話が終わるとすぐにサマンたちは小屋の中に戻ってきた。どうやら入るタイミングをずっとうかがっていたようだった。
自分たちの話の内容には触れず、サマンがまず状況を報告してくる。
「今のところ、悪いニュースじゃないよ。どうやら追いかけてくるのは諦めたみたい。かなり近づいて状況を確認してきたけど、あの崖を下りてこようとは考えなかったみたい。そのかわり、別の方向から追いかけてくる可能性はあるけど」
「あまりここでのんびりとはしていられないというわけか」
ガイナスターが言うとルウが曇った顔を見せる。まだウィルザの怪我は完全に治ったというわけではない。いや、ローディの魔法のために傷口は塞がっているのだが、出血がひどかったために極度の貧血状態なのだ。体を起こすのもやっと、という様子だ。
「あまり悠長にしていられないのは確かなんだろ。だったら、なんとかするよ」
寝たままでウィルザが言う。四人とも反対を言いたかったのだろうが、この場にいつまでも留まることができないのは事実だ。
「そのまえに、いろいろと整理しておきたいんだ。ここまでの状況を。それくらいの時間はあるんだろう?」
「もしそんな時間もないんだったら、すぐに出発の準備をしてるところだけど」
「オーケイ。だったら、みんなに色々と話を聞いておきたいんだ」
ウィルザは目が覚めてから、やけに頭が働いていた。ここまで目の前のことで精一杯だったせいか、ルウと再会した直後に色々な疑問がもたげてきたのだ。
まず、その第一。
「ガイナスター」
「なんだ」
「これは確認なんだけど、ガイナスターはガラマニアの国王、ということでいいんだよね」
言われた方の男は肩をすくめた。
「今さら、だな。サンザカルでイブスキの奴がさんざん言ってただろうが」
「じゃあ改めて聞くけど、ガラマニアの王が、どうして隣国アサシナで盗賊団の首領なんかやってるんだ?」
そう。この大陸を救うためには一つでも多くの情報がいる。それは、自分がやってくる前、八〇五年よりも前の情報が必要だ。世界記の情報だけでは正確なものが見えてこない。
「俺が国王になったのは二年……いや、もう三年前、か。八〇三年の春のことだ」
アサシナとガラマニアとの間では国境紛争が絶えない。戦いはほとんどの場合がガラマニアが一方的に攻め込み、撃退されているということの繰り返しだった。
八〇三年、国王親征で行われた紛争の際、ガラマニア王は流れ弾を受けて負傷。その傷がもとで破傷風にかかり、還らぬ人となった。ガイナスターが即位したのはそのときだ。
当時のアサシナもそれはひどい状態で、国境騎士団を率いていたクラウデア・デニケスとその騎士団を除けば腐敗の温床だった。国王の絶対王政のもと、官僚と近衛騎士団が幅をきかせ、対立する者を一切容赦せず、処刑していく。
そんな中で、ガイナスターはマナミガルのエリュース女王、ジュザリアのリボルガン王と三国同盟を結び、アサシナを挟撃する案を企てた。
だが、それにいち早く気付いたデニケスは騎士団を率いてクーデターを敢行。国王を討ち取り、近衛騎士団と国王に従っていた官僚を全員極刑とした。『イブスキの悲劇』である。
事件の直後、国王として即位したデニケスはまず遠国のジュザリアと国交を結ぶ。王妹レムヌを妻として娶り、三国同盟に皹を入れた。ジュザリアの後ろ盾もあり、平和協定が結ばれることとなった。ガイナスターにしてみればジュザリアに裏切られた格好となった。
この平和協定を快く思わなかった人物が二人。一人は無論ガイナスターだが、もう一人がアサシネア・イブスキだ。彼は妹のファルと共に一度リボルガンの元にかくまわれた。だが、リボルガンがアサシネア六世を認めたため仲違いし、ジュザリアを出た。そしてアサシナに潜伏した。その目的は言うまでもなく復讐、そしてアサシナ王位の奪還のためだ。
一方、ガイナスターは邪道盗賊衆を結成し、そのリーダーとなってアサシナに潜伏した。各地で暴行を働いた目的は、敵兵力の分断だ。盗賊討伐にアサシネア六世の右腕とも言われるミケーネ・バッハが出てくればしめたもの、これを殺害してアサシナの戦力を落とす。
そのためにガイナスターはイブスキと組み、イライの村の襲撃を決断したのだ。
話を聞いて、ウィルザはいくつかの矛盾を感じていた。だが、その前にこの情報について確認をしたかった。
「ローディ。今の話で気になる点があれば」
「いえ、特には。ガイナスター陛下やイブスキ様のことは分かりませんが、私の知っている歴史そのままです」
「現在王宮に仕えている者は全員国王派ではなかった、ということかな」
「いえ。私は限りなく国王派です。ですが、ミジュア様の口ぞえがあったものですから、極刑を免れました。それどころか、以前の地位を保証してくださいました」
そのミジュアを罠に陥れたのは辛いところがあっただろう。それだけ、先王に対する忠誠が厚かったということでもある。
「ジュザリアからきたレムヌ王妃という方はつまり、政略結婚ということかな」
「私は六世陛下のお傍にあまりいることはありませんでしたから、よくは存じません。ですが、そう考えるのが自然かと」
(ジュザリア王リボルガンは、一方でイブスキをかくまいながら、もう一方で妹を六世に嫁がせた……?)
今ひとつ理解のしがたい行動だ。そこにどのような意味があるのかは分からないが、この場で推測しても無駄なことなのだろう。
「じゃあ、ガイナスター。二つの疑問について尋ねておきたい」
「なんだ」
「まず一つ。どうしてイブスキと知り合ったのかということ。そしてもう一つ。なぜイライの村の結婚式を襲撃しなければならなかったのかということだ」
ガイナスターは問われて、やや不機嫌な表情を作った。
「……まあ、確かに疑問だろうな。今の説明では」
「教えてくれるのかい?」
「どちらも大した問題ではない。俺とイブスキとの間にはある第三者による仲介があった」
「第三者……?」
「ああ。ケインという黒いローブを着た男だ」
ケイン!
もちろん、その名前には聞き覚えがある。ウィルザはサマンと視線を交わした。
サマンの手引きでアサシナを脱出した後、その黒いローブの男はウィルザたちに接触してきた。
『サンザカルなど放っておくがいい。歴史に逆らうな』と。
その警告をした理由はただ一つ。サンザカルの事件を引き起こしたのが、ケイン、その人だったということだ。
(ぼくが事件を解決するのを防ごうとしたわけか? いや、それにしては本気の度合いが感じられなかったけれど)
世界記にすら載らない人間。それもルウと違って、間違いなく世界の運命に関わってくるはずの人間だというのに。
「イライの村を襲撃したのは?」
「それもケインの入れ知恵だ。ザ神の力を奪いたければ、イライの村の神殿を破壊すればいい、とな。だからイライの山地に砦を築いて時期を待った。俺たちがイライの村の神殿を襲撃し、ミケーネ・バッハを呼び出し、王都を空にする。そこにイブスキとローディがミジュア大神官を誘拐する。混乱した王都に俺たちが襲撃して、アサシナのザ神殿を破壊する……そういう手はずだった」
なるほど、と頷く。だが、真実が明らかになるほど、新たな疑問が沸いて出てくる。
「イライの村の襲撃をやめたのは、ぼくのせいなのか?」
「そうだ。別にイライの村の件はどうでもいいことだった。ザ神の力を奪うことは確かに重要だが、ルーベル金山からのお宝も俺たちにとっては重要でな。正直迷っていた。それにあのケインという男の言葉も信用ならねえ。結局当てになるのは自分で集めた情報と、自分の勘だけだ。だから俺はルーベル金山の方を取った……ま、アサシナの騎士団は逆にそれで罠をかけてきやがったがな」
つまり、ガイナスターにしてみればミケーネをおびき出すことができれば、イライの村だろうが鉄道だろうがどちらでも良かった、ということだ。そしてケインという怪しい男の言葉より、鉄道が運ぶ金と、そしてウィルザ自身を手に入れることを優先した、ということだ。
「じゃあ、もう一つ聞きたい」
ウィルザは、あの本来起こることのなかった『もう一つの未来』のことを思い返す。
そう。イライの村の襲撃は──あったのだ。実際に。ただ、その未来は過去にさかのぼることによって上書きされ、消されてしまった。ウィルザの頭の中を除いて。
その結婚式のとき、ガイナスターは確かに言った。
「『偽りの星』、というのは何なんだい?」
第十二話
神々の宴
「偽りの星……」
ガイナスターがしばしその言葉を考えるようにしてから、ああ、と思い出したように言う。
「それはケインが言った言葉だ。ザ神の神殿に封印されているのが、ザ神の力の源である『偽りの星』だと。それを破壊すればザ神の力が弱まるはずだとな」
「じゃあ、ガイナスターがイライの村を襲撃したのは、単なる殺戮を行うためじゃなくて」
「そうだ。あのザの神体……偽りの星を破壊するためだ」
ザの神体を破壊する。その言葉にローディが激昂する。
「そんな! そんなことをしたら、どうなるか分かっているのですか!」
「ザ神の力が弱まる。そうなればザ神をよりどころとするアサシナが弱まるのは当然のことだろう?」
「そ、そ、そんな程度の話ではありません! ザ神を滅ぼすということは……ああ、つまり、それは……っ!」
「何だ? はっきり言え」
ガイナスターが凄む。するとローディは意を決したかのように発言した。
「それは、ザ神を創ったとされる、もう一つの神、マ神の復活を意味するのです!」
「マ神?」
聞いたことのない神だ。ウィルザも、ガイナスターも、サマンも、ルウも、顔に疑問符を浮かべる。
「マ神とは、はるかな太古にこの世界にやってきて、ザ神を創ったとされる神です。そして、マ神の復活は、この地上における全てのもの、ザ神やゲ神、そしてわれわれ人間すらもすべてが失われたあとに蘇るとされているのです!」
さすがに神官として神学を勉強している人間の言葉は重みがある。少なくともローディが故意に嘘をついている様子は微塵も感じられない。また、それを言う意味もない。
「……だが、ザ神を滅ぼしてもゲ神がいるだろう」
「ですが! 今までの話を総合して考えれば、ガイナスター陛下、あなたはただ利用されているだけではありませんか!」
「なに?」
「その、ケインという黒いローブの男に、ザ神を滅ぼす──ひいてはマ神復活のための片棒を担がされているのです!」
ガイナスターの目が見開かれる。そして、苦虫を噛み潰したような表情となった。それは、ローディの言葉の正しさを感じ取ったからなのだろう。
「ローディ」
興奮する二人をなだめるためにウィルザが割って入った。
「もう少し詳しいことを聞きたい。その、マ神、というのは?」
だが尋ねたはいいが、それ以上はローディも首を振っただけだった。
「すみません。私もあらゆる神学書を読んだのですが、それ以上のことは何も分からないのです」
「そうか。でもそれなら、別の疑問がある。何故、ザ神とゲ神は争うのか? 何故マ神はザ神を生み出したのか? マ神ははるかな太古にこの世界にやってきた、と君は言ったけれど、いったいどこからやってきたのか?」
「す……すみません。分からないことばかりです。ですが、我々人間はか弱い存在です。ゲ神と争うならば、ザ神の加護を得るしかありません」
「欺瞞だな」
だが、鋭く突きつけたのはガイナスターだった。
「なんですと」
「欺瞞だと言ったのだ。ゲ神と争いたくなくば……」
ガイナスターは力強く机をたたきつけた。
「この俺のように、ゲ神の加護を得ればよいではないか!」
「で、ですが! 野蛮なゲ神の加護を得ることなど」
「誰が野蛮と決めた! それならばそこにいるウィルザ」
ガイナスターはびしっと指をつきつけた。
「そいつも、野蛮だとお前は主張するつもりか!」
「そ、それは……!」
今度はローディが言葉に詰まる。ゲ神は戦う相手、敵という固定観念がある以上、その疑問を自ら生じることはなかった。だが、ゲ神の加護を得ることは不可能ではないし、それによってこの世界で生きていくことは充分可能なのだ。
そもそもザ神がまだ創られなかった時代、人間はどうやって生き延びてきたのか。そんなものは決まっている。全ての人間はゲ神の加護で生き延びてきたのだ。
「……ザ神の加護を受けているあたしが追撃するのもどうかと思うんだけど」
サマンが平然とした様子で言った。
「マ神がザ神を創った……っていうんだったら、その目的は、ゲ神と戦わせるため、なのかな?」
「ありえないことじゃない」
ウィルザも頷く。
「ただ不思議なのは、マ神は全ての存在が滅びると同時に復活するとあるらしい。だったら、何故わざわざザ神を創ったのか?」
どうやらその疑問に答えられる者はこの中にはいないようだった。だが、そこでガイナスターが発言する。
「その疑問に答えられる奴が近くにいる。だが」
「だが?」
「その疑問に答えることに、どんな意味がある?」
ガイナスターが真剣な表情で尋ねる。もちろんそれは、ウィルザの真意を聞きたい、というものだ。
「ぼくの目的は、この大陸を救うことだ。八二五年の十二月、この大陸は崩壊する」
「崩壊だと?」
「ああ。そのために、この大陸に起きようとしていることが知りたい。そして、この大陸の未来に神々が関わってくるのは多分、間違えようのない事実だ」
ウィルザの言葉がどれほどガイナスターを揺さぶったのかは分からない。だが、一度腕を組んで考えたガイナスターは「いいだろう」と答えた。
「あれから二週間経った今なら問題ねえだろ」
「どういうことだ?」
「ウィルザ。お前の疑問に答えられる奴がいる。それも、割と近くにな」
「どこに?」
「俺たち、邪道盗賊衆のアジトだ」
アジト。ということはタンドだろうか。いや、邪道盗賊衆のアジトはアサシナ騎士団によって占領されているはず。
「アジトは一度占領されただろうが、あそこはとうに空だからな。騎士団もそれほど人数を残さずに撤退してるだろうさ」
「アジトに誰がいるんだ?」
「人じゃねえ」
ガイナスターは一度言葉を切った。
「ゲ神の王。お前がゲ神の加護を得るときにいた、あの神像がゲ神すべての王なのだ」
「ゲ神の王」
そのような存在がごく身近にいるとは思わなかった。だが確かに、神に直接その話が聞けるのなら、これ以上正確なことはない。
「分かった」
ウィルザは頷いて起き上がる。多少頭がふらついたが、ゆっくりと言った。
「行こう。真実を知るために」
ゲ神の王。はるかな太古から存在した神。
その神が語る真実は、彼らに何をもたらすのか。
大陸の未来を救うための方法は。
彼らの前に、一つの障害が立ちふさがることになる。
「旅人よ。人としてありたくば、二度と我が前に現れるべからず」
次回、第十三話。
『真実の鎖』
もどる