そのサンザカル旧鉱山の入口まで来た時だった。
 その入口で待っている一人の男がいた。
(まさか)
 ウィルザは駆け寄る。そこにいたのは紛れもなく、
(ガイナスター)
 彼も自分に気付いたのか、ほう、と口にして近づいてくる。
「まさかお前とはな。これは、運がいいのか悪いのか」
「ガイナスター? お前が大神官を誘拐したのか?」
「状況は分かっているようだな。だが、俺ではない。俺は協力しただけだ。おかげで王都襲撃ができなくなった。まあ、それでクノン王子が亡くなるというのなら俺にしても悪い話ではない」
 いったい何を考えているのか。だが、ガイナスターはどうやらこのやり方にさほど賛成しているようではないらしかった。
「本当の敵は鉱山の奥にいる。が、ウィルザ」
 ガイナスターは真剣な表情で見つめてくる。
「俺はもうこのアサシナを出る。そろそろ潮時だからな」
「潮時って、盗賊がか?」
「ああ。一度態勢を立て直す。ウィルザ。こんなくだらない戦いに巻き込まれる必要はない。俺と共に来い。お前がいれば俺も自分の野望を果たすのに都合がいい」






(ガイナスターか)
 正直に言えば、この男のことはとても気に入っている。手伝いたいのはやまやまだ。
 だが、問題はクノン王子だ。助けないままついていけば当然王子は死んでしまう。それだけは避けなければならない。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「条件だと?」
「ああ。大神官の救出を手伝うこと。それが条件だ」
 さすがにガイナスターも目を丸くした。何を好きこのんで、自分の対立している相手を助けなければならないのか。
「俺がアサシナを転覆させようとしているのを知っていて言っているのか?」
「それは分かっている。でも、クノン王子はこの世界に必要な人間だ。ガイナスター、君と同じようにね」
「イライを助けろだの、大神官を助けろだの、まったく注文の多い男だ」
 ガイナスターは腕を組んで考える。
「まあ、お前が出張るんなら大神官が助かる可能性の方が高そうだ。ならばウィルザ、交換条件といかないか。俺は大神官の救出にはいかない。そのかわり、重要な情報を一つ教えてやろう。それで俺のところに来い。だいたい、元は俺の部下なんだ。お前が条件をつけられるような立場じゃないってのは分かってるんだろ?」
 確かに。自分はイライを救出してもらうことを条件に一度部下になった。その契約が切れたというわけではないのだ。
「いいだろう。君に協力する、ガイナスター。それで、情報というのは何だ? 言っておくけど、犯人の目星ならついているよ」
「なるほどな。だがこの情報はどうだ。その男」
 ガイナスターはローディを指さす。
「副神官ローディ。そいつがイブスキを手引きした」
 瞬時にサマンが動く。ダガーを喉に当てて「動かないで」と脅迫する。
 疑っていたことではある。だが、こうはっきりと答が出てしまった以上は、もはや引き返すことはできない。
「……まさか、あなたが裏切るとは思いませんでしたよ。ガイナスター陛下」
 その言葉にウィルザもサマンも耳を疑う。だが、サマンはローディへの集中を切らせない。
「陛下、だって?」
 ウィルザは問い詰めるようにガイナスターを見る。だが彼は肩をすくめただけで何も答えない。それより先にやることがあるだろう、という様子だ。
「まあ、その話は後にしよう。ローディ。それより、君への尋問が先だ。大神官の誘拐を企んだ理由、聞かせてもらえるかな」
「理由? 旅人の貴様になど分からないだろうが、アサシネア六世はクーデターで先王五世陛下から王位を簒奪した男だ。私はあくまでも五世陛下の臣だ」
「五世?」
 ウィルザは素早く頭の中をめぐらせる。この世界に下りてきてここまで休息もなく来たが、一応世界記の中身は全て読みきっている。
 アサシネア五世。八〇四年のイブスキの悲劇で亡くなった先王。クーデターを起こしたのが現アサシネア六世。ただ、今の治世を国民は喜んでいるようであったが。
「確かに分からないな。現王の統治が悪いということを聞いたことがないし、逆に先王の治世もどのようなものだったか、詳しいことをぼくが知っているわけじゃない」
「言っておくがウィルザよ、先王時代のアサシナは、それはそれはひどいものだったぜ」
 口を挟んだのはガイナスターだった。
「俺が国王になったのは八〇三年のときだ。あの頃の俺は正直言って、アサシナを全部取れると思っていた。何しろ、アサシネア五世には力なんかまるでない。国民には嫌われ、宮廷は混乱し、そりゃあ軽く手に入れられただろうさ」
「黙れ! 裏切り者の国王が!」
 ガイナスターは言われても平然としている。肩をすくめて続けた。
「俺がアサシナで恐れてたのはたった一人だ。ガラマニア、マナミガル、ジュザリアの三国軍をたった一人で追い返し、クーデターを起こしてアサシナをまとめあげ、平和協定を結んでアサシナを平和、安定に導いた男」
「それが」
「そうだ。クラウデア・デニケス。現アサシネア六世だ」
「邪道盗賊衆が活動を始めたのも、その後からだと聞いたけど」
 それは世界記の情報だ。ガイナスターは「ああ」と答えた。
「地方で盗賊の真似事をして王都を空にし、一気に王都襲撃を行って現王を倒す。それさえできりゃアサシナなんかいくらでも料理できる。ま、うまくいかなかったもんは仕方がないが」
「アサシナを取るだと、ガイナスター王よ。アサシナ王国がそう簡単に隣国の手に落ちると思うか!」
「思ってるさ。現王さえいなけりゃ、お前らの国に俺にかなう奴なんかいねえ。ま、あの騎士ミケーネとかいう奴だけは骨がありそうだったがな。あれは現王が手塩にかけて育てた部下。一筋縄でいかねえのは知ってるさ」
 なるほど、とウィルザは素早くバックヤードを頭に叩き込む。
(八〇五年以前の歴史か。とにかく未来の歴史を修正することばかり考えていたけれど、根はかなり深いようだな)
 だが、これでだいたいのことは分かった。デニケス現王家とイブスキ先王家。それが現在のアサシナ王宮には深い溝として残っている。ガラマニアのガイナスターがその間隙を突こうとして活動している。
(大陸のために、ぼくはどうすればいい?)
 まずは戦争を起こさないことだ。そのためには──
(アサシネア六世が無事である方が、ぼくにとっては都合がいい)
 アサシナに平和と安定をもたらした国王。彼がいなくなったら、再び動乱の時代となるのは目に見えている。ガイナスターがアサシナに攻め込むだろうし、アサシナ内部は四分五裂だ。
「ローディ。一つ尋ねたい」
「何だ」
「君はどうして、アサシネア・イブスキに仕えているんだ」
 そう。問題はそこだ。イブスキというのはそれほどに優れた人物なのか。
「イブスキ陛下は、先王五世陛下の御子であられるのだぞ」
「だが、先王はそれほど評判が良かったとは聞いていない。だったら──」
「ふざけるな!」
 ローディは自分の首元にナイフがあるのも忘れて一歩を踏み出そうとする。そのナイフで、彼の首筋に赤い筋が走る。
「私は先王陛下によって救われたのだ。神官の家に生まれながら、祝福を与えることができない無能者と、さんざんな扱いを受けてきた。実力など評価されなかった。ただ私が祝福を与えられない、それだけで私の価値はゼロ、いや、マイナスに落とし込まれたのだ。陛下だけが私を救ってくださった。陛下だけが私の能力を認め、王宮で、神殿で、働くことを認めてくださったのだ。人からどう見られようとかまわなかった。私の力はただ、あの方の、先王陛下のためだけに尽くすものだったのだ。それを、それをあの男、デニケスは!」
「個人的な復讐……というわけか。たとえそれが、アサシナという国を滅ぼすことになるのだとしても」
 言われて、ローディは勢いをなくした。
「君は分かっているんじゃないのか。確かに君にとっては優しい主君だったのかもしれない。ただ、施政者としての能力が高かったわけではない、ということを」
「そう、とも」
 ローディは左手を胸の前で強く握り締める。
「あの方が優れた施政者ではなかったことなど、誰よりもこの私がよく分かっている。この国で働き、この国の実情を誰よりも調べた私だからこそ分かっている。だからこそ、少しでもこの国をよくしようと思って、私はあの方に仕え、働いたのだ。だが、あの男デニケスは、クーデターなどという野蛮な方法をもってこの国を強引に変化させた。確かに施政者としての問題はあっただろう。だが! それだけの理由で五世陛下を殺していい理由になどならない!」
「自分の悦楽のために税を搾り取り、気に入らぬものを次から次へと死刑にした。そんな国王でクーデターを起こさない方がどうかしてやがる」
 ガイナスターが吐き捨てた。それは、厳しい言葉かもしれないが、真理ではある。
 社会契約、という言葉がある。国王は税をとって、その税金で国民を統治しなければならない。それは国王と国民とで契約をかわしたわけではないが、そのような契約が自然と発生しているのだ、という考えだ。
 もし統治をおろそかにし、税だけをただ搾取するのでは、そのような国王は倒してもいい。それが革命、クーデターというものだ。
「ローディ」
 ウィルザは彼の前に立った。
 彼の気持ちは分かる。
 彼にとっては、国王は誰よりも優しい、立派な人物に見えていたのだろう。
 一つの事物に対しての見方は人によって違う。
 ローディもそのことは分かっている。これはただの、彼の、こだわりにすぎないのだ。
 だから、こだわりを壊さなければいけない。
 粉々に。
 ウィルザは手を振り上げると、彼の頬を思い切り叩いた。







第九話

王家への忠誠







「な……何を」
 呆然と、ローディはウィルザを見返した。叩かれた頬が真っ赤だ。
「君に尋ねる。ローディ。君にとって大切なのは、国王か、国民か。いや違う。国王一人か、それともこの世界全ての人間か」
 そう。
 ウィルザには分かっていた。この目の前にいる人物。ローディという男はこの上なく義理堅く、そして力もあるということを。
 ただ彼は、祝福を与えなければならないという重圧の中、それを果たせなかった自分への絶望があり、そこから救い上げてくれた先王への忠義の心が全てなのだ。
「わ、私にとっては、五世陛下の他には何も──」
「甘ったれるな!」
 叱責するとローディは口を閉ざす。彼も分かっている。五世では、この激動の時代に混乱を招くだけだったということは。
「君にも分かっているんだろう。この世界はこれからますます混乱を深めていく。その時代に、先王では力不足だったということを。確かにクーデターがいいとはぼくも言わない。でも、現在のアサシナはいい方向に進んでいる。これを止めるのは、時代の逆行だ。国民はそれをきっと喜ばないだろう」
「では、六世の、デニケスの罪はどうなるのだ!」
「正さなければならない。でも、それは今じゃない。デニケスはきっと、国民のためを思って自ら犯罪者となった。その罪を背負う覚悟はきっと、彼にはあるはずだ。その覚悟が今のイブスキにあると、君は思うのかい?」
 言葉に詰まる。そう、結局のところ、クーデターはもう起こってしまい、過去の出来事と変わったのだ。だとしたら、どうすればこの国が良い方向に進むのか、それを考える方が有意義だ。
 理屈は分かる。だが、奪われた者にとって、納得はいかない。
「だが、私は五世陛下に忠誠を誓ったのだ。生涯、あの方だけに仕えると。だから私は、あの方を倒したデニケスと共に天を仰ぐことなどできない!」
「なら、決着をつけよう」
 ウィルザはサマンに向かって頷く。でも、とその口が動くがウィルザが首を振ると、サマンはおとなしく拘束を解いた。
「どういうつもりだ」
「ぼくと決着をつけよう。君には申し訳ないけど、今の六世はこのアサシナにとって必要な人材なんだ。そしてクノン王子を殺させるわけにはいかない。だから、決着をつけるんだ。ぼくと、君の手で」
 言われて、ようやく彼の心は落ち着いてきたのか、少しずつ目が真剣味を帯びてきた。
「私は貴様を殺すぞ。かまわないのか」
「ぼくは死なない。ぼくには大陸を救うという使命がある。だから、君には負けない」
 ローディは頷くと、すぐに距離を取った。
「行くぞ、ローディ!」
 ウィルザは剣を構えると、ローディに向かって突進する。
「フリーザ!」
 凍気の魔法が放たれる。だが、ウィルザはそれを正面から突破すると、剣をおもいきり振りぬく。
 ローディもその動きを読んでいたのか、大きく飛び退いてまた呪文を唱える。
「グラビティ!」
 重力圧の魔法。一瞬、強大な圧力が身体にかかったが、ウィルザはすぐにその効果範囲から飛び出る。
「ローディ!」
 そしてやおら、ウィルザは自分の剣を投げつけた。その攻撃に、次の呪文に入ろうとしていたローディは詠唱をストップして回避する。
 だが、その間にウィルザは既に懐に入り込んでいた。
「しまっ」
 口に出し切るより早く、ウィルザの拳がローディの顎を捕らえる。ローディは宙に浮いて、そして仰向けに倒れた。
 ウィルザは剣を拾うと、ローディの顔先にその剣をつきつけた。
「私の負けだ、ウィルザ」
 ローディは目を閉じて、両手を開いた。
「こと、ここにいたってはかの世で陛下に会うことが望み。さあ、殺すがいい」
「ああ、殺す」
 抵抗しない相手に向かって、ウィルザは大きく振りかぶった。
「死ね、ローディ!」
 サマンは目を閉じ、ガイナスターが眉をひそめる。
 そして、剣が振り下ろされて、突き刺さる。
 大地に。
「……何故、殺さない」
「殺したさ。今」
 目を開いたローディに対し、ウィルザは剣を大地から引き抜くと、鞘に納めた。
「ローディ。君は今死んだ。ここにある体はただの抜け殻だ」
「抜け殻」
「君はもう五世だの六世だの、そんなことにはかまわない。何故なら、ローディという、五世の忠義の士は死んだからだ。そして君は今から、僕のパートナーになる」
「何だと」
「ローディ。世界を救うためには君のような気高く、義理固く、そして強い人材が必要だ。君の力がこのグラン大陸を平和に導くために必要なんだ。全てのことを捨てて、ぼくに協力しろ、ローディ」
「ひつよう……」
 ローディの目から、自然と、涙がこぼれていた。
「そうだ。陛下だけだった。陛下だけが私を、必要とおっしゃってくださった……」
 ローディは立ち上がると、目の前にいるウィルザを見つめる。
「あなたは陛下の生まれ変わりか」
「まさか。ただ、平和を願う気持ちは、多分誰よりも強いと思うよ。それに、君のことが必要だっていう気持ちなら、きっと五世陛下と同じくらい強いと思っている」
「そうですか……」
 ローディは涙を拭うと空を見上げる。高い空に雲が一つだけ流れているのが見えた。
「すみませんが、私はあなたのパートナーにはなれません」
「ローディ。君はもう──」
「いえ、違います。私は死んだのでしょう。もう、全てのしがらみからは解放されているのでしょう」
「ああ」
「では私は、自由なこの私は、他の何にもしばられず、自分で自分のことを決めます」
「じゃあ、まだアサシネア・イブスキに」
「いいえ」
 ローディは首を振ると、その場に跪いた。
「あなたにお仕えします。私を必要とおっしゃってくださったウィルザ様。私の忠誠は今後、あなたのものです。パートナーではなく、部下としてなんなりとお命じくださいませ」







最後の選択が行われた。
この判断の先に待ち構えているものは何なのか。
神か、悪魔か。それとも。
ウィルザの、もう一つの戦いが、幕を開ける。

「……どうして、ここに」

次回、第十話。

『運命の再会』







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