ニクラへ。ウィルザはミヅチへと変化し、オクヤラムを乗せて飛ぶ。
 ずっと探していた少女がそこにいる。もう半年は経っただろうか。これほど会わなかったことは過去になかった。彼女はいつも一緒にいて、自分に微笑みかけていた。
 ようやく、会える。
「随分嬉しそうだな」
 自分の上にいるオクヤラムの声がする。
「まあね。正直ぼく自身、こんなにルウの存在が大きいなんて思っていなかったんだ」
「あれほど仲が良かったというのにか」
「ぼくはこの大陸を救うのが役目で、本当はルウと結ばれることなんてできないんだ」
「世界記との関係を考えれば、お前の言いたいことは理解している」
 オクヤラムはそう言ってから「だが」と続ける。
「お前も少しは自分のために生きてもいいのではないかと思うのだがな。このままではお前は世界の奴隷だろう」
「そういう存在みたいだからね、ぼくは。どうしてそうなのかは分からないけど、それが悪いことだとは思っていない。、世界を救うという使命とルウの命とを天秤にかけられたときに、どちらを選択することになるかが分からないんだ」
「愛する者を選択するのは当然だろう」
「でもぼくには本来それが許されていないんだよ」
 それはよく分かっている。自分が過去に何をしたかは覚えていないが、これは自分の罪の清算。だから自分を優先するということは本来許されない。
「お前はそれでもいいのか?」
「よくはないけど、世界を守ることを優先しなきゃいけないとは思うよ。もんだいは本当にぼくがそれを選択できるかどうかなんだ」
 ルウと別れる前、あのガラマニアで、彼女は確かに言った。
『世界よりも、私を優先して』
 ルウはあの言葉をどんな気持ちで言ったのだろう。そして、あのとき自分はまだそれにはっきりと答えることができなかった。いや、今でもできない。
 だが、以前のように全く考えていないわけではない。正面から考えて、考え抜いた結果、一つ分かったことがある。
 世界と同じくらいに、ルウが大切だということ。
 だから選ぶことは難しい。いざというときに自分がどちらを選ぶのかは全く予想ができない。
「思うままに」
 オクヤラムが言う。
「お前が思うままにするのが、最もいい方向につながると思う」
「そうかな」
「ああ。お前は選択を決して間違えまい」
 そう言われると少し自信がつく。
「じゃあ、早くニクラへ行こう」
 そうして炎の海を越え、ニクラに着こうというときだった。
 その目指すニクラに突如、火柱が上がった。
「なんだ!?」
 二人がその火柱を見つめる。間違いない。火柱はニクラの中から立ち上っている。
「急ぐぞ、ウィルザ」
「もちろん」
 ウィルザはさらに速度を上げて、ニクラの上空にたどりつく。
 そのときには既にニクラのあちこちからいくつもの火柱が立ち上っていた。
「マ神の仕業か」
「それ以外には考えられん」
 ニクラの中心部に降り立ち、ウィルザも元の姿に戻る。
 そして二人は武器を手に長老の館へと走った。
「マ神が解放されるのだけは止めなければならん」
「ああ。ケインの部下が来ているんだろう」
「おそらくは──いや、間違いないようだな」
 二人の前に立ちはだかる黒童子が三人。
「あいつは手強いぞ」
「大丈夫、オクヤラムは控えて」
 ウィルザにはなんとなくだがわかっていた。自分の力と相手の力の差。ゲ神の三つの力を持つ今の自分にとっては、この相手は敵にならない。
 瞬時に相手の懐に飛び込み、剣を一閃。それで黒童子の体は分断された。
「遅い!」
 さらに次々と攻撃する。黒童子たちはウィルザの強さに戸惑ったか、一瞬動きが固まる。
 だが、それが致命的な隙になった。ウィルザはあっさりと残りの二人を大地に切り伏せる。
「さすがに強いな」
 オクヤラムが人外の力を見て顔をしかめた。
「急ぐぞ、オクヤラム」
「お前に言われるまでもない」
 二人はさらに急いで建物の中へと入っていく。
 だが、予想通りそこで待ち構えていたのは。
「ケインか」
 黒いローブを来た男がそこにいた。
「久しいな、ウィルザ」
 ケインはその顔を不敵に歪ませる。
「既にマ神は復活された。いや、ずっと以前から復活されていた。そしてたった今、解放される。遅かったな。あと少し早ければ止めることもできたかもしれなかったのにな」
 くっくっ、とケインが笑った。
「今年の初めにニクラを襲撃したのは、このときのためか」
「そうだ。一度の襲撃でこのニクラを滅ぼせるなど思ってはおらぬ。最初の襲撃にまぎれて部下を一人、このニクラの中に潜ませた。そして二度目の襲撃に合わせてこの街のあちこちで火柱を上げ、内外で混乱させた。後は隙をついてマ神を解放する。それで全て終わりだ」
 くっ、とウィルザは顔をしかめる。が、オクヤラムは逆に武器を構えなおした。
「急ぐぞ、ウィルザ! この男を倒す!」
「えっ」
「マ神はまだ、解放されていない! ケインの話を聞けば明らかだ!」
 はっ、とウィルザは思い直す。そうだ、確かにケインは過去に起こった出来事は全て過去形で話しているが、マ神の解放についてだけはまだこれから起こることとして話している。
「分かった。いくぞ、ケイン!」
「ふん。それに気づいたからどうなるというのだ? 所詮お前たちがどれほど力をつけようと、最悪私が倒れようと、マ神の解放は既に定められたこと。どれだけあがいてももはや変わりはない」
「なら、そこをどけ!」
 二人同時に襲いかかるが、ケインはマ神の魔法を放って二人の進撃を止める。
「もっともウィルザ、お前さえ倒してしまえば怖れるものは何もない。この場で死んでもらうぞ、ウィルザ!」







第三十八話

真実、選択。







「本来、私はまだ戦うべき時ではないが、マ神が解放される今となってはもはや関係あるまい」
 ケインは続けざまにマ神の力を発揮する。それは漆黒の波動。あれに触れたら一撃で精神がやられる。かなり凶悪な魔法だ。
「この世界はマ神が全て滅ぼすのだからな!」
 ケインの咆哮が場を支配する。
「速いな」
「それに強い。近づくのも難しい」
 波動の有効範囲はそれほど広いわけではないのだが、続けざまに放つのでなかなかうまく踏み込めない。
「攻撃が魔法だけだと思うなよ」
 ケインは右手に剣を持ち、さらに左手に魔法の球を生み出す。
「ハッ!」
 その魔法の球を放ちながらケインがウィルザに向かって突進してきた。
「くっ」
 ウィルザは剣でその魔法の球を弾く。が、その隙にケインがもうウィルザまで接近していた。
「死ね!」
「させるか!」
 オクヤラムが剣でケインの横から攻撃する。後一歩で攻撃ができたところをオクヤラムに阻まれた形となり、ケインはオクヤラムを力任せに弾き飛ばす。
「くらえ!」
 そこへウィルザが攻撃を返す。だがケインはそれに着ていたローブを投げつけて絡ませる。
「なっ」
「お前の武器は奪ったぞ、ウィルザ」
 手から剣が離れる。その無防備なウィルザにケインが踊りかかった。
「大地の、叫び!」
 だがそのケインに向かってウィルザが咆哮を上げる。それはゲ神の魔法。さすがにケインとはいえ、その魔法を直撃でくらっては行動が止まる。
 そこに、オクヤラムの剣が後ろからケインを貫く。
「ぐっ」
 致命傷は免れたのか、身をよじってオクヤラムと距離をとる。
「やってくれたな」
 背中から刺さっている剣を抜くと、ケインはがくりと膝をついた。
「所詮はニクラ人とあなどったか」
「何を言うか。貴様とてもとはニクラの民。力の差が出るとでも思ったか」
「思ったとも。ニクラの人間が弱いことなど、ニクラにいるお前が一番よく知っているだろう」
 ケインは笑ってローブを拾い上げる。
「ここは一度退かせてもらおう。お前たちの足止めは充分に行った。マ神の解放はもはや完全に引き返せぬところまで来た」
 そしてケインの姿が消える。
「……オクヤラム」
「急ぐぞ」
 結局、自分たちはケインの足止めに引っかかった。
 火の勢いはさらに強まり、もはやニクラが崩壊するのは避けられない。
 だが、その前にマ神だけは解放させないようにしなければならない。
 屋敷の奥。そこに、マ神の封じられている場所がある。
 前にも一度来た。そのときはマ神がどういう存在なのかを知った。
 この星の地下に寄生し、星のエネルギーを吸い続け、永遠を生きる存在。
 そのマ神はこう言った。
『お前の決定的な間違いは、やがてグラン大陸を完全に崩壊させるだろう』
 その謎はいまだに解けていない。自分が何を間違えたのか。
 そして、マ神はどうやってグラン大陸を崩壊させるというのか。
 もはや星船の機能は完全に止まっている。エネルギーを暴走させようとしても無駄なこと。
 だが、その星船の機能が止まってからケインたちの活動が盛んになったということを考えれば。
「この先に、マ神の秘密がある」
 封印されていたはずの扉が半分、開いていた。
 二人はその扉の前に立ち、そして頷きあうとその中に踏み込んだ。
 部屋は案外、普通のものだった。
 部屋の四隅には光が灯され、案外明るい。だが、それ以外は何もない殺風景な部屋だった。
 壁も白、天井も白、床も白。それ以外の装飾は一切ない。
 そして、部屋の中央に生贄の台座のようなものがある。
 そこには何も、誰も横たわってはいない。
 だが、そのかわり、その傍に立っている人間の姿があった。
 蒼い髪。
 女性だ。
 もちろん、ウィルザには見覚えがある。何度も何度も、その姿を思い描いていた。
「ここで」
 喉が渇いている。
「ここで、何をしているんだ、ルウ」
 雰囲気が尋常ではない。
 彼女が何をしたのか、しようとしているのか。
 そして、彼女はゆっくりと振り返る。
「待ってたわ、ウィルザ」
 彼女の笑顔はいつもと変わらない、どこかはかなげで、悲しそうだ。だが、今はいつもと違うところが一つ、増えていた。
「ケインが君をここに連れてきたのか?」
「ええ」
「じゃあ、帰ろう。ここは危険だ」
 尋常ではない。確かに尋常ではない。
 自分も、彼女も。
 自分はずっと彼女に会いたかったのではなかったか。それなのに、どうして自分は彼女に近づくこともできず、動悸が激しくなっているのだろうか。
 彼女はずっと自分を待っていたのではなかったか。それなのに、どうして彼女は自分に抱きついてこようともせず、そこにじっとしているのか。
「君を探していたんだ。ずっと。君がいなくなって、どれだけ君がぼくにとって大事な人か、ようやく分かった」
「そう」
 ふふ、とルウは分かる。
「だから、一緒に帰ろう」
「いいえ。あなたと一緒に帰ることはできないわ。あなたは私と一緒に行くのよ」
 その笑顔が、変わる。
 はかなげなものから、確固たるものへと。
 さびしげなものから、邪悪なるものへと。
「ルウ……?」
「ケインがどうして私を誘拐したのか」
 ようやく、ルウは一歩、こちらに近づく。が、ウィルザは全く動けなかった。
「そして、最初に会ったとき、マ神が何をしたのか」
 強い光が、その目にあった。
「ようやく分かったのよ」
「何だっていうんだよ」
 汗が噴き出す。
 おかしい。
 こんなことは、間違っている。
 ルウが。
 ルウが。
 以前とはもう、違う。
 姿は同じなのに。
 形は同じなのに。
 心が、決定的に変わってしまっている。
「私は、マ神」
 彼女の声が、冷酷に告げる。
「私は、実体のないマ神のヨリシロになるために、生まれた存在なのよ」
 その言葉は、絶望。
「私が最初にマ神に会ったとき、マ神はそれに気づいていた。そして私はマ神のヨリシロとなるために、その崩壊の種を埋め込まれた。そして今、それが芽吹いたのよ」
 その顔が、歪む。
「ガラマニアで、尋ねたわよね」
 邪悪に、いびつに。
「私か、世界か」
 そして、審判のとき。

「あなたは、どちらを選ぶの?」







最後の選択をするときがきた。
世界を守るために、愛する者を失うか。
それとも、愛する者を取り、さらなる罪を重ねるのか。
その先に待つのは、何だというのか。

「決めたよ、ルウ」

次回、第三十九話。

『決意、別離。』







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