最果ての地、ニクラ。
 床という床はすべて大理石で敷き詰められている。そして計画的な都市設計。規則的に配置された家並み。
 それはもう、芸術ともいえる都市設計であった。
「こ、こんな都市が実在するとは……」
 ローディが信じられないと首を振る。同じようにしないだけで、ガイナスターもサマンもルウも、気持ちは全く同じだった。
 ただウィルザだけはさほど驚いていなかった。むしろ、このように整然と町が並んでいる方が自然な気がする。同じ図面で同じように建設すれば、同じ家が出来上がるのは当然のことだ。その方がコストも余計にかからないし、道幅や家の配置なども計算しやすい。
 人間に戻ったウィルザを含めた五人はその町へと足を向ける。その入口に男が立ちふさがった。
「待て」
 蒼い肌。蒼色人種とでもいえばいいのか、自分たちとは明らかに違う人間がそこにいた。
「地べたの民だな。何をしに来た。いや、そもそもどうやって来た」
「この世界を守る方法を求めに来た。どうやってっていうのは、この際どうでもいいんじゃないかな」
 軽い口調でウィルザが言う。だが、その本気は伝わったらしい。男は後ろにいた部下たちに何事かを指示し、走らせる。おそらく上の人間に状況を伝えに行かせたのだろう。
「ここがニクラで間違いないんだよね」
 待っている間はとりたててすることもない。その間に少しでも情報収集ができればいいと思ってウィルザが尋ねる。
「そんなことも知らずに来たというのか?」
「炎の海のこちら側にニクラがあるっていうのは聞いてたけど、それ以外に街があるのかどうかは知らなかったから」
「なるほど。そういうことならば、ここにある街はニクラだけだ。我等はここから常にグラン大陸を見ている」
「ここから? どうやって」
 不思議な言い方をするものだった。見るといっても間に炎の海があって大陸など見ることはできない。
「悪いが、ニクラの機密に関する質問には答えられない」
「そうか、すまない。じゃあ君のことは聞いてもいいのかな」
「俺?」
 ニクラの民が驚いた様子を見せる。
「ああ。ぼくはウィルザ。君は?」
 名乗る、ということを完全に忘れていたらしい。ニクラの民は首を振った。
「変わった男だな」
「そうかもね」
「俺はオクヤラム。このニクラの警備隊長をしている」
「隊長ってことは、結構偉いんだ」
「そうだな。二年前からニクラにはいろいろなことがあったからな」
「マ神の生まれ変わりが誕生したこと、とか?」
 さっと表情が変わる。
「お前、物騒なことを口にするな」
「でも、真実だろう?」
「真実には違いないが、そのことはニクラでも一部の人間しか知らされていない事実だ。警備隊ですら全員には知らされていない。『それ』を監視する者だけにしか知らされていないことなのだぞ」
「つまり、軽々しく話すな、ということだね」
 彼の言葉を先取りして言うと、苦々しい表情に変わった。
「君たちは、グラン大陸がこの先どうなるのかを知っているのかい?」
「当然だ。グラン大陸の崩壊を防ぐのが我等ニクラの民の役目」
「でも、マ神の末裔である君たちは、マ神の復活を望まないのかい? マ神の望みはグラン大陸の崩壊なんだろう?」
 ガイナスターが空で言った疑問をぶつけてみる。これくらいならば機密にはあたらないのか、軽く答えてくる。
「マ神の復活は全ての生命と引き換えだ。我等は確かにマ神の末裔ではあるが、マ神そのものではない。我等とて、自分たちの滅びは望まん」
「そりゃそうだ。祖先の考えに従う必要はないからな」
 ガイナスターがなるほどと頷く。どうも自分たちはニクラの民というものを杓子定規に考えていたようだ。
 マ神の末裔だからといっても、マ神の味方ではないのだ。
「俺からも一つ聞きたい」
「なんでも」
「お前が、八〇五年の末に入り込んできた男なのか?」
 それは確認だ。しかも、気を使ってくれたのか、ウィルザ以外の人間には分からないような言い回しをしてくれた。
「そうだ、と言ったら?」
「ならば、長老様と話をする前に、お前に伝えておかなければならないことがある」
 何やら重大そうな話に、ウィルザも畏まる。傍にいるルウは、さらに強くしがみつく。
「我等はマ神がグラン大陸に手を出せないようにするため、結界を張っていた。だが、お前がやってきたとき、グラン大陸の結界が一瞬、緩まった。その隙をついて、マ神は自分の部下をグラン大陸に送り込ませることに成功した」
「なんだって?」
 そこで一同は顔を見合わせる。ゲ神の王に会う前に話したことを思い出す。
「まさか、ケインが?」
「知っていたか。そうだ。ケインはもともとニクラの民。そして、ニクラを裏切り、マ神復活の手伝いをした男だ」
「マ神復活の手伝い?」
「ああ。自分たちがマ神の末裔ならば、マ神の望みどおりに全てを滅ぼす方が正しいのだと主張して、このニクラにマ神を産み落とさせた。そしてアサシナ地下に眠る星の船に蓄えられたエネルギーを暴走させるために、お前がこの世界に入り込んだ瞬間を見計らって、ケインもグラン大陸に入り込んだのだ」
「そんな」
 さすがにウィルザも顔が青ざめる。
「じゃあ、ぼくのせいでマ神の部下がグラン大陸に入り込んだっていうのか」
「結論から言えばそうなる。まあ、どのみちマ神は他の手を使ってグラン大陸に部下を送り込んだだろうからな。あまり重く考える必要はない」
 そうは言っても、自分がきっかけになったことには違いないのだ。
「ぼくを責めるんじゃないのか?」
「責めてどうなるものでもないだろう。それに、グラン大陸の滅亡はどのみち定められている未来だ。最後の二〇年が始まったきっかけを作ったにすぎない。問題はそれを防ぐことができるかどうかだ」
「防ぐことができるかどうか……」
「そのためにお前は、ここに来たのだろう?」
 どうやら状況はすべて分かっているようだった。やれやれ、と肩をすくめる。
「ぼくが鬼鈷を取りにきたこと、分かっているみたいだね」
「当然だ。あれはエネルギーの流れを通常に戻す制御キーだ。星の船の動力スイッチに差し込めば、それで大陸の崩壊は止まる」
 と、話しているうちに先ほどの部下が戻ってきて言った。
「長老様がお会いになります」
「分かった」
 そしてオクヤラムは頷いた。
「案内しよう、こっちだ」
 五人はオクヤラムに続いて、その街へ足を踏み入れた。







第十四話

破滅への契機







 長老との会話はさほど新たな展開もなく終わった。
 祭壇の地下にあるという鬼鈷、これを持っていくのならばかまわない、というものだ。
 そして、オクヤラムの案内で鬼鈷の祭壇へと向かう、その途中でのことだった。
『そこの、お前』
 直接、心に語りかけてくる声があった。
 驚いて、声のした方を探す。その向こうに、二人の兵士によって守られている扉がある。
「オクヤラム」
 彼は顔をしかめた。その扉の向こうに何があるのか、分かっているからだろう。
「もしかすると、あの扉の向こうにいるのが」
「そう。お前の考えている通り、マ神だ」
 やはり、とウィルザは頷く。そして、自分に語りかけてきたのもマ神なのだろう。
「わざわざぼくに語りかけてきた、その理由は何だ、マ神?」
 その扉に向かって語りかける。
『感謝する……感謝するぞ。お前が、ここまで連れてきたのだな』
 何を言っているのかは分からないが、その圧倒的な迫力の前に、ガイナスターが思わず剣に手を添えていた。
「な、何者だ、こいつは」
「言っているでしょう。マ神です。あなたがたはマ神に対する抵抗力が少ない。早く行きましょう」
「待ってくれ、オクヤラム」
 先を急ごうとするオクヤラムを止めて、その扉に向かう。すぐさま二人の兵士が槍を構える。その手前で立ち止まる。
「大丈夫。この扉を開けたりはしません」
 その二人を安心させるように言う。
「マ神。どうして、グラン大陸を破壊しようとするんだ?」
 それは純粋な疑問だった。
 相手が神だからという理由で、それ以上深く考えないようにしていたのだが、考えてみればおかしな話だ。
 そもそも、グラン大陸を滅ぼすことに何か意味はあるのか。この星に寄生して、いつかはこの大陸を破壊する。それで何がしたいのか。
『理由を聞いてどうするつもりだ、罪人よ』
(罪人? ぼくの……過去のことか?)
 ぼんやりとそのことは理解できる。だが、今問題にすべきはそのことではない。
「知りたいだけかな。この戦いがどうして起こったのか。滅ぼしたいからとか、本能でとか、そんな理由とは違う別のものを感じたんだよ」
『お前がどう思おうと勝手だが、私が求めているのはただ一つ。グラン大陸に住む人間たちのエネルギー、それだけだ』
「エネルギー?」
『そう。私は過去、いくつもの星を滅ぼしてきた。滅ぼす理由はただ一つ。この星に下りてきて、地下深くに埋もれて身動きが取れなくなっている星の船、あれを起動して再び宇宙へ戻るには、障害となっている大陸が邪魔なのだ』
「では……お前は本当に、宇宙から来たということなんだな?」
『無論。私が求めているのは人間の持つエネルギー。それを手に入れたならば再び別の星へと向かうだけ。そうしてエネルギーを吸い続け、私は永遠の時を生きるのだ』
「なるほどな。マ神などと名乗ってはいるが、本当に単なる寄生虫にすぎなかったわけだ」
 ウィルザは相手を挑発するように言うが、相手は乗ってこなかった。それどころか、のどの奥で笑っているかのようだった。
『面白い男だ。ゲ神ごときの三つ目の力を手に入れた程度で、この私と同等だとでも思っているのか』
「なに?」
『ゲ神もザ神も、本当の私の足元にも及ばぬ存在。ましてや人間など、塵芥に等しい。男よ、お前がこれまでどのような選択をしてここに至ったのかは聞くまい。だが、お前の選択は決定的に間違っていたことだけは、教えておこう』
「間違っていた……?」
『そうだ。お前の決定的な間違いは、やがてグラン大陸を完全に崩壊させるだろう。それを止めることはできない。なぜならば、私はもう既に、崩壊の種を蒔いてしまったからな』
「部下を送り込んだっていうことか? それなら既に分かっている。お前たちが何かをする前に、必ずケインを殺してみせる」
『そのことではない。そのことではないのだよ……くくく、いずれ分かる。そして、分かったときには手遅れだ。私が完全な復活を遂げたとき、私にかなうものは誰もいなくなる。ザ神の力やゲ神の力をどれほど結集させようとも、本当の私にはまるで届かぬ。感謝する。本当に感謝するぞ』
「何を言っている」
『今は分からずともよい。いずれ分かる。いずれ、な……』
 それきり、マ神からの言葉は途絶えた。何を呼びかけても答えない。
「ウィルザ」
 がくがくと震えながら、ルウがしがみついてくる。
「私、怖い……怖いよ、ウィルザ」
「大丈夫」
 その肩をそっと抱く。
「ぼくがグラン大陸を必ず守ってみせる」
 だが、不安はつきない。誰もが今のマ神の言葉を不気味に思った。だが、その不安を払拭する方法は現状ではなさそうだった。
「行くぞ。とにかくまずは、鬼鈷を手にすることからだ」






 鬼鈷はさほど苦もなく手にすることができた。
 もはやゲ神の三つ目の力までを手に入れているウィルザにとっては、それほど難しい作業ではなかった。祭壇までの道のりにはゲ神もいたのだが、ガイナスターやサマン、ローディらの力はそれを上回っていた。さらにはオクヤラムの協力もあった。
 制御キー、鬼鈷。これさえあれば、後は星の船に乗り込むだけだ。ただ、どうやってそれを行うかが問題だ。何しろガイナスターもローディもウィルザも、アサシナではおたずねものだ。
「まずはガラマニアに戻るぞ」
 ガイナスターが仕切る。どのみち、アサシナに入れないのでは意味がない。
「今後の対策はそれからだ。時間は山ほどありそうだしな」
「陛下の考えに賛成です。今は焦る必要はない時期と考えます。何しろ、時間は二〇年もあるのですから。じっくりと時を待つことも必要です。その間、ウィルザ様はジュザリアやマナミガルといった国の重鎮と誼を結ぶことです」
 なるほど、と頷く。ここから先、星の船を止めようとした場合は個人の活動よりも国単位での活動が必要になるということだ。
「数年は身動きが取れないでしょう」
「となると、ポイントは……」
 改めて世界記を確認する。おそらくポイントは、王都移転と、ドネア姫の暗殺。この時期にまとめて解決するのがいいだろう。
「話はまとまったか」
 オクヤラムが尋ねる。ああ、と答えて頷く。
「ならば、私も同行させてもらいたい」
 と、突然オクヤラムが言い出したので、ウィルザは目を丸くした。
「な、何を突然」
「私もグラン大陸がどうなるのかをこの目で見届けたい。マ神が何を考えているのかはまだ分からないが、私の『ニクラの民』としての力と知識は充分に役立てることができるだろう」
「こんな居丈高の奴をガラマニアに連れていくのは面倒だがな」
 ガイナスターが肩を竦めた。
「どうする、ウィルザ。お前次第だぜ」
「ぼくに反対する理由はない。歓迎するよ、オクヤラム」
「ありがとう。それに私にも、会いたい人間がいるのでな」
 オクヤラムの言葉に疑問を覚えたが、尋ねても知らない相手ならば聞くだけ意味がない。
「ならば、早速ガラマニアへ戻ろう」
 そうして六人となった一行は、ウィルザの変身したミヅチに乗って、一路ガラマニアへと向かった。






 世界滅亡まで、あと十八年。


















 ──もとい。
 この八〇六年のウィルザの選択により、運命を変えられた一人の男。
 次の年に行く前に、この男の行動を、見ておくことにしよう。







知りうるべき謎は、全てが明らかになった。
だが今回の戦いはそれでは終わらない。さらに深い『真実』を知らなければならない。
ガラマニアで活動するウィルザを『表』とするならば、彼は『裏』。
『真実』は、両面から見なければ、明らかにはならない。

「抵抗するな! 歯向かえば、殺す!」

次回、第十五話。

『その名はレオン』







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