは絶対に戻ってきます」
こうして、三人はザ神の本体のある神像の間へと案内された。
まったくリザーラには恐れ入る。普段はこれ以上ないくらい慎重論が好きなくせに、いざというときはこれだけ大胆な作り話をしてしまうのだ。
「この御神体こそが、ザの神の力を封印している『偽りの星』」
「偽りの星?」
「ええ。イライ、ドルーク、そして緑の海の神殿。三つの『偽りの星』と、アサシナにある最後の一つ『星の船』。この大陸にある四つのザの神殿は、確かにそう呼ばれています」
「偽りの星……」
そういえば、その言葉には聞き覚えがある。そう、自分がこの場所、結婚式の当日で殺されたときに、ガイナスターがそんなことを言っていた。
「私にもその言葉の意味は分かりませんでしたが」
「リザーラさんが初めから知っていたらきっと真っ先にぼくに教えてくれていたと思いますよ。幾つか情報が合わさって分かることもあるということです」
そのザの力を自分が手に入れる。既に他の三つの力は手に入れた。あとはこの、最後の一つを残すのみ。
「それでは、始めましょう」
リザーラが言うと、何やら呪文を唱える。サマンも神父もそれを見守った。
瞬間、ウィルザの意識がこの世界から隔離され、暗闇の中に閉じ込められた。
(なんだ?)
突然の変化に焦燥が募る。だが、これが四つ目の力を手に入れることにより生じる副作用か何かなのだろう、と自分を落ち着かせた。
「ザの神の力を受けし者よ」
そして直接声が響く。
「ぼくを呼ぶのは誰だ?」
「我は、マ神により作られた『偽りの星』」
すると──その暗闇の中に黒い球型の機械が現れる。それこそが『偽りの星』の姿。
「これが、ザ神の正体、偽りの星」
「いかにも。我が使命は、この世界の人間たちからエネルギーを回収し、それを大陸の地下に根付いた『星の船』に供給すること」
「じゃあ、エネルギー回収班の最前線ってところか」
「その通りだ。だから人間たちにはゲ神ではなく、ザ神の加護を与えている」
はじめ、ウィルザはその言葉の意味が分からなかった。
だが、もう一度その意味を噛み砕いて考える。
偽りの星は、エネルギーを回収する。もちろんそれは、マ神によって大陸を破壊するために使用されるエネルギーのことだろう。
そしてそのエネルギーの大元は何か、というと──
「大陸を崩壊させるのは、この大陸に生きている人間のエネルギーによるものなのか」
愕然とした。
もちろん意図的にそうしているわけではない。ザ神は古い時代から巧妙に歴史にもぐりこんでは信者を増やし、ザ神の加護を与えながらも逆に人間たちからエネルギーを回収していた。
人々は、自分たちが大陸を崩壊させるエネルギーを供給しているとも知らず、ザ神の加護を受けていたのだ。
「なんていう……」
巧妙な手口だろう。ゲ神とザ神を対立させ、人間をザ神の立場に引き込む。ザ神は人間を守る。だからザ神の加護を受けろと。だが、それは罠なのだ。人間を守っているように見せかけて、その人間からエネルギーを回収しているだけだったのだ。
「リザーラやアルルーナなどの天使のあずかり知らぬことだ。このことを知っているのは我等『偽りの星』のみ」
「全く……新しいことが次々に分かって、正直パニックだよ。偽りの星、どうして君はぼくにその真実を教えてくれたんだい?」
相手が友好的であることははじめから分かっている。あえて尋ねてみると、偽りの星はくるりと一回転した。
「さて。我等『偽りの星』はもともとはゲ神の王だったもの。五体のうち我を含めて四体までがマ神により滅ぼされた。もはや使役されるだけの身ではあるが、その頃のことはよく覚えている」
つまり、ゲ神の王としての意識が残っているということだ。それでいながら、マ神に逆らうこともできず、自分を滅ぼした相手のために機械となりながら延々活動しているということだ。
「マ神を憎んでいるのか」
「憎むも憎まぬもない。我はもはやマ神の手下だ。ただ、我等のうち三体までの力を手にしながらもまだ人間であり続けるそなたに興味を持っただけのことだ」
「ぼくのことを知っているのか?」
「知らぬ。少なくとも先ほど墓場で殺された男とは別人で、三つの力を手にしている者だということは分かる。時を渡る旅人よ、汝、我が力を望むか」
「ああ。ぼくはそのためにわざわざ過去に来たんだ」
「ならば覚悟せよ。汝、我が力を手に入れる代償は大きい」
「代償?」
何を、と聞く前に偽りの星が答えた。
「左様。汝はザ神の力を全て手に入れる。そのかわり、ザ神そのものとなるのだ。その意味が分かるか」
ザ神そのものになる。つまり、人間でなくなるとか、そういうレベルの話をしているのではない。
「ぼくの身体が」
「そうだ。汝は最後の力を手に入れた瞬間、その身体は消えてなくなり、代わりに新たな機械の身体を手に入れることになる。死ぬことも老いることもない機械の身体。もし機械の身体となれば、たとえ約束の期間を過ぎたとしても、機械の身体に汝の意識を留めおくことも可能となろう。汝、それを望むか?」
第四十六話
イライ神殿
そこで、ウィルザの意識は元に戻った。目の前ではリザーラが訝しげな顔をしている。どうやら四つ目の力を与えるのに失敗したのだろう。
失敗もするはずだ。何しろ、自分が受け入れなかったのだから。
(まいった)
さすがに冷静ではいられなかった。
もしザ神の力をここで手にすればどうなるか。マ神を倒すことができて、グラン大陸を救うことができる。そして当初の希望どおり、この世界に留まることができる。
だが、留まることができる代わりに──サマンと、一緒の時間を歩くことができなくなる、ということなのだ。
彼女が歳を取り、そして死んでいったとしても、自分は一つも歳を取ることなく看取らなければならない。その無限の時間を自分が耐えることができるのか。
「どうして、ザ神の力を受け入れないのですか」
リザーラが尋ねてくる。ウィルザはさすがに困って、神父の方を見た。
「すみません。しばらく、ぼくたちだけにしてもらえますか」
神父は少し戸惑ったようだが、やがてゆっくりと神像の間を出ていく。
部外者がいなくなったところで、リザーラは同じ質問を繰り返した。
「声が聞こえたんだ」
「声?」
「ああ。この偽りの星の声が。そして、ぼくに色々なことを教えてくれた。マ神が何故ザ神を生み出さなければならなかったのかということ。そして、ぼくがザ神の最後の力を手にしたらどうなるかとういこと。簡単に、説明するよ」
ゆっくりと、ウィルザが説明を開始する。
最初の問題についてはリザーラの顔色が明らかに変わった。人間を救うはずのザ神が、実は人間はおろか大陸そのものを崩壊させるためのシステムとして機動していたのだ。ショックを受けないはずがない。
だが、二つ目の問題はさらに過酷だった。ウィルザが人間ではなくなり、機械の身体となる。いわば、リザーラと同じ身体となる、ということだ。これにはサマンが猛反発した。
「絶対、嫌だ」
それだけは譲れないという様子だった。珍しいことだった。
「ウィルザにおいていかれても、何をしても仕方のないことだと思ってた。でも、ウィルザがこの世界に残る代わりに少しも歳をとらないなんて、絶対イヤ」
「サマン」
「……私がおばあちゃんになって、身体が動かなくなって、それでもウィルザは若いときのままだってことだよね。ゴメン、私、そんなの耐えられない」
サマンは蒼白な顔で言い切る。
「だって、分かるもの。ウィルザだけが若いままで、私、ウィルザに嫉妬する。私がおばさんになったら、ウィルザの傍に近づいてくる女の子たちに嫉妬する。ウィルザのことが好きなのに、年齢が離れれば離れるほど、ウィルザのことを疎むようになっていく。駄目だよ、私、耐えられる自信、ない」
ここまで弱気なサマンは珍しい──というより、初めてだ。
リザーラの場合とは違う。リザーラは家族だ。たとえリザーラの歳が取らなくても、いつまでも甘えることができる。年下の容姿をもつリザーラに歳をとったサマンが甘えるというのも不思議な光景ではあるが、それ自体は別に苦にならない。
だが、恋愛相手としてのウィルザは違う。
歳の差がつけばつくほど、恋愛の対象としては見られなくなる。もし仮に、今の自分たちが、出会った頃の自分たちともう一度会ったときに、恋愛の相手として見られるだろうか。お互いまだ若く、経験も何もない。今の自分が十年前の相手を愛することは難しい。
逆も同じだ。十年前の自分たちが今の自分を愛することはきっとできない。それだけ歳の差というのは簡単に縮まるものではない。
もちろん、愛し合うことは不可能ではない。ただ、一人だけ年老いていくという状況に、サマンは耐えられないと自ら判断したのだ。
その判断をすること、そしてそれを伝えることには大きな勇気が必要だ。それがウィルザには分かる。何故なら、ウィルザもまた別の意味での恐怖を覚えていたからだ。
今の自分が、十年後、二十年後、三十年後と年老いていくサマンを愛せるだろうか。自分の体は若く、たくましい。だが、相手だけが徐々に年老いていく。その状況で相手を愛せるかどうか、正直自信がない。
お互い、同じ時間を生きているからこそ、愛情は永続するのだ。時間の中を生きる者と、時間から切り離された者との間には、恋愛感情は永続しない。
「分かったわ」
リザーラが諦めたように息をつく。そして御神体に改めて向かった。
「王よ、ザ神の王よ。天使リザーラが申し上げる。願わくば、我が質問に答えんことを」
すると神体はぼうっと緑色に光り、声を放った。
『天使、リザーラよ。汝の声を聞いた。いかに』
「ここにいるウィルザに、第四の力を与えたいのです。ですが、そうなるとウィルザの身体は機械化されると聞きました。それを止める方法はありませんか」
『ない。ザ神全ての力を手にするということは、ザ神そのものとなること。それは不変』
「ですが、彼は私の妹と、ザ神の御名において結婚しているのです。ザ神になれば二人の魂は引き離されてしまいます」
『ならば結婚を解消すればよい。それ以外に方法はあるまい』
非情な宣告だった。あまりにもあっさりと言われたことで、サマンが泣きそうな顔になる。ウィルザは思わず彼女の肩を抱いた。
「ザ神の王よ、私の妹を苦しめることはどうか、ご容赦くださるよう」
リザーラもさすがに感情的になっていた。だがそれを見たザ神の王は少しだけ笑ったようだった。
『汝らの問題は理解している。仮に機械化したとしても、天使リザーラよ、そなたように時間から切り離された存在となるのではなく、時の流れのままに年老い、死にゆく存在であればいいというのであろう。ならば簡単だ。制御キーを手にし、再び時間の中にその身をおくがよい』
「制御キー、ですか」
『そうだ。だが、機械化は避けられぬぞ。もちろん機械化するといっても、身体はそのままだ。特別何が変わるというわけでもない。病気にもなれば、子供を産むこともできよう。問題は時の流れの中に身をおくこと。そのために時間の流れ、世界の運命を操る制御キー、鬼鈷(おにこ)を求めるがよい』
「鬼鈷?」
『そうだ。肌身離さず持ち歩くがよい。鬼鈷の存在が汝を時の流れに置く鍵となる』
機械化は避けることができない。
だが、その方法ならばサマンと一緒に居続けることができる。
「分かった」
ウィルザは了承した。そしてサマンを見る。まだ悩んでいる様子ではあったが、やがて小さく頷いた。
「大陸を守ることが、ウィルザの使命だもんね。ごめん、わがまま言って」
「いや。ぼくの方こそ、いつもサマンを苦しめてばかりで、本当にごめん」
言ってから、ウィルザは強くサマンを抱きしめた。
「ウィルザ?」
「それなのに、ぼくはまたきっとこれからもサマンを傷つけるんだ。ぼくを好きになってしまったせいで、たくさんサマンは傷つくんだ。分かっている。それでもぼくは、サマンと一緒にいたいんだ」
やがて、おずおずとサマンの手が自分の背中に回ってくるのを感じた。
「大丈夫、だよ」
小さな声が、ウィルザの耳に届く。
「私は大丈夫。どんなに辛くたって、ウィルザの傍にいる」
「ありがとう」
話は終わった。
リザーラがそのままの体勢の二人に祝福を与える。そして、四つ目の力が、ウィルザの身体に注入された。
『鬼鈷はニクラにある。汝の力をもって、ニクラへ向かうがいい』
ザ神の王──偽りの星は、最後に道を示してその光が消えた。
過去のニクラで、ウィルザたちはオクヤラムと再会する。
エネルギーの流れを操る制御キー、鬼鈷を求め、四人は地下迷宮へと入る。
全ての条件がそろったとき、物語は大きな変化を見せる。
そしてついに、彼らは、一人の少年と出会う。
「未来は変えられる。ぼくはそう信じて戦ってきた」
次回、第四十七話。
『鬼鈷洞窟』
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