まったくもって、冗談ではない。
 アサシネア六世はこのグラン大陸にとって必要不可欠な人材なのだ。それを暗殺されるわけにはいかない。
 しかもその相手がパラドックときた。兄王に対する妬みの心情ということか。まったくふざけている。同じ兄弟同士で争うつもりなのか。
「どうかされたかな、ウィルザ殿」
 突然黙り込んだウィルザに対してアサシネア六世が尋ねる。
「いえ。ただ、われわれガラマニアと陛下との結びつきを深めるために、一つ有益な情報をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「ほう、何かな」
「アサシナの内政に関わることゆえ、申し上げるつもりはなかったのですが。陛下。陛下がなさろうとしていることを、相手も同じようにしようとしております」
 そのような言い回しを使えば、その心の内はアサシネア六世にしか分からない。今国王がしようとしていること。それは、弟パラドックの暗殺。
 つまり、パラドックもまた兄王を暗殺しようとしている、ということだ。
「ほう。それはそれは……」
 国王の表情が微かにほころぶ。
「宰相殿はその情報をどちらから手に入れられたのかな」
「アサシナのことを調べていれば、自然と情報は集まります」
「だがそのことは、相手も側近中の側近しか知るまい」
「ですが真実です。無論、それに対する備えをするもしないも、つまり私を信じるも信じないも国王陛下のご一存ですが」
「ふふ、断りづらいことを言う」
 国王はしばし考えてから頷いた。
「いや、宰相殿は私のことを案じて言ってくれたのだな。感謝する」
「分かっていただけてありがとうございます。この大陸の平和のためにも、国王陛下には無事息災でいていただきたいと思っておりますので」
「大陸の平和か」
 国王は相手を値踏みするように見る。
「そんなことを願うウィルザ殿は、何が望みかな」
「望みなどありません。ただ誰も傷つかずにすむ世界であればそれ以上のことは」
「ならば、私と弟との間で内乱が起きたとすれば、ウィルザ殿はどうされるおつもりか」
「起きる前に止めるのが私の考えです」
「ふむ」
 そうして国王は目を閉じて考え込む。
 国王は随分深いところまで自分に話している。今の話は他国の使節に対して行うようなものではない。はたして国王の意図はどこにあるのか。
「つかぬことをお伺いしますが」
「何かな」
「国王陛下が王都を移転されたのは、来たる【崩壊の時】に国民を死なせないために西域へ逃したのではありませんか」
 自分でもはっきりとは分かっていなかった。だが、言ってみるとそれが確信に変わる。
 国王は分かっている。未来のことが。このアサシナの地下に眠っているエネルギーのことが。
 だから王都を移転した。そう考えれば辻褄があう。
「ウィルザ殿はアサシナ地下に眠るものの存在をご存知か」
「ええ。ザ神のエネルギーが眠っているという話でしたが、実際のところは別のものでしょう」
「詳しいな。そなた、何者だ」
「この大陸の平和を願う者です」
 二人の間に緊張が走る。
 ウィルザも自分のことをかなり暴露している。これで国王がのってこなければ危険であるのは分かっていた。
「……なるほど」
 国王はしばらく考えてから深く頷いた。
「この大陸の平和のためには、ウィルザ殿は何が必要と思われるかな」
 核心だ。
 国王は自分の考えを読み取った上で、わざわざこのような話を振ってきた。
「アサシナが平和であることです」
「アサシナが?」
「ええ。ですから、内乱は起こる前に防いだ方がいいでしょう」
 既に国王には『その』考えはある。問題は決心がついていないだけだろう。
「覚悟を決めねばならぬということか」
「そう考えます。もしよければ、この決着がつくまでの間、私もこの王都にいさせていただければと思うのですが」
 少し考えた後、国王は小さく頷いた。
「倒さなければならぬということか。この手で」
 そして国王はウィルザを見つめて言った。
「お願いしよう。他にもいろいろと話すことがありそうだしな」
「感謝します」
「いや、こちらこそ感謝しよう。今まで見ようとしてこなかったものを見せてくれて感謝する」
 ウィルザは丁寧に礼をして退出した。
 これでいい。
 大陸の平和のためには、邪魔なのはパラドックの方だ。彼さえいなければアサシナの平和は保たれる。
 そして同時に、パラドックから派遣される暗殺者から、国王を守らなければならない。
(世界記。国王がどうやって暗殺されるか、分からないか?)
『この場所だ』
(この場所?)
『ここに、パラドックの部下が押し込んでくる』
 また随分と乱暴な手を使う。それを暗殺というのだろうか。
(なら、ここで罠を張って守るしかないな。サマンにも手伝ってもらって。後は、誰が暗殺者となるかだが)
 予想はつく。
 パラドック派の第一人者といえば、他に人はいない。

 騎士団副長、ゼノビア。







第二十二話

アサシナ分裂







「大丈夫かい?」
 同行していたバーキュレアが突然頭を抱えたレオンを心配そうに見つめる。
「大丈夫。いつものやつだ」
「いつものって、未来が見えるってやつかい」
「ああ。今回はまた、面白いものが見えた」
 西域の新王都に来ていた二人はとりあえず食べるものをと考え、近くの食堂に入った。食べ終わって少ししたところで突然レオンが苦しみ始めたのだ。
 確かに見えた。
 パラドックが派遣した暗殺者がアサシネア六世を殺し、アサシネア六世が派遣した暗殺者がパラドックを殺したところを。
「で、今度は何が見えたんだい?」
「国王と王弟が暗殺者を派遣しあって共倒れになる」
「おやおや」
 そんなことをさらっと言っても動揺しないのがバーキュレアだ。
「それで、救世主ごっこをする立場としてはどうするんだい?」
「パラドックに会う」
 レオンが立ち上がって言う。
「会うって言ったって、相手は政庁だろ?」
「ミジュアを通す。面識はあるから問題ないだろう。俺が知りたいのは真実だ」
「真実?」
「ああ。パラドックが何を考えているのかが知りたい」
「何をって、兄を殺すくらいなんだから、自分が国王になりたいと考えてるんじゃないのかい?」
「普通に考えればな」
 バーキュレアもレオンについていく。この二年ですっかりレオンはたくましくなり、背はバーキュレアに届こうかというところだ。
「何か別の理由があるっていうのかい?」
「さあ。ただ俺は、自分で確認してもいないことを信じるつもりはないだけだ」
「会ったからって、相手が本音で話すはずがないだろう?」
「ああ。だから自分の目で見極める」
 それを平然と言えるのは、少年が自分に自信がある証拠だ。やれやれ、とバーキュレアは肩をすくめた。
「アンタと一緒にいると飽きなくていいね」
「まだまだこれからだ。お前を飽きさせるつもりなどない。パラドックの思惑がどうあれ、アサシネア六世からの暗殺者が来るのはほぼ間違いないからな」
「防ぐつもりかい?」
「まだ決めていない。正義の味方としては誰が敵で誰が味方なのかを確認したいところだ」
 そのためにも必要なものは情報だ。
 レオンとバーキュレアは新王都の神殿へとやってくる。ここに詰めているのは祝福を授けることができるミジュアだ。
「おお、レオン。こっちに来ていたのか」
 ミジュアが笑顔で二人を出迎える。二年前の一件以来、ミジュアはレオンのことを大切に遇してきた。
「一つ相談があってやってきた」
「ほう、そなたが私に相談とはな。珍しい。私にできることならば何でもしよう」
「たいしたことではない。パラドックに会わせてもらいたい」
 さすがにその願いを聞いてすぐに頷くことはできなかった。
 パラドックはこの新王都の統治者だ。それに、国王派と王弟派とで分離してしまっている今のアサシナ王宮のことを考えれば、簡単に会える相手ではなくなっている。
「お前ならばパラドックに会うことは可能なのだろう」
「た、確かに絶対できないわけではないが、共を連れてパラドック殿下に会うのは簡単なことではないぞ」
「そのパラドックの命に関わることなのだ。曲げてもらう他はない」
「それは──」
 ミジュアはすぐにアサシナ王宮の分裂について思い浮かべる。ミジュア自身はまぎれもなく国王派だ。それが筋というものだし、今までも神殿は王宮と協力してやってきていた。ここでパラドックに転向するつもりはない。
 だが、それ以前にこの対立がなくなればいい。そう願ってももうかなわないことなのだろうか。
「アサシナの内乱を防ぎたいのなら、なんとかしてほしい」
 そう言うレオンはそこまで本気というわけではない。
 あくまでも自分の行っていることは救世主『ごっこ』にすぎない。大陸の平和というものを一応考えてはいるものの、平和になるならないの結果はどうでもいい。その先に自分の失くした記憶が見つかればいいのだ。
 他人の目的と自分の目的が合致しているのならば、自分の本当の目的を明かす必要はない。相手が誤解するのは相手の勝手であって、自分の責任ではない。
「分かった。そなたがそこまで言うのならば、信じてみよう」
 ミジュアは人のいい男だ。義侠心と正義感もある。その性格はとうに見抜いている。言い方を間違えなければいくらでも味方にしておくことができる男だ。それは悪く言えば利用しやすい、という意味でもある。
 大神官ともなれば、人を信じることができなければならないものなのだろうか。
(まあ、俺には関係のないことだ)
 自分の記憶を取り戻す。そのためには誰であれ利用するだけだ。






 二日後。
 レオンとバーキュレアは政庁の一室に呼ばれ、そこで待機していた。
 バーキュレアは基本的にレオンのやることをただ見ているだけのことが多く、自分の行動に対して何も異論を挟まない。
 最初に会ったときから面白い女だとは思っていたが、ここまでつき合わせておきながら何故いまだに自分と共にいるのかは分からない。
(リザーラならば何というかな)
 人型天使であるリザーラは旧王都に残してきた。もちろん彼女は同行したがっていたが、さすがに祝福を与えられる人間が都市からいなくなるのはまずい。リザーラには今回は残るように命令してきた。
 そのリザーラならば、きっと自分のことは見透かしつつも、寂しそうな目で見るだけだろう。
「レア」
 隣に座っている彼女に尋ねる。
「何だい?」
「お前は俺の行動に何も疑問を持たないのか?」
 すると彼女は凶悪な笑みを見せた。
「アンタについていけばいつか分かるんだろう? だったらそれまで、アタシはアンタが何を考えているのか予想して楽しませてもらうさ」
 やはり面白い女だ。そしていい女だ。この女がパートナーでよかったと思う。
 やがて二人のいる部屋に、待望の人物がやってくる。
 パラドック・デニケス。そして大神官ミジュアも隣にいる。
「やあ、私に話があるというのは君たちかな?」
 作り物の笑顔。なるほど、これは確かに人間的に小物だ。
 だが手腕は評価できる。遷都を行ってからここまで市民に不満らしい不満を出させていない。これはパラドックという人物の政治能力が高いためだ。もちろん、補佐官としてついているカイザーや大神官ミジュアもその不満を和らげるのに尽力している。
「レオンだ。単純に聞きたいことがあって来た」
「ふむ。それは私でないとできないことなのかね」
「お前以外の誰にもできない。お前の本音が聞きたいからな」
「本音、というと」
「近くに起こるアサシナの内乱。お前が国王アサシネア六世に反旗を翻すのは何故だ?」
 直球。この質問にはさすがのミジュアも全身で驚愕を示し、あろうことかバーキュレアまで驚いた表情を見せた。
 だが言われた当のパラドックだけは飄々としている。
「いったい、何のつもりかな。私が兄上に反乱を起こすと?」
「その話は一兵卒にまで浸透している。バレていないと考えているのは上だけだ」
「ふむ」
 パラドックは微笑を絶やさずに椅子に座る。
「とはいえ、その質問に答えなければならない理由はないし、そもそも反乱を起こすつもりなどないから答はないのだけれどね」
「今のところはな。だが、暗殺が失敗すればそうもいくまい」
 パラドックの目が細くなる。
「……レオン君。子供だからといっても、許せないことはあるのだよ」
「事実を認めないというのなら、正しいのはアサシネア六世の方ということか。俺はアサシネア六世が必ずしも正しいとは考えていなかったのだが」
「どういうことかな」
「お前が出来のいい兄王を妬んで反乱を起こすなどありえない」
 喧嘩腰だったレオンが、突然自分の言葉を否定した。明らかに気勢をそがれたパラドックが動揺を見せる。
「俺が知りたいのは真実だ。お前は何故、兄王を殺そうとする?」
「待ちたまえ、レオン君」
 勝手に話を進めるレオンにパラドックが手を上げて止める。
「だいたい、何をもって私が反乱を起こさないというのか、そして私が兄王を殺そうとしているというのか。それを聞きたいのだが」
「お前ほどの男だ。アサシネア六世が善政を行い、民衆や兵士たちから慕われているのは理解しているはずだ。戦場では勇名を馳せ、政治や外交では失敗知らず。これを評価しないのは先王がよほど個人的に好きだった者しかいないだろう。この兄王に対して反乱を起こしても、誰もお前にはついてこない。それどころか反感をかうだけだ。それはお前にも分かっている。遷都を行ったおかげで余計に分かっている。どれほど民心がアサシネア六世にあるか。分かっているからこそ、お前は兄王を殺すはずはない。それに、アサシネア六世は病身だ」
 そこで一度レオンは言葉を止めた。
「そう。俺がお前の行動で一番おかしいと考えていたのは、その反乱を起こそうとしている時期だ。何も暗殺などする必要はない。もともと病身の兄なのだから、死ぬまで待てばいい。そうすれば幼いクノンと王妃など好きなように料理できるだろう。クノンの摂政として政権を握り、ゆっくりと国を乗っ取ればいい。それをせずに、今、この時期に兄王を暗殺しなければならないのは他に理由がある。もし」
 レオンは少し、間を持たせる。
 バーキュレアとミジュアがレオンの顔を見る。そして、パラドックの顔には表情がなくなっていた。
 それは、相手の言葉が正しいということ。そしてレオンを含めたこのメンバーをどうするか、と考えている証拠だ。
「もし、お前が兄王アサシネア六世を殺すことがこの大陸の平和につながるというのなら、俺はお前に協力してもいい」







ウィルザはアサシネア六世に味方し、レオンはパラドックに味方する。
歴史を導く二人の人間は、この大陸を平和へと誘えるのか。
兄が弟を、弟が兄を殺さなければならない理由。
歴史の裏側が、徐々に明らかになる。

「そのためにも、兄上は必ず倒さなければならないのだ」

次回、第二十三話。

『混迷する未来』







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