二人は二ヶ月の時間をかけてマナミガルまでやってきた。
 レオンの基本方針は『記憶を取り戻すために、ザ神の導きのままに、大陸の混乱を鎮める』ことにつきる。とはいえ、記憶喪失になってから随分経っているので、そうした気力もあまり強いわけではないのだが、それでも他にやることがないので以前のまま行っているというのが実情だ。
 今回レオンが見た映像は、アサシナ王国が滅び、ガランドアサシナという別の国ができることだ。だが、そのガランドアサシナを作るはずのカイザーは殺した。それでも全ての問題を解決したわけではない。カイザーを裏で操っていた人物は別にいる。
 マナミガル女王エリュース。彼女がこれから大陸の歴史にどのように関わってくるのか。
(マナミガルについてはまだ何も視えないんだがな)
 ガランドアサシナの建国を防いだだけで終わるなら問題はない。これから先の歴史をどうするのかは自分次第だということがいえる。
 バーキュレアは何も言わずについてきてくれる。彼女がどれくらい自分を信頼してくれているのかは分からないが、せめて最低限の期待には応えたいところだ。
「マナミガルは女王が治める国、そして女王の宮殿はすべて女性で占められている」
 バーキュレアから簡単な説明を受ける。マナミガルという国の特殊性は前から知っていたが、聞けば聞くほど不思議な国だ。
「戦士も女ばかりなんだな」
「ああ。やっぱり力では男には負けるけどね。でも兵士たちは全員がザ神の魔法を使える。力が足りない分は技術と速さでカバーするってところさ」
「お前なら充分、男より強いだろう」
「アタシは特別だからね」
 軽口を叩くが、それをあっさりと言い返してくる。さすがに口ではかなわない。
「どうする、宮殿に行くかい?」
 マナミガルまで来たはいいものの、エリュース女王をどうするかについてはまだ決めていたわけではない。どうしたものか。
「マナミガルがアサシナをどうしようとしているのか、詳しいところを知りたいが」
「だったら先にあいつに会った方が早いか」
 バーキュレアが呟いて先に立つ。
「ついてきな。騎士団長のところに案内するよ」
「頼む」
 バーキュレアがマナミガルの騎士団長カーリアと仲がいいというのはこの間聞いたばかりだ。彼女は意外に人脈があるということを思い知らされた。
「もともとマナミガルを中心に活動していたからね」
「内情にも詳しいのか?」
「まさか。一傭兵にそんなことを知る権限はないさ」
 自嘲するように言う。というより、マナミガルから五年も離れているので現状が分かるはずがない。
「相手がお前のことを忘れていないだろうな」
「リアがそんなことするはずないさ。ほら、あの家だよ」
 幾分質素な家が見えてくる。騎士団長なのだからもっと大きくて豪華な家なのかと思ったが、これでは民間の家となんら変わりない。
 そんな一軒家に、何の断りもなくバーキュレアが上がりこむ。まさかとは思ったが、呼び鈴すら押さないとは。
「留守だね」
 バーキュレアが居間にどっかりと座り込んで言う。その様子はまるでこの家の主であるかのようだ。
「まあ座りなよ。カーリアが帰ってくるまでは何もできないんだしさ」
「お前のその態度の大きさに驚く」
 レオンはバーキュレアの向かいに座る。
「いつ帰ってくるか、想像はつくのか?」
「さあ。この国にいるかいないかすら分からないんだからね。まあ、今晩帰ってこなかったら明日ちょっとあちこち動いてみるさ。今日はここでゆっくりとしようか」
 すっかりバーキュレアのペースだ。まあ、今までずっと自分のペースだったので、たまにはこういうのも新鮮でいい。
「なら少し寝かせてもらう。夕方には起きる」
「了解。アタシもそうするよ。カーリアと話すことができればいろいろ分かるだろうし、まずは旅の疲れを取ることにしようか」
 そうして二人はその場で目を閉じた。






 翌日。結局帰ってこなかったカーリアの家を二人は出る。やはり今は対アサシナの問題でいろいろと忙しいのかもしれない。
 手をこまねいていても仕方がないので、まずはカーリアと連絡を取る方法を考えないといけない。そのためには相手がどこにいるのかを知る必要がある。
 そうして二人はまず酒場へとやってきた。いろいろと情報の集まる場所でなら、何か手がかりが見つかるかもしれない。
「バーキュレアさん!?」
 だが、その酒場に入った途端、バーキュレアの方が呼び止められた。マナミガルを中心に活動していたと言っていただけに、こうして呼び止められることもあるのだろうか。
「ああ、あんたか。久しぶりだね」
 バーキュレアが応えた相手を見る。

 瞬間、体が震えた。

 赤い髪。小柄な体。
「あら、こちらはバーキュレアさんの旦那さん?」
「冗談。アタシの依頼人さ」
 バーキュレアと話しているその女性は、興味深そうに自分を見つめてくる。
「そうですか。はじめまして」
 女性は深く頭を下げてから作り笑顔で挨拶をしてきた。
「サマンっていいます。バーキュレアさんには去年、ちょっとお世話になって」
 去年──というと、自分と彼女が別行動をとって、彼女がアサシナにいたときということか。
「はじめまして、レオンといいます。バーキュレアとはアサシナで?」
 自分の心臓が高鳴る。
 何故だろう。いや、自分にはよく分かっている。分かっているはず。

 失われた記憶が、彼女を覚えている。

「そうなんです。いろいろあって──」
「あまり気にしなくてもいいよ、サマン。アタシがパラドックに同行してたのも、こいつの指示だったからだし、事情は全部分かってるよ」
「え、あ、そうなんですか?」
 サマンがきょとんとした目で見てくる。
「へえ。バーキュレアさんって、パラドックが依頼主かと思ってましたけど、違ったんですね」
「違ったのさ。あのときはこいつがパラドックに協力するって決めたから、アタシもそれに倣っただけだからね」
「結局、あの事件の黒幕は言ってしまえばアサシネア六世でしたからね」
 サマンが残念そうな表情を見せる。
「あなたはそのとき何を?」
「私?」
 サマンは少し思い返すようにして答える。
「別の人に協力してました。まあ、今は一人ですけど」







第二十八話

揺れる面影







 それから三人は同じテーブルで食事をし、お互いの話を始めた。
「ウィルザという男は、大陸を守るために動いているのだな」
 サマンがこれまで旅をしてきた経緯を聞くと、正直脱帽する。どうしてそこまでウィルザという人物は大陸の平和のために動けるのか。自分も大陸の平和を守るために動いているが、自分の場合は記憶を取り戻すついでのようなものだ。
「あなただって、記憶をなくしているのに大陸のために動くなんて」
「俺は別に大陸のためなんていうことを考えたことは一度もない。ただ記憶を取り戻したかった、それが大陸を平和にすることで得られるのなら仕方がないと思っているだけだ」
「へえ」
 バーキュレアがにやにやと笑う。
「何だ?」
「いや、いつになく饒舌じゃないか。自分のことなんか全く説明することなんてないくせに」
「お前が聞かないからな」
「聞けば答えてくれるのかい?」
「その場の状況による」
 バーキュレア相手にはいつもの自分に戻れる。だが、このサマンという女性だけはどうにも苦手だ。
「仲がいいんですね」
「俺にとってはかけがえのない相手だ」
 素で答える。それを聞いたバーキュレアが苦笑している。
「恥ずかしい台詞だね」
「本心を隠す必要はないだろう」
 サマンは二人の顔を交互に見比べてから尋ねる。
「ただの依頼人と傭兵、っていうわけじゃないんですね」
「そうだね。アタシはこいつに雇われているけど、こいつが面白いからついていってるっていうのもあるからね」
 バーキュレアが話を振ってくる。
「そうだな。記憶をなくした俺には誰か助けが必要だった。バーキュレアは俺の行動を全部容認してくれるし、能力的にも安心して背中を預けられる。これほど助かる相手はいない」
 何故かこのサマンという女性を前にすると、普段口にしないことがすらすらと出てくる。
「本当に別人を見ているみたいだね」
 バーキュレアが笑う。レオンは肩をすくめた。自分でもそう思う。
「で、二人はマナミガルの調査をしているわけですね」
 話をまとめたサマンが少し考える素振りを見せる。
「カーリアさんは詰所にいると思いますけど、よければ見てきましょうか? 私、宮殿には顔がききますから」
 サマンが言うと二人は視線をかわす。
「もし可能なら助かる。カーリアに、自宅で待っていると伝えてくれるだけでいい」
「分かりました。伝言、承ります」
「助かるよ、サマン」
 バーキュレアが懐から貨幣を取り出す。
「これは前渡し」
「え、いいですよ、別に」
「アンタらしくないね。もらえるものはもらっておくのが盗賊の流儀だろ?」
 サマンは少し考えてから貨幣を懐におさめる。
「じゃ、遠慮なく」
「そうそう。アンタはその方がいいさ」
「それじゃあ早いうちに行ってきます。お二人はカーリアさんの家で待っていてくださいね」
 サマンが笑顔を残して酒場を出ていく。それを見送ったレオンにバーキュレアが尋ねた。
「惚れたのかい?」
 単刀直入だった。だが、彼は首を振って否定する。
「そうじゃない」
「じゃあなんだい? アンタの様子、いつもと全然違うよ?」
「ああ、分かってる」
 しかめっ面で彼が答えた。
「どこかで、見た覚えが」
 それだけでバーキュレアには言いたいことが伝わったようだった。
「まさか、なくした記憶に?」
「関係しているのかもしれない。だが、それにしては相手が自分のことを全く知らないというのもおかしな話だな」
 だから彼はいろいろと話をしてみたのだ。相手が自分の過去のことを何か言い出さないか、そして自分が何かを思い出さないかと。
「何か思い出したかい?」
「全く。だが、おかしなものだな」
 彼には珍しく苦笑がこぼれる。
「あの姿に見覚えがあるように、あの声は間違いなく聞き覚えがある」
「ってことは」
「どこかで会っているんだろう。それも、随分聞きなれた声のような感じがする」
「でもそれじゃおかしいだろ。相手はアンタのことを全く知らない」
「ああ。だから何も尋ねなかった」
 もし相手が自分を知っている素振りを少しでも見せれば、自分の正体を聞き出そうとしただろう。だが、先ほどの女性は完全に自分のことなど知らない様子だ。
「思わぬマナミガル行になったな」
「こっちの台詞だよ。まさかアンタの過去に関係する相手が、ウィルザのところにいるとは思わなかったからね」
 それを聞いてレオンは顔をしかめた。
「そうか。失敗したな」
「何がだい?」
「ザ神は大陸の平和を守ることを続けていけば、いつか記憶が戻るというようなことを言っていた」
「そうだったね」
「だったら話は早い。ウィルザという男に会えば記憶が取り戻せるのかもしれない」
 その考えを聞いた直後、バーキュレアの目が細くなる。
「平和を守る。その行動にはウィルザが関係してくる。俺が行動していればいつかウィルザと巡りあうことになる。ウィルザに会うことが俺の記憶を取り戻す鍵となる。ザ神はそう言いたかったのかもしれない」
「ガラマニアに行くのかい?」
 少し考えてから、レオンは首を振った。
「いや、今はマナミガルの問題を解決しよう。時間はいくらでもある」
 レオンはそう言って今はガラマニアに行くことを否定した。
「だが、この問題が解決したらすぐにでもガラマニアに向かう。大陸の平和を守るにはその男に会っておいた方が都合がいいだろうし、お互いに話すことはいろいろとありそうだしな」







ついに、記憶の欠片が彼の目の前に現れる。
だが、その記憶を取り戻すにはまだ幾つもの困難が彼を待ち構えている。
一つの出会いが彼にもたらしたもの。
八一〇年。彼の運命は大きな転換点を迎える。

「約束を守れなくてすまないね」

次回、第二十九話。

『果つる運命』







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