八〇九年。一月。アサシナ王都。

 いよいよ問題の年が明けた。国王アサシネア六世と、王弟パラドック。二つの事件、二つの暗殺。
 これをクリアしなければ、この大陸の安定はない。
 ルウもサマンも、ウィルザがいつも以上に緊張しているのがよく分かっていた。近いうちに必ずパラドックの手先がやってくる。そして国王アサシネア六世からも既に暗殺者が派遣されている。
 パラドックを殺して、国王は守る。
 だが、これには一つの問題がある。
(歴史を正したという少年、レオン)
 彼の考えが見えない。大陸のためを思うのであれば、悪いのはパラドックであるのは分かりきっている。
 だとすれば、パラドックを暗殺するのは彼なのだろうか。いや、そうだとしたら既にそれが表面化されていなければおかしい。
(何を考えているか分からないけれど、今は六世を救うことだけを考えないとな)
 そして、アサシネア六世が暗殺されるのが、この政庁、謁見の間。
 それほど遠い未来の話になることはないだろう。そう考えたウィルザはルウ、サマン、リザーラの三人と共に常に政庁に詰めるようにしていた。
「大丈夫なのかな」
 ルウが小さな声で尋ねてくる。
「国王陛下かい? それはもちろん、必ず守ってみせるけど」
「それもそうだけど」
 ルウが困った顔で言う。
「その、地下に眠る、ザ神の力。そっちの方は大丈夫なのかな、って」
 ルウが何を言いたいかは分かる。このアサシナに眠る力は大陸を破壊させるだけのエネルギーを秘めている。それをどうするのか、ということだ。
「今のところは何とも言えないな。とはいえ、一度確認だけはしておいた方がいいかもしれないな」
「うん」
「この問題が片付いたら見せてもらった方がいいんだろうな。それに、うまくいけば『これ』で星の船の動力を止めることができるかもしれないし」
 星の船。アサシナ地下にあるというマ神のエネルギー吸収装置。それを止めることができれば、ひとまず大陸の危機は回避される。
 と、そのときだった。
 政庁の中にある松明の火が一瞬で全て消える。鈍く光る光石だけが部屋の中にぽつぽつと輝く。
「来たか」
 ウィルザたちは一斉にアサシネア六世の近くに集結した。
「どうやら、敵襲のようです。陛下」
「分かっておる。任せてよいのだな、ウィルザよ」
「ええ。侵入者は撃退します」
 そして、扉が開いた。
「アサシネア六世陛下。この政庁は既に我々の制圧下に置かれました。レムヌ妃、クノン王子もこちらに捕らえてあります」
 そこから入ってきたのは予想通り、褐色の肌をした女性であった。
 騎士団副長、ゼノビア。
「お選び下さい。ご自分か、それともクノン王子のお命か」
「卑怯だぞ、ゼノビア」
 ウィルザが叫ぶ。だが彼女はそんなウィルザを全く無視して続ける。
「国王陛下を苦しめるような真似はいたしません。どうか、潔く投降ください」
「勝手なことばかり言うな、ゼノビア」
 入ってくる十人以上のアサシナ騎士。意外に人数が多かった。暗殺というからもっと少人数を予期していたのだが、まさか多数で攻め込んでくるとは思わなかった。
 これはもう暗殺ではない。クーデターだ。
「抵抗しても無駄だ、おとなしくしろ」
「ゼノビアよ」
 だが国王は威厳をもって答える。
「汝、誰に向かってその口を開くか」
 威圧的なその口調に、ゼノビアも答を言うことができない。
「パラドックごときに溺れおって、このうつけが! パラドックの行いがこのアサシナを苦境たらしめることが分からんのか!」
「パラドック殿下はアサシナだけではなく、この大陸のことを考えておいでです。陛下、あなたがいらっしゃれば、この大陸の未来が損なわれる」
 そして騎士たちが動いた。
「捕らえろ!」
 一斉に騎士たちが剣を抜いて迫る。国王の近衛兵たちも動きだし、広い政庁は一気に乱戦となった。
「サマンたちは国王から離れるな! 騎士たちは近衛に任せるんだ。ぼくは──」
 敵将ゼノビア。彼女を倒せば、この場はなんとでもなる。
「頭をおさえる!」
 戦場を駆け抜けて、ゼノビアに迫る。
「貴様がガラマニアのウィルザか。話には聞いている。頭の切れもさることながら、ガラマニア王と互角の技量を持つと聞いた」
「悠長に話している暇はない!」
 ウィルザは剣を抜いてゼノビアに斬りつける。だがゼノビアは単発銃で牽制して距離を保とうとする。
「その程度の動きが見切れないと思ったのか!」
 だが、ゲ神の三つ目の力まで既に手に入れているウィルザには子供だましに等しい。軽く回避すると彼女の懐に入る。
「くらえ!」
 鬼鈷で彼女の武器を破壊する。目を見開いたゼノビアにタックルして、相手の腕を取って、極める。
「ぐうううううううっ!」
 彼女の悲鳴が漏れたが、かまわずにそのまま床に組み伏せる。
「そこまでだ! お前たちの頭は捕らえたぞ!」
 すると、アサシナ騎士たちは徐々に武器を下ろしていく。そうして戦意が全てなくなり、ひとまず何とか防ぎきったか、と思ったところだった。
「な、何を!」
 悲鳴は国王陛下。国王を守っていたはずの近衛の一人が、大きく剣を振り上げていた。
「サマン!」
 声を上げるが、そのサマンですら背後にいた近衛には気付かなかった。すぐに振り返って状況を悟り、投げナイフでその近衛の腕を狙った。
 だが、それよりも早く。
 近衛の剣は、間違いなく左肩からまっすぐ縦に──
「ち、ちが──」
 ──国王を切り裂いていた。







第二十四話

暗殺







 八〇九年。一月。西域、新王都。

 夜の帳が下りて、新王都が少しずつ静まり返っていく。
 新王都の夜は寂しい。別に外出禁止がされているわけでもないのだが、深夜のパトロール兵が多くて騒ぐ気になれないというのが理由なのかもしれない。
 店もほとんどが早々に閉まっていくし、外を歩く人は少ない。
 その中で、政庁だけが煌々と明かりが灯っている。
 遷都が終わったとはいえ、まだ行政が正しく機能しているわけではない。だからこそパラドックの果たさなければならない役割というのは大きい。
「ふう」
 執務室で山のように積まれた書類を見ながら彼はため息をつく。別に仕事をしていたわけではない。それよりも自分の考えがうまく運んでいるかどうか、そればかりが気にかかっている。
 今はただ、待つことしかできない。
 パラドックは深夜まで自分の執務室で働いている。たいしたことのないその噂を流し、暗殺者たちを執務室に呼び込む。
 いつ来るのかは分からない。だが、今月中に来るものとは思っている。
 周りには誰もいない。一人だけ。暗殺者が入って来やすいように、自分の指示で一切の護衛を引き払わせた。
 立ち上がり、窓の外を見る。
 今日は来るのか、それとも。
 しばらく目を閉じてから、政庁の中がやけに暗いことに気付く。無論、暗い方が侵入はしやすい。ということは、既に侵入者は中にいるということだろうか。
 なら、ここで待っていれば時期に来る。その前に捕まったとしたら、それはよほど派遣された暗殺者は出来が悪い。
 だが、そうはならないだろう。
 彼は再び椅子に座り、暗殺者が来るのを待った。
 そして、扉が開く。
「パラドック、覚悟!」
 聞き覚えのある声。そして、一人の騎士が飛び掛ってくる。
「悪いが、俺はパラドックじゃない」
 しかし彼は、冷静な声でそう答えた。
「なに?」
 その騎士の動きが止まる。そして、光石に照らされたその顔がくっきりと浮かび上がった。
 騎士、ミケーネ・バッハ。
「久しぶりだな、ミケーネ」
「お、お前、レオン!」
 そして相手の顔を確認してからミケーネは再び武器を構えた。
「パラドックについたのか。だとすれば、レオン、お前も私の敵となるのか」
「敵?……まあ、お前が戦うのならそうなるだろうが、俺の方には戦う意思はない。武器を構えていない相手を斬り殺すのは騎士の誉れなのか?」
「くっ……」
 レオンは相手の弱いところを着く。ミケーネはどこまでも騎士だ。騎士としての行いにあるまじき行為を率先して行うことはできない。
「どういうことだ、レオン。お前、パラドックの味方をするつもりか」
「まあ、そういうことかな。だが、お前の敵になるつもりもない、ミケーネ」
「どういう意味だ。陛下に弓引くとあらば、お前も私の敵──」
「そうじゃない。俺とお前は敵同士ではない。お前には本当の敵が見えていない。そして、アサシネア六世とパラドックも敵同士ではない。俺たち全員にとって共通の敵がきちんといる」
「な、に?」
 ミケーネは完全に混乱しているのか、顔中に動揺が現れている。
「どのみちここにパラドックはいない。話す時間ならいくらでもある。だが、お前の部下が何人入り込んでいるのかが分からない。何も敵でもないのに殺しあう必要もないだろう。この政庁は今、完全に俺の支配化にある。パラドックの部下たちには何もさせない。だからお前も兵に武器を収めるよう指示してくれないか。むやみに人が傷つくのは、お互いによしとするところではないだろう」
「む……」
 ミケーネはしばし考えた。だが、近くの窓を開けると甲高い音で指笛を鳴らした。
「撤退の合図だ。これで、部下は引き上げるはずだ」
「なるほど。では俺も部下を引き下げよう」
 執務室の奥にある扉を開ける。そこにパラドックの側近がいた。『敵が引き上げるが、予定通り追撃は不要』と伝達させる。
「この数ヶ月の間に、お前とパラドックの間に何があったんだ?」
 その様子を見ていたミケーネが不審そうに見てくる。
「パラドックの本心を突き止め、この大陸の未来のために多少なりとも協力してやろうっていう気になっただけだ。所詮、俺は歴史の『裏側』しか見られないからな」
「どういうことだ。お前はいったい、何を分かっている」
「分かっていることは多くない。だが、お前よりは客観的に物事が見られているのかもな。出てこい、ケイン。窓の外にいるのは分かっている」
 すると、窓の外の暗闇がいっそうよどみ、そこから黒いローブの男が音もなく入ってくる。
「……またお前か、イレギュラー」
 フードの奥で緑の目が光る。だがレオンはそれに威圧されることもなくに睨み返す。
「ミケーネ。その男が俺たちの共通の敵だ。そいつはアサシネア六世とパラドックを仲違いさせ、このグラン大陸を混乱に陥れようとしている。いわば、黒幕だ」
「なに!」
 思わずミケーネが剣を構える。だがケインは喉の奥で笑う。
「この私が黒幕とは、重く見られたものだ」
「まあ、お前一人とは思っていないがな。現状でお前の背後に何者がいるかは知らない。だが、お前が黒幕の指示で動いているのは間違いない。そしてお前はパラドックに対して国王アサシネア六世の暗殺を、国王には王弟パラドックの暗殺を吹き込んだ。お互いが暗殺しあうことで、このアサシナを、ひいては大陸を混乱に陥れるために」
「ほぼ正解、と言っておこう」
「な、そ、それでは、我々の戦いは」
「踊らされていたということだ。その男に」
「だが、貴様が全てを察知して事を未然に防いだということか、イレギュラーよ」
 声に若干の感情が混じる。それは自分の思い通りにならなかったことへの腹立ちか。
「どうするつもりだ? お前は八一六年までは戦えないといったが、ここで決着をつけるのなら俺はかまわないが」
「遠慮しておこう。というより、私の力はまだ不完全だ。八一六年まではゆっくりさせてもらうとするよ。それより、一つ聞いておきたいのだが……」
 ケインは有無を言わせぬ調子で尋ねた。
「パラドックはどこだ?」
「さあな。ただ、この一ヶ月、西域からいなくなったのは確かだ。どこに行ったかは俺も知らん。俺がパラドックの囮となるようにして、パラドックはずっと執務室にいると噂を流した。うまく引っかかってくれて助かった」
「まさか貴様、国王も王弟も救うつもりか」
「そうなるかどうかは二人次第だろう。俺はこの大陸が平和でいられる最善の方法を探しただけだ」
「なるほど。ならば王弟はアサシナか」
「さあ。好きにしろとは言ったが、何をしているのかは知らん」
 レオンが言うとケインはまた喉の奥で笑った。
「この私が策で負けるとは……歴史の裏側を守るイレギュラーの存在がこれほどとは思わなかった」
「ゼノビアには国王を捕らえるように命令してある。国王を捕らえて王弟と話し合えば、別の未来も見えてくるだろうよ」
「ですが、そううまく行くと思いますか?」
 それでもケインはまだ自分の優位性を疑わない様子で言った。
「国王の周りにいる近衛たちの一人に暗示をかけて置きました。もし国王が生き残ってしまった場合、国王を暗殺せよと。無論暗殺者が国王を生かしておいた場合も同様です。あなたがどのような策を用いたかは分かりませんが、今ごろアサシナでは私の思い通りに事が終わっているはずです」
「な──」
 ミケーネの体がよろめく。だが、レオンは何とも動じていない。
「それがどうかしたのか?」
「なに?」
「アサシネア六世がもし死んだとしても、アサシナにはパラドックが既にいるだろうし、レムヌ妃はクノン王子もいるのだろう。国はいくらでも続けていくことができる。それに、貴様の思い通りにはならんだろう。何故ならば」
 レオンは、まだ見たことも、存在を意識したこともない相手のことを思って苦笑する。
「そこには、歴史の『表側』を守る男がいるはずだからな」







国王に振り下ろされた刃。
そして、姿を消した王弟。
全てはアサシナの地下、マ神のエネルギーの集積地で解明される。
ウィルザはそこで、歴史の真実を見る。

「兄上。あなたの凶行は、私が止める」

次回、第二十五話。

『兄弟』







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