不老長寿。
 アサシネア六世は確かにそう言った。人間にとって赦されない、神の摂理に逆らうという所業。このアサシナ地下に眠るエネルギーを使って、途方もない夢を見ている。
「正気か、兄上」
「お前だって分かっているだろう。私の寿命が残り少ないということを」
 アサシネア六世が病気であるのは内外ともに知れ渡っている事実だ。だが、大陸の混乱を引き起こさないためには六世は必要な人材だった。
 だが、こうなってしまっては。
(引き返すことができないなら、倒すしかない)
 まさに名君といえる人材。アサシネア六世ほどこの大陸を統べるのに相応しい人物はいなかっただろう。ただ一つ、その体が病気で蝕まれていなければ。
「もう、話すことはないようですね、兄上」
 パラドックの表情が変わる。
 ここで六世を止めなければ、エネルギーは暴走するだけだ。そうすればこの大陸は崩壊する。
「やるぞ、ミジュア、バーキュレア! それに──」
 パラドックがウィルザたちの方を向く。
「ゼノビア! 国王を止めるのだ!」
「はっ!」
 ゼノビアが動く。無論、ウィルザとてこの状況で黙って手をこまねいているわけではない。
「サマン、ルウ、リザーラ! 僕たちも六世を止めるんだ!」
 六世の周りには多数の機械天使たち。ゼノビアとバーキュレアが突進してその機械天使たちを次々に倒していく。そして、
「天使の裁き!」
 ミジュアの極大魔法が放たれる。その魔法の光の渦に飲み込まれた機械たちが、次々と活動を停止していく。
「これが大神官の力」
 サンザカルの事件以来、どうしても捕われているイメージしかない大神官だったが、こと戦闘となるとその魔法力がいかんなく発揮される。力もなく大神官になったわけではない。
「パラドック様!」
 その間隙をついてパラドックが兄王のもとへ近づく。
「兄上!」
 手に持っていた小剣で斬りかかる。だがそこは兄王も戦場で勇名を響かせた人物。懐から長剣を抜くとその剣を合わせる。
「お前に余を倒せると思っているのか、パラドックよ」
「倒さねばならないのです、兄上。あなたの愛したアサシナを守るためにも!」
 素早く剣が切り結ばれる。五合打ち合って、少し間があいた。
「クーロンゼロ!」
 凍てつく魔法がパラドックから六世に向かって放たれる。だがそれを六世は耐え凌ぐ。
「さすがに余の弟だな」
 六世は長剣をだらりと下げると、自ら魔法を唱える。
「だが、この魔法を受けても無事でいられるか?」
 六世の左手から『闇』が迸る。
「破滅の宴!」
 その衝撃波を受けたパラドックは大きく後ろに吹き飛ばされ、背中から大地に落ちた。
「い、今のはいったい」
 リザーラが目を疑っている。
「どうした、リザーラ」
「あれは、あの魔法は──ザの魔法ではありません。ましてや」
「ゲの魔法でもない」
 リザーラに続けて言ったのは当のアサシネア六世本人だった。
「陛下! あなたはいったい」
「分からぬか。このアサシナ地下に眠るエネルギーの正体を。高位の神官ならば聞いたこともあろう。『マ』の神の存在を!」
 どこか酔ったような声で六世が叫ぶ。
(マ神。今のがあのマ神の魔法だと?)
 ニクラで話した相手。この大陸の破滅を考えている存在。
「正気か。もしマ神の力を解放したらこの大陸は滅びてしまうのに」
 ウィルザが呻く。だがもはや狂気に取り付かれている六世にその言葉が届くはずもない。
「その力を制御してみせる。そして、この地上を永遠に支配してみせる」
「その力は制御なんかできない! ぼくはそれをマ神から直接聞いているんだ!」
「黙れ!」
 再び六世から『破滅の宴』が放たれる。一度見てしまえば見切ることは可能だ。それだけウィルザの力はゲ神の三つの力によって高まっている。ただ、何度も連発されてはウィルザが接近するだけの隙がない。
「私が全てを手にするのがそれほど憎いか! うらやむか!」
「違う! マ神はただこの世界を滅ぼすことしか考えていないんだ。六世、あなたは操られているにすぎない!」
「しつこい!」
 いつの間にか近づいていた六世の剣がウィルザのすぐ近くを通り過ぎた。回避した直後、放たれた衝撃波がウィルザを吹き飛ばした。
「ウィルザ!」
 ルウが叫び、その傍らに駆け寄る。その瞬間、剣を振り上げていた六世の動きが止まる。
「貴様──」
 だがすぐにその目に狂気が宿る。そして、彼女に向かって六世の剣が振り上げられる──
「そこまでです、兄上」
 その、アサシネア六世の体はそこで動きが止まった。
 彼の胸から、小剣の先がのぞいていた。
「……ぱら、どっく」
 背後から六世を刺したパラドックが震える手を剣から離す。
 確実に心臓を貫いていた剣が、六世の胸と背中から生えていた。
「兄上……あなたが、そんなことをしてはいけません」
 ゆっくりと、六世が背後を振り向く。
 パラドックの目に、六世の口から血が一筋流れているのが見えた。
「パラドック」
 六世は最後の力を振り絞ったのか、その弟に向かって笑いかけた。
 そして、
「どこまでも、余の邪魔をする!」
 凶悪そのものの顔となって、その剣を鋭く振り下ろした。
 血飛沫が舞い、二つに分かれたパラドックの体が大地に落ちる。
「この……愚か者めが」
 そこで力尽きたのか。
 大地に落ちたパラドックの体の上に、六世もまた倒れた。
「ぱ、パラドック様」
 ゼノビアががくりと崩れ落ちる。
「こんな、こんなことがあっていいのか」
 ミジュアも頭を振ってその光景を振り払おうとする。だが、現実を変えられるはずもなく、二つの死体と二つの死が沈黙でそれに応えた。
『ウィルザ』
 世界記が、彼に語りかける。

アサシネア六世
王都地下にてパラドックと刺し違えて死亡。



パラドック
王都地下にてアサシネア六世と刺し違えて死亡。



809年 グラン滅亡
アサシネア六世、パラドックの死亡により大陸全土に戦乱が広がり、グラン大陸は滅亡する。









第二十六話

神々







(どういうことだ、世界記)
『どうもこうもない。アサシナを統べる者がなければこの大陸そのものが滅びる。方法は一つ。このエネルギーの流れを正常のものに戻す』
(どうすればいい)
『ここからさらに地下にエネルギーの制御装置がある。そこで鬼鈷を使うのだ』
(分かった)
 そして素早くメンバーを確認する。
「サマン、ルウ、リザーラ。ぼくらはすぐに地下に向かう。そこでこのアサシナに蓄えられたエネルギーを制御する。ゼノビア、ミジュア。ここは任せる」
 エネルギー制御をしてしまえば全ての問題は解決する。マ神の入り込む余地はなくなる。
(確かに国王も王弟も亡くなった。でもこれは、チャンスだ)
 人が亡くなることを肯定するつもりはない。だが、アサシナのエネルギーを制御するチャンスはこの時をおいて他にないだろう。
 三人を従えたウィルザはまっすぐに制御装置を目指す。
 エネルギーの解放が始まろうとしているのか、微かに遺跡自体が揺れているような気がする。
(急がないと)
 ウィルザは下へ下へと駆け下りる。
 そして到着した最終制御室は、機械によって作られた『星の船』だった。
「ここが制御室か」
 ウィルザが中を一瞥して、鬼鈷の使う位置を探す。
「ウィルザ、こっち!」
 サマンが発見したその場所に、鬼鈷を挿す場所が二つあった。
(二つあるぞ)
『この船はグラン世界のすべての天使にエネルギーを送り続けてきた。左はそのエネルギーを完全に停止させる。この世界の天使はすべて動かなくなる。右はエネルギーの流れを通常に戻す。つまり、今までと同じ世界のままということだ。これまでと同様に世界の混乱は続くだろう』
(もし左に挿したとしたら、何が変わる?)
『ザ神はなくなり、ゲ神だけがこの世界に残る。ゲ神の加護を受けなければ人は生きられなくなるだろう。ザ神の加護がない世界では人は生きるのが精一杯だ。今までのような生活をすることはできなくなる』
 豊かさのない平和を取るか、豊かさのある混乱を取るか。
『一度挿せば二度とこの星船を軌道させることはできない。選択は一度きりだ』
 難しい選択だ。
(よく考えてみるんだ)
 自分は何のために戦っているのか。
 この世界のためというのは間違いない。そして、この『世界のため』というのは、この世界で何が起こったとしても、その責任はこの世界の人間が取るということだ。
 自分が責任を放棄するのではない。もともと自分はこの世界の人間ではない。
 責任を持つのは、この世界の人間であるべきだ。
「右だ」
 ウィルザはもう迷わなかった。
 たとえ何度同じ選択肢を取ることになったとしても、自分は絶対にこの選択を間違えることはない。
『世界の混乱はさらに続くのだぞ?』
「ああ。この大陸はもう、神に支配されるべきじゃない。自分たちで考え、自分たちで道を切り開いていくんだ」
 そして、鬼鈷を挿す。微かな震えはそれによって鎮まった。
「終わったの?」
 サマンが尋ねてくる。
「ああ。これで二度と、ここのエネルギーが暴走することはないよ」
 二十年の時間の中で終わらせなければならなかった仕事は終わった。
 だが、たとえここのエネルギーを封印したとしても、一つだけ問題が残っている。
(マ神とは決着をつけないといけない)
 マ神を消滅させる。そのためにはまず、この世界に入り込んでいるマ神の部下を倒すこと。そこから始めることだ。
 そしてマ神そのものを倒す。ただ、マ神を倒すとしてもただやみくもに戦っても仕方がない。マ神の存在をもっと研究し、二度と復活ができない状態にしなければならない。
(残りの十五年はそのために使わないといけないな)
 まだまだ時間はある。そしてその中で、自分は最愛の女性と一緒にいることもできる。
「ルウ」
 その彼女の名前を呼ぶと、彼女は何故か、さらに体を震わせていた。
「どうした、ルウ?」
「何か、やな感じがする」
 体の震えはおさまる気配をみせない。ウィルザがその肩を抱くと震動が伝わってくる。
「すごい悪いことが起こりそうな……いったい、何が起ころうとしているの? すべて終わったはずなのに、どうして」
「大丈夫。少なくともここのエネルギーが暴走して、大陸が崩壊することはもうない」
 世界記の内容を確認する。八〇九年の項目も八二五年の項目も、確かにグラン大陸崩壊の項目はなくなっている。
(何かが起ころうとしている? 世界記、その予兆はあるかい?)
『ない。少なくとも私の記録の中には何も』
 だとするとルウの思い過ごしだろうか。
 それとも──まだ何か、隠されている事実があるのか。
 ウィルザにそれを判断する能力はなかった。






 それから三週間後。
 アサシナの新国王にクノンが就き、皇太后としてレムヌがその補佐にあたることになった。
 カイザーもエルダスもいなくなり、現在のアサシナは文官の数を減らしている。武官についてはミケーネもゼノビアも無事なのだから、国が傾くようなことはないだろう。
 ウィルザは後はもう大丈夫だと判断し、ルウと共にガラマニアに戻った。
 ミジュアが厳かに即位を宣言する。リザーラもその補佐にあたっている。サマンはしばらくリザーラと行動を共にすることにし、一旦ウィルザと別れることとなった。
 式典が終わればクノンもレムヌも、そしてここにいる全ての人間が新王都へ移動することになる。それをもって遷都は完全に終了する。
 その式典に参加しなかった傭兵のバーキュレアは酒場で人を待っていた。
 全てが終わったらここの酒場で合流すると決めていた。だからここ三週間は毎日ここで時間をつぶしている。
 自分よりも年下の男を待つというのは面白い経験だった。今まで自分は誰かを待ったことなどない。常に自分から戦乱を探し、前に進んでいた。
(立ち止まるっていうのがこんなにももどかしいものだとはね)
 今までの自分なら、ガラマニアかマナミガルにでもいって仕事を探しているところだろう。
(惚れたっていうわけじゃないんだろうけど、気にはなっているんだろうね)
 面白い存在であるのは間違いない。一緒にいるだけでこの世界の『真実』に近いところにいられるような気がする。
 世界の平和など自分にとってはどうでもいいことだ。自分はただ毎日が面白ければいい。彼についていくのはきっと面白いだろう。
「待たせたな」
 再会は前触れもなく訪れる。
「ああ。事件が解決してもう一ヶ月近くになるよ」
 愚痴くらい言ってもかまわないだろう。何しろこの酒場で待っていろと命令した張本人だ。
「すまなかったな。出発が案外遅れた。だが新王都の問題はすべて片付けてきた」
「そいつはよかった。こっちも何とか収まったみたいだね。ま、国王も王弟も死んじゃったけどさ」
「残念だな。パラドックの運営する国というものも見てみたかった」
「レオン。あんた、この結末をもしかして、分かってたんじゃないのかい?」
 少年は席についてソフトドリンクを注文する。年若い少年らしく、アルコールは得意というわけではないようだ。
「俺は神じゃない」
「どういう意味だい?」
「何でも全てを知っているわけではない、ということだ。パラドックが新王都で暗殺されるのが分かったから、新王都から旧王都へと向かわせた。それで暗殺は防いだ。だがアサシネア六世と刺し違えたのだとしたら、それは俺の未来と大差ない」
 別に悔しがっている様子はない。ただ冷静に事実だけを話している。
「それに、まだあの映像がちらつくしな」
「あの映像?」
「ああ。崩壊の映像。この大陸があとかたもなく消滅する映像だ。まあ、まだ十年以上も先の話だが」
 最初に見たのが二年前。それからレオンは何度もその映像が頭の中に流れていた。
「今回の件では、世界を救うのは完全に成功したというわけではないようだ」
「でも、ウィルザは地下のエネルギーが暴走することはないって言ってたよ」
「ウィルザ──そいつか」
 聞き覚えのない名前に確認の質問をぶつける。
「ああ。アンタの言う『歴史の表を守る』奴だね。残念だけど、もうガラマニアに戻って行ったよ」
「ほう。その男、どんな奴だった」
「一言でいえば優男」
「それから?」
「何か『憑いて』るね。一人で行動しているんじゃなくて、そいつに指示を出してる奴がいる」
「俺にとってのザ神と同じようにか?」
「いや、そうじゃないと思う。何か困ったことがあると、その場で次にどうするのかを確認しているようだった。いつでも交信が可能なんだろうね、あれは」
 あらかじめバーキュレアには『表』を守る人物について、もし会うようなことがあればその人物をしっかり見ておくように頼んであった。
「そいつはもうここは安全だと思ったのか?」
「そうみたいだね。随分自信があるみたいだったよ」
「なるほど。『表』と『裏』では見えるものが違うようだな」
 冷静にレオンは分析する。
 自分には見える。この都市にはまだ瘴気が渦巻いている。ここでまだ何かが起こる。それが分かる。
 だが、歴史の『表』を見るウィルザにはまた別の考えがあるのだろう。この大陸を守るための方法が、自分と彼では明らかに違う。
(道が重なることはないようだな)
 ならば『表』はすべて任せてしまえばいい。自分は『裏』を守るだけだ。
(しばらくこの都市に残っていた方がいいかもしれないな)
 遷都が終わればこの都市は完全にがら空きとなる。それを狙って何者かが入り込んでくる可能性は高い。
(ケインか。要するにあいつをどうにか止めなければならないということだな)
 そのための情報収集が必要だ。だがザ神やアルルーナではその情報は入ってこないだろう。
(どこかでまた混乱が起こらない限り、ケインと出会うこともないだろう)
 その混乱がどこで生じるのか。それまでは基本的に『待ち』ということになる。
(いつになれば俺の記憶は戻るんだろうな)
 やれやれ、とレオンはため息をついた。







グラン大陸に平和が戻る。
戦士たちに束の間の休息の時が訪れる。
愛しき者のため、そして自分のために。
少しの安らぎを、彼らに捧げよう。

「こうしてゆっくりと話すのも、あまりなかったよな」

次回、第二十七話。

『重ねた時間』







もどる