最果ての地、ニクラ。ここに来るのは二回目だが、前回来たときとは趣が完全に異なっている。
 前回は既に誰もいなくなっていた、捨てられた町だった。だが今は、人がいて活動する、生きている町だ。
 ただ、その民たちの表情はどことなくくらい。それにどこか自分達を敬遠するような素振りすら見せている。
「なんか、変な雰囲気」
 サマンが少し顔をしかめながら言う。ウィルザもリザーラも全く同感だった。
「とにかく、長老に会おう。鬼鈷をもらわないといけないからな」
 ザ神の身体になったといっても、ウィルザにはその変化がまるで分からなかった。傷つけば血も流れ、通う熱すら感じ取れる。それなのに、この身体は機械でできていて、既にザ神そのものなのだ。正直、言われなければ気付かないままでいるだろう。
 リザーラも、全く同じ感覚なのだろうな、と思う。
 街の最奥にある一番大きな建物。前回オクヤラムの力で過去に転送されたスペースのある場所だ。
 その建物の一番広いホールに、長は何人かと一緒に仕事をしている様子だった。そこにウィルザたちは入っていく。怪訝そうな目で長が尋ねてきた。
「外の世界の人間か」
「はい。ぼくはウィルザ。鬼鈷を求めてやってきました」
「鬼鈷か」
 長老は少し考えた様子で頷く。
「何のために必要なのだ」
「ぼくの身体はザ神そのものに変わってしまいました。このままではぼくは老いることも死ぬこともない。ぼくが再び時間の流れの中に生き続けるために、それがほしいのです」
「渡す分にはかまわぬ。あれを私たちが持つのは正直、重荷でな」
「それは、この世界のエネルギーの暴走をおさえる制御キーだからですか」
「うむ……それに、これをめぐる争いに巻き込まれるのもな」
 言われて思い出す。ここは八〇五年。ということは──
「マ神のことですか」
「そこまで知っているのか。確かにマ神は既に誕生し、今は幽閉しているが」
「一歳の赤子をですか」
「一歳には違いないが、知識も魔力も桁違いだ。それに、我らニクラの民の一人をたぶらかし、支配下においた。このようなことが今後あってはならぬ」
 ケインのことだ。その辺りは未来でオクヤラムから聞いている。
「今、ぼくはマ神と戦うだけの力を持っています。この場で戦うことは──」
「無理だ。現在のマ神はただのエネルギー体にすぎん。実体を持たぬものを滅ぼすことはできまい。可能性があるとすれば、アサシナの『星の船』。あれと同化すれば話は別だ」
「でも、同化させるということは……」
 マ神を解放するということだ。なるほど、解放すれば倒す可能性も出てくるが、同時にグラン大陸全土の崩壊の可能性にもつながる。
「マ神をどうするおつもりですか」
「このまま永久に封印しておくのがよいだろう。もはや『偽りの星』からのエネルギーは『星の船』に充填されている。もし『偽りの星』を解放し、マ神をこの地から復活させたとしたならば、マ神は『星の船』と同化し、そのエネルギーを解放するだろう。最悪のシナリオだ」
「ですが、ケインは『偽りの星』を解放しようとするでしょう」
「そのようだな。止めなければなるまいが──残念ながら、あの者はこのニクラでも最強の戦士。誰も奴を止めることはできん。それに奴には手下がいる」
「黒童子、ですね」
「そうだ。我らの力ではその黒童子と戦うことすらできん。あれはもともと、このニクラで作ったものなのだがな」
「結局、マ神を止めるにはどうすれば一番いいのでしょうか」
「ふむ」
 しばらく長老は悩んだが、やがてこう答えた。
「鬼鈷を使えるのならば、『星の船』の最終制御室にあるコントロールパネルに、エネルギーの制御キーである鬼鈷を差し込めばよい。それでエネルギーの流れは通常に戻るだろう」
「では、鬼鈷を持って『星の船』に行けば……」
 元の時代に戻って鬼鈷を差し込む。鬼鈷を使うだけの力は既に持っている。完璧ではないか。
「待って」
 だが、サマンがそれを止めた。
「そこで鬼鈷を使ったら、ウィルザはどうなるの?」
 あ、と声が出る。そのことに思い至っていなかった自分を恥じる。だが──
「鬼鈷が制御キーなのだとしたら、ぼくか、それともエネルギーか、どちらかの選択になるっていうことか……」
 結局どこまでも、自分とサマンとは一緒にいられる未来を与えてはくれないということか。しかも既に自分の体はザ神のものと一致してしまっている。
(世界記。これほど悩ませるようなことを、どうしてぼくに教える気になったんだい?)
 いや、きっとまだ方法はある。世界記はその全てを伝えきっていないだけなのだ。
「鬼鈷と同じようにエネルギーの制御キーとなるものはないのですか」
「ない。だからこそ鬼鈷なのだ」
「まあ、いずれにしても鬼鈷を手に入れないことには話にならない」
 後のことはまだ考えなくてもいい。手に入れられる情報は全て手に入れたのだ。それに時間はまだある。元の世界に戻って、さらにあと十年。自分がこの世界に留まる方法を探すのには充分な時間だ。
 もっとも、その十年の時間ですら、鬼鈷を持っていなければ徐々に自分とサマンとの年齢は縮まり、やがては逆転する。
(歳の差ってどれくらいだろ)
 元の身体であるトールの年齢がよく分からないのだから当然のことなのだが、サマンとの年齢差がはっきりとしない。おそらくは五つくらいかとは思うのだが。
「ならば案内役をつけよう。オクヤラム!」
 え、と三人が振り返る。はい、と返事をして近づいてきた青年は、この都市の誰よりも意思のこもった顔つきをしていた。
「鬼鈷の地下洞窟へ案内せよ。丁重にな」
「分かりました。ついてこい、こっちだ」
 オクヤラムが先に立って歩いていく。その彼に向かってウィルザは思わず言った。
「オクヤラム」
 名前を呼ばれて、彼は不機嫌そうに振り返った。
「この間はありがとう」
 突然そんなことを言われて不審に思わない人間はいない。それを聞いたサマンとリザーラが苦笑した。
「何のことか分からんが、長老の指示だからな、気にするな」
「ああ、分かっているよ。それじゃあ、案内よろしく」
 そうして四人は地下の迷宮へともぐりこんでいった。







第四十七話

鬼鈷洞窟







 地下迷宮は黒童子の巣窟と化していた。だが、既に四つのザ神の力を全てその身に備えたウィルザの敵ではない。あっさりとその黒童子を倒し、オクヤラムからの賞賛を浴びた。
「すさまじい力だな。これが地べたの民だとはとても思えん」
 そのあからさまな皮肉の言葉にウィルザは苦笑する。
「地べた? 君らの国ではグラン大陸をそう呼んでいるのかい?」
「ああ、そうか、すまないな。ついいつもの呼び方で言ってしまった。グラン大陸の者、だな」
「いや、宇宙からきた人々の末裔ということでプライドがあるのも分かるけどね」
 別にウィルザはその程度のことで機嫌を悪くしたりなどしない。彼らの感覚ではそれが普通だということなのだろう。その当然の感覚に対応しようとしているオクヤラムの方が面白い。
「そういえば、お前たちは俺のことを知っているようだが、何か理由があるのか」
「いや、たいしたことじゃないよ。ただぼくたちは未来からやってきただけ」
「未来から?」
「ああ。君に伝言。八一六年のニクラの装置Cを使ってここに来た。そう言えって」
「装置C? すると、このニクラに直接来たわけではないというのか」
 ふむ、とオクヤラムはその蒼い顔で少し考える動作を見せた。
「いったいお前たちは、何をしようとしている」
「大したことじゃないよ。グラン大陸をちょっと救おうと思っているだけ」
 本当に何でもないという様子で言うので、オクヤラムもなるほどとだけ頷いた。
「冗談だと思っているのかい?」
「いや。お前にとってはそれが普通だということなのだと理解しただけだ」
 随分と理解が早い。さすがはあのオクヤラムの若き頃だけのことはある。やっぱり仲良くなれそうだった。
「未来のことを聞いておきたいが、やめておこう。それを聞くのは今を生きる者にとってはよくないことだろうからな」
「それが分かるのかい?」
「ああ。未来を知るということは、それを変えようとして余計な活動をするということだ。苦労ばかり多くなって、そのくせ結果は同じになる。つまらないことだ。それならば何も知らない方が気苦労がない分、楽でいい」
「達観しているね。でも、ぼくはそうは思わないよ」
 ウィルザは笑って言う。
「未来は変えられる。ぼくはそう信じて戦ってきた」
 その言葉に、しばらくオクヤラムは呆然としていた。
「随分、まっすぐな目をするのだな」
「そうかな」
「お前は地べたの民──グラン大陸の者にしては瞳の輝きが違う。何者だ?」
「まあ、グラン大陸の人間には違いないけど、ザ神の力を全部受けて、ザ神そのものになってしまっている」
「それは分かるが、それだけではないだろう。お前の身体はグラン大陸のものかもしれんが、その魂は別のものだ。違うか?」
「いや、違わない」
 よく分かるものだな、とウィルザも苦笑する。
「でも、ぼくにもその正体はよく分からない。グラン大陸の人間じゃないっていうことは分かっているけど」
「ふむ。自分の出身に関する記憶がないか。やむをえんな。この星の人間ではないのだから」
「そこまで分かるのか」
「当然だ。我らももともとは別の星から来たものだ。そうした違いには敏感だ」
 ふむ、と頷いてオクヤラムは前を向く。
「さて、そうこうしている間に鬼鈷に近づいてきたな。だが、もう一戦するのは避けられないようだ」
 そして鬼鈷の前には黒童子が四体。今の自分にはたいした相手ではないが、サマンやリザーラには相変わらず強敵だ。
「ぼくが前に出る。みんなはサポートを」
 そして剣を抜きその集団の中に踊りこむ。当然、後ろに誰一人として抜かせるわけにはいかない。すぐ近くの黒童子を切り倒す。
 サマンの銃が飛び、さらに別の一体も切り倒す。三体目は隙をついたリザーラさんがザ神の魔法で焼き滅ぼしていた。
 残りの一体。それが、オクヤラムに向かっていた。
「オクヤラム!」
 銃で応戦しようとしたが、それをかいくぐって黒童子はオクヤラムに攻撃を仕掛ける。
「プラズマウェーブ!」
 だが先にウィルザがザの魔法を放ち、黒童子を感電させる。完全に動作不能となった黒童子がゆっくりと崩れ落ちた。
「大丈夫かい、オクヤラム」
 近づくと彼は息を整えてから「助かった」と言った。
「強いな、お前は。地──グラン大陸の者はこれほど強いものなのか」
「いや、ただぼくがザ神の力を使えるだけのことだよ。普通はこうはいかない」
「ふむ。マ神の力により生み出されたものとはいえ、なかなかのものだ。我らもこのザ神の力を少し研究してみる必要がありそうだな」
 そうして黒童子たちを倒しきったところで、ウィルザはその台座に近づく。
「これが鬼鈷」
 その姿はどこから見ても剣そのものだった。いや、剣そのものが制御キーなのだ。
「ザ神の力を極めたお前ならばその鬼鈷も使いこなすことができるだろう」
「これが……」
 これを手にしていれば。
 これを装備して、持ち続けていれば、自分も今までどおりサマンと一緒の時間を過ごすことができる。
(でも、いつかは手放さないといけないのか)
 その未来が分かっていても、今この場を切り抜けるために鬼鈷は必要なのだ。
 引き抜く。強い衝撃が自分に襲い掛かるが、すぐにそれは消えてなくなった。
「これで、今のぼくはサマンと同じ時間が流れているっていうことか」
 今一つ実感がないが、鬼鈷の持つ力だけは感じ取ることができた。今までの剣とは違うエネルギーを秘めている。
「では戻ろう。その鬼鈷があれば元の時代に戻れる」
「ありがとう。いろいろと迷惑をかけるね、オクヤラム」
「いや」
 だがオクヤラムは踵を返すとそれ以上何も言わずに歩き出した。
「ウィルザ」
 サマンが近づいてきて彼の手を取る。もちろん流れる熱はお互いしっかりと感じ取ることができる。だが、同じ時間が確実に流れていると、その感覚もやけにリアルに思えた。
「さあ、元の世界に戻ろう。マ神を封印して、ぼくがこの世界に居続けることができる方法を見つけないとな」
「うん」
 そして彼女を抱きしめる。この感触。愛しい女性を抱きしめるときの歓喜。
(ときどき、世界よりも優先したくなる)
 だがそれは許されない。罪人である自分には世界以上に優先するものがあってはならない。
(でも、こんな自分でも世界を救った後に残ることが許されるのなら、ぼくは絶対にそれをかなえてみせる)
 時間はまだいくらでもある。とにかく今は元の時代に戻るのが先だ。






 そしてオクヤラムの案内で再びニクラの長老のところまで戻ってきた。
 そのまま彼は一礼して部屋を出ていく。その際ウィルザに「八一六年で待っている」とだけ言った。
「……ああ、そうだったね」
 確かにオクヤラムは最初に言った。『お待ちしてました』と。
 彼はこれから十年もの間、ずっと待ち続けるのだろう。自分が未来にたどりつくまで。
(ぼくの知らないところで、そんな物語が生まれていたんだな)
 オクヤラムの姿が見えなくなると、長老が「では元の世界にお前たちを戻そう」と言った。
 そして長老が転移を行おうとする。
 そのときだ。
 一人のニクラ人が近づいてきて、叫んだ。
「お前をここから帰すわけにはいかん!」
「なに!」
 転移しかかっていた三人は、自分たちの体に変調が起きたのを感じる。
「いかん!」
 最後に、長老の声だけが三人の頭に残った。






 目が覚めると、そこはどこか深い森の中だった。
 どうやら時間を超えたのは間違いないようだったが、無事に元の時代に戻ってこれたのだろうか。
「サマ──!」
 愛しい女性の名を呼ぼうとしたとき、彼の右腕に激痛が走った。
「こ、これは」
 大きな怪我。右腕がばっさりと縦に裂かれ、大量の出血が生じていた。転移したときにできたのだろうか。
 気が狂うほどの痛みが発生する。脂汗がにじむのをウィルザは感じた。
「り、ざーらっ!」
 治癒してもらおうと彼女の名を呼ぶ。それに応じてか、近くにいたサマンとリザーラの目が開く。
「ウィルザっ!」
 と同時にサマンが駆け寄る。自分の怪我を見たからだ。
「ひどい」
「今、治癒します」
 リザーラが膝をついてザ神の魔法を唱えようとしたときだった。
「きしゃああああああああああああっ!」
 そこに現われたのは、黒童子。
「くっ、こんなときに」
 右腕がこの状態では満足に鬼鈷を振るうことすらできない。ましてやリザーラとサマンでは黒童子にかなうはずがない。
「お姉ちゃん、ウィルザを早く!」
「でも、あなた一人では」
「いいから早く!」
 サマンが銃を乱射するが、まったく当たることもなく黒童子が駆け寄ってくる。
「あたれええええええええええっ!」
 だが、残り数歩のところで黒童子が跳躍する。そして、手の長い爪がサマンに襲いかかる──
「サマンっ!」
 傷の痛みも忘れて立ち上がろうとする。
 だが、それより早く、斬撃がきた。
 宙に浮いていた黒童子が、その斬撃で斬り飛ばされる。致命傷だった。
(黒童子を一撃で?)
 そこに、三人以外の、別の影があった。
「ご無事ですか」
 おそるべき剣の使い手──その姿はよく見ると、まだ十二、三歳くらいの、蒼い髪をした少年だった。







物語は大きな転機を迎えた。
時空移動。それがどのような結果をもたらすか。
過去、全ての戦いが収束に向けて加速する。
大陸を救う最後の戦いは、既に始まっていた。

「お久しぶりです。本当に……本当に、お待ちしていました」

次回、第四十八話。

『力ない世界』







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