強い女性とやらについてはそのうち会えるとふんで、まずは食事。近くに料理屋を見つけて入る。
 だが、その店に入った途端、入口近くにいた主人が険しい顔で「入らない方がいい」と目で訴える。何事か、と思って中を覗くと、どうやら揉め事が起こっているようだった。
(いきなり当たったか?)
 その揉め事の中心には、金色の髪に赤い鎧を着た女性。一際目立っている。それを取り囲んでいるのは六人の男たち。
(あれか)
 強い女性というから男みたいな女を想像していたが、そんなことはない。確かに大柄で筋肉もよくついているようだったが、整った目鼻立ちをした若く美しい女性であった。
「傭兵のバーキュレアだな」
 しかもありがたいことに、これから丁度その揉め事が始まるところだったようだ。
「だったらどうだっていうんだい?」
「先の戦いでアンタには世話になった。借りは返させてもらおうと思ってな」
「戦場でアタシに負けたからって、こんなところでやり返すってのかい?」
 相手を小馬鹿にするように言う。
「先の戦いって言ったって、色んな戦争に参加してきたからね。どれのことか知らないけれど」
「ふざけるな! ガラマニアとアサシナの国境紛争、参加してなかったとは言わさん!」
「そりゃしたけどさ。殺した数すら十じゃきかない。覚えてられないね」
 すると一人の男が奇声を上げてかかる。女性は剣も抜かずにその男の腕を掴んで投げた。
「弁償代はアンタらで持つんだね!」
「なめやがって!」
 そして始まる乱闘。さて、どうしたものか。
(援軍はいらなさそうだが、恩を売っておいた方がいいのか)
 そう決めてゆっくりと店の中へ上がっていく。その際に困ったような表情を見せる主人に話しかけた。
「主人。何か食べるものを作っておいてくれ」
「は、へ?」
「それまでにこの乱闘を止めておく。店としてもその方がいいだろう?」
 そりゃあ、まあ。と人の良さそうな主人は困ったように見てきたが、乱闘を放置しておけば被害が大きくなるばかりだ。
 気付かれないようにゆっくりと近づいて、まず一人に当身を食らわせる。
 突然現れた乱入者に全員の意識が集まる。その間にバーキュレアは別の男を気絶させ、そうして動揺した隙に自分もさらにもう一人の男の意識を奪う。
 残り三人となって、ようやく場が静まった。
「食事がしたい」
 その三人の男に向かって言った。
「はあ!?」
「食事がしたいんだ。お前たちは邪魔だ。金だけ置いて出ていけ」
「な、なんだと!」
「これだけ店のものを壊したのはお前たちだろう。金を置いていけ、と言っている。そうでなければ、全員縄にくくって騎士団に突き出す」
「こ、このガキ!」
「ま、待てよ」
 一人が激昂しかけたが、別の一人がそれを止める。既に三人が倒れているのだ。残り三人では倒せないと判断したのだろう。
「分かった。金は置いていく。だから騎士団は勘弁してくれ」
「早くしろ。それから仲間たちを連れていくのを忘れるな」
 男のうちの一人がサイフを取り出して近くのテーブルに置くと、それぞれ倒れた仲間をかついで出ていく。意気地のない男共だ。人数で上回っていても戦うことができないとは。
「助かったよ」
 大柄な女が自分を見下ろしてくる。なるほど、近くでみるとよけいにいい女だ。
「いや、助けていない」
「は?」
「お前一人でも充分切り抜けられた。ただ恩を売っておきたかっただけだ」
 あけすけに言うと、相手は吹き出して笑った。
「面白い子だな。それに腕も立つ。気に入ったよ」
「なら食事を一緒にとらせてもらってもかまわないか」
 倒れていた椅子を直し、先ほどの男が置いていったサイフを取り上げる。
「腹が減った」
「大した度胸だよ」
 嬉しそうに女も椅子に座る。
「アンタ、名前は?」
「レオン。お前はバーキュレアとか言ったな」
「ああ。聞いてたのかい」
「あれだけ騒いでいれば外にまで聞こえる」
「そりゃそうだ。で、アタシに恩を売ってどうしようっていうんだい?」
 どうする──と、そこまでは考えていなかった。とにかく『強い女性』が自分の道を拓くと言っていたのだ。どうするもこうするもない。分からなければこの女性についていく他はない。
「お前はどこへ行くつもりなんだ?」
「アタシかい? まあ、戦いがありそうな気配もないからね。傭兵としては何もすることはないのさ。まあ、アサシナまで来たわけだし、せっかくだからね。アサシナ神殿でも見て、それからそうだね、知り合いもいることだし、マナミガルに行こうかと思ってるよ」
「神殿か」
 それが『道』なのだろうか。今ひとつアルルーナの説明は不足していてよく分からない。
「同行してもいいのなら、頼みたい」
「アタシにかい? まあかまわないけど、アタシなんかと一緒にいたら生傷が絶えなくなるよ」
「そんなことはもう分かっている。俺はただ、お前についていきたいだけだ」
「へえ」
 年上の女性ぶって、ニヤリと笑った。
「アタシに惚れたのかい?」
「そうかもしれんな。お前はいい女だ」
 まるで気のない様子で答える。
「まるで動揺しないか。可愛げのない坊やだね」
「お前がいい女だと思ったのは本当だ。ただ、今の俺ではまだお前に相応しい男とは言えないな。何しろ年が違う」
 子供呼ばわりされたので、あえて逆に対抗してみた。
「女性に年のことを言うのはご法度だよ」
「先に年のことを言ったのはお前の方だ」
 そうした切り返しが逆にバーキュレアを和ませたのか、ふふ、と笑った。
「アンタ、いくつだい?」
「そういうお前は?」
「アタシは今年で二一。こんな稼業だからね。あまり年のことは考えてなかったけど。で、アンタは」
「分からん」
「は?」
「記憶がない。少なくとも一年以上前からの記憶はあるから、それ以上だ」
「でも、さっき名前を」
「あれはイライのザ神殿で勝手につけられた名前だ。本当の名前かどうかなど知らん」
 ますます意味不明、という様子でバーキュレアが尋ねてきた。
「なら、どうしてアタシに同行しようと思ったんだい?」
「それが聞きたかったのだろう。回りくどいことはしなくてもいい」
「ああ、すまないね。それで?」
 そこへようやく食事が運ばれてきた。息をついて一口食べる。
「天使アルルーナ。その館に行ってきた」
「ああ、あの道を示すとかっていう」
「そいつがお前のことを言っていた。お前が俺の道を拓くと。だから、しばらくの間はお前に同行させてもらいたい」
「ふうん」
 バーキュレアは少し考えたようにして「分かった」と答える。
「なかなか面白そうな子だからね。面倒見てあげるよ」
「助かる」
 反抗もせず素直に受け取ると、バーキュレアは余計嬉しそうな表情になる。
「面白い子だね、まったく」







第十六話

真紅の女傭兵







 そうしてバーキュレアと共に神殿へやってきた。
 アサシナ神殿は人々に祝福を与える場所でもあるので所定の時間内であれば出入りは自由である。そして二日に一度、祝福を与えることができるというミジュア大神官が、一度に多数の赤子に祝福を与えていく。
 陸の孤島であるドルークや、東部自治区方面のイライなどにも祝福を与えられる神官を派遣しなければならないため、実際にこの王都アサシナで祝福を与えられるのはミジュアだけである。
 年末年始はミジュア大神官が行方不明になったこともあり、その後は連日多数の赤子が連れてこられて、次々に祝福が与えられていった。大神官もこのところは休む暇もない、というところだった。
 ザ神の神殿で、多くの信者が祈りを捧げる。
 本来、信者を相手にするのは副神官のローディの役目だったのだが、そのローディも今はここにいない。おかげでミジュアの仕事が増えてしまっている。新たに副神官か、それに準ずる者を任命しなければミジュアももたないだろう。
 それでも信者たちの前ではミジュアも笑顔を絶やさない。そして彼がザ神の教えを説くと、信者たちは熱心に聞き入っている。大神官というものはかくあるべくしてあるのだろう。
 私語をするような雰囲気でもなかったので、黙ったままその教えを聞く。そして神殿の中をよく確認する。
 イライの神殿よりも広く豪華だが、それが華美になりすぎていない辺り、装飾が適度なのだろう。確かに神の教えを説くだけならば、別に豪華でありすぎる必要はない。もっとも、いくばくかの威厳を出すための装飾は必要だが。
 やがて三々五々、信者たちが出ていく。だが自分は立ち上がることをせずにその場に残る。
「どうかしたのかい?」
 バーキュレアが尋ねてくる。まあ、と一言答えてから立ち上がり、大神官の近くへ歩み寄った。
「何かおありかな」
 ミジュアが優しい笑顔を見せて話しかけてくる。
「相手が子供なのに、随分と丁寧に話すんだな」
 その相手を挑発するかのように答える。
「神の前では、誰もが平等なのだよ。私も、そなたも」
「その大神官に尋ねたいことがある」
「何なりと」
「俺は、自分の正体を知りたい」
 ぶしつけに尋ねる。さすがにそれでは大神官も答えに窮するだろう。
「どういう意味かな」
「俺はレオン。一年より前の記憶がない。昨年末に、十年に一度開かれるというイライのザ神殿で、ザ神から『レオン』という名をもらった。その名前にどのような意味があるのかも分からないし、俺がどうして記憶を失っているのかも分からない。俺はそもそも何者なのか。お前にはわかるのだろうか」
「さすがに他人の頭の中までは分からないが」
 ミジュアは少し困ったように笑う。
「だが、ザ神がそなたに名を与えたということは、そなたはそれだけ大事な使命を持っているということなのだろう」
「はたしてそうだろうか。ザ神が何を考えているのか、人の身で分かるとは思えないが」
「神の御心は確かに人間には分からない。だが、だからこそ神の立場からすれば無意味なことはなされない。そなたは神から名前と共に何らかの使命を授かった。そう思うべきではないのかな」
「それを知りたい。俺は、これからどうすればいい?」
「ふむ」
 するとミジュアは後ろを振り返って、そのザ神の本体に祈りを捧げた。
「神よ。迷えるものに、導きの声をたまわりとうございます」
 そうして祈りを捧げると、ただちにザ神の神体が輝く。
「これは」
 そのミジュアが驚く。これほど素早く神体が反応したのに驚いたのだろう。
「ザ神。俺は、お前から名前を与えられた者だ」
『レオン。よく来た』
 神体が答える。その声は、どこか機械的だ。
「名前をもらってからしばらく経ったが、俺が何をすればいいのかが分からない。お前は俺に何をさせたいんだ?」
『そなたには、歴史の裏側を見てもらう』
「歴史の裏側?」
『左様。真実、とも言う。さしあたっては、八〇九年。今回の戦いは今までにないほど苛烈なものとなる。充分に気をつけよ』
 何を言っているのか、全く分からない。だが、何かをさせたがっているのは分かる。
「ではそれまでに俺は何をすればいい」
『力を得るがよい。我等ザ神のいる神殿を巡るのだ。イライ神殿が一つ目。そしてここが二つ目。これよりそなたに、ザ神の二つ目の力を授けよう』
「二つ目の、力?」
『そして、今度こそ全ての戦いに終止符を打つのだ。歴史の裏側を探ることができる人物、すなわちそなたのいる今回こそが、この世界を破滅から救う最大の機会。今度こそ我等を解放し、全ての戦いに終止符を』
「待て。言っている意味が分からん」
『ドルークへ向かえ。そこに、ザの天使がいる。そなたを助けてくれるだろう。そしてそこで、三つ目の力を得るがよい。全てはそこから始まる』
「ドルーク?」
『東部自治区からユクモに乗っていくがよい。その前にイライに立ち寄ることを忘れるな。争乱の芽は先に摘んでおくがよい。歴史の裏側はそなたにしか見ることはできん。イライで、東部自治区で、そしてドルークで。そなたの見ることは、歴史の表を行く者にとって必ずや有益となろう。その者と出会うとき、そなたの記憶は必ず蘇るだろう』
「なに?」
 聞き捨てならないことを言った。このザ神は、自分のことをよく理解している。
「どういう意味だ。お前、何を知っている」
『知っていても答えられぬこともある。全ての条件が整えばそなたの記憶は蘇る。それまで、そなたは自分の力をただに高めるがよい。さあ、これが二つ目の力だ』
 そして、ザ神の神体が再び輝きを増す。徐々に自分の体の中に『何か』が入り込んできて、それが自分の体を組み替えていく。
(不思議な感覚だ)
 自分の体なのに、誰かに作られた『物』ででもあるかのような感覚。
『三つ目の力を手に入れて、四つ目の神殿を探すのだ。全ての力を手に入れたら、また私のところへ来るがよい。ザ神の全ての力を、そなたに託そう』
「何のことだかよく分からないが、とにかく俺ができることならそうしよう。そうすることが失われた記憶にたどりつく道だと信じて」
『必ずや』
 そして、ザ神の神体は輝きを消した。
 後には二つ目の力を手に入れた自分と、そして驚きに目を丸くしているミジュア、そして楽しそうにこちらを見つめているバーキュレアがいた。
「い、今のはいったい」
「どうもザ神は、俺に過剰な期待をかけているようだ」
 やれやれ、と首を振る。
「大神官ミジュア。世話になった。ありがとう」
「いや。今日のことは、私の方こそ何がどうなっているのか」
「気にすることはない。俺は歴史の裏側とやらを見るのが役割らしい。しばらくはそのようにするつもりだ。お前ともまた会うことがあるかもしれないな」
「う、む……」
 ミジュアは頷くが、目の前の事象がまだ信じられないという様子だ。だが、用事は済んだ。振り返ってバーキュレアと目を合わせる。
「待たせたな」
「いや。それより話は聞いてたけど、どうするつもりだい? ドルークに行くのかい?」
「ああ。それが使命だというんだったら仕方あるまい」
「そうか」
 バーキュレアはその細い目をさらに細くして言った。
「じゃ、アタシもついて行こうか」
「なに?」
「アンタについていくのは面白そうだ。それに、戦いにありつけそうな気もするからね」
「そうか。お前がいてくれるのなら心強い」
「何言ってんだい。アンタだって、アタシなんかいなくたって一人でやっていけるだろ?」
「否定はしない」
 そう答えながらも、自分より大きなバーキュレアの頭に手を回し、自分の方に引き寄せる。
「だが、俺はお前に惚れている。割とな」
「あと五年したらもう一回言うんだね。そうしたら話を聞いてやるよ」
「そうさせてもらおう」
 にこりともせずに言うと、そのかわりとでも言うかのようにバーキュレアが笑った。







歴史の裏側。それを見ることがレオンの使命。
その使命のもと、彼は長い旅を始める。
既に起こった事件。これから起ころうとする事件。
彼は、大陸の歴史をどのように見ていくのか。

「この神殿は、なぜ十年に一度しか開かれないんだ?」

次回、第十七話。

『イライの真実』







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