五人は獣道を抜けて、邪道盗賊衆のアジトまで戻ってきた。
アサシナの兵士たちは既に立ち去っており、アジトはもぬけの空だ。もちろんいつまでもこの場所にいるほどガイナスターたちは間抜けではない。盗賊衆たちはタンドが率いてガラマニアに引き上げている。
そして五人はそのゲ神の王の前に出た。巨大な神像が立っている。かつてウィルザはここでゲ神の力を得た。
今度は知識だ。ザ神とゲ神、そしてマ神。いったいどのようなつながりがあるのかを知る。そして大陸を守るのだ。
「ゲ神の王よ、我が呼び声に応えよ!」
ガイナスターが叫ぶが、像は何も示さない。
「大丈夫なのですか?」
ローディが尋ねるが、ガイナスターは首をひねった。
「ま、呼びかけただけで応えるんなら苦労はしないがな。俺は神官でもなんでもない」
「では、ここまで来たのは無駄ということですか」
「無駄かどうかは、こいつが分かるだろ」
ガイナスターはウィルザの方を見る。
「お前はいきなりの儀式で、発狂することも失敗することもなくゲ神の王の力を手に入れた。俺ですら事前に準備をしなければ失敗していたのにな。お前の声なら届くかもしれん」
あまり実感はなかったが、ウィルザはとりあえずゲ神の像に呼びかけた。
「知りたいことがある。この世界のこと、そして、ゲ神やザ神のこと。もし、あなたがそれをご存知ならば、教えていただきたい」
瞬間。
五人の世界は暗転した。そして、世界にゲ神の像と、彼らの姿だけが浮かび上がる。
「な、なんだ、これは」
ローディが慌てふためく。サマンはその場にしゃがみ、右手で大地の感触を確かめる。確かに感触はある。だが、暗くてよく分からない。
「ゲ神の王の世界か」
ガイナスターが周りを見る。そしてルウが心細げにウィルザに寄り添う。
「大丈夫だよ、ルウ」
その肩を優しく抱く。そして、問いかけた。
「これは、あなたの御業ですか、ゲ神の王」
『そうだ。時を渡る旅人よ』
像が答えた。
「あなたはぼくの呼びかけに応えてくださるのですね」
『旅人よ。今の汝が我に出会うのはこれで二度目。だが、この短い間に汝は限りなく真実に近づいている』
「では」
『私の知っていることでよいのならば、伝えよう。この世界の真実を』
そして、ゲ神の王は語った。
それは、長い、長い物語だった。
太古。まだ、この世界にゲ神と人間しかいなかった頃の話。
この世界で人間は神の恩寵なくして生きることはかなわなかった。人間はゲ神と共存し、ゲ神を敬っていた。
ゲ神には王が五柱あった。グラン大陸にいた五柱の王は、お互いの領分を侵さず共存していた。だからこの大陸に争いと呼ばれるものは存在しなかった。
あるとき、天から星が降ってきた。星は巨大な穴をグラン大陸に開けた。どこまでも深い穴は地獄への穴かと思われるほどだった。
やがて、そこに大地がせりあがってきた。間に巨大な溝は存在した。人々はここをアサシナ(せりあがった地)と名づけた。
当時の技術で渡れないこともなかった。人間たちはその大地に足を踏み入れた。この地域を治めていたゲ神の王も共に行動した。
だが、そのゲ神の王は、突如消えた。消えうせた。どこにもいなくなってしまった。
すると、その王が支配していた地域のゲ神たちが突如暴走しだした。今まで人間たちに危害など加えたこともなかったゲ神たちが凶暴化して襲ってきたのだ。ゲ神と戦えるほど力のある人間はいなかった。人間たちは瞬く間に数を減らしていった。
せりあがってきた大地、アサシナに足を踏み入れた人間たちは、それでも地下深くまで探索を続けた。そこで、彼らは見た。
巨大な星の船。そして、その船首にいた一柱の神。それはゲ神ではない、もっと別の者だった。
『我はマ神。この星に巣食うゲ神を滅ぼしに来た者。人間たちよ、ゲ神の真性を見ただろう。汝らに危害を加えるゲ神に従うか、それとも我が下僕に従うか、選ぶがよい』
すると星の船から機械が下りてきた。それがザ神だった。
『ザ神に従うがよい。ザ神は汝らを守るだろう。ザ神の加護を受け、ゲ神を滅ぼすがよい』
人間たちはその加護を受け入れ、ゲ神と戦うようになった。
ゲ神の王たちはザの力を得た人間たちに終われ、残り四柱のうち、三柱までが滅ぼされた。最後の一柱は姿をくらました。
最後の一柱に従っていた人々は、それからもゲ神を信仰したが、ほとんどの人間はザ神を信仰するようになった。
世界には再び平和が訪れたように思われたのである。
だが、それこそがマ神の狙いだった。
マ神は宇宙から飛来し、その星に寄生する。そしてその星の人間たちからエネルギーを吸い取り、たくわえ、それを暴発させる。マ神の願いは、その世界の破滅なのだ。
人間たちからエネルギーを吸い取るために、ザ神の登録システムを使った。
そもそもザ神とは、マ神が強制的に支配したゲ神のことだ。すなわち、ゲ神の御霊である召霊石を機械に埋め込み、動かす。それがいわゆるザの天使たちだ。
ゲ神の王はザの神体となった。そして各地に配置された。神体は神殿によって守られることになった。アサシナの星の船を筆頭に、現在でいうところのドルーク、イライ、そして緑の海に配置された。この三体は『偽りの星』と呼ばれた。
人間たちはザ神の加護を得ているようでいて、その実はザ神から自らの生命エネルギーを吸い取られ、各地にあるザの神体から、アサシナ地下の星の船にエネルギーが送られる仕組みになっている。
ある程度まで星の船にエネルギーが溜められると、あとは暴走する機会を待つだけだった。
エネルギーを暴走させるのはマ神の役割だ。従って、マ神はエネルギーが暴走する前に生まれ変わることになっていた。
マ神の復活は、そのとき存在する全ての者の滅亡とともになされる。すなわちそれは、マ神がエネルギーを暴走させ、グラン大陸を消滅させるという意味だ。
最後に残ったゲ神の王は、死ぬわけにはいかなかった。
ザ神となるわけにはいかない。そうなれば、人間たちはザ神の庇護のもと、マ神と戦わなければならなくなる。もし仮にマ神がザ神の機能を全て停止させたらどうなるか。人間はそれで滅びてしまうことになる。
せめて今ゲ神に従っているものだけでも助けられるのならば、マ神を倒す可能性は出てくる。
そのため、ゲ神の王は姿を変えた。召霊石を奪われないようにするため、姿を神像に変えた。
大陸暦八〇四年。イブスキの悲劇が起こる。
アサシネア五世が死んだまさにその日、ニクラにマ神が生まれた。
生まれたときから言語能力を身につけていた赤子を、ニクラの民は一も二もなく幽閉した。
だが、マ神は今もニクラにいる。
あれから二年。力をたくわえて、ニクラで完全な復活の時を待っている。
第十三話
真実の鎖
長い話だった。
五人ともしばらくは口がきけなかった。特にザ神に仕えていたローディのショックは隠しようがなかった。正しいと思っていたことが、実は大陸の滅亡につながっていたという事実。知らぬこととはいえ、その一端を担っていたのだ。
「ゲ神の王よ。そうすると、このグラン大陸を救うためには、エネルギーの暴走を防げばいいということか?」
『そうだ。暴走を止める方法はただ一つ。星の船へと注がれているエネルギーの流れを通常に戻してやればよい』
「どうすればいい」
『鬼鈷を求めよ。鬼鈷はニクラにある。炎の海を越えて、ニクラを目指すがよい』
「そんなの、無理だよ!」
叫んだのはサマンだ。何がどう無理なのか、この世界に来て間もないウィルザには分からない。
「炎の海を渡ることは人間にはできないんだよ!」
『人間にはな。だが、ここにはそれ以上の力を持った者がいる』
もちろんそれは、この世界の人間ではない者のことだ。すなわち、
「ぼくか」
ウィルザは尋ねた。
『然り。旅人よ、汝が使命はこの世界の救済。ならば、我が力を得て、炎の海を越えていくがよい』
「どうすればいい?」
『我が第二、第三の力を得れば、汝は人間以上の力を発揮できる。だが、汝は人間でなくなるやもしれぬ』
「他に方法はないんだろう?」
『然り』
ぎゅっ、とルウが自分の腕を掴んで、心配そうに見つめてくる。大丈夫だよ、と彼女の頭を優しくなでる。
「では頼む、ゲ神の王よ」
『よかろう。旅人よ、心得ておくがよい。汝の道の先には、やがて苦渋の決断が迫られることになるだろう』
「苦渋の決断?」
『だが、旅人よ。人としてありたくば、二度と我が前に現れるべからず。我が汝に手を貸せるのは、ここまでだ』
そして、ウィルザの体にゲ神の力が注ぎ込まれる。と同時に、世界が元に戻った。
「なんともないじゃないか」
ガイナスターが言う。だが、次の瞬間、ウィルザの体に異変が起きた。
大きくなる。そして、その体中にウロコが生える。
ルウが飛び退き、サマンもローディも目を丸くする。
そしてウィルザは、巨大な一匹のミヅチに変化した。
「なるほど、これが『人間でなくなる』ってことか」
だが、そのミヅチからはいつものウィルザの雰囲気が出ていた。ほっとしたのか、ガイナスターが尋ねてくる。
「なんだお前、ウィルザの意識が残っているのか」
「ガイナスター。見かけはこんなだけど、ぼくはぼくだよ。何も変わらない」
「変わりすぎだろ。どこからどう見ても人間じゃねえ」
はっきりと言うガイナスターに、ウィルザは肩を竦めてみせようとしたが、ミヅチの姿ではあまりうまくいかなかった。
「じゃあみんな、ぼくに乗ってくれるかな」
「お前に?」
「ああ。ぼくの体なら、空から炎の海を越えられる。まずぼくたちはニクラに行くことから始めよう」
「それはかまわないけどさ」
サマンが頭をかいて尋ねた。
「ウィルザ、体調がまだ戻ってないでしょ。飛んでいる間に体調が悪くなって、炎の海に落ちるとかっていうことはまさかないでしょうね」
「大丈夫だよ」
ウィルザが頷く。分かったわ、とサマンが最初に飛び乗った。
「ほら、ルウも」
「は、はい」
戸惑いながらもルウがサマンの後ろに乗る。そしてローディ、ガイナスターもウィルザに乗った。
『この世界を頼む』
ゲ神の王からの激励にウィルザは頷いた。
「はい。必ず期待に応えてみせます」
そして、ウィルザは天高く飛び上がった。
目指すは東、最果ての地、ニクラ。
「ウィルザ、本当に大丈夫?」
ルウが頭上から尋ねてくるが、ウィルザは「もちろん」と答えた。
「ねえ、元の姿に戻ることはできるの?」
サマンも会話に入ってくる。
「ああ、大丈夫みたいだ。何度もできるっていうわけじゃないけど、必要なときにはこの姿になることができる」
「便利といえばいいのか微妙なところだな」
ガイナスターも頷く。
だが、ローディだけが会話に入ってこなかった。やはり、先ほどのゲ神の王の言葉が堪えているのだろう。
「大丈夫かい、ローディ?」
ウィルザが声をかける。はい、と無機質な答えが返ってくる。
「さっきのことなら、あまり気にしなくても──」
「いえ、それもありますが、そうではないのです」
ローディは首を振った。
「確かに、私が信じてきたザの神というものが、実は破滅をもたらすものであったというのはショックでした。ですが、私にはそれ以上に信じられるものがあるので、問題ではないのです」
もちろんそれは、故アサシネア五世とウィルザのことだ。
「ただ、先ほどのゲ神の王の言葉、何かが気にかかるのです」
「何か?」
「はい。ただ、そのどこが気になるのかが分からないのです。見落としてはいけない、何か決定的なものがあるような感じがして」
「見落としか」
真実の先には、さらに深い真実がある。それは鎖のように連なり、どこまでも続いてゆく。
ゲ神の王の言葉の中には、はかりしれない何かが秘められているのだろうか。
「俺も確かに気になったことはある」
ガイナスターが言う。
「ニクラの連中がマ神を幽閉したといっていたが、その理由は何だ? マ神の末裔なら、マ神の生まれ変わりに従うのが筋じゃねえのか?」
「あ、それはアタシも思った」
サマンが相槌を打つ。確かにね、とウィルザも答えた。
「まあ、その理由はニクラに行けば分かるとして、でもローディが気になったのはそこじゃないんだろう?」
「はい。私も同じところで何かが引っかかったのですが、そういうことではありません。ただ、自分が何か思い違いをしている、その不安だけが高まっています」
思い違い。
いったい何が違うのか。おそらくローディの思い違いというのは、自分たち全員がそうだといえるのだろう。
分からない。だが、旅を続けていけばいつかは分かる。
まずはニクラ。マ神の謎を解き明かす。
眼前に、大理石の街並が姿を現した。
最果ての地、ニクラに待つのは互いに初めて会う青年。
そして、彼らを待ち望んでいたマ神の末裔。
謎はまだ深く、最後の真実は遠い。
ウィルザは大陸を救うべく、鬼鈷を求める。
「感謝するぞ、ウィルザ。貴様は私の望みをかなえてくれた」
次回、第十四話。
『破滅への契機』
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