王都に戻ってきてからのレオンはアサシナ王宮とのつながりを深めていた。
もっともつながりといえども、副神官リザーラのツテで大神官ミジュアとコンタクトを取ることができたこと、そして以前世話になった騎士団長ミケーネとの交流が生まれたこと。この二つだ。
既に西域への王都移転は八割方終わっている。王族ではパラドックが新王都で治世を担当しているし、騎士団では副団長ゼノビアが指揮を取っている。
ただ、そうした王宮の不穏な動きについてはレオンにとっては筒抜けともいえた。
国王アサシネア六世と王弟パラドックとの不破。そしてアサシネア六世についたミジュアとリザーラ、それにミケーネ。一方パラドックについたのがカイザーとゼノビア。
八〇九年の西域で何が見られるのか。結構楽しみではある。
(歴史の真実か。いったい何を見させられるのやら)
だが、それが気に入らない運命なら変えてみせる。
「来たぞ、ミケーネ」
騎士団の部屋に入っていったレオンは堂々と団長を呼び捨てにする。部下たちが嫌な顔をするのはもう慣れた。というより最初からかまっていなかった。
「ああ、よく来てくれたな、レオン。まあ座れ」
少年から徐々に青年としての姿に変わりつつあるレオンだが、それでもこの騎士団の中に入ってしまえば一番の年少者であるのは間違いない。ミケーネにしてみれば少し年の離れた弟か、下手したら息子と言われても通じる。
「ここにいるメンバーは私のもっとも信頼する部下たちだ。ここで発言したことは決して外にもれることはない」
ミケーネがそう前置きする。ということは、騎士団内部の問題。
「なるほど。騎士団が全面的に動くことができないから、俺に依頼するってことか」
鋭く言うと周りのメンバーが驚く。だがミケーネだけは自分が予測することを察知していたのか、軽く頷いただけだった。
「その様子だと、もうどんな内容なのかは分かっているみたいだな」
「俺が何でも分かってるみたいな言い方をするな。せいぜい分かるのは目的地が西域の新王都だっていうことくらいだ」
「何故そう思う?」
「騎士団が動けないのは、騎士団が二つに割れていて、そのもう片方に対して何らかの行動をするためだろう。別れたもう片方が新王都にいるパラドック派のゼノビア副団長だっていうことくらいは察しがつく」
「さすがだな。そう、私は君に、西域に行ってもらいたいと思っている」
「目的は?」
「諜報。万が一の場合は──」
「暗殺、か」
あまり乗り気のする仕事ではない。だが、西域に行く分には問題はない。
「暗殺の対象はパラドックか、ゼノビアか」
「その場に応じて、というところだな。お前なら自分の考えで動いても私の目的と大きくずれることはないと信じている」
「俺が是と判断すれば、パラドックに協力してアサシネア六世と戦うかもしれないぞ?」
たとえミケーネと協力しているからといって、必ず味方でいつづけるわけではない。
自分の目的は──
(俺の目的はまず、自分の記憶を取り戻すことだ)
だが、その先は知らない。ザ神と話した限りではこの大陸を救うために選ばれているようだが、別に大陸の未来にはさほど興味がない。ただ、自分が過ごす大地ならば、過ごしやすい方がいいと思っているにすぎない。
大陸を救えるものならば救う。だが、自分の能力を超えることはできない。その辺りはしっかりと割り切っている。果たせなかったからといって責められる筋合いのものでもない。
「そのときは残念だが、敵になるということだな」
「随分と割り切りがいいな」
「仕方がない。君が君の信じる道があるように、私にも私の信じる道がある」
きわめて残念な表情を見せる。
「一つ聞くが、どうしてお前はアサシネア六世に仕えているんだ?」
「どうしても何も、信じるもののために戦うのはおかしなことか?」
「おかしくはない。だが俺はアサシネア六世という人間を知らない。お前ほどの男が惚れこむほどの何があるのかを知らない」
「なるほど、そういうことか」
納得したように頷くと、ミケーネは少し過去を語り始めた。
「アサシネア六世陛下……いや、デニケス団長は私にとって恩人だ」
「恩人?」
「ああ。私の命があるのも、騎士団に入るようになったのも、全てデニケス団長のおかげだしな」
その国は滅亡した。
しかし、それは『一つの歴史』でしかなかった。
七九〇年。クラウデア・デニケスが騎士団長となったその年、マナミガルとアサシナの間に位置していた小国が滅びた。それは領土拡大を狙ったマナミガルの前国王の侵略によるものだった。
ミケーネはその小さな国の生き残りだ。もう少年とは言えないが、青年とは言えないくらいの歳。戦いに出るには早すぎるが、隠れてじっと待つには耐えられない歳。
ミケーネは剣を取った。そして、迫り来る騎士と剣を交えた。
もちろん、一合で剣ははじかれ、命の危険にあった。
その国を助けにきたのがアサシナだった。そしてクラウデア・デニケスは今にも殺されそうになっていたミケーネの命を救ったのだ。
あの日から、自分の命はデニケスに捧げてきた。騎士となってからも先王へ忠誠を誓ったことなど一度もない。自分はずっと、デニケスのために活動してきたのだ。
「マナミガルを憎んだりはしていないのか?」
そんな過去の話を聞いたレオンはその古傷を抉る。
「若い頃はな。だが、悟ったよ」
「悟った?」
「国同士がいがみあっているから戦いは起こる。だから戦いを起こさないためには、全ての国が協力するのが一番いい。そして、アサシネア六世陛下はそれができる方だ」
「なるほど」
それだけミケーネは現王を尊敬しているということだ。まあ、それは悪いことではないし、だからこそミケーネだともいえる。
「分かった。西域に行こう」
「ありがとう、助かる」
「気にするな。どのみち俺は西域に行くつもりだった。俺の記憶の手がかりがあるかもしれないからな」
だからこの話がなかったとしても西域には行くはずだった。これはいい口実だ。
(いや、自分にこの役割が来ることも歴史の必然なのかもしれないな)
騎士団が動けないかわりに、騎士団と一番仲がよく力のある自分が選ばれた。それは自分がアサシナにいたからだ。
「俺が知りたいのは歴史の真実だ」
そして宣言する。
「もし真実を知ったときに敵となったときは容赦しない」
それだけはミケーネに伝えておかなければならなかった。気持ちのいい男だし、本気で戦いあうようなことはしたくない。だが、ミケーネにはミケーネの事情があるように、自分にも自分の事情がある。
歴史の真実を見る。そして、自分の失われた記憶を取り戻す。
その真実がいったい何なのか。それによって自分がどう行動するかも変わってくるだろう。
第二十一話
王都移転
王都移転。アサシネア六世がそれを発表したのは八〇六年の末のことだった。
それから一年かけて新王都の建設を終わらせ、八〇八年から徐々に移転が始まっている。そして終わるのが八〇九年の初頭だ。
だが、その前にパラドックとドネアの婚約がある。それがどのように歴史を変えていくのか。いや、この婚約は防ぐ方向に動いている。ということは、ドネア暗殺もまた防げるということだ。
結局、ウィルザはお供にサマンとルウを連れて使者としてアサシナへ向かうことになった。ローディを連れていくことは無論できないし、オクヤラムについてはアサシナどころか国内で自由に出歩かせることすらできない。今回は少人数だ。
「ウィルザと一緒だと本当に飽きないね」
サマンが言うとルウが「本当に」と相槌を打つ。
「ルウはどっちの味方なんだ?」
「どちらかというとサマン」
「おい」
「冗談よ。でも、あなたといると退屈しないというのは本当よ。悪い意味じゃなくてね。あなたの傍にいた方が、歴史の真実に近づける気がする」
やれやれ、と肩を竦めた。全くこの二人にはかなわない。
「そうよね。ドネア姫が殺される未来なんて、絶対に来てほしくないもの」
ドネアは嫁げば暗殺される。それは半ば上層部の暗黙の了解となっていた。それはウィルザがたくみに情報を操作したせいでもあるが。
「未来はいくらでも変えられるよ」
「でも、未来って決まっているものじゃないの?」
「まさか。未来なんて決まっていない。未来が変えられるなら、それは決まってないのと同じだ」
サマンは少し考えて「それもそうね」と頷く。
「歴史を作るのはぼくたちだ。他の誰でもない。この地上に生きている人間のすることなんだよ。だから未来なんて決まってはいない。ぼくたちの動き一つでいくらでも変わる」
「みんなが幸せになる未来も作れる?」
ルウが尋ねる。もちろん、とウィルザは頷く。
「ま、ルウとしちゃ、みんなっていうよりルウとウィルザが幸せになることの方が先かな?」
「もう、からかわないでよ」
ウィルザとルウが公認のカップルであるのは誰もが認めるところだ。
もともと婚約者であったルウだが、ウィルザとしては見知らぬ女の子も同然の状態だった。それがずっと付き合ってみると、これほど感情が豊かで、芯がしっかりとしていて、物事のよしあしがよく分かっている人物は少ないと思う。
そう。彼女には人間として惹かれる。恋愛とは少し違うのかもしれない。ただ、自分にとって一番大切な人間であることには違いなかった。
「ウィルザはどう思う?」
「え、何が」
「だから、アサシナは国王派と王弟派に分かれてるでしょ? この後の動きはどうなるのかってこと」
いつの間にか話は変わっていたらしい。二人はアサシナの内情について話し合っていた。
「どうなるもこうなるも、僕は予言者じゃないから分からないよ。でも今回のアサシナ来訪で、この国の情勢をしっかりと見極めないといけない。何しろ、この大陸の中心にある国だからね」
「大陸の問題はアサシナに集まる、ということ?」
「平たく言えばね。ただ、ドネア姫が暗殺されたなら話は早い。ガイナスターが軍をまとめて復讐戦を行い、結果としてアサシナという国が滅びるだけのことだよ」
「だけ?」
「ああ、それだけ。国が滅びる、それは一つの歴史でしかない。ただ、ぼくはそんなことでたくさんの人を殺したりはしたくないだけだよ」
それは優しさといえるのだろうか。国内外を問わず、全ての人が無事に暮らせる世界。そんな理想をウィルザは夢見ている。
(一つの事件が終われば、また新たな事件が始まる。それが歴史。歴史は全て、時の流れるままに紡がれていく。そして、一つの事件を防げば、別の事件が発生する。それもまた、歴史の真実)
ドネア暗殺を防いだ先に、いったいどのような未来が待っているのか。
それを今回は、見極めなければならないのだ。
王都アサシナについた三人はアサシナの政庁へ向かう。
隣国ガラマニアからの使者、それも宰相の位にある者がやってきたとなれば、当然それなりのもてなしが必要だ。三人は豪華な部屋をあてがわれることとなった。
そしてアサシネア六世と対面するときを迎える。
(これがアサシネア六世)
ここしばらく病気で伏せっていたという話は聞いている。だが、眼光鋭く、かつて騎士隊長として戦場をかけぬけたときに身につけた気迫はそのままだ。
「ガラマニアのウィルザです。お初にお目にかかります、陛下」
「いや、わざわざのお越し、いたみいる。ガイナスター陛下は息災か」
「はい。ありがとうございます。陛下もここしばらくご病気とのこと、もうお体は平気なのですか」
「この通り、すっかり痩せてしまったがもう問題はない。さすがに歳かな」
はは、と笑う。だがその笑顔の裏にもお互いの腹の探りあいが行われている。
「今回の王都移転、ほぼ終わられたようですね。おめでとうございます」
「うむ。着手までが長かったが、ようやくここまで完成した」
「ですが、どうしてまた西域へ? 肥沃な中央平原から移動するメリットはあるのですか」
「確かにこの中央平原は魅力だが、こちらにも事情があってな。ただ、野心家のガイナスター陛下にとっては、中央平原を狙ういいきっかけとなるかな?」
鋭く切り込んでくる。無論、簡単に切られるつもりはないが。
「ガイナスター王であればそれくらいのことは考えるでしょう。ですが、私やドネア姫は同じ考えではありませんが」
「というと」
「アサシナとの恒久的な平和を」
「では、弟パラドックとの婚約を了承していただけるのか」
「いえ、陛下。逆です」
ゆっくりと言葉を選びながら話す。
「ドネア姫、というよりガラマニアに対するアサシナ国民、騎士たちの感情はよいものではありません。現状で姫が嫁がれたならば、必ず暗殺されることになるでしょう。つまり、現状で婚約するということは、両国にとっての不和につながります。ぼくはこれを避けたい」
「ふむ」
思うところがあるのか、アサシネア六世も少し考える様子を見せる。
「その点については思わないわけではなかったが、それでも婚約をすれば両国の絆は深まると思ったのだが」
「同感です。ですが、急進的な改革は必ず反発を受けるのも常です。ガラマニアしかり、そしてアサシナしかりです。ただでさえ王都移転や諸般の改革を行っている最中です。今アサシナがすべきことは国内の統治ではありませんか。それに、現状のアサシナを見ている限りでは、パラドック様との婚約はとうてい不可能です」
「ほう。何故かな」
「それは王が一番よくご存知かと思いますが」
あえて口にはしないが、それで十分伝わる。つまり、国王派と王弟派の争いに巻き込まれる可能性があるということだ。
「いや、わかった。今回の婚約は弟もあまり乗り気ではなくてな。私の一存で決めていったことなのだ。であれば私が了承すればよいだけの話。この件はなかったことにしてもらおう」
「ありがとうございます。ですが、ガラマニアは、特にドネア姫は決してアサシナとの関係を悪くしたいとは考えておりません。姫など両国の平和のために我等臣下一同の反対を押し切って強引に婚約をしようと考えていたくらいですから」
「そう言っていただけるとありがたい。どうしても戦争を起こしたくはないのだ。来たるべき日まで、大陸の民を減らしたくはないのでな」
その言葉に何か引っかかるものを感じたが、それより先に動きがあった。
世界記だ。
『ウィルザ。歴史が書き換わった』
808年 婚約破談
アサシナ王弟パラドックとガラマニア王女ドネアとの婚約は破談に終わった。だが、これにより両国の関係が悪くなることはなかった。
809年 アサシナ分裂
アサシナ王アサシネア六世と王弟パラドックとの確執が表面化する。
(ドネア姫との婚約を防いだら、国王と王弟が争うようになる、ということか)
だがその争いも止めなければならない。ここで戦争を起こさせるわけにはいかない。
『まだだ、ウィルザ』
世界記がさらに続ける。
『歴史が、まだ書き換わる』
一方、その頃。
レオンはバーキュレアを伴って西域までやってきていた。これから何とかしてパラドックに会わなければならない。まあ、そのあたりはミジュアの力を借りることになるのだろうが。
その西域の新王都にやってきた直後だった。
(なんだ)
また、頭が痛んだ。
この感覚は覚えている。
(未来の、映像が見える──)
809年 二つの暗殺
アサシネア六世はパラドックを、パラドックはアサシネア六世をそれぞれ暗殺しあう。
アサシナ王家の分裂は、大陸全土に飛び火する。
兄弟で争わなければならない理由はどこにあるのか。
ウィルザとレオンは互いを知らぬまま、この事件の解決に挑む。
いまだ誰も知らない歴史の真実は、どこに隠れているというのか。
「倒さなければならぬということか。この手で」
次回、第二十二話。
『アサシナ分裂』
もどる