新王都の政庁は、微かに青く光る大理石が敷き詰められている。それは謁見の間に限らない。全ての通路と床は同じ大理石を使っているため、統一された格調高い仕上がりになっている。
 この会議室もそうだ。少人数用に用意された会議室には、中央に水色の大きな長方形の机があり、その周囲に十二個の椅子が用意されている。
 扉からみて奥の方にパラドックとミジュア。そして手前側の方にはレオンとバーキュレアとがいる。しばらく前から四人の中で口火を切って話し始めようというものはいない。
 アサシネア六世を暗殺することが大陸の平和につながるのなら……。
 誰がそのようなことを考えたものがいるだろう。この大陸に住む者で、アサシネア六世ほど大陸の平和に尽力しているものが他にいるだろうか。その人物を殺すことが平和につながるなど、普通に考えればありえない。そう、普通に考えれば。
 だが、ここに一つの要素がある。それだけ尊敬するべき国王を暗殺しようとしている王弟。だが、王弟は今、兄王を殺す理由などどこにもない。ただ待つことができれば彼には全てのものが転がり込んでくるのだ。
「最初は、パラドックの方もまた病気なのではないかと考えた」
 しばらくしてからレオンが切り出す。
「なぜなら、もし病身だというのなら、はじめからこの遷都の担当になるはずがないからだ。やり手と噂のカイザー補佐官にでも任せて旧王都でのんびりと療養していればいい。そうせずにわざわざ新王都にまで来て自分の勢力を拡大しようとしている。その理由は明らかだ。王弟は国王を倒すために、この遷都の任についたのだ。国民と兵士を自分の味方とするために。そして実際、兵士たちの八割はこの新王都に、そして九割方住民たちの移動も終わっている。つまり、ここでアサシネア六世がこの新王都にこなければ、アサシナの事実上の支配者はパラドックになる」
「だったら、やっぱり兄に成り代わりたかったんじゃないのかい?」
 何も言わないパラドックとミジュアにかわって、質問する係になったのはバーキュレアだ。
「その可能性も考えた。だがそうなると、やはり時期が問題となる。六世がどれだけ持ちこたえたとしても、あと二、三年もすれば病死する。それからゆっくりと成り代わっても文句が出るはずがない。それどころか支持者を集めることもできる。それまでにクノン王子を病死させてしまえばいいからな」
 結局、パラドックが反乱を起こしていいことは何もないということだ。それなのに反乱を起こそうというのはどういう根拠なのか。
「つまり、パラドックには自分の利益の他に、反乱を起こさなければならない理由がある。俺が知りたいのはその理由だ。俺の考えでは、パラドックは兄王に対して尊敬の念すら抱いている。その人物を殺すのだからよほどの理由があるのだろう。例えば──」
 一度言葉を切って、パラドックの様子を確認する。
「病身の六世が、自分が長く生き続けるために、大陸の平和にそぐわぬことをしている。もしくは、しようとしている、という可能性」
 パラドックの顔が歪む。どうやらこの推理は正しいらしい。
「というよりも、それしか思い浮かばない。大義のためというと安っぽく感じるが、大陸の平和や国の平和を考えたならば一番真っ当な理由だ。少なくとも錯乱して反乱を起こした、というよりはずっと筋が通っている」
「いろいろと考察してくれたのはありがたいが」
 パラドックは困ったように苦笑する。
「仮に私がそう考えていたとして、君にそれを説明する必要があるのかな。もし反乱を起こすとなれば、自らの破滅を覚悟しなければならない。そんな重大なことを、今日初めて会った君に説明する理由はないだろうね」
 やんわりと諭すように言う。レオンは頷いて答えた。
「その通りだな。俺でも正直、信用はできない。だが、残念なことにアンタは拒否できない」
「どうしてかな」
「アンタの態度が、既に俺の推測が事実であることを証明しているからだ。もしアンタが反乱など考えていないというのなら、ただちに俺を捕まえているところだろう。だが、アンタは俺に語らせた。つまり、自分の考えをどこまで汲み取っているのか、確認していたということだ」
 パラドックは答えない。かわりに、右の人差し指で机をトンと叩く。
「アンタの中ではもう、俺を仲間にしておくかどうかの判断がついているはずだ。どうする?」
 揺さぶりをかけているのはレオンの方だ。パラドックもそれに気付いているのだろう。考える癖なのか、何度も指をトントンと机に叩きつける。
「そんなことを尋ねる君は、何が目的なのかな」
 それが最後の質問ということだろうか。パラドックが視線を逸らさずに尋ねてくる。
「俺の目的などたいしたものではない。なくした記憶を探しているだけだ」
「なくした記憶?」
「二年前に記憶喪失にあってな。ザ神の神殿で神託を受けた。八〇八年に西域で歴史の裏側を見ろ、と。この問題を解決した先に、俺の記憶が、もしくはそのヒントがあるのだと勝手に思っている」
「失礼ながら、君は何歳なのかな」
「さあ。外見からすると十五、六歳というところか。ただ俺は自分が何者で、どういう人間かなど全く分からん。俺が興味あるのは自分の記憶だけだ。大陸の平和や国の平和などはどうでもいい。ただ、この大陸を平和に導くことで自分の記憶が取り戻せるというのなら、そうした方がいいと思うだけだ」
 ここまで直球で話すのは、レオンが何もかもを背負う気など全くないということの表明でもある。
 レオンとしては、たとえ記憶が戻らなかったとしても生きていく上で問題はないのだ。ただ、自分が何者だったのか、興味があるというだけだ。だから自分だけが苦労をするというのなら、自分の記憶になどこだわる必要はない。大陸を平和に導きたいというのがザ神の願いであったとしても、それを背負わされるのが自分だけならば謹んで遠慮させてほしいというのが本音だ。
 協力することで記憶が戻るのならば、多少ならかまわない。それが基本的な彼の立ち位置だ。
「今となっては……」
 パラドックが少し遠くを見つめた目をする。
「兄上が何を望み、何を成そうとしているのかは、私にも分からない。ただ分かっているのは、兄上は自分の命の最後をかけて、危険なことを、この大陸にとって危険なことをしようとしている、ということだけだ」
「大陸にとって危険?」
「そう。何故兄上が即位と同時に遷都を行ったのか。それは、アサシナに住む民が一人でも多く助かるようにするためだ」
「助かるとは?」
「兄上の狙いは、アサシナの地下にあるザ神のエネルギー。それを解放することだ。何のためにそうしようとしているのかは分からない。だが、そのエネルギーの解放は、この大陸の崩壊に結びつくのだ」
「大陸が崩壊? 何故」
「私にも分からない。ただ、兄上はその危険を覚悟の上でエネルギーを解放しようとしている。もちろん大陸の平和を願うのならば、エネルギーを解放させるわけにはいかない」
 パラドックは苦悶の表情に変わり、呟く。
「そのためにも、兄上は必ず倒さなければならないのだ」
「そうだったのですか……」
 ミジュアが胸を打たれたように頭を垂れる。
「パラドック様の胸中をお察しできず、もうしわけありません」
「やむをえんよ。私が兄上に反乱を起こそうとしているのなら、悪いのは私だと百人が百人、そう思うだろうからね」
「そんなことはない」
 自虐的なパラドックにレオンが言う。
「俺は分かった。アンタが望んで戦おうとしているわけではない、ということを」
「そうは言うがな」
 今度はパラドックもあざ笑って言う。
「私自身、王になってこの国を動かしたいという気持ちが、全くないわけではないのだ」
「そんなこと、当然のことだろう。人間の感情というやつは必ず一つだけというわけではない。だが、アンタのその気持ちは、アンタが兄王を敬う気持ちよりはずっと弱い。だからそれだけで自分を責める必要はない」
 パラドックの表情がやっと穏やかなものになる。
「そう言ってくれる者は誰もいないものと思っていたよ」
 そして徐々に。
 彼の顔つきが、施政者のものへと変化していく。
「ミジュア」
「はっ」
「これより極秘の活動を行う。ゼノビアを呼べ」







第二十三話

混迷する未来







 パラドックを暗殺し、パラドックの暗殺から国王を守る。もちろんウィルザに両方ともできるはずがない。だとすれば暗殺は成功しても失敗してもかまわないが、国王が殺されることだけは絶対に防がなければならない。自然と優先順位は決まってくる。
 サマンに王都の警備上の問題点を全て洗い出してもらい、暗殺者が入り込んでくるだろうルートを全て塞ぐ。おかげでこれから彼女は不眠不休で働くことになる。苦情は山ほど言われた。
 そして今日もウィルザはルウ、サマンと一緒に王都の見回りを行っている。
 どれほど危険だからと説明しても、ルウはウィルザの傍から離れることをしない。真実を知りたいという気持ちはもしかするとウィルザよりもこの娘の方が強いのかもしれない。
 ウィルザにしてみると、この大陸を救うということはいわば義務のようなものだ。大陸を救うためならば自分が苦労を背負うことを厭わない。それがウィルザの強さの理由でもある。
 三人が足を向けた場所。それは、アルルーナの館だった。
 毎日多くの人間がこの館を訪れては道を示されて満足して帰っていく。ただ、アルルーナの気まぐれなのか、道を示してもらえるのは毎回というわけではない。
 その館に入ったとき、先客がいることに三人は気付いた。さすがにプライベートな話に立ち入るわけにはいかない。時間を置こうと思って館を出ようとした、そのときだった。
「お入りなさい。あなたたちを待っていたのですから」
 聞き覚えのある声が聞こえた。誰よりも敏感に反応したのはサマンだった。
「お姉ちゃん?」
(姉?)
 サマンに姉がいるとは聞いたことがない。もう三年近くも一緒にいるというのに、そんな素振りを一度たりとも見せたことはなかった。
「久しぶりね、サマン」
「やっぱりアサシナにいたんだ。副神官に女性が就いたっていうのは聞いてたけど、やっぱり」
「ええ。大きくなったわね、サマン。あなたったら、全く顔も見せないんだから」
 サマンがその女性に抱きつく。水色の髪に、赤いヘアバンド。紺色のパンツスーツと薄い青緑色のシャツ、そしてピンクのカーディガンが調和している。副神官と聞いたが、とてもそんな服装ではない。ただ、はっきりと分かるのは、とても美人だということだ。
「見とれてないの、ウィルザ」
 隣にいたルウがむっとした顔をする。そんなに見とれていただろうか、と自戒する。まあ、たとえどんな美人がいたとしても、自分はルウ以外の女性を見る気にはなれないが。
「私が来ること、分かってたの?」
「ええ。アルルーナと話していたから、それくらいのことは分かっているわ。はじめまして、ウィルザ。私はサマンの姉、リザーラです」
(リザーラ。この女性が)
 ドルークのザ神官。その力は大神官ミジュアも認めるほどで、幾つかの特殊な能力も持ち合わせるという。
(世界記。お前、サマンの姉がリザーラだなんて、どこにも記録されてなかったぞ)
 だが世界記は答えない。都合が悪くなるとすぐにこうだ。
「はじめまして、ウィルザです。サマンさんにはいつもお世話になってます」
「妹がお役に立っているようで何よりです。活躍は聞き及んでおります。ガラマニアの若き新宰相ウィルザ。国内の治安はこのたった二年で驚くほどよくなりましたね」
「ぼくは何もしていません。ただ回りのメンバーに恵まれただけです」
「謙虚なことはよいことですが、あなた自身の力をもう少し認めてあげるべきですね。あなたの目的は分かっています。あなたは別に、アサシナもガラマニアもない。ただこの大陸を守りたいという、それだけなのでしょう」
 初対面の相手に言い当てられるとさすがに驚きもする。
(何者だ?)
 綺麗な女性であるだけに感じ取ることは難しいが、そこには一種の不気味さがある。
「ぼくのことをよくご存知のようですね」
「ええ。アルルーナとよく話していましたから」
 そこでアルルーナと呼ばれた動けない機械天使がゆっくりと目を開ける。黄金の鎧に身を固めた機械の女性がにこやかに笑った。
「お久しぶりです、ウィルザ。あなたの道を示しますか?」
「やめなさい、アルルーナ」
 だが、ウィルザが何か言うよりも早く、リザーラが静止した。
「あなたはその力を使えば使うほど、あなたの寿命が削れていくのよ。もう長くないのだから、道を示すのはやめなさい」
(なんだって?)
 道を示すと、寿命が縮む。そんなこと、一度も聞いたことはない。
「ですが、私の使命は道を示すことです」
「それはどうしても仕方が無いときに限りなさい。あなたの力はこの大陸を救うためのもの。独力で何とかできるのなら、そうするべきでしょう」
「──はい」
 アルルーナは悲しげに微笑む。
「申し訳ありません、ウィルザ。止められてしまいました」
「いや、今の話が本当だとしたらリザーラさんの言う通りだ。ぼくのために無理なんかする必要はない」
「私の喜びは、人に道を示すこと。それが止められるのでしたら、私に価値はありません」
「それは違うわ、アルルーナ」
 リザーラが真剣な表情で言う。
「あなたは私の友人よ。あなたが生きていることが、私にとっては本当に価値のあることなのだから」
「はい。ありがとうございます、リザーラ。ですが、私は私自身の使命を果たしたいし、果たせないこの身を悔やむばかりです」
 いったい、どういう関係なのか。機械天使が明らかに目の前の女性に対して心を開いている。そんなことがありうるのか。いや、目の前に起きていることを否定しても仕方のないことだが。
「ここに来た理由はだいたい承知しています。ウィルザ、あなたは、歴史を変えた人間を探すために来られたのですね」
「何故それを」
「つい先日まで、私はずっとその人物に同行していましたから」
 まだ話が見えてこない。だが、彼女の言葉は驚くほど自分の心の中に入り込んでくる。
「彼はまだ少年の年齢ですが、大陸の平和を守るために活動している勇者です。あなたも彼も、目指すところは同じ。大陸の平和」
「その人物が、八〇七年の動乱を防いだのですか」
「──何を防いだのかは分かりませんが、未来が見えるあなたの言う通りなのでしょう」
 どうやらリザーラにも知っていることと知らないことがあるらしい。もちろん、どれだけ知っていたとしてもウィルザの全てを知っているはずはないのだが。
「今回の国王と王弟の内乱も、その少年が関わっていると?」
「ええ。歴史の真実を見るために西域へ向かいました。あなたと道が重なるかどうかは分かりませんが、目指すところが同じなら信用してあげていただければ幸いです」
「大陸の平和のために」
 噛み締めるように言う。リザーラもしっかりと頷いた。
「そうです。私たちの目指すところは同じ。ならば、あなたはここで、彼はあちらで、それぞれの成すべきことをすればいい。国王陛下のお命を守りたいのでしょう。ならば、あなたは王宮でそのようにされてください」
「分かりました」
 まだ全てが見えているわけではないが、今のところはこれで満足しておくべきか。とにかく今はこの内乱を防がなければならないのだ。
「この内乱をうまく乗り切ったときは、その少年に会いたいのですが」
「そうですね。私もそうした方がいいと思います。ですが、あなたと彼の道は、常に同じベクトルを向く平行線のようなもの。あなたが表の道を歩むなら、彼は裏の道を歩む。会えるかどうかは、神のみぞ知る、というところでしょう」
「名前は、何というのですか」
 尋ねると彼女は微笑んで言った。
「レオン、といいます」
「レオン」
 不思議と自分の耳になじむ名前だった。今までに何度も言われたことがあるような名前。
「早く会いたいものです」
「そうですね。私もあなたたちが会ったところを見たいものです」







準備は整った。
新王都、旧王都の両方で暗殺計画が開始される。
二人は大陸の平和を守ることができるのか。
そして、この事件の裏側に隠された真実とは。

「抵抗しても無駄だ。おとなしくしろ」

次回、第二十四話。

『暗殺』







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