四人は、旧アサシナの入口についた。
 なるほど、見て分かる『障壁』だった。旧アサシナが、薄い光の幕によって遮られている。そこから先へ入り込むことができないようになっている。
「本当に、入ることができるんですか?」
 グランが心配そうに尋ねてくる。ウィルザは頷くと、その光に向かって手を差し伸べた。
 その光に触れた瞬間、ウィルザはザ神の力をそこに注ぎ込む。すると、ウィルザの近くの光だけが急激に消滅していった。
「行くぞ」
 ウィルザが先頭で入り、サマンとリザーラ、そしてグランも続く。
 旧アサシナはもちろん静まり返っていたが、あちこちに怪しげな雰囲気が立ち込めている。
 四人はアサシナの王城から神殿へと移動する。
 神殿は完膚なく破壊しつくされている。これでは封印をどうこうするというのは不可能だろう。ケインも困るはずだ。
 だが、そうなるとマ神はどうやって星の船を動かすつもりだろうか。
 既にエネルギーは蓄えられている。だとすれば後は、暴走させるだけ。
 星の船が使えなくても、マ神が星の船と同化すれば、強引に稼動させることができるはず。ケインがここで行っているのはその作業に違いない。
(同化か。マ神の目的が大陸の破壊なら、それが一番いいんだろうな)
 旧アサシナの神殿=星の船。これを破壊したのが一時しのぎでしかないのは、ニクラの民たちも分かっていたことなのだろう。
 全てを救うことができるのは、鬼鈷を持つウィルザ、ただ一人なのだ。
 そうして、一行はアサシナの地下へと進んでいく。階段をくだり、最奥を目指す。
 誰ひとり、言葉もない。あるのはただ、大陸を救いたいという願いだけ。
 そして、やがて。
 彼らの目の前に、立ちはだかる人物が現われた。
 あれから成長し、青年の姿となった人物。
 皇帝、クノンがそこにいた。
 皇帝用に作り変えたのか、豪華なローブを着ているが、中は戦士の鎧を着込んでいるのは一目瞭然だ。
 そして以前の用な優しげな、可愛らしい表情は消えうせ、冷たい殺戮者の、細い目をしている。
「ご無沙汰しております、クノン陛下」
 慎重に声をかける。だが、クノンは表情を全く変えることはなかった。
「お久しぶりですね、ウィルザさん。やはり、僕の前に立ちはだかろうというのですか」
「クノン陛下が王道を進まれているのでしたら何もしません。ですが、話を聞く分には、今の陛下は覇道を進んでおられるようですので」
「そうですね。それも、やむをえないことでした」
 クノンは剣を抜いた。
「マ神のところには、行かせません」
「そうですか。ですが、一つだけ教えてください」
「はい」
「陛下は半分操られているようですが、完全に自分の意識がないというわけではないのですね」
 ウィルザの言葉に、後ろの三人が驚いて二人の顔を見比べる。
「お分かりになりますか」
 それでも表情を変えないクノンが尋ねてくる。
「ええ。陛下ご自身の意識と話しているのが分かりましたから」
「そうですか。でも、僕は退くつもりはありません」
「何故、とお聞きしてはいけませんか」
「必要はありません。僕は、僕の意思でこの覇道を進むと決意したのですから」
「分かりました」
 よほどの覚悟のようだ。もはや彼も戻れないところまで来ているのだ。
 ケインと何があったのかは知らない。また、この十年でクノンに何があったのかも分からない。
 ただ、引導を渡すのならば自分が一番いいのだろう、と思う。彼の命を救った自分だからこそ。
「失礼します」
「はい。ウィルザさんと剣を交えるということ、かつての僕では考えようもないことでしたが、今の僕なら──マ神の力を得た僕なら、互角以上に戦える」
 皇帝のローブを脱ぎ捨てる。その下から、屈強な戦士の身体が現われた。
「いきます!」
 クノンは全力で振りかかってくる──速い。
「くっ」
 間一髪、その斬撃をかわす。驚いた。まさか、ザ神の力の四つ全てを手に入れた自分を怯ませるとは。
(グランといい、クノンといい、下の世代っていうのはこうも力をつけてくるものなのか)
 敵、黒童子が強いからこそ、味方も強くなる。お互いが相手より強くなろうとするから、全体的なレベルアップが起こる。
「ウィルザ!」
「父さん!」
 サマンとグランが動きかけるが、ウィルザは「動くな!」と大声で制止した。
「陛下とだけは、ぼくが決着をつける。だから、任せてくれ」
 そう。決着は自分がつける。そうしなければならない。
 大陸を、守るのだ。
(八〇五年、あの、ぼくがこの大陸にやってきた、まさにその時に生まれた子供)
 いわば、クノンは、自分にとって魂の双子。
(ぼくが決着をつけるんだ)
 鬼鈷を強く握り締める。そして、無表情なクノンの身体の動きに集中した。
 クノンが、動く。
 左から、大きく剣が軌跡を描いてくる。だが、その動きはフェイント。本命は、こちらが回避した直後の──
「ノヴァ!」
 クノンから放たれる、最強のザの魔法が自分に直撃する。
 だが。
(見くびったな、クノン)
 相手が『ただの』人間だったなら、これでも充分焼き滅ぼすことができただろう。
 だが、自分は『ただの』人間ではない。ザの魔法でダメージを受けにくくなった『ザ神』そのものなのだ。
「ばかな」
 ノヴァの火力をものともせず、ウィルザはクノンの懐に入る。
 そして、鬼鈷を一閃した。
「……が、う……」
 致命傷だ。
 確実に、自分が皇帝クノンの命を奪ったのを、感じた。
「陛下」
 崩れ落ちてくるクノンを、ウィルザは抱きとめた。
「強いですね、ウィルザさん」
 もはや自ら立つ力をも失ったクノンは、身体を丸ごとウィルザに預けてきた。
「こう見えても、力は十二分にあるんです」
「知っていました。ウィルザさん、あなたならきっと僕を止めてくれるだろうと思っていましたから」
 その言葉に、かすかに浮かんでいた疑問を投げかける。
「陛下。やはりあなたは、自分を止めさせるためにぼくと戦ったんですね」
「買いかぶり、です。そこまで本気で考えていたわけではありません。僕の身体は完全にケインに操られていますから」
「ですが」
「ケインが僕を操ってこの大陸を混乱に陥れようとしていたのは分かっていました。でも、同時に旧アサシナの『力』を手に入れようとしていたのも分かりました。それなのに、止められませんでした。僕の意識とは関係なく、勝手に身体が動くんです。僕のせいでたくさんの人が亡くなりました。僕のせいで」
「それは違う。陛下もまた、ケインと戦っておられました」
「僕はケインに敗れたんです。しかもこの身体をいいように操られてしまった。僕に国王の資格はありません。僕が死ぬことで大陸が平和になるなら、それでいい」
「陛下!」
「大陸をお願いします、ウィルザさん。あなたにしか託せない。あなたがいてくだされば、大陸は、きっと──」
 だが、それが限界だった。
 一度、かっ、と目を見開いたかと思うと、身体が震え、そして、力をなくした。
 それが望まぬ覇道を歩まされた、悲劇の皇帝の最期となった。







第五十話

最後の戦い







「死んだか」
 そのクノンの死をあざ笑うかのような声が響いた。
 四人が一斉に声のした方を見る。そこにいたのは、無論、黒いローブの男。
「ケインか」
「よく戻ってこられたものだ。ウィルザ、やはり貴様とは決着をつけなければならないようだ。それにしても、最後の最後まで、憐れな男よ」
 ケインが挑発するように言う。
「操られていると知りながら抵抗することもできんとはな。まさに国王の資格などない、無能な男だ。だが、感謝しなければならんな。この男のおかげで、大陸を混乱に落とすことができたのだからな。はははははっ!」
「ケイン! 貴様だけは、許さない!」
 ウィルザが鬼鈷を構えて、走り出す。そして後ろからサマンが機銃で援護する。
「ノヴァ!」
 さらにはリザーラの魔法がケインを襲う。ザ神最強魔法。さきほどクノンが使ったのを見て、一瞬で使えるようになったのはさすがだ。
「甘いわ!」
 そのノヴァの爆発の力もサマンの機銃も回避して、ウィルザと剣を交える。
(力が以前より上回っている!)
 自分の力も随分強くなったはずなのだが、それでも互角ということは、おそらくマ神にさらなる力を与えられているに違いない。
「貴様はどうして大陸の破滅なんかを願うんだ」
「マ神はそもそも大陸の破滅を願ってこの地に来た者。ならばマ神の末裔として、あるべき立場にたっているだけのことだ」
「ニクラの意思ではなくてもか!」
「そのニクラの連中を滅ぼすのが私の願いだ!」
 二人が一度離れるそしてさらに剣戟が続いた。
 二合、三合、四合と打ち合うが、レベルアップした自分と完全に互角だ。
 最初こそ援護したサマンとリザーラだが、二人の真剣勝負に入るともはや手を出すこともできない。下手すれば攻撃がウィルザに当たりかねない。
(この間から、アタシ、ウィルザの役に立ててない)
 ウィルザが一気にレベルアップしたのは分かっている。だが、彼はザ神の力を得ることでレベルアップしても、サマンが同様にレベルアップするわけではないのだ。どんどん先を行く彼に、まるで追いつくことができない。
(お願い)
 サマンは苦悶の表情で、二人を見る。
(ウィルザを、助けて)
 二人がさらに攻撃を続けた後、一瞬、離れる。
 そこにケインの予期せぬ邪魔が入った。
「覚悟っ!」
 グランだった。
 自分が攻撃する隙を見計らっていたのか、ケインの背後に回りこんでいたグランは、父親と離れた瞬間を狙って攻撃をしかけたのだ。
 グランの剣が、ケインに裂傷を負わせる。
 だが致命傷には遠い。ケインは憎しみのこもった目で睨むと、ラニングブレッドの魔法をグランにあててくる。
 グランは吹き飛ばされるが、それはウィルザがケインを倒すのに充分な時間だった。
「ケイン!」
「!」
 鬼鈷が、ケインの身体に突き刺さる。
 心臓を貫いている──致命傷だった。
「ルウは、どこにいる」
 反撃する力を無くしたケインに尋ねる。
「もう、遅い」
「なに?」
「あの女を、人質にするためなんかで、私が連れ去ったと、本気で思っているのか」
 その身体が、徐々に、崩れ落ちる。
「どういう意味だ!」
「あの女は、マ神への生贄。あの女の命が尽きると同時に、この地に蓄えられたエネルギーは解放される」
「そんな」
「我が主は復活したのだ。グラン大陸は滅亡する! 歴史どおりにな! ハハハハハア!」
 そして、倒れた。言うことを全て言い切ったケインは、もう二度と動かなかった。
「グラン!」
 そして先ほど火球の直撃を受けたグランに駆け寄る。既にリザーラが回復魔法をかけている。命に別状はなさそうだった。
「すみません、足手まといになってしまって」
「何を言ってる。お前がいなければケインを倒すことができなかった。お前のおかげだ」
「僕は、役に立ちましたか」
「ああ。ぼくの自慢の息子だ」
 グランの顔がぱっと明るくなる。
「嬉しいです、お父さん」
「だが、まだお前には力を貸してもらわなければならない。立てるか」
「大丈夫です」
 すっかり回復したグランは立ち上がって頷く。こうしたところに若さを感じるあたり、自分も歳を取ったということだろうか。
「サマン、リザーラも、あと少し。力を貸してくれ」
「もちろんよ。アタシ以外の誰がウィルザの力になれるっていうのよ」
 強気で答えるサマン。そしてリザーラも頷いて答えた。
「私はもう随分前に、ウィルザに力を貸すと決めてきましたから。最後までお供します」
「ありがとう」
 そしてウィルザはケインがやってきた方を向く。
 その先に、マ神がいる。







そのとき、一つの歴史が終わりを告げた。
消え去る恒星が輝くことはもうない。
運命の歯車が止まり、そして、世界記の最後のページが開かれる。
そこに、何が書かれているのか。

「一つだけ、約束をしてほしい」

次回、Last Episode。

『グランヒストリア』







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