大体の状況は飲み込めた。世界が十年間でどのように動いたのか、そしてどれだけの苦境に立っているのか。
 あと知らなければならないのは、マ神やケインがどう動いているかということだ。最終的にはマ神を封じなければならない。それも、自分の成長を促進してくれるこの鬼鈷を使ってだ。
(時間はたっぷりあるはずだったのに、いきなり足りなくなったな)
 それどころか手遅れに近い。何しろ自分の信頼している味方はほとんど殺されてしまっているのだから。
(バーキュレアにカーリア、タンドか。それに──グラン。自分の息子ながら、随分と成長したものだ)
 何しろ黒童子を一撃だ。今年十三歳という若さで実行部隊長に選ばれているのも分かる。もっとも、半分は親の威光も入っているのだろうが、この実力は本物だ。
「リザーラ。クノンをどう思う」
「私の予想は多分、ウィルザと同じだと思います」
「君の意見が聞きたいんだ」
「はい。おそらく、ケイン──マ神に洗脳されているのかと」
 リザーラの言葉にドネアたちもさほどうろたえることはない。それくらいのことは一度ならずとも考えたり、議論の種になったりしたことがあったのだろう。
「だろうな。だとすると厄介だ」
「ええ。マ神に洗脳されているのなら、身体そのものはクノン王のものだということになります。ですが、洗脳は解けないでしょう。つまり、我々はクノン王を倒さなければならないということです」
 やれやれだ。あの聡明な若い王が、今となっては倒さなければならない敵、それもクノン本人の意思とは全く無関係にだ。
(救出する方法はあるだろうか)
 先にマ神を倒すとか、方法はきっとあるのだろう。だが、ケインがそれを放置するはずがない。
「クノン王はどこにいるんだ?」
「皇帝は、旧アサシナを本拠地に使っています」
「旧アサシナか。それも予想通りといえば予想通りだな」
「はい?」
 ドネアの疑問に答えずに考え込む。つまり、旧アサシナにはザ神の本体がある。各地の偽りの星が集めたエネルギーは星の船に流れ込む。そして地下に封じられているエネルギーを解放しようとする。
「でも、それなら話は早い。すぐに旧アサシナに向かって、マ神と決着をつけよう。そしてグラン大陸の地下に眠るエネルギーを完全に凍結する」
 だがその意見にグランが待ってくださいと止めた。
「どうした、グラン」
「それができるのなら、僕たちもしていたんです。皇帝は旧アサシナにバリアを張って、完全に出入りができない状況になっているんです」
 となると、もはや最終局面に来ているということか。ケインは既にエネルギー解放の準備に入っているのだろう。
(でも、待てよ。四つの神殿が解放されたなら、もうとっくに大陸が滅んでいてもおかしくないはず。それなのに、ケインは何で実行していないんだ?)
 根本的な理由は二つしか考えられない。一つはそのつもりがない、もう一つはしたくてもできない。どちらかだ。前者の選択肢は考えられないから、エネルギー解放を邪魔している何かがある、ということになる。
(当然、考えられるのはニクラがらみだろうな)
 ドネアたち以外でマ神と対抗している勢力といえばニクラしかない。
 だが、八一六年の時点でニクラの民たちは移動してしまった。どこに行ってしまったのかは分からないが、彼らがマ神と戦うというのはごく当然の成り行きだ。
 オクヤラムと連絡が取れれば話は早い。だが、それが簡単にいくはずがないということも承知していた。
「十年は長いな。この他に何があったのか分からないまま動くと、しっぺ返しをくいそうだ。ドルークの戦況はどうなってるんだ?」
「今のところ黒童子の攻撃は防いでます。ただ、黒童子が出てきたら満足に戦えるのは僕だけです。それにここ最近は黒童子の数も増えてきています」
「それ以外の攻撃は?」
「ドルークに表だって仕掛けてきたことはないんです。ただ、ドルークの回りに黒童子が出るようになったということだけで」
「アサシナで手一杯だから、レジスタンスにかまってる暇はないっていうことだな」
 その辺りは冷静に分析できる。ウィルザのいないレジスタンスならば、相手にするだけ時間の無駄だ。自分がケインの立場でもそう思うだろう。それなら大陸全土に一定数の黒童子をばらまいておくだけで、レジスタンスには充分以上の脅威となる。
「それにしてもグラン、お前、随分と強いんだな」
 突然褒めると、息子は照れたように笑う。
「僕もよく分からないんですけど、自然とこう、敵を倒す技術が身についていたというか」
「なるほど。ぼくがザ神の力を手に入れたことと関係があるのかもしれないな。とにかく、頼りになる戦士が一人でも多いのはありがたいことだ」
 グランはごくりと唾を飲んだ。
「僕は、頼りになりますか」
「一対一で黒童子を倒せる奴がこの世界に何人いると思っている。お前は充分に強い。この大陸を助けるために、お前の力を貸してくれ」
「はい!」
 とても嬉しそうにグランは笑顔で大きく頷く。
 かすかな記憶と、人づてでしか聞いたことのない偉大な父親から優しい言葉をかけられる。それがこの小さな息子にとってはこれ以上ない幸せなのだろう。
「問題はどうやって旧アサシナに入るかだ」
 当面の問題が整理されたところでウィルザが一息つく。
 そのとき──突如、地震が起こった。
(まさか)
 ウィルザとサマンが視線をかわす。地震から連想されること。それは、アサシナの星の船の封印が解かれた、ということではないのか。
「ドネア様!」
 そこへレジスタンスの人間が家に駆け込んできた。
「上空に……上空に、船です! 船が浮かんでいます!」
 上空の船──それはもしかして。
「まさか、空を行く人々の船?」
「分かりません。とにかく、見てください!」
 ウィルザは全員を伴って外に出る。
 その上空に、巨大な船が降下してきていた。
(地震の原因はこれだったのか)
 となると、まだ星の船の封印は解かれていないということだ。ひとまず安心する。
「ウィルザさん」
 その星の船から、重々しい声が聞こえてきた。
「その声──オクヤラムか!?」
「ウィルザさん。この船に乗り込めるのはあなたの他に三人までです。慎重に選んでください」
 突然の来訪、そして自分の出迎えに驚くが、そういうことならば話は早い。
「分かった。サマン、リザーラ」
 そこまでは確定という形で話を振る。もちろん二人とも大きく頷く。
「それに──グラン、お前も来い」
「はい!」
 少年は大きく頷いてから、セリアを振り返った。
「行ってくる」
「うん。がんばってね、グラン。待ってるから」
「ああ」
 少年と少女の別れは早い。必ずまた会える、自分達だけは最終的にまためぐり合えるということを純粋に信じている。
(グランを死なせるわけにはいかないな)
 子供たちはこの大陸の未来であり、希望なのだから。
「ウィルザさん、サマンさん」
 ドネアが皺の増えた顔で微笑む。
「必ず戻ってきてください。この世界──いえ、私には、お二人の存在が必要です」
「もちろんですよ。ドネア姫のために、絶対に死んだりしません」
「ええ。待っててください姫様。必ず吉報を届けますから!」
 そして、選ばれた四人が光に包まれる。
 転送先は無論、空を行く人々の船──







第四十九話

希望の船







 目を開けると、そこには蒼い肌をした友人が笑顔で立っていた。
「オクヤラム!」
「またしても十年ぶりですね、ウィルザさん。ですがあなたはいつ見ても同じ姿だ。まあ、八一六年の時点でのウィルザさんが過去にも未来にも来ているわけですから、変わるはずもないのでしょうが」
 苦笑しながらオクヤラムはウィルザが出してきた手を取る。
「長老がお待ちです。ウィルザさん、あなたにニクラの全てをあげてお願いがあるのです」
 オクヤラムが先に立って歩き出す。その隣をウィルザが、そして三人はその後ろをついてくる。
「ニクラの──っていうことは、この空を行く人々の船っていうのは」
「ええ。私たちニクラの移動手段であり、避難場所でもあります。八一五年、それまで二手に分かれていたニクラの民はこの船に一つになることを決めました。ニクラの村が崩壊することが分かっていましたから」
「それはマ神のせいで、かい?」
「そうです。マ神は八一八年に封印から解き放たれると、ニクラを壊滅させ、そしてアサシナのクノン王と接触しました」
「やはり、クノンは操られているのか」
「おそらくは。善良なクノン王があそこまで暴虐な人間に変わったのは洗脳されたとしか思えません」
「マ神がアサシナを訪れたのは八二〇年。だとしたらクノンを洗脳したのは」
「そうです。ケインがマ神の命令でそうしました」
「じゃあ、緑の海の神殿も割と早くに解放されたっていうのか?」
「ええ。八一八年に緑の海が解放され、それをきっかけにマ神の封印が解けたのです」
「世界記はどうなったんだ?」
「それも含めて、長老がお話になります。どうぞ」
 連れていかれた部屋には、かのニクラの長老がいた。
「お久しぶりです、長老」
「うむ。わしにとっては二〇年ぶりだが……あの八〇五年から転移してきたお主にとっては、ほんの数日、いや数時間か、それくらい前のことなのだな」
「はい。実を言えば、先ほど長老とお会いしたばかりでした」
「だろうな。わしらもお主たちが何年先にタイムスリップしたのかを計測したのだが、世界の終わりの月、すなわち八二五年の十二月ということしか分からなかった。だからお主らがこの時代に戻ってきた波動をキャッチして、すぐに駆けつけたのだ」
「なるほど。タイミングよく来られた理由が分かりました。それで、ぼくたちを呼び出した理由は何ですか」
「簡単なことだ。旧アサシナの星の船を止める。それに力を貸してほしい」
「貸すも貸さないもありません。ぼくだって星の船を止めて、この大陸を救いたい」
「では同志というわけだ。同志よ、そなたに──最愛の友人を返そう」
「友人?」
 何を言われているのかは最初は全く分からなかったが、すぐに判明した。
 長老の手から取り出された、青い球。それは、まぎれもない。
「世界記!」
『久しいな、ウィルザ。元気で何よりだ』
「こっちの台詞だ! このやろう、勝手にぼくから離れやがって!」
『やむを得ない事情であるのは分かっているだろう。それよりも──私の中の情報を早く手に入れるがよい。まだいくつか、お前の知らないこともあるだろうから』
「ああ。感謝するよ、世界記。お前がいないと結局、ぼくは駄目なんだな」
『そんなことはない。君は随分──成長したようだ』

816年 第二次平和協定成立
四カ国の間で平和協定が成立する。

818年 ゲ信仰の復活
ガラマニアの宗教改革により、アサシナでのゲの神の信仰が盛んになる。

818年 緑の海の神殿解放
緑の海で三つ目の封印が解放される。

818年 ニクラ壊滅
既にほとんどの住民が移動を終えてはいたが、ニクラが完全に壊滅する。

818年 空を行く船墜落
緑の海の神殿が解放された直後、空を行く船が旧王都神殿に墜落する。これによりアサシナの神殿は完全に破壊される。

824年 グランの黄昏
各国軍の残党がレジスタンスを結成し、アサシナに侵攻する。ガラマニアの王妹であったドネアがレジスタンスを率いる。度重なる戦争にグラン大陸全土が混乱に陥る。



 なるほど、とウィルザは納得したこれで全てのつじつまがあった。
 つまり、ニクラの民は緑の海の神殿が解放されると同時に、マ神を封じ込めなくなってしまった。だから空を行く船の一隻をわざと旧アサシナに落として、星の船を使えなくしようとしたということだ。
 その結果、ケインたちはいまだに星の船を復旧することができず、地下のエネルギーを解放できずにいる。
「既にザ神の四つの力を手に入れたウィルザ、お主ならば旧アサシナの回りにはりめぐらされた結界を解くこともできよう。お主の力に期待する」
「期待に応えられるように努力します。協力を感謝します」
「うむ。こちらもできる限りのことはしよう。準備はよいか。では、旧アサシナに転送する」
「はい。みんな、心の準備はいいかい?」
 振り返って三人の顔を見る。リザーラもサマンもグランも、問題なしと力強く頷いた。
「お願いします」
「では、頼むぞ勇者たち」
 そして、四人は再び光に包まれ、転送した。






(そういえば、世界記)
『どうした』
(聞きたいことがあったんだ。どうして世界記は、ぼくにこの世界に留まる方法を教えてくれたのかって)
『君が気に入っているから、というのでは理由にならないのか?』
(いや、それは分かるんだ。ただ、それにしては随分と難しい条件だったと思うよ。ザ神の力を全部手に入れる、でもそうしたら人間ではなくザ神になってしまう。鬼鈷があればサマンと一緒に流れる時間を生きることができるけど、鬼鈷はこの後で使わなければいけない。ぼくはいったい、どうすればいいんだよ)
『方法はある。私はその自信があったからこそ、君にザ神の力を手に入れるよう勧めたのだ』
(やっぱり、そうだったのか。でも、それならもっと早くに教えてくれればよかったのに)
『──苦しませたのはすまないと思っている。だが、本当に苦しむのはまだ、これから先だ』
(え?)
『君は、この世界で生きるために、一つの決断をしなければならない。そうすれば君は間違いなくこの世界でサマンと一緒に生きることができるだろう。その決断ができるかどうか、試させてもらうぞ、ウィルザ』







最後の戦いが始まる。
この大陸に初めて来たときに助けた命。
それを、自らの手で、奪わなければならないとは。
歴史は、これほど皮肉で綴るのを好むのか。

「やはり、僕の前に立ちはだかろうというのですか」

次回、第五十話。

『最後の戦い』







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